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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

CaaS(Certification as a Service)とは?サステナブル住宅ムーブメントを起こすPearl Certificationのビジネスに迫る

Updated: Mar 1, 2023

IDATEN Venturesは、製造・物流・建設に関わるような海外スタートアップ情報を広く収集・発信していますが、5月の海外スタートアップ資金調達ニュースに掲載したPearl Certificationというスタートアップのビジネルモデルが興味深いと思い、少し深掘って調べてみることにしました。


Pearl Certificationは、住宅のエネルギー効率・サステナビリティ認証評価を行う、アメリカ発スタートアップで、2021年5月にシリーズAラウンドで950万ドル(≒10億円)を調達しています。


これまで私は、サステナビリティに関わるビジネスというと、環境負荷の低い「何か」を開発・利用するものをイメージしていました。以前執筆した、ヘンプ(アサの一種で、アパレルや建築にも使われる植物)や、EV充電ステーション鉄鋼関連の記事も、それぞれ環境負荷の低い素材、乗り物、インフラ、製鉄所を提供するスタートアップを紹介する、という書き方をしました。


今回ご紹介するPearl Certificationも、「エネルギー効率の良いサステナブルな建物」を事業領域としている点においては、そういったスタートアップと似てはいるのですが、少し違う点があります。同社は、環境負荷の低い「建物」そのものを開発・利用しようとしているのではなく、そういった建物が評価されるムーブメントを、CaaS(Certification as a Service)という新しい形で、つくろうとしているのです。そのユニークなアプローチを、この記事でご紹介します。


(Source: https://pixabay.com/vectors/energy-efficiency-energy-154006/)




Pearl Certificationとは?


Pearl Certificationは、2015年にアメリカ・バージニア州で誕生したスタートアップです。この章では、プロダクト・創業メンバー・資金調達状況について書いていきます。


プロダクト

Pearl Certificationは、独自の評価基準で、住宅のエネルギー効率・サステナビリティレベルを評価し、主に4段階の住宅認証を与えます。


最もグレードが低いPearl Cert. Asset Badgeは、誰でも登録することができます。登録することで、住宅所有者が、将来の住宅購入候補者に対して、「この家は、これからエネルギー効率・サステナビリティを追求していきます。その点において、Pearl Certificationに協力してもらいます」というアピールになります。


続いて、Pearl Silver, Pearl Gold, Pearl Platinumの3つがあります。Silver < Gold < Platinumの順にグレードが上がっていきます。3つのグレードについては、次に説明する5つの項目から加算したポイントの合計によって分類されます。(一番グレードの低いSilverでも、一般的な住宅よりはるかに優れた建物構造・材質・機器を有している、と書かれています。)



評価項目となるのは、【住宅構造】、【冷暖房システム】、【家庭用機器】、【ホームマネジメント】、【再生可能エネルギー・蓄電システム・電気自動車】の5つです。

(Source: https://pearlcertification.com/files/reports/Pearl-HVAC-Silver-Certification-Sample-Report-101-W-Main-St-8.04.2020-1.pdf)


  1. 住宅構造 住宅構造の評価は、屋根、屋根裏、内外壁、梁、床・基礎、窓、ドア、の観点から与えられます。通気性や断熱性がどの程度優れているのか評価します。

  2. 冷暖房システム ダクト・パイプ配置、冷暖房機器性能、設置場所、などの幅広い観点から冷暖房システムを評価します。

  3. 家庭用機器 換気扇、給湯システム、乾燥機、食洗機、冷蔵庫、照明、給水ポンプなど家庭用機器のエネルギー効率を評価します。

  4. ホームマネジメント 機器を制御するIoTシステムも評価項目に入ります。機器そのものの性能はもちろん、エネルギー効率向上には、機器運用最適化も重要であるためです。こまめな電源のon/offを制御する仕組みや、エネルギー使用状況をリアルタイムに表示するダッシュボードなどが評価対象になります。

  5. 再生可能エネルギー、蓄電システム、電気自動車 太陽光発電パネル、インバーター(太陽光発電した直流電流を交流に変換する装置)、蓄電システム、電気自動車充電システム、があるかどうかも評価基準に入ります。


実際に、Pearl Silver認定された住宅の認定書を、ご覧いただくことができます。PDFで22枚に及ぶ認定書には、5項目別の点数と、Silver認定の根拠が記載されています。また、統計的に見て、他の住宅に比べて優れている点についてもコメントが載っています。



創業メンバー

創業者はCynthia AdamsRobin LeBaronの2人です。Pearl Certificationの認証システムは、現在、米国エネルギー省のエネルギー効率向上プログラムに採用されています(詳細は後述)が、創業6年で国からの信頼を獲得できた背景には、2人のこれまでのキャリアが関係しているように思います。こちらのサイトを参考に、ご紹介します。


Pearl Certificationを設立する前、Cynthia氏は、さまざまな形で住宅×エネルギー効率の分野に関わっていました。バージニア州内住宅のエネルギー効率善支援をするNPOの代表、バージニア州エネルギー効率化推進協議会の創業者兼会長、グリーンハウス施工会社共同創業者、などを歴任しています。その中で、エネルギー効率に関する全米委員会にも選出された経験を持ち、その点において国とのパイプを有しています。


また、LeBaron氏も経験豊富です。前職は、住宅のエネルギー効率改善を推進する全米規模のNPOでマネージングディレクターを務めていました。また、エネルギー省に向けて、住宅のエネルギー効率を促進するための政策提言書を執筆しています。



スタートアップの創業者が、プロダクト・サービスを展開するマーケットとシナジーを持っていることを、ファウンダー(創業者)・マーケット・フィットと表現することがあります。Cynthia氏・LeBaron氏は、「アメリカで」かつ「エネルギー効率×住宅」の事業を行うには、ぴったりな経験を持っているように見えます。知識・知見の豊富さはもちろんのこと、2人が持つネットワークが、この事業における重要要素の1つである「パートナーシップ」拡大に貢献し得るからです。


2人とも、(実際にそれまでのキャリアが直接的に活きているかどうかを、断定することはできませんが)パートナーシップを結ぶための、コネクションを豊富に持っている点が強みだと思います。



資金調達状況

Pearl Certificationは、2018年に総額180万ドル(≒2億円)のシードラウンドを実施。ニューヨークを拠点とするクリーンテック関連の投資家から資金調達を行いました。すでにプロダクトの原型はできており、顧客開拓チャネルの拡大や、カスタマーサポートに資金を投入したようです。


2019年7月に、Clean Energy Venturesをリード投資家とする、転換社債による資金調達ラウンドを実施し、200万ドル(≒2億円)を調達。同年12月には250万ドル(≒3億円)、そして2021年5月に冒頭の10億円調達を行いましたcrunchbaseによると、累計調達額はおよそ1,600万ドル(≒18億円)となっています。


ちなみに、Clean Energy Venturesは、2005年から15年かけて約40社のClimate techスタートアップに投資をしてきたベンチャーキャピタルで、エネルギー生産・消費のあり方を再定義するようなスタートアップを投資ターゲットとしています。




競合との差別化


次に、競合にはどんなプレイヤーがいるのか、そういったプレイヤーとの差別化要素は何か、という点を考えていきたいと思います。


競合

Pearl Certificationにとっての競合は、必ずしも利益を追求する営利法人とは限りません。


こちらの記事を参考にすると、2000年前後から、相次いで各国に建築物の環境性能総合評価プログラムが誕生しています。日本のCASBEEイギリスのBREEAMアメリカのLEEDオーストラリアのGREEN STARシンガポールのGreen Markなどです。プログラムの運営母体は、民間あるいは国の非営利団体であることケースが多くなっています。CASBEEは一般財団法人建築環境・省エネルギー機構、LEEDはU.S. Green Building Council、BREEAMはBuilding Research Establishment、GREEN STARはGreen Building Council of Australia、そしてGreen MarkはBuilding & Construction Authority。これらのうち、シンガポールのケースを除き、基本的には全て民間の非営利団体がプログラムを運営しています。


これらのプログラムの中で、現在世界的にポピュラーになってきているのが、LEED(Leadership in Energy and Environment Design)です。この3〜4年で日本でもLEED認証件数が増加していること、LEED認証件数の約40%がアメリカ以外の国で登録されていること、などを紹介しているレポートがあります。


競合との差別化

そう考えると、Pearl Certificationの認証よりも、LEED認証の方が、よりグローバルで、より普遍的な、「環境に良い」建築物認定としてふさわしいのではないか?という疑問が湧いてきます。この点について、Pearl Certificationはどう考えているのでしょうか?


それに対して、Pearl Certification CEOのCynthia氏は、あるインタビューで、Pearl Certificationは、認定対象とする建築物セグメントがLEEDとは異なる、と主張しています。LEEDは主に商業施設の不動産価値保証に寄与している一方で、一般住宅においてはそれがあまり当てはまっていない、とCynthia氏は述べています。住宅鑑定士・不動産業者・オーナーといった住宅販売関係者らは、住宅におけるエネルギー効率に関するデータを容易に入手できず、住宅価値の論点にエネルギー効率が含まれていない、ということに気づいたそうです。


そこで、現在のPearl Certificationのビジネスを思いつきました。インタビューでは、以下のようなコメントが続きます。

「不動産業者や鑑定士をエネルギーの専門家に育てることはできません。...また、住宅所有者に対しても同様です。誰かが業者やビルダーから住宅の性能に関するデータを収集し、それを正確に表示して、関心のある人にメリットを説明する必要があります。私たちのソリューションは、第三者による認証システムでした。」

そのうえで、さらに「特に中古住宅をターゲットにしている」と述べています。新築住宅評価はすでに他の団体がプログラムを提供していることもあり、中古住宅にフォーカスしてビジネスを始めたそうです。


これまで、エネルギー効率が定量的に可視化されていなかった住宅に対して、第三者機関として評価レポートを提供し、エネルギー効率を向上させるような機器、アドバイス、施工を提供する業者を呼び寄せることで、マネタイズしようとしています。



ビジネスモデルと進捗について


続いて、ビジネスモデルについて見ていきます。


CaaS = Certification as a Service

Pearl Certificationは、2018年から定期的にブログを書き続けています。2020年12月にリリースした「2020 Year in Review」というタイトルのブログの中で、「A major shift this year was establishing a CaaS(Certification as a Service)pricing model for Pearl.」(今年の大きな変化は、Pearl社がCaaS(Certification as a Service)の価格モデルを確立したことです。)という一文があります。


SaaS(Software as a Service)や、MaaS(Mobility as a Service)といった言葉はよく見かけるようになりましたが、CaaSという言葉は、なかなか耳にしたことがありませんでした。CaaSは、文字通り、「Certification=住宅に対するエネルギー効率に関する認証」をサービスとして提供するビジネスモデルです。


顧客は誰か?

Pearl Certificationにとって、顧客は4種類います。住宅所有者、施工請負業者、ハウスメーカー、不動産会社です。


  1. まず、住宅所有者は、Pearl Certificationを通して、自宅のエネルギー効率を向上させ、その価値を保証してもらうことで、中古販売時の不動産価値を高めることができます。 住宅所有者は、Pearl Certificationが提供する「Green Door」というアプリを通じて、エネルギー性能を改善できる施工業者と、住宅売却時にエネルギー効率を評価して高い価値をつけてくれる不動産業者を見つけることができます。

  2. 施工請負業者には、Pearl Contractor Networkの一員である、というパートナーシップ認証がPearl Certificationから与えられます。これによって、施工請負業者は「あなたは第三者機関に優秀な業者として認められました」という保証が与えられると同時に、Pearl Certificationからリード顧客を得ることができます。

  3. ハウスメーカーが享受するメリットは、施工請負業者とほぼ同じです。ハウスメーカーは、Pearl Builder Networkに参加することによって、「エリート」であると認められ、競業他社と差別化することができるそうです。 また、Pearl Certificationには、住宅所有者のエネルギー効率に関するデータが蓄積しますので、ハウスメーカーはそのデータに基づいて、顧客のニーズを敏感に捉えた家づくりができるようになります。例えば、同じエネルギー効率でも、「コロラド州のこの街に住む4人家族の住宅は、こんな構造になっていると売れやすい」とか、「アリゾナ州では、冷暖房システムがこんな具合に配置されていると、顧客からの評価が高い傾向にある」といった具合です。

  4. 最後が、不動産業者です。Pearl Certificationは、不動産業者に対して、同社の認証を活かして、住宅をより高く販売するセールス教育を提供します。ホームページには、「独立した鑑定人によると、パール認定住宅は、適切に販売された場合、5%高く売れるという結果が出ています。」と書かれています。


おそらく、住宅所有者には、レポートを発行するためのイニシャル費用と、エネルギー効率を継続的に管理するアプリにかかる継続費用を、課金しているのではないでしょうか。一方で、業者(請負施工業者・ハウスメーカー・不動産業者)には、パートナーシップ登録費用か、あるいはパートナーシップを通じて受注した案件の収益から数%もらっているのでしょうか。詳細はわかりませんが、ステークホルダーが多いからこそ、課金モデルもさまざまな工夫ができそうに思いました。



パートナーシップの拡大がポイント

繰り返しになりますが、Pearl Certificationのビジネスモデルにおいて鍵になるのは、パートナーシップである、と思います。


Pearl Certificationのビジネスは、第三者機関として提供する認定評価の信頼性が高まり、住宅所有者・請負施工業者・ハウスメーカー・不動産業者が、「Pearl Certificationから、より高い評価を得ると、住宅価値が上がる」と思うことによって、スケールしていきます


そこには、ネットワーク効果が働きます。例えば、Pearl Certificationがパートナーとして認定する業者が増えれば増えるほど、競争が生まれ、住宅所有者は依頼先の選択肢が広がり、よりレベルの高い業者選定ができます。また、認定件数が増えれば増えるほど、第三者機関として認定証を発行するPearl Certificationの信頼性が高まり、パートナー登録を希望する業者や住宅所有者が増えていきます。



そして、いかにPearl Certificationの認定機関としての信頼性を高めるか、という点で、同社は創業初期から手を打ってきました。


まず、評価システムそのものが、米国国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の技術支援を受けて開発されています。「国のお墨付きをもらって作っているプロダクトである」という価値保証をしています。


また、早いタイミングで米国エネルギー省に働きかけ、エネルギー省が運営するHome Performance with ENERGY STARプログラムに利用されるようになりました。同プログラムは、家庭のエネルギー効率を高め、光熱費を削減する請負業者を、家庭に紹介する仕組みです。これは、エネルギー省が「Pearl Certificationの評価が上がるような業者を紹介しますよ」という働きかけをしているようなものです。


もちろん、民間事業者とのパートナーシップ締結も重要で、そちらも手を打っています。例えば、2018年に提携したのが、冷暖房システムが正しく設置され設計通りに機能しているか確認する性能試験を冷暖房事業者に指導している、National Comfort Institute(NCI)という団体です。これにより、NCIから指導を受ける冷暖房事業者は、Pearl Certificationのネットワークに加入することになりました。


Pearl Certificationの今後

今後、Pearl Certificationは、どういった道を歩んでいくでしょうか?2021年6月下旬時点で、Pearl Certificationの認証住宅件数が、約4万8,000件となっています。アメリカは、中古住宅の流通件数が、日本や欧州に比べて非常に多く、2018年のデータでは年間約570万件あるそうです。

(Source: https://gentosha-go.com/articles/-/27365)



創業した2015年から6年間で4万8,000件なので、単純計算すると年間8,000件程度。先ほどの中古住宅年間流通量の570万件を分母にすると、まだ0.1%くらいしかマーケットシェアを取れていないのです。(もちろん中古住宅にも、さまざまな定義があるので、単純計算では測れないのかもしれませんが)


逆に考えると、まだ顧客を確保し得る巨大なマーケットで、大きな成長ポテンシャルを秘めていると言えるかもしれません。今後の動きにも注視していきたいと思います。


IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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