中国発AMRメーカーGeekplusとは
- Shingo Sakamoto
- 41 minutes ago
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2025年7月9日、Geekplus(Beijing Geekplus Technology)が香港証券取引所に上場しました。Geekplusは、2015年に北京で設立された企業で、設立から約10年で上場したことになります。2025年9月22日時点の時価総額は336億5,000万香港ドル(≒6,400億円)です。
Geekplusはホームページの投稿に「the world's first publicly listed company in the AMR warehouse robotics market(AMR倉庫ロボット市場における世界史上初の上場企業」と記載していますが、本ブログでは、そもそもAMRとは何なのか、誰がどのような課題を解決するためにGeekplusのAMRを購入するのか、他にどのような競合がいるのか、といった観点で、Geekplusの上場を考察していきたいと思います。
なお、為替レートは、2025年9月22日時点のものを参照しています。

AMRとは
まず、Geekplusの話に入る前に、そもそもAMRがなにか、というところから始めていきます。AMRはAutonomous Mobile Robotsの略称で、日本語では多くの場合「自律移動ロボット」と訳されます。AMRと似ているワードに「AGV」が挙げられますが、AGVはAutomated Guided Vehicleの略で、AMRとは異なります。一番の違いは、AMRが自律的に経路を判断して移動するのに対して、AGVは外部のガイドに従って経路を走行する点にあります。
AGVは磁気テープ、QRコード、誘導線、レール、あるいはレーザー反射板等を頼りに経路を走行しますが、AMRはさまざまな技術(カメラ、LiDAR、SLAM等)を用いてロボットが自律的に経路を変更しながら走行します。
身近なAMRとして、掃除ロボットがイメージしやすいかもしれません。私の家にも掃除ロボットがいますが、床に磁気テープ・QRコード・誘導線・レールがない状態でも、放っておいても部屋中を綺麗に掃除してくれます。これは、お掃除ロボットが周辺環境をセンサーで認識しながら、「どこを掃除したか」「まだどこを掃除していないか」を判断し、自分でルートを決めて走行しているためです。初めて稼働させるタイミングでは、勝手に部屋の地図を作成しました。製品サイトを見てみると、LiDARセンサーを用いて周囲を認識してSLAMでマッピングするタイプのようです。
なお、LiDARはLight Detection and Rangingの略で、光(レーザー)を照射し反射して戻るまでの時間を計測することで物体までの距離を高精度で測定する技術です。暗闇でも機能し、カメラよりも対象物質までの距離、そして対象物質の形状を高精度に把握できる点が特徴です。
SLAMは、Simultaneous Localization and Mappingの略で、日本語にすると「同時自己位置推定・環境地図作成」となります。簡単にいうと、ロボットが「自分は今どこにいるのか」を推定しながら、同時に「周囲の地図」を作成していく技術です。仕組みとしては、センサー(LiDARあるいはカメラ等)で周囲を観測して目標を定め、その目標となる対象物との位置関係と、「自分がどれくらいどの方向に動いたかだろう」という予測を突き合わせながら微修正を繰り返していきます。
人間で例えるとわかりやすいかもしれません。まず、あたりをぐるっと見渡してどんな風景か観察します。その際、右手に50mくらい先にコンビニがあるな、と目印を定めます。その後、右の方に歩いていきます。自分では「そろそろ50mくらい進んだかな」と思って顔を上げるとまだコンビニまで30mくらい距離があります。そこで、自分は20mしか右手に進んでいなかったことや、あるいは、コンビニがやや左手に見えることから、自分の歩く方向が少し右にそれすぎていたことに気がつきます。そこで、自分はだいたいこの辺りにいるのだろう、という位置関係を頭の中で修正します。そして、コンビニの方向にまた歩き始める、といったイメージです。
SLAM技術は自律移動ロボットに重要な技術で、例えばドローンにも利用されることがあります。近年はSLAMを拡張・改良する形で、より高精度な自己位置推定・環境地図作成を行う技術開発が積極的に行われています。例えば、VI-SLAM(Visual-Inertial SLAM:カメラと加速度・ジャイロ・磁気センサー等の組み合わせ)、Graph-SLAM(SLAMの推定を数理的に最適化する)等が挙げられます。
屋外走行が基本である自動運転の世界では、SLAMだけでなく、HDマップ(高精度3次元地図)、GNSS(Global Navigation Satellite Systemの略で、GPSのような測位衛星システム)を組み合わせることが1つのアプローチとして確立されつつあります。屋外ではGNSS・HDマップで位置決定を行い、GNSSが届かなくなったらSLAMで自己位置を推定し、それをHDマップに照合してさらに精度を高める、といった具体です。
屋内走行が多いAMRは、GNSS・HDマップを組み合わせるのではなく、LiDARやカメラとSLAM技術を組み合わせることが多いようです。
Geekplusの業績
Geekplusが上場時に発表した情報によると、2024年度の売上は24億900万人民元(≒500億円)、粗利益は8億4,000万人民元(≒175億円)、2021年から2024年にかけての年平均成長率は45%です。また、2025年9月1日にGeekplusから発表された情報によると、2025年上半期は売上が前年同期比31.0%増の10億2,500万人民元(≒213億円)、粗利益が前年同期比43.1%増の3億6,000万人民元(≒75億円)となっています。
2025年6月末時点で、Geekplusは世界40ヶ国以上、850社以上の顧客企業の倉庫に、合計6万6,000台以上のロボットを稼働させています。
こちらの資料には、より以前の業績も記載されていました。売上高は2021年が約240億円、2022年が約190億円、2023年が約296億円、そして2024年が前述の通り約500億円です。2025年の業績予想は31億7,600万人民元(≒660億円)、2026年が43億1,600万人民元(≒897億円)、2027年が57億8,800万人民元(≒1,200億円)です。調整後利益については、2023年がマイナス4億5,700万人民元(≒95億円)、2024年がマイナス9,200万人民元(≒190億円)だったところから、予想ベースで、2025年がプラス1億1,200万人民元(≒23億円)、2026年がプラス4億人民元(≒83億円)、2027年が6億7,300万人民元(≒140億円)となっています。
足元の時価総額が6,600億円であることを踏まえると、PSRは2025年ベースで9.7x、2026年ベースで7.1x、PERは2025年ベースで278x、2026年ベースで77xとなっています。
上場までの累計資金調達額は約5億4,000万ドル(≒800億円)で、中国・香港に加えて、グローバルな投資家が株主として名を連ねています。
Geekplusの製品
Geekplusを理解するうえで製品ラインナップの把握が重要なので見ていきます。
Pシリーズ
人間のところまでロボットが棚を搬送する(Shelf-to-Person)ことに主眼を置いたロボット。主なモデルはP500R、P800R、P1200R。
PopPick
Pシリーズに加えて(つまり搬送ロボットだけを売るのではなく)、棚・コンテナ(プラスチック・金属製の中〜大型容器全般)・トート(比較的小型のプラスチックケース)にワークステーション(人間の作業場)も含めて提供するソリューション。倉庫や取扱商品に応じて柔軟な設計が可能となります。
RoboShuttle
PシリーズとACR(Autonomous Case-handling Robot、自律型ケースハンドリングロボット)を組み合わせ、ビン(コンテナやトートをまとめて「ビン」と呼ぶことがある)単位でハンドリングを自動化するロボットソリューション。Pシリーズは平面移動しかできませんでしたが、ACRを組み合わせることで自らラックをよじ登るように移動でき、棚全体を動かすのではなく必要なビンだけをピックアップして搬送することができます。
SkyCube
パレット(荷物をまとめて載せて搬送するための平らな台)を人間のところまで搬送する(Pallet-to-Person)ロボット。画像の青い土台がパレットで、その下の灰色の台がSkyCubeです。倉庫の中まで入っていってパレットを立体的かつ高密度に保管できるようにします。
こうして製品ラインナップと利用イメージを見て感じるのは、「AGVとAMRの境界が思ったよりも曖昧」ということです。
例えば、以下の画像はPシリーズを利用する倉庫内オペレーションの様子を表しています。左の方に棚が並んでおり、その棚を下のPシリーズロボットが搬送しています。よく見ると床面にはガイド線のようなものが描かれており、ロボットは直線的に移動・停止を繰り返しています。この画像だけ見ると、Pシリーズを「AMRというよりAGVとして」利用していると考えた方が自然かもしれません。
一方、ロボットが作業者の近くに移動してくるまでの経路がどれくらい複雑・不規則的になるかは、倉庫内の棚配置も関わってきます。棚が集中かつ規則的に並んでいればロボットの経路も規則的(→ AGVでよい)になりますし、棚が分散かつ不規則的に配置されているとロボットの経路も不規則的(→ AMRが望ましい)になる可能性があります。
導入事例の考察
この章では、導入事例を具体的に深掘りすることで、Geekplusのロボットがどのように、どれくらい深く倉庫物流に入り込んでいるのか、考察してみます。
KDDI
導入場所は、東西2拠点の物流センターで、同物流拠点の取扱製品はスマートフォン端末・関連アクセサリー等。
東西合計でP500Rを22台、242棚、12ステーション導入しています。
写真を見ると、棚搬送ロボットが4段の棚を搬送している様子が窺えます。床にはマーカーがついています。導入事例ページの写真注釈を見ると、「Geek+のAGV」と書いており、おそらくこのロボットはAGVという認識で活用されています。
KDDIの物流拠点について調べてみました。西拠点は大阪府茨木市、東拠点は神奈川県相模原市にあり、西拠点はほとんど情報なし、東拠点は2016年に稼働した物流センターであることがわかりました。これらの拠点はいずれも、オフライン店舗・オンラインショップで取り扱う端末・アクセサリーをすべて扱っています。
2016年以前は関東の物流拠点が47ヶ所に分散しており、オフライン店舗には複数の物流拠点からバラバラと発送され、店舗スタッフは1日に何度も受取・検品・整理を行っていて生産性が低かったそうです。こうした課題を解決するために新設されたのが東日本物流センターで、これを機にKDDIは関東の物流拠点を13ヶ所以下まで削減したそうです。1つの物流拠点で取り扱う在庫製品のボリュームを増やすことによって、ピックアップ・検品・梱包・出荷までの工程全体で効率化を図る意図がありました。こちらの記事によれば、それまでの物流拠点では、「人が台車を押しながら紙に書かれた商品を棚から取っていく非常に前時代的な作業」をしていたと書かれています。
当時のリリースを見ると、東日本物流センターはヤマトホールディングスと連携して運営され、ヤマトロジスティクスが提供する「FRAPS」という物流ソリューションを導入しています。FRAPSはFree Rack Auto Picking Systemの略称で、コンベア・ラック・仕分け設備が一体となったシステムです。FRAPSの詳細は割愛しますが、ここで強調したいのは、「東日本物流センターの主要オペレーションはFRAPSベースで行われている可能性が高い」ということです。東日本物流センターの延床面積は約5万400平方メートルであるのに対して、GeekplusのP500Rが稼働するエリアは東西合計で約1,300平方メートル(→ 東西で半分ずつと仮定すると約650平方メートル)であることを考えると、P500Rは、全体のわずか1.3%のエリアで稼働している計算になります。
GeekplusのロボットがKDDI東日本物流センターに導入された正確な時期は発表されていませんが、P500Rの提供開始が2019年であることを踏まえると、2016年にKDDI東日本物流センターが稼働開始してから数年経過して、何かしらの理由でFRAPSでカバーしきれない配送事由(例えば、新商品取り扱い開始に伴ってセンターを拡張したものの、既存コンベアを活用できなかった等)が生じ、コンベアのような大型設備投資をする代わりに、本ロボットを導入したのかもしれません。
PALTAC
導入場所は、栃木物流センターで、取扱製品は化粧品・日用品等。
P800Rを57台を導入し、ロボット走行エリアは約360坪(約1,190平方メートル)。KDDIの事例と異なるのは、今回導入したのはロボット単体(棚、ステーションの導入は発表されていない)である、ということです。
このP800Rは棚ではなくパレットを搬送する目的で導入されています。導入事例ページには、「コンベヤ搬送ではフロア面積が広大となる上にレイアウトの自由度が低い。パレット自動搬送の際に、搬送元・搬送先を自由に選択できる搬送手段を検討。」と書いてあります。
この導入事例もKDDI同様に、そもそもPALTAC栃木物流センターがどんな拠点なのか、その背景を調べてみました。こちらの記事によると、栃木物流センターは2023年に新設された、カワチ薬品から運営委託された専用物流拠点で、延床面積は4万8,102平方メートルです。P800Rの走行エリアは約1,190平方メートルなので、ロボット稼働エリアは全体の約2.5%となります。導入事例の写真を見ると、勝手に「物流拠点全体で縦横無尽に稼働している」ようなイメージを持ってしまいましたが、そうではなく、一定のエリアで決められた役割を持って動いています。
本導入事例における実績のパートには、以下のような記述があります。
・フォークリフト作業を削減し安全性を向上
・入出庫の時間波動に応じて搬送用途を選択することで、アイドルタイムを削減
これらの情報からして、P800Rは以下のようなシーンで用いられているのではないかと考えられます。
・商品が倉庫に届き、入庫スペースからパレットに積まれた荷物を指定の場所(保管エリアや次の工程)まで搬送する。
・出荷指示が出て、必要なパレットが倉庫の中から選択され、出荷用プラットフォームやトラック積載エリアまで搬送する。(ピック元や出荷場所がダイナミックに変わる可能性があり、搬送ルートに自由度が求められるかもしれません。)
フォークリフトの代替手段として用いられることを考えると、今回のケースにおいては、決められた経路を走行するだけでなく、要求に応じて柔軟に経路選択しつつ、他のロボットやフォークリフトと協働走行できるような能力がロボットに求められる気がします。
もう少し調べてみると、カワチ薬品は栃木県に本社を置くドラッグストアチェーンで、生鮮食品を除くほぼ全ての生活用品が揃っているという特徴を持ち、1店舗あたりの平均年商が業界平均の約4倍である、と紹介されています。本物流拠点は、従来の物流拠点の2倍の店舗数に対応し、それらの店舗の在庫管理も最適化する役割を担うことが期待されている、と発表時のプレスリリースには書かれています。
これらを踏まえると、この物流センターは(もちろん多くの倉庫が該当する前提で、平均よりも相対的に、という意味合いで)以下のような特徴があるかもしれません。
・出入りする商品のレパートリーが多い → 倉庫内のモノの移動が複雑
・輸送先の店舗数が多い → トラックの出入りが激しい
ASKUL
2024年、広さ約9,000平方メートルの倉庫に、PopPickというソリューションを導入。
内訳としては、ピッキングロボットP1200Rを318台、棚を計1,491台、ワーキングステーション16台を設置しています。
本導入事例もKDDI・PALTAC同様に、床にQRコードが付けられており、その上をP1200Rが走行しています。今回は動画形式で導入推進者のインタビューが公開されており、よりクリアに導入価値を把握することができました。
動画インタビューをまとめると、以下の点がポイントだと感じました。
・ASKULはニッチ商品の商品取扱いを強化していく方針で、多品種小ロットの物流オペレーションに最適な自動化装置を探していた。
・Geekplusの高さ3.8メートルの棚を使って高密度に保管が可能な点が魅力だった
・その棚を人間の介入なしでロボットがステーションまで搬送可能な点が魅力だった
・ステーションでクレーンがコンテナの出し入れを自動で実施(人間が棚の上部に上がる必要がない)できる点が魅力だった
・PoC時に中国側に製品仕様に関するフィードバックを行い、改善を重ねてもらったことで導入に至った
ASKULの本物流拠点は2018年に稼働しており、Geekplusの導入が2024年なので6年経過しています。他にもさまざまな情報ソースを調べましたが、今回は拠点自体の新設というより、拠点内に多品種小ロットな商品の取り扱いに特化したエリアを設けたような印象でした。
こちらの資料には、日本国内ではなく海外事例も紹介されていました。海外事例も1件、深掘りしてみていきます。
YesAsia
YesAsiaは香港で1998年に設立され、2021年に香港市場に上場した企業です。ビューティ&ライフスタイル製品のEコマースを展開しています。
同社はGoodman WarehouseとMapletree Warehouseの2拠点にGeekplusのロボットソリューションを導入しました。
まず2022年にGoodman Warehouseに161台の搬送ロボットを導入しており、その設備投資は590万ドル(≒8億7,000万円)に相当すると書かれています(1台あたり3.6万ドルということになります)。このロボット導入によって、Goodman Warehouseの人件費は、2023年に337万ドル(≒5億円)減、2024年に659万ドル(≒9億7,500万円)減(いずれも対2022年比ベース)を実現し、わずか17ヶ月で投資回収を完了しています。ただし、これは別の箇所にnon-recurring establishment costと書かれていたので、定常的に課金されるサービス費用は除かれている点に注意が必要です。サービス費用も含めると、もう少し投資回収期間は長くなるはずです。
YesAsiaはGoodman Warehouseの成功を経て、2025年5月にMapletree Warehouseにもロボット導入を展開しました。Mapletreeでは、240台のロボット、930台の棚、そして22のワークステーションをトータルで提供して、3,000万香港ドル(≒5億7,000万円)の導入費用、そして次年度のメンテナンスサービス費用は185万香港ドル(≒3,500万円)となります。先ほどのロボット導入費用は倉庫リノベーション費用が含まれておらず、リノベーション費用1,140万香港ドルを含めると、初年度の導入費用総額は4,140万香港ドル(≒7億8,800万円)となります。Goodman Warehouseに比べて、ロボットの導入台数が多いのに費用が小さいのは、おそらくロボットのスペックがMapletree Warehouseの方が劣っているからだと思われます。
気になったので、国内事例と同じように、この2つの倉庫について調べてみました。まず、Goodman Warehouseは、Geekplusとロボット導入契約を結んだ2022年の1月に4年契約で借りることになっています。YesAsiaの取締役会発表をみると、それ以前にYesAsiaが香港に借りていた7ヶ所の倉庫はいずれも契約終了させていく計画で、物流・フルフィルメント機能をGoodman Warehouseに集約していく計画、とのこと。調べてみると、Mapletree Warehouseは2024年に賃借契約が結ばれた倉庫でした。YesAsiaは韓国コスメを中心に販売していますが、世界中で韓国コスメがブームになっている影響もあり、B2C(自社ECサイトで個人向けにオンライン販売)、B2B(世界中の小売・サロン・Eコマース事業者に卸売)ともに急成長しており、それに伴って物流倉庫も拡充が求められている、という背景があります。
ここまで4つのケースを見てきて感じたこととして、Geekplusのロボットが導入されるトリガーとなるのは、大きく以下2つケースかもしれないと感じました。
・新たに物流センターが新設されるタイミング
・既存の倉庫インフラで対応しづらい倉庫オペレーションの要求が(例えば多品種小ロット等の)生まれたタイミング
海外事例は1つしか考察できませんでしたが、やはり、導入された物流拠点は過去から稼働していた場所ではなく、新設されたタイミングでした。それに、それまで分散していた物流拠点を数ヶ所に集中させる、というストーリーも日本の事例と類似しています。
また、顧客の業種としては、消費者向けの製品を販売する小売(オンライン含む)、およびその小売から委託された3PL事業者が中心です。こちらのレポートには、AMRの市場は大別すると2つ、(1)倉庫フルフィルメント向け、(2)産業用資材搬送向けに分かれており、(1)がAMR需要の約6割を占めていると書かれています。この整理でいうと、Geekplusは(1)の市場を集中的に狙っているような印象を受けました。
少し話はズレますが、前半でAGVとAMRを比較したパートでは、AMRはLiDARやAIカメラを用いた「高度な自己位置推定」をしていると書いたものの、Geekplusの導入事例を見てもわかる通り、実際に多くの事例で用いられているのは、「自己位置推定はQRコードで、2D障害物検知・回避機能を備えている」タイプのロボットです。
こういったロボットは、(そもそものAMRの定義次第なので何とも言えませんが)AGVとAMRの中間と言えるかもしれません。というのも、QRコードをガイドレール的に使っている場合はAGVに近いですし、QRコードをランドマーク的に使って自己位置推定の補正に利用する場合はAMRに近いからです。興味深いことに、「QRコードを用いた自己位置推定をするロボットは、AGV?AMR?」とChatGPT5に質問してみると、「最近はAMRという呼び方がマーケティング上強く使われていて、QRコード利用でも障害物回避や柔軟ルートができれば AMRとして分類されることが多いです。」と回答がありました。この回答は、私がGeekplusを調べて抱いた感想と同じで、AGVかAMRかどうか、という分類はそれほど重要でなく、Geekplusはマーケティング的(AMRと言った方が最先端技術を用いているような印象を受けやすいので)にAMRをアピールしているのではないか、と思います。
Geekplus成長の背景
ここまで日本の事例を見てきましたが、もう少し視野を広げて、Geekplusがなぜグローバルで急成長してきたか、マクロ的視点から考察してみたいと思います。
タイミング
Geekplusの設立は2015年ですが、その3年前に大きなイベントがありました。それが、AmazonによるKiva Roboticsという企業の買収です。Kiva Roboticsは、まさにGeekplusのような搬送ロボットを開発・提供していた企業です。Kiva Roboticsは買収前からAmazonにロボットを供給していましたが、Amazon以外にも顧客がいました。Amazonの買収後、Kiva Roboticsは新規販売を停止し、既存顧客がサポートを受けることだけ許されました。当時、もちろんKiva Roboticsにも倉庫自動化メーカーはいましたが、その多く(例えば、Dematic、ダイフク等)は固定式ソーター(ベルトコンベアや仕分け装置を固定配置するシステム)や自動倉庫(棚と搬送機を組み合わせたシステムで、空間効率が高い一方で建屋や棚ごとに専用設計が必要で初期投資も非常に大きい)が中心で、搬送ロボットは限られていました。
2012年のKiva Robotics買収で搬送ロボット市場に空白が生まれ、その空白を狙って新興企業が生まれました。それがGreyOrange(2012年、インド・シンガポール)、Locus Robotics(2014年、米国)、Geekplus(2015年、中国)等の企業でした。
(他にも競合はたくさんいるようですが)上記の競合の中で特に資金調達活動も活発で、現在も成長を続けているGreyOrangeとLocus Roboticsは深掘りしながら、Geekplusがユニークだったポイントを考察してみます。
同社は2011年にインドで設立された企業で、その後、本社機能をシンガポール・米国に移しています。同社の搬送ロボットはWalmart・H&M等のグローバル小売企業、あるいはGXO等のグローバル3PL企業に導入されています。Crunchbaseによると、設立から累計でデット・エクイティ合計で4億3,700万ドル(≒650億円)調達しています。
業績に関する信頼できる情報は見当たりませんでしたが、こちらの記事には、導入されているロボットはグローバル全体で6,000台以上で、2024年度の売上は34億4,000万ルピー(≒58億円)、税引後利益が1億8,000万ルピー(≒3億円)と紹介されています。一方、こちらの記事には2023年度の売上が1億ドル(≒150億円)以上ある、とも書かれており、何が信頼できる情報か、判断が難しいところです。ただ、いずれにしても、設立自体はGeekplusより以前でありながら売上規模はGeekplusに比べると小さいのは事実のようで、なぜその差が生まれたのか考察することには意味がありそうです。
まず1つ目は「地の利」が関係していると思います。まず、需要面では中国がEC大国の1つである、という点がポイントとなります。Geekplusはその大きな需要の波に乗ることができました。また、近年は中国の人件費高騰も話題になっており、事業者の倉庫自動化モチベーションが高いことも関係していると思います。政府も自動化の普及を後押しするために積極的に補助金を出しており、事業者の導入ハードルを下げる制度づくりも行われています。また、供給面でも、中国はロボット部品のサプライチェーン構築がしやすく、量産体制を整備しやすかったと考えられます。一方GreyOrangeが設立されたインドは中国に比べるとEC化が遅れ、また相対的に人件費は低く、物流自動化の需要本格化が中国ほど早く来ませんでした。供給面でも、サプライチェーンを構築するハードルは高く、量産体制の構築が難しい、という特徴があります。
2つ目はサービスコンセプトの違いです。Geekplusはロボット単体でもロボットや棚を組み合わせたソリューションとしても販売しており、「安価でスモールスタートが可能」です。一方、GreyOrageは倉庫全体を効率化するようなオーケストレーションソフトウェアの技術に強みを有しており、それを活かすような事業開発(たとえば、ロボットはベンダーフリーとし、導入プロジェクトでGreyOrangeがプロジェクトマネジャーとしてソフトウェア統合を行う)を行いました。そのため、営業方法としても(倉庫を丸ごとアップデートしたいような)エンタープライズ企業に対して大規模に導入してもらうような提案になりやすい、という傾向にあります。もう少し簡単にいうと、Geekplusは「ロボットを単なるラストワンマイル輸送用ハードウェアとして活用してもらう」ということもOKとしてきたのに対して、GreyOrangeは「ソフト・ハードを組み合わせ倉庫全体を自動化・最適化する」ことを重視してきており、短期的なROIを見たい事業者にとってはハードルが高かった、ということかもしれません。導入側(例えば自分がEコマース事業者だとして)の立場に立ってみると、COVID-19を体験し、そして流行の変化も激しいいま、長期を見通すのは難しく、「とりあえず短期〜中期で投資効果が出るものが欲しい」という考えは自然なように思います。
同社は2014年に米国で設立された企業です。同社は累計で4億1,600万ドル(≒615億円)を調達しています。売上や利益に関して、信頼できる情報ソースが乏しく見つけることができませんでした。ただ、2021年時点で、導入されているAMRの台数は約4,000台で、顧客社数は40社以上 、2025年4月時点では顧客社数が350以上と書かれています。また、こちらの記事によると、契約ベースでの年間経常収益は2022年時点で1億ドル(≒147億円)を超えているとも報じられています。
同社の特徴は料金プランにあります。Geekplusがロボット導入費用で課金しているのに対し、Locus Roboticsはいち早くサブスクリプション課金中心の料金プランを導入しました。そのモデルをLocus RoboticsはRaaS(Robot as a Service)と呼んでいます。顧客はRaaSによって初期導入費用を抑え、月額費用を払ってお手頃価格でロボットを利用することができるようになります。一方、Locus Roboticsとしては先行して資金が必要なビジネスモデルとなります。
Locus RoboticsとGeekplusは、なんとなく事業規模ではそれほど差がないような気がします。Locus Roboticsもいくつかの記事では上場が近づいているのではないかと予測されており、今後上場する可能性があります。両者の違いをあえて挙げるとすれば、活動地域だと思います。Locus Roboticsは米国中心で、日本・アジアではそれほど実績がなさそうです。こうした違いが、今後どういった形で将来の成長に影響を与えるのか、気になるところです。
今回はこれで以上とします。Geekplusは、ポストKiva Robotics時代に名乗りを上げ、需要・供給どちらの観点でも魅力的な中国で地盤を作りつつ、調達資金を用いてアジア・米国・ヨーロッパでスピーディに事業展開を加速させました。今後まだまだ世界中でEコマースが発展していくであろうことを考えると、Geekplusの成長余地もまだ豊富にありそうです。今後の動きにも注目していきたいと思います。
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