サステナブルなものづくりに対する関心が急速に高まっています。以前ご紹介した、鉄鋼スタートアップ、SPACで次々と上場する電気自動車スタートアップなど、「環境にやさしい」という文脈は欠かせなくなってきました。
そんな中、今回はヘンプ(麻)に注目してみたいと思います。ヘンプは、古くから世界各地で、衣料や建築など、さまざまな用途で重用されてきましたが、大麻に関する法規制の中で、そのポテンシャルが制限されてきました。近年、脱炭素に貢献し得るヘンプの価値を見つめ直す動きがあり、法規制の緩和が進んでいます。
規制緩和、環境意識の高まりなど、スタートアップがビジネステーマを選ぶ時にヒントとなる「Why Now?(なぜいまそのビジネをやるのか?)」に、ヘンプはぴったり当てはまると思います。そこで、この記事では、ヘンプの概要、なぜ法規制がかけられてきたか、用途やポテンシャル、そしてビジネスチャンスを見出すスタートアップの動きをいくつかご紹介します。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%E9%BA%BB-%E5%A4%A7%E9%BA%BB-%E8%91%89-%E7%B7%91-%E6%A4%8D%E7%89%A9-5438493/)
ヘンプとは?
ここでは、まずヘンプの概要についてご説明します。特に、「ヘンプ」という言葉が指す対象を正確に理解することが、法規制の理解にもつながると思います。
ややこしい「麻」と「ヘンプ」
ヘンプとは、日本語でいうと「麻」です。「じゃあ”麻”と呼べばでいいのでは?」と思うのですが、これがややこしいので、少し丁寧に解説します。
日本語の「麻」という言葉には、3つの定義があるそうです。
①(広義)特定の植物ではなく、植物の茎・葉脈から採取できる繊維の総称
②(狭義)「アサ」という植物やその繊維
③(法律)家庭用品品質表示法で、「麻」と表示することが許されている、リネン(亜麻、あま)あるいはラミー(苧麻、ちょま)のこと
ひとくちに「麻」と言っても、聞き手の中の「麻」の定義によって、何を指しているのかわからなくなってしまいます。例えば、植物研究者は①と捉えるかもしれませんし、アパレル関係の方は③と捉えるかもしれません。
ヘンプとは、②の定義における「麻」、つまり「アサ」という植物やその繊維です。アサは、アサ科アサ属の植物で、いくつかのサイトには、この植物を「大麻草」と表現するものがあります。(その場合は、その人の中でのヘンプは「大麻」ということになります。)
一方で、大麻はアサの一品種であり、厳密にはヘンプと異なる、と定義するサイトもあります。そのサイトには、アサの中でも、THC(テトラヒドロカンナビノール)という化学成分が0.3%以上含まれているものが大麻で、0.3%未満のものがヘンプである、と書かれています。このように、各サイトごとに定義がバラバラなので、「ヘンプ」という言葉が、どういった定義で記載されているかに注意しましょう。
このブログでは、前提を統一するために、これ以降、ヘンプを、「アサ科アサ族の植物およびその繊維で、THC含有率が0.3%未満である」として考えていきます。
THC、CBDと法規制
ここで、先ほどご紹介したTHCと、アサに含まれるもう1つの重要な成分CBDについて、解説します。実は、これらの存在こそ、ヘンプのポテンシャルがこれまで制限されてきた(と同時に、医療製品・ヘルスケア製品として評価されている)歴史に関係しています。
THCは、アサに含まれるカンナビノイドという化学物質の一種です。摂取すると、多幸感を覚えるなど「ハイになる」薬理作用を持ち、国によっては大麻に規制をかけてきた理由の1つになっています。
CBDはカンナビジオールの略称で、こちらもカンナビノイドの一種です。CBDはTHCのような薬理作用はなく、乱用・依存のリスクは低いと言われています。むしろ、免疫調整・神経保護・運動機能改善などのポジティブな効能は、アサに対する規制緩和の動機の1つになっており、医薬品として使う流れもできつつあります。
日本では現在、大麻取締法によって、大麻の葉・花・根の栽培・所持は禁止されていますが、それは葉・花・根にはTHCが含まれるからです。一方で、成熟した種子・茎にはTHCが含まれない(あるいは含まれても微量)と言われており、大麻取締法では適用対象外となっています。
アメリカでも長らく産業用ヘンプ栽培に規制がかかっていましたが、2018年にトランプ大統領が、ヘンプ栽培規制を撤廃する改正農業法に署名すると、一気にCBD製品が普及。その流れが日本にも波及し、2020年には日本でもCBDという言葉が流行しました。こちらの記事によると、2019年1月の調査で、アメリカでは過去24ヶ月以内にCBD製品を試したことのある国民が、全体の1/4にもおよんだそうです。
このように、THCによって、これまでヘンプ・大麻の栽培には、規制がかけられてきました。一方で、近年は、CBD製品需要の高まりに対応すべく、ヘンプ・大麻の栽培面積が急激に増えています。ヘンプや大麻が持つ化学物質が、ヘンプ・大麻の栽培量を左右してきたと言えます。
ヘンプの幅広い用途
THCとCBDがヘンプ普及の変数になってきたと書きましたが、実は、ヘンプの用途はヘルスケア・医療にとどまりません。建築、衣料、自動車など、さまざまなところで使われているのです。
建材
ヘンプの茎は壁材・断熱材などの建材として使用できます。茎の2〜3割を占める皮部分からは、繊維が採取できます。皮を除いた芯の部分が残りの7〜8割を占め、砕いてチップになります。
チップと繊維は軽いのが特徴です。こちらの資料を参考にすると、密度はヘンプチップが0.13(g/cm3)、ヘンプ繊維が1.5です。参考までに、プラスチックが1.1、ガラスが2.5。断熱性は高く、ヘンプチップ0.048(W/m・K)、ヘンプ繊維0.121です。プラスチック0.2、ガラス0.55。
主に、チップが壁材として、繊維が断熱材として使用されます。チップを石灰と混ぜると「ヘンプクリート」と呼ばれる、コンクリートの代替品になります。以下の画像は、イスラエルのサステナブル建築グループがつくった建物で、すべての壁をヘンプクリートでつくっており、とても綺麗です。
(Source: https://heapsmag.com/cannabis-house-build-with-wall-made-out-of-hemp-material-sustainable-eco-home-israel)
この他にも、壁紙、調湿剤、木質保護塗料など、さまざまな使い道があります。ヘンプを活用して作った「麻の家」の特徴として、挙げられているのが、以下の性能です。
(Source: https://asafuku.jp/pdf/HempBuilding_TomCraft.pdf)
ヘンプは、カーボンネガティブな素材です。植物なので、大気中のCO2を吸収し、酸素にかえていきます。
アパレル
ヘンプはアパレル用の原料としても使用可能です。
「アサ」の定義③で記載した通り、家庭用品品質表示法における「麻」という表記は、リネンかラミーが対象で、ヘンプは指定外繊維と分類されています。
リネンやラミーは、吸水性・耐久性・抗菌性・保湿性・防臭性など、さまざまなメリットがあると言われていますが、ヘンプに比べると生育環境が限定的です。
リネンは、中央アジア原産で、冷涼な気候の亜寒帯地域で栽培されます。リネンは連作障害(1つの農地で1つの作物を繰り返し栽培することによって、病原菌や害虫が多くなったり、土壌養分が不足すること。)が起きやすいため、6〜7年の輪作(1つの作物を栽培して収穫してから、次の作付けまでに何年か間隔を空けること)を行います。ラミーは、多照で温暖な気候と湿潤な土地を必要とします。また、栽培期間が長いのが特徴です。
一方で、ヘンプは冷帯・温帯・熱帯と幅広い気候条件に適応し、害虫にも強いのを強みとしています。また、栽培の過程で使用する水の量が少なく、大量の水を必要とする綿花と比較されることがあります。
こちらに、リネン・ラミーとの栽培面の比較が載っていますので、ご参考ください。
(Source: https://asafuku.jp/pdf/HempBuilding_TomCraft.pdf)
自動車内装
軽量で丈夫なヘンプ茎の繊維は、古くから自動車産業でも使われてきました。こちらの記事によれば、すでに1940年代にはフォードが、ヘンプ由来プラスチックのボディを採用したプロトタイプを製作。現在では、自動車内装材としてベンツ・BMW・アウディなどに採用されているそうです。各社は、プラスチックの強度を上げるために、ヘンプ繊維を混ぜ込んでおり、自動車一台当たり約15kgのヘンプが使われているようです。
これからEVの普及が進むにつれて、走行距離を確保するために1gでも車体を軽量化したい自動車メーカーにとって、サステナブルかつ軽量で丈夫なヘンプ繊維は、より魅力的な存在になっていくかもしれません。
余すところなく使えるのが魅力
その他にも、製紙工場や畜産農家向けにも、ヘンプの茎や実は余すところなく出荷されていきます。ドイツの平均的なヘンプ農家のビジネスモデルを例にご紹介します。500ヘクタールの面積でヘンプを栽培した場合、4,000トンが茎として、500トンが実として加工工程に送られます。
茎4,000トンのうち、繊維が1,000トン、チップが2,200トン、くずが400トン。繊維やチップは、自動車部品工場や建材メーカーなどに販売します。実500トンのうち100トンが油、350トンが絞りかすとなり、畜産農家や園芸資材向けに出荷されます。
(Source: http://hokkaido-hemp.net/germany-report2003.pdf)
繊維100円/kg、チップ35円/kg、油1,000円/kg、かすを10円/kgとすると、400ヘクタールの土地で栽培したヘンプの一次加工品売上高が、3億円程度になるそうです。植物全体を余すところなくつかうことができるのが、ヘンプの大きな魅力です。
ここまでの情報をまとめると、「どこでも、農薬いらずで、スピーディに作れ、余すところなくさまざまな用途で使われる。」それがヘンプです。
Why Now?規制と緩和
(Source: https://pixabay.com/ja/vectors/%E3%81%AA%E3%81%84%E8%96%AC-%E8%A8%98%E5%8F%B7-%E5%81%A5%E5%BA%B7-%E7%A6%81%E6%AD%A2-%E8%96%AC-156771/)
ヘンプの歴史は古く、今になって急に産業利用され始めたわけではありません。日本でも古くから神社のしめ縄や住宅建築に使われてきました。一方で、繰り返しになりますが、歴史的に法規制を受けてきた植物でもあります。ヘンプ・大麻はTHCの含有率によって別物であるとされてはいるものの、その区別には手間と時間がかかるため、ヘンプは大麻に対する法規制の影響を大きく受けることになります。
規制の歴史と早期解禁した国々
少しだけ薬物乱用対策の歴史を見てみます。国際的に薬物乱用を抑止する動きが始まったのは、アヘン戦争後。1912年の国際アヘン会議では、麻薬使用目的の限定や、輸出入規制、犯罪の定義づけが議論されました。
それからさまざまな動きがありましたが、1961年には規制の対象となる薬物に大麻が含まれました。これが契機となり、ヘンプの栽培が世界中で激減。(冷戦中の東側陣営にはこれに則らず栽培を続けた国もあり、結果的に中国・ロシア・ルーマニア・北朝鮮などは、今でも主要な生産国として名を連ねています。西側ではフランス・韓国が栽培を続けました。)
その後、地域ごとにばらつきはあるものの、徐々に栽培が解禁されていきます。例えば、イギリスは1993年、オランダが1994年、ドイツとオーストリアが1996年、カナダが1998年、オーストラリア・ニュージーランドが2002年に、栽培が解禁されました。
(Source: https://molfo.net/jp/shop/feature-pages/hemp-textile/)
アメリカと日本は少し遅れた
アメリカは長らく規制を設けていましたが、この10年で大きく動きつつあります。2014年に産業用ヘンプ農業法が制定されると、部分的な栽培解禁に伴って、ヘンプ生産量は増加。前述の2018年改正法では、より緩和が進み、さらに栽培が増えていきました。いまではアメリカが、中国やカナダを超える栽培面積を誇り、世界最大級であるといわれています。
日本は、また特殊な事情を抱えています。第二次世界大戦後にGHQの管理下に置かれた日本は、アメリカの意向を受けて、ヘンプの作付け制限が命じられました。その後、農林省の交渉もあり、制約条件つきの栽培が許可されましたが、全国で5,000ヘクタール(戦時中は15,000ヘクタールもあった)、許可対象は12県のみ、栽培許可申請書の提出必須など、厳しい制限が残りました。その後、次第に規制が緩和され、大麻取締法では全都道府県で免許取得制の栽培が可能になりました。
一方で、現在に及んでも、日本ではTHC含有成分による大麻とヘンプの明確な区分がされておらず、農家の数も多くありません。現在では北海道でのみ栽培されており、大麻取締法の改正が叫ばれています。
改めて、Why Now?という点に戻ります。各国進捗に差はあれど、特に大きなマーケットであるアメリカが、ここ2〜3年でヘンプの規制緩和を急速に進めており、これからまだまだ伸びてくると思われます。こちらのサイトを参考にすると、アメリカのヘンプ市場のポテンシャルが見て取れます。化粧品・ヘルスケア・医療品のようなB2Cだけでなく、B2B領域でも伸びていくことが予想されています。
こういった「市場に追い風が吹いている」状態で、彗星の如く現れるのが、スタートアップです。世界では、どのようなヘンプスタートアップが存在するのでしょうか?特に、ものづくりという観点で、いくつか紹介していきたいと思います。
スタートアップの動き
現在、ヘンプスタートアップの多くは、CBD関連製品分野で事業展開しています。つまり、コンシューマー向けのヘルスケア製品や、そういったヘルスケア製品を売買する人向けのマーケットプレイスなどが中心です。もちろん、その分野がさらに成長していくとは思いますが、ヘンプ自体をどう効率的につくるか、ヘンプをどう製造業・建設業のような分野に活用していくかという点に、私は特に関心があります。
BastCore
2014年に創業した、アラバマ州に本社を構えるスタートアップ。ヘンプを栽培する農家から茎を購入し、繊維製品を製造して販売する一次加工メーカーの位置付けです。特に、デコルティケーション(剥皮)・デガム(麻精錬)技術に強みがあるそうです。
収穫した茎部分は、木質部と繊維部に分離され、繊維構造を損わずに、木質部を何回もつぶす。つぶした木質部は途中で取り除いていきます。粗い生の繊維を柔らかい白綿状の繊維に変える工程がデガミング。ガムと呼ばれる糖類を除去します。ホームページからは、細かい作業工程の秘訣までは読みきれませんでしたが、効率や品質に強みがあるのでしょうか。
BastCoreは、信頼性の高い農家とパートナーシップを結び、ヘンプの安定調達を確保している点が強みです。2021年にシリーズAラウンドで、280万ドル(≒3億円)を調達。株主には、Poseidon Asset Managementという、ヘンプ領域に積極投資する投資家が入りました。
Leaf Trade
2017年シカゴ創業のスタートアップ。卸売業者と栽培者を結びつける、ヘンプ特化のペイメントプラットフォームを展開。
ヘンプやヘンプ関連製品に特化したECサイトなどが増えてくる中で、まだ整備されきっていない流通市場に、多様な決済手段を提供しようとしています。
IsoHemp
2013年にベルギーで創業した、ヘンプブロックメーカーです。地元のサプライヤーからヘンプと石灰を調達し、建材として利用可能なヘンプクリートを建設業者やリフォーム会社に提供します。
材料の提供だけでなく、ヘンプを使った住宅設計に関するコンサルティングサービスや、施行に必要な機器のレンタルなども行います。
単なるサプライヤーにとどまらず、ヘンプ建築マーケットを広げるために、積極的にサービスを拡大しようとしている点が面白いと思いました。
SeFF Fibre
2017年イギリス創業のスタートアップ。ヘンプ繊維を加工して、主にアパレル向けに原料として提供しています。
コットンのように滑らかでソフトな生地を、ヘンプからつくる特許技術を有しているそうです。コットン(綿花)は、大量の水と労働力を使う、と批判されることがありますが、それに比べて土地の肥沃さも、水も、労働力もそれほど必要としないヘンプを活用することで、持続可能なアパレルづくりをしようとしています。ホームページからも、コットンに比べてサステナブルである、という強い主張が読み取れます。
この他にも、特にヨーロッパ・アメリカを中心に、いくつか類似スタートアップがあります。これからますますスタートアップの数が増えてくるのではないでしょうか。一方で、日本は、アメリカのCBD製品ブームはやってきたものの、ヘンプ栽培については規制の影響が大きく、これから成長していくか不透明性が残ります。スタートアップが、ヘンプの生産・加工まで入り込んでいく場合、規制緩和を進める動きも含めて、事業開発していく必要がありそうです。
IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について
フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。
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