化学業界の購買体験DXプラットフォーム:Knowde
- Shingo Sakamoto
- Mar 17
- 8 min read
今回はKnowde(「ノード」と読みます)というスタートアップを調査してみます。Knowdeは、化学業界向けのオンラインマーケットプレイスを運営しており、設立から約7年で、BASF・DuPont・三菱ケミカル等の大企業を顧客に持つ規模まで成長しました。
なお、記事中の為替レートは2025年3月17日時点のものを利用しています。

(Source: ChatGPTで筆者が作成)
Knowdeについて
Knowdeのウェブサイトを開くと、同社が「マーケットプレイス運営企業」というレッテルに対して否定的な姿勢をとっていることがわかります。ウェブサイトのトップには、「マーケットプレイスは我々のコアテクノロジーを活用したアプリケーションの1つに過ぎず、我々の真の競争優位性は過去7年間にわたって構築してきた化学分類やデータ抽出・構造化に長けたAIである」というCEOメッセージが大きく掲載されています。
Knowdeは大きく3つのアプリケーションを展開しています。Knowde MDM Platform、Knowde CXP(Customer Experience Platform)、Knowde Marketplaceです。Knowde CXPは名前こそわかりにくいですが、イメージとしては、販売機能付き自社ウェブサイトと考えて良いかもしれません。化学製品を取り扱う企業が自社ウェブサイト上で、化学製品を効率的に紹介・販売するためのプラットフォームです。Knowde Marketplaceはいわゆるマーケットプレイスで、買い手と売り手をオンライン上で結びつけ取引機会を創出します。
CXPとMarketplaceの基盤となるのがMDM Platformですが、これは少しわかりにくいので、次章で深掘りしていきます。
Knowdeのコアテクノロジー:MDM Platform
MDMとはMaster Data Managementの略です。このアプリケーションは化学製品のデータを一元管理し、CXPMarketplaceにデータを供給する基盤サービスのような役割を果たしています。
MDMが管理するデータは、大きく分けて2つあります。1つが原材料データ、もう1つが製品データです。原材料データはKnowdeユーザー企業がサプライヤーから調達した化学品のデータ、製品データはKnowdeユーザー企業が自社で開発・製造した化学品のデータです。
1. 原材料データの整理
ある企業がサプライヤーから原材料(化学物質、ポリマー、添加剤等)を購入する際、サプライヤーから送られてくるデータ形式は、サプライヤーごとにバラバラであるケースが少なくありません。
例えば、あるサプライヤーはExcelファイルで成分表を送ってくるかもしれませんし、別のサプライヤーはPDFファイルで独自仕様書やSDS(Safety Data Sheet、化学物質の危険性について記載されたドキュメント)を送ってくるかもしれません。また、契約条件はWordで、価格情報はメール内に記載して送られてくることもあります。
「バラつき」は、フォーマットだけでなく「名称」にも当てはまります。同じ原材料でも、人によって呼び方が異なる場合があります。例えば、「ポリエチレン」という物質は「PE」と表記されることがあります。また、構造や分子量によっては、ポリエチレンはポリエチレンでも「高密度ポリエチレン(HDPE)」「超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)」「低密度ポリエチレン(LDPE)」「直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)」等、厳密には正式名称が変わってきます。さらに、全く同じポリエチレンでも、メーカーが独自に命名した製品名は異なる場合があります。
名称だけでなく、CAS番号(化学物質に1つずつ付与されたユニークな管理番号)についても、本来は「123-456-789」のようにハイフン(-)2つで3つのパートに分かれているべきですが、もしかしたら企業によっては「123456789」のようにハイフンを抜いて表記してしまう可能性もあります。
このような「さまざまなバラつき」を放置していると、原材料を一元管理することができず、検索や横並び比較ができずにコスト削減・調達の最適化が難しくなります。
そこで、Knowde MDM Platformは、AI-OCRやデータ正規化技術を用いて、異なるフォーマットからデータを抽出し、統一性のあるデータに変換します。具体的には、ポリエチレンであれば名称を「PE」に、CAS番号を「9002-88-4」に自動的に統一するようなイメージです。
2. 製品データの整理
製品データの場合、サプライヤーから受領するデータとはまた違った意味で、データが「バラついて」います。
まず、製品に関連するデータが各部門に分散していることがあります。例えば、製品の試験結果・成分配合については研究開発部門の実験データ、生産日・原料ロットについては製造部門の生産ロットデータ、粘度・pH・引火点等の物性については品質管理部門の検査データ、販売価格や製品名は営業・マーケティング部門のカタログデータ・販売データに含まれており、1つの製品に関連する全データが全てのデータが一元的に管理されているわけではない、という事象です。
また、原材料データ同様に、「名称」の問題もあります。サンプル品と量産品で化学品名称が異なる、同じ化学品でも販売先によって名称が異なる、同じ化学品でも管理する営業部ごとに名称が異なる、等の課題が考えられます。
製品データの場合は、特に開発・製造に関連するデータと、マーケティング・営業に関連するデータが寸断されているケースが多くみられます。例えば、ある製品を検索した時に、その製品の原材料データ、生産ロット、物性、顧客リスト、使用用途、カタログ、SDS等の情報が全て紐ついた形で参照できる、というのは理想の状態ですが、Knowdeのさまざまなインタビュー記事を読んでも、そのような管理ができている企業はほとんどないようです。
Knowde CXP / Marketplace
MDMによってデータ統合されたことで向上した検索体験をエンドユーザー(Knowdeを利用するユーザー企業にとっての顧客)も享受できるようにするアプリケーションがCXPです。これは化学品版のShopifyのようなサービスで、Knowdeユーザー企業は、ほとんど手をかけることなく、自社のウェブサイトに、エンドユーザーが検索しやすい形で化学製品の一覧を掲載することができます。
また、CXPの機能を利用することで、エンドユーザーはウェブサイト上から見積もりやサンプル提供の依頼を行うことができます。また、Knowdeユーザー企業は、ウェブサイトのトラフィックをGoogle Analyticsのような形で分析することができます(例:インプレッション数、インバウンドリード数)


(Source: https://www.knowde.com/software/customer-experience-platform)
ここまで調べてみると、Marketplaceの位置付けも見えてきます。ユーザー企業は、KnowdeのMDM Platformを用いてバラバラになっている化学品データを統合・整理することで、手を煩わせることなく、CXPを用いて製品を自社ウェブサイトから販売し、そしてKnowde Marketplaceによって新たな販売機会を得ることができるのです。
Marketplaceを見てみると、セグメントごとに製品が細かく分かれており、セグメント内の各社の製品が詳細なレベルで情報公開されています。このように詳細情報を掲載すればするほどオンライン上の「場」としての価値は高まりますが、それは一方で販売企業に対して詳細なデータを「求める」ことであり、販売企業のハードルは上がります。Knowdeはそのハードルを下げるためにMDM Platformを提供しています。


(Source: https://www.knowde.com/marketplace)
Knowde誕生の経緯と思想
Knowdeの設立は2017年で、創業者はAmin-Javaheri氏です。Amin-Javaheri氏の父は化学メーカーに勤めるエンジニアで、その影響もあってAmin-Javaheri氏は小さい頃から化学業界を身近に感じていたそうです。同氏は大学卒業後にChemPoint(ファインケミカル製品のマーケティング・販売を担う企業)に入社し、Knowde設立直前の2016年まで10年以上勤めていました。その後、特に販売・マーケティングの観点で化学業界に改善の余地があることに気がつき、Knowdeを設立します。
Amin-Javaheri氏が答えるこちらのインタビュー記事には、興味深い内容が書かれています。まず、同氏は、ChemPointで製品のマーケティング・販売に関わっていたため、化学業界を「開発・製造者目線」よりも「エンドユーザー目線」で眺める期間が長かったそうです。そこで、他業界に比べて化学品をオンラインで購入することの難しさに気がつきます。例えば、Adidasのオンラインショップに行けば、(実際に靴を履いてみることができる、という点を除いて)Adidasの店舗に行くのと同じくらいの情報を得ることができますが、化学品の場合はそのようにいきません。エンドユーザー目線で見ると、化学品の調達をオンラインで検討するにあたって、サプライヤーが提供する情報が十分でないケースがほとんどです。なぜオンライン上でデータを公開できないかというと、それはそもそも販売企業の社内で化学品に関連するデータが不揃いなままで分散しているためだ、という仮説に辿り着きます。そして、自らその課題を解決するためにMDMを立ち上げ、そしてエンドユーザーの購買体験を向上させるためにCXPやMarketplaceを立ち上げています。
こちらの記事によると、「シリーズCラウンド時に、同社は5億ドル(≒750億円)以下の時価総額で評価され、年間経常収益は時価総額の約20倍」と書かれているため、およそ年間2,500万ドル(≒37億円)以下の年間経常収益と思われます。
私はこれまで、「社内のデータを正規化するAI」というフレーズは、耳障りは良いもののエンドユーザーの価値につながっているケースはそう多くない、という認識でいましたが、Knowdeはデータ正規化という「手段を目的化」することなく、自社ウェブサイト・マーケットプレイスに結合するためにデータ正規化技術を開発していった点が興味深いと思いました。Knowdeは販売側にサービス提供していながら、一貫してエンドユーザー側の課題解決・購買体験を重視しており、その思想をぶらさないからこそ、唯一無二的なポジションを築くことができているのかもしれない、と感じました。
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