top of page
Search
  • Writer's pictureShingo Sakamoto

自動車整備のDXを進めるMobile Tech RXのご紹介と、これから注目の整備マーケットについて

Updated: Mar 1, 2023

特定の業界に提供する、クラウドベースのソフトウェアサービスを、バーティカルSaaSということがあります。既存システムではカバーしきれなかった、あるいはひどく手間がかかっていた、その業界ならではの業務を、サブスクリプション方式のソフトウェアで効率化します。


近年、このバーティカルSaaSが盛り上がってきている、という声をよく聞く気がします。昨年末から今年の初めにかけて目にした、いくつかのインタビュー記事には、投資家が「2021年はバーティカルSaaSに注目だ。」と言っていましたし、IT関連の記事にも、バーティカルSaaSの盛り上がりに言及するものがあります



これは私の意見となりますが、スタートアップがつくるバーティカルSaaSは、なんでもかんでも特定の業務を切り出して、それをウェブサービスやモバイルアプリにして、少し便利にすればよい、というわけではないと思っています。


「顧客のペインが深い業務」を10倍便利にするような「機能」が顧客に受け入れられるところから始まり、近接する業務も従来の10倍スピードでできるようにしたり、経営全体の改善につながるインサイトを得ることができたり、業務全体のあり方を変えてしまうような「プロダクト」に昇華させていくことが必要ではないでしょうか。



世界中あちこちで、そういった優れたバーティカルSaaSを提供するスタートアップが誕生していますが、今回は、2021年6月にasTechというテキサスの会社に買収された、Mobile Tech RXをご紹介します。Mobile Tech RXは、自動車整備業者向けのSaaSになります。日本でも、ちょうど先日、自動車整備出張サービスを行うseibiiが、シリーズAラウンドで8億4,000万円調達しました国内の自動車整備は約5〜6兆円と言われる巨大なマーケットであり、デジタルの力を使って業務を改善できる余地が、まだ残っているのかもしれません。



この記事では、まず、自動車整備業者が抱える課題と、それを解決しようとするMobile Tech RXのアプローチを紐解いていきます。その後、Mobile Tech RXと似たようなアプローチを行う競合スタートアップや、少し違う戦略を採る自動車整備スタートアップを、いくつかご紹介します。


最後に、電気自動車の普及によって、これまでのガソリン自動車を中心に構築されてきた自動車整備マーケットがどう変わり得るのか、また、もう少し視野を広げて、大型ドローンや空飛ぶクルマの時代に、どのような整備マーケットが生まれ得るのかを考察してみたいと思います。


(Source: https://pixabay.com/photos/brake-disc-workshop-auto-service-1749633/)




Mobile Tech RXとは?


Mobile Tech RX(少し長いため、以降「RX」と記載します)は、2014年にアメリカ・テキサス州で創業されたスタートアップです。同じくテキサスで、自動車整備業者向けにリモート診断や電子整備機器などを提供するasTechが買収しました。買収額は明かされていませんが、買収時点でRXの顧客は4,000社以上にのぼります。ちなみに、資金調達は1回だけで、2019年に420万ドル(≒5億円)のラウンドを実施しています。


顧客と課題、解決策

RXにとっての顧客は、自動車整備業者です。整備業者は、1社で自動車を丸ごと1台整備できるような規模の業者から、ガラス・ホイールなど部品特化の中小整備業者まで、多岐に渡ります。


RXがターゲットとする整備業者は、大きく2つの課題を抱えています。依頼人に整備依頼を受けてから、整備のワークフロー管理がアナログで行われていること、そして見積書・請求書作成に時間がかかることです。


  • ワークフロー管理 整備ワークフロー管理には、整備士にタスクをアサインし、依頼人とスケジュールを調整することが含まれます。整備のワークフローは、会社規模によってそれぞれ異なります。全ての整備が自社内で完結できるような、十分な数の整備士を雇用している業者は、RXを用いて各社内整備士にタスクアサインを行います。一方で、自社内で整備が完結しないような、パートナー業者に一部業務委託をしなくてはならない業者は、会社間のワークフロー管理に使用します。


  • 見積書・請求書作成 整備業者は、依頼人の自動車VIN(Vehicle Identification Number、車両識別番号)を、RXアプリのカメラでスキャンすると、VINとデータベースを照合し、車種・年数などの車両情報を抽出することができます。すると、アプリ上に車両3Dデータが現れ、「どの部位に、どのような整備を実施するか」という「処方箋」を、スマホだけで作成することができます。例えば、運転手席のカバーをレザーに張り替える、ひびの入ったフロントガラスを直す、といった具合です。必要な入力を完了させると、見積書・請求書が自動的に出力できるようになります。 整備業者は、モバイルアプリを使うことで、出張見積りができるようになります。VINスキャンから見積書のメール送付まで、ワンストップでできるようになるため、オフィスで手書き・エクセル入力していた業務が、どこでもできるようになるのです。


上記2点が、整備業者の業務を大幅に効率化し、サービス導入のきっかけとなる便利な機能に当たりますが、これをフックに、さらなる便利機能を顧客に提供しています。


  • ペイメント管理 見積書・請求書の送付後、依頼人からのカード支払いをアプリ上で確認・署名し、領収書の発行までアプリ上で完了させることができます。


  • アナリティクス あらゆる情報がデータベースに蓄積されていくため、整備業者はアプリを用いて業務をするうちに、経営の意思決定につながるデータ・インサイトを得ることができるようになります。 例えば、RXを導入した整備業者は、顧客単価・顧客が多いエリア・高頻度使用部品・整備頻発箇所など、さまざまな情報にアクセスできます。RXのアナリティクスのレパートリーは豊富で、生産性の高い整備士ランキングや、注文の多い整備箇所トレンドなどを、グラフィカルに確認できるようになります。


(Source: https://www.mobiletechrx.com/analytics/)


  • マーケティング 顧客データが蓄積してくると、RXアプリは、CRMとしてつかうことができるようになります。アプリを通じて、整備のキャンペーン情報を周知したり、仕事ぶりを動画・写真の形で宣伝したりできるようになります。


プライシング

価格プランはStandard、Pro、Advancedの3段階に分かれています。フリーミアムモデルで、最初の10日間が無料となっており、11日目からプランを選択して課金されることになります。


(Source: https://www.mobiletechrx.com/pricing/)


プランごとに、機能が追加されていきます。Standardでも、見積書・請求書作成、ワークフロー管理、ペイメント管理など、基本的なことは一通りできますが、Proには、いくつかの機能が加わります。例えば、NADA(National Automobile Dealers Association、全米自動車協会)の中古車価格データベースにアクセスし、整備メニューの細かい価格調整が可能になります。また、他の整備業者と連携する機能はProプランでしか使えません。Advancedになると、先ほどご紹介したアナリティクス機能が付きます。追加ユーザー1人ごとに月額35ドル課金される点はどのプランも共通ですが、管理者価格が異なります。Standard 65ドル、Pro 150ドル、Advanced 250ドルです。



競合


モバイル端末の普及・スマホカメラ精度の向上・クラウドサービスの普及などによって、巨大マーケットである自動車整備業務をデジタル化する基盤が整ってきました。その波に乗って、世界中でスタートアップがしのぎを削り始めています。


自動車整備スタートアップのアプローチは、①RXのように、整備業者に業務改善SaaSを提供するか、あるいは、②依頼人に出張整備サービスを提供するか、のどちらかであることが多い印象です。


2019年にカナダ・トロントで創業。同社のプロダクトはRXと非常に似ており、整備業者の業務をデジタル化するSaaSを提供しています。整備業者は、Autoleapのモバイルアプリで、見積書作成・整備士のタスクアサイン・デジタル機器検査が可能になります。RXと真っ向から競合するプロダクトですが、2014年創業のRXを後追いする形でも、2020年にシードラウンドで、640万カナダドル(≒5億円)を調達できています。


2015年にアメリカ・シアトルで創業。Wrenchは、上述の分類でいう②のアプローチで、出張整備サービスを提供しています。提携する出張修理業者に、診断ソフトウェア・点検資機材を提供し、依頼主が選んだ好きな時間帯に、オンデマンド修理サービスを提供します。世界では、この出張整備サービス市場が激化しています。後ほどご紹介するRepairSmithやOpenbayも同じようなサービスを展開しています。Wrenchは、ユーザー獲得のために、創業直後から積極的に資金調達して事業を加速させています。2016年の創業から毎年資金を調達し、累計で3,800万ドル(≒41億円)に及んでいます。


2018年にアメリカ・カリフォルニアで創業。Wrench同様、出張整備サービスを提供しています。資金調達について詳しい状況はわかりませんが、2020年には、同じく出張整備サービスを展開するCarDash持ち込み・出張どちらにも対応できる整備サービスを行うMore Automotive Groupを続けて買収し、巨大化を図っています。出張サービスには、地域性が関係するため、M&Aを通じた早急な規模拡大が重要になるのかもしれません。


2012年にアメリカ・マサチューセッツ州で創業。依頼主と整備業者のマッチング、および整備業者向けのSaaSを提供しています。2012年にシードラウンドを実施し、2016年にシリーズAラウンドを実施。株主にはa16zのように著名な投資家や、Shell VenturesのようなCVCも入っています。




これから注目の整備マーケット


RX含め、これまでご紹介してきた整備業者は、主にガソリン自動車の取り扱いが中心でした。この章では、ガソリン自動車以外の整備マーケットについて考察してみたいと思います。


電気自動車の時代

電気自動車が普及すると、自動車整備業者の働き方は変わるのでしょうか?ハイブリッドではなく、完全に電気で駆動する電気自動車の場合、エンジンがなくなり、それに伴って変速機・マフラー・燃料タンクなどが不要になります。


一方、エンジンがなくなる代わりに、バッテリー・モーター・インバーター・コンバーターなどが必要になります。電気自動車についてまとめているブログに、ガソリン車から電気自動車に移行する時に、不要になる、あるいは新たに必要となる部品リストが掲載されていますので、ご参考ください。


電気自動車に変わることで、部品点数が減ることは確実であるものの、整備業界が根底から変わるということはない、という意見があり、私も基本的にこの意見に賛成です。整備士資格の中で最も上位の一級整備士は、ガソリン・ディーゼル・ハイブリッド・電気などの種別によらず、すべての車両を整備する資格・知識を持ち合わせていることになっており、随分前からハイブリッドカーに対応してきているため、電気自動車中心の社会になったとしても、それほど問題はないのではないかと思います。


電気自動車の中心的役割を果たすバッテリーに注目してみると、BMS(Battery Management System)と整備の関係が気になります。BMSスタートアップを紹介する記事で書いた通り、バッテリー寿命を正確に把握し、長く使えるよう制御していくために、BMSは重要な役割を果たしますが、BMSを通じて得るデータを「誰が持つのか」によって、整備のあり方も変わってくるのではないでしょうか。バッテリーのコンディションによって整備方法が変わるのであれば、バッテリーデータを握ることは重要です。BMS開発メーカー、自動車メーカー、そして自動車のオーナー、誰が主権を持つのかによって、整備業者との関係性が変わってきそうです。



ドローンの時代

大型ドローン(あるいは空飛ぶクルマ)は、次なる大きなアフターマーケットを生むかもしれません。これまでのドローンは小型かつ安価であったことから、修理して何年も使うよりも、バージョンアップされた新作モデルを買う方が、一般的だったかもしません。


一方で、欧米を中心にドローンの大型化が着々と進んできています。ドローンが大型化すると、担う業務も物流・運搬といった「重量物を扱う仕事」にシフトし、そうすると動力源や機体構造も複雑化してくる可能性があります。


全国各地で大型ドローンが飛び回るようにになると、自動車業界と同じように、ドローン整備業者も各地に点在するようになるのではないでしょうか。


実際、海外では、すでにそういったニーズに対応しようとするスタートアップがあります。Drone Fundは2021年4月に、アメリカのRobotic Skiesという会社に投資しています。Robotic Skiesは、航空機に特化した、225社を超える独立整備業者パートナーと連携しています。同社は、各国の航空局が打ち出した政策・法律に則って、対象ドローンが継続的な耐空証明を取得するために必要な整備ができるよう教育を行い、サービス品質を担保しています。すでに、世界49カ国でサービスを提供しているようです。


この点において、日本では今後どのようなドローン整備の動きが起こっていくのでしょうか?航空機の世界で整備を担っていたような方々をつなぐネットワークができるのか、あるいは自動車整備業者が、ドローン整備もできるよう事業を拡大させていくのか。まだ、日本の大型ドローンマーケットそのものが黎明期ですから、ちょっと早すぎるように見えるかもしれません。


一方で、すでにデジタル化されつつある自動車整備オペレーションが持ち込まれた場合、ドローン整備は最初からデジタルに最適化された超効率的なオペレーションになり、一気に独占市場になる可能性があるのではないか、と思います。もし、こういったテーマでプロダクトをつくろうとされている起業家がいらっしゃれば、ぜひお話しましょう!



IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


お問い合わせは、こちらからお願いします。


今回の記事のようなIDATENブログの更新をタイムリーにお知りになりたい場合は、下記フォームからぜひ IDATEN Letters に登録をいただければ幸いです。




bottom of page