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生成AI関連プロダクトのリリースに要求される「アクセス」の観点

  • Writer: Shingo Sakamoto
    Shingo Sakamoto
  • Apr 15
  • 10 min read

今回は論文を参考に、生成AI関連プロダクトを「リリースとアクセス」という観点から考察してみます。


生成AI関連プロダクトは、内部利用されているモデルが「公開か / 非公開か」という観点で分類できます。たとえば、OpenAIやAnthropicのように、モデル自体が非公開な形で提供されるサービスと、DeepSeekやLlamaのように、モデルが公開され誰でもアクセスできるサービスが存在します。また、サービスの提供形態も多様で、ChatGPTやGeminiのようにウェブから誰でも利用できるチャット形式のものもあれば、APIやモデルの公開といった形式で利用者側に一定の技術的リテラシーが求められるものもあります。


「新規プロダクトがリリースされた」というニュースを目にしたものの、実際試してみると利用手段が複雑で気軽に試すことができなかった経験をお持ちの方も多いかと思います。こうした状況は、生成AIを含めた新技術・新サービスが氾濫する現代において顕著であり、プロダクトのリリースとアクセスという概念を明確に区別して考察する必要性が浮き彫りになっています。


今回紹介する論文「Beyond Release: Access Considerations for Generative AI Systems」では、生成AI関連プロダクトのリリースにあたっては、システムを公開して「利用可能」にするか否かだけではなく、その後の利用者や関係者がどのようにシステムと関わるかという点において、より広範な「アクセス」の観点をもつことがが重要だと論じられています。具体的には、リリースされた各システムコンポーネントを利用するために必要な資源の確保、技術の使いやすさ、実用性の3軸に沿ってアクセスの概念が分解され、それぞれの軸で考慮すべき要素について詳細に検討されています。本論文では「リリース」と「アクセス」の違いに焦点を当て、単に利用可能であるか否かだけでなく、利用者が実際にどのようにアクセスしているのかという点が、長期的なリスクと便益のバランスを評価するうえで不可欠であると述べています。

(Source: ChatGPTで筆者が作成)
(Source: ChatGPTで筆者が作成)

アクセス可能な状態とは

 本論文では、システムコンポーネントが単にリリースされる(利用可能=Availableとなる)だけではなく、実際にユーザーや外部関係者がそのコンポーネントに「アクセス」できる状態にするための要素に注目しています。ここで、アクセス可能性は利用可能性と明確に区別されます。例えば、システムコンポーネントが利用可能であっても、実際にアクセスされなければ意味がなく、そのためのインフラやユーザーインターフェースなどの実装が不可欠であると論じられています。

(Source: https://arxiv.org/pdf/2502.16701)
(Source: https://arxiv.org/pdf/2502.16701)

アクセス可能性を決定する3要素


システムのアクセス可能性という概念は、システムコンポーネントを誰がどのように利用できるかという観点から、リソースの確保、技術の使いやすさ、そして実用性という3つの軸に分解されています。そして各軸における変数がシステムの利用の幅や安全性に影響を及ぼしていると整理されています。


リソースの確保
  • 稼働に必要なインフラ(GPU等)を確保することができるか

  • ストレージとホスティングのコスト

  • 推論・適応(ファインチューニング等)のコスト

  • ライブラリへのアクセス


「リソースの確保」の軸では、システムやその構成要素を多くの利用者がホストし、運用できるかどうかが、インフラと費用の観点から検討されています。AIシステムはトレーニング以外に、推論、ファインチューニングなど多様な計算資源を必要とします。特に世界的にGPU不足をはじめ計算需要が高まってる現在では計算インフラの確保が大きな障壁となり得ます。また、用いるトレーニングデータが、大容量かつ高価なストレージを必要とする場合、データの保管能力そのものが研究の進展やデータ品質の向上に寄与する重要な要素として捉える必要があります。


ユーザーがコードを実行できるか否かに直結する重要な要素としてライブラリへのアクセス可能性が挙げられています。利用者が全てのコードにアクセスできることで、既存の研究成果を再現し発展させることが可能となりますが、逆にアクセスが制限されると、再現性が損なわれる恐れがあります。また、コードベースへのアクセス制限は研究者による評価を難しくさせる要素となりますが、一方で悪意ある利用者によるアクセスを防ぐことでセキュリティを高めることができる要素としてポジティブに捉えることも可能です。


技術の使いやすさ
  • エンドユーザー向けインターフェースの提供

  • 独自API/関数の要否

  • 利用資格の要否

  • レイテンシ

  • 要求される技術的スキル

  • ドキュメントの品質

  • ライセンス形態


「技術の使いやすさ」の軸では、システムやその構成要素へ広範な利用者が技術的にアクセスし使用できるかを評価しています。利用者の技術的背景に依存しないような、直感的なユーザーインターフェースやAPIなどが設計されることで、専門外のユーザーもシステムの恩恵を受けることができます。


技術の使いやすさの一例として、ユーザーがモデルと対話するためのエンドユーザー向けインターフェースの重要性が論じられています。例えば、ChatGPTやClaudeなどのサービスでは、チャット形式などでモデルとやり取りできる仕組みを提供することで、専門知識を持たない幅広いユーザー層へのアクセスを実現しています。、また、システムの一環として提供されるコードやデータセットの質、ライセンスの形態(研究向け、商用向け等)も技術の使いやすさを左右する要因として挙げられています。


実用性
  • 多言語・マルチモーダル対応

  • コンテキスト(インプットできるテキストの分量)

  • 知識のカットオフ

  • 出力の再現性

  • 知識の網羅性


実用性の軸では、アクセス可能なシステム機能から利用者が実際の便益を得られるかどうかに焦点を当てています。技術の使いやすさが幅広い層の技術的アクセス可能性を示すのに対し、実用性はそのアクセスが実際の価値や成果に結びつくかを評価しています。ここでは、利用者が得る利点と同時に、システム利用に伴う潜在的なリスクで考慮すべき点も整理されています。


モデルの実用性を評価するにあたっては、多言語対応やマルチモダリティ(複数のデータ形式で入出力ができること)、入力および出力のサイズ、知識のカットオフ(学習データにxxxx年yy月までの知識が含まれるか)といった要素が検討されています。多言語対応は、非英語圏や低リソース言語の利用者にも価値を提供し、新市場の開拓に寄与する一方で対応言語が増えることで攻撃対象が広がるリスクも存在すること、各モダリティの特性に応じた監視・保護策の検討、入力の長さや出力規模がユーザー体験に与える影響、最新の知識を反映するカットオフ設定の意義などが具体的な要素として挙げられています。


実用性の軸ではドキュメンテーションについても言及されています。本論文ではシステムの各構成要素やプロセスに関するドキュメンテーションの充実度が、実用性を左右する重要な要因として評価されています。ドキュメンテーションが充実することで、トレーニングデータの出所や評価結果、モデルの不確実性に関する情報など、利用者に透明性と信頼性を提供し、科学的再現性の向上にも寄与します。一方、不十分な文書化はデータセットの内容やモデルの内部動作を不明瞭なものとしてしまい、また悪意ある利用者による不正のリスクが高まることが指摘されています。



誰にアクセス権を与えるか


システムへのアクセスを考える上では、システムの各構成要素に誰がアクセスできるかという点が重要となります。一般にアクセスの拡大は管理者側のリスク把握難易度を高め、全体の管理負荷に直結するため、アクセス拡大とその管理とのバランスが重要な課題となります。


例えば、完全にオープンではないプロダクトで個別にアクセスを管理した制限付きのリリースを実施する場合、外部の研究者や監査者がシステムの各コンポーネントにどれだけのアクセスが可能であるかを明確にする必要があると指摘されています。安全な情報共有の仕組みを用いることで、コラボレーションと透明性が促進される一方で、機密性の高い情報は法的・安全上の理由から公開が制限されることもあります。利用ケースや研究分野に応じてアクセスの可否、深さを調整する必要があると述べられています。

(Source: https://arxiv.org/pdf/2502.16701)
(Source: https://arxiv.org/pdf/2502.16701)

また、ここではシステム利用の拡大に伴い、不正行為の監視、問題発生時の対応、システム公開範囲の調整といった追加のタスクが発生し、システム全体の管理コストが増大する問題について検討されています。利用者数が増加することでシステム運用者に対して様々な要求がされうること、多言語での利用や、国や地域をベースとしたアクセス制御も管理上の課題として取り上げられております。アクセス制御はアカウント作成やAPIポリシーへの遵守を約束してもらうといった方法が存在するものの、実際にはリリース方法に依存してしまう要素であるとも述べられています。


その他の考慮点


資源の確保・技術の使いやすさ・有用性の各分析軸で説明された変数のリスク・リターンのトレードオフに加え、システムのリリース後に全体的に注目すべき点についてもいくつかの観点が示唆されています。


例えば、モデルの能力やコスト、データの入手可能性が近年大きく変動しており、これらの要因がシステムの将来的な展開やリスク評価において重要な判断基準となるとされています。例えばDeepSeek-R1のような低コストで高性能かつパラメータが公開されているモデルの登場、そして影響を受けた各社が続々モデルを発表している現在のような市場全体が過熱している現在はまさに、各分析軸における要素の評価方法にも変化が発生しているとの見解を示しています。


また、比較的小規模なモデルの利用が活発になっている点にも触れられています。前述したように、大規模なモデルは大量の計算資源を要求することから安定した稼働のためにはコストがかかる点が課題として挙げられます。そうした背景もあり、DeepSeek-R1、Qwen2 72B Instruct、Llama 3 70B、Mistral Large 2 128Bなど大規模モデルに匹敵する性能を持ちながら、より低コストでの運用が可能な小規模モデルも登場しています。こうした高性能な小規模モデルの存在により研究者や小規模事業者が性能を犠牲にすることなく現実的なコストでアクセスできるようになってきています。こうした小規模モデルの開発が進み、ローカルサーバーや普段使いのデバイスでの実行可能性が高まることで、クラウド依存を避けることができ、利用シーンの拡大に寄与すると論じられています。


さらに、システムで扱うモダリティに関して、音声や画像、テキストといった形式ごとに異なる監視や保護策が必要となる点や、モデルの有用性や潜在的な危険性が、実際にどのようなアプリケーションで運用されるかによって大きく変わる点が論じられています。生成AI関連システムは汎用性が高いため、一般的なリスク評価だけではその安全性を十分に把握できず、具体的な運用ドメインでの評価が不可欠となることが強調されています。


有象無象のAIプロダクトが日々登場している中、プロダクトのリリースに注目が集まりがちですが、プロダクト提供の原点に立ち返り利用者の利益につながるようなアクセスを提供できているか、という観点を持つと、また違った見え方になってくるような気がしました。


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