2022年9月、Xeneta(ゼネタ)というノルウェーの国際物流スタートアップが、8,000万ドル(≒118億円)の資金調達に成功しました。Xenetaは、世界中の輸送運賃データを収集してデータベースを構築し、分析プラットフォームとして国際物流関係者に提供しています。
国際物流に関連するスタートアップとしては、以前FlexportやFortoをピックアップしましたが、Xenetaはまた違うアプローチで事業を展開しています。今回は、Xenetaのサービス、ユニークな「サービスのつくり方」、そしてどのような事業進捗をたどってきたのか、ご紹介したいと思います。
なお、記事の中で、為替レート(ドル・円)は2022年10月31日時点のものをベースに計算しています。
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Xenetaの提供するサービス
Xenetaの顧客ターゲットは、荷主(荷物を送りたい企業)とフォワーダー(荷物の輸送を手配する企業)です。ホームページを見ると、荷主顧客のロゴリストには、Nestle、PUMA、LVMH等のグローバルブランドが並んでいます。
(Source: https://www.xeneta.com/)
また、フォワーダー顧客のロゴリストには、Bollore(フランス)、CEVA Logistics(フランス)、Hellmann Worldwide Logistics(ドイツ)等、主にヨーロッパに拠点を構える物流企業が並んでいます。
(Source: https://www.xeneta.com/)
Xenetaは、中立的な立場から、荷主・フォワーダーに「交渉の道具」、具体的には、海上・航空貨物の各航路における「相場価格=市場平均価格」を閲覧できるプラットフォームを提供しています。
このプラットフォームは、荷主にとっては、フォワーダーからの見積もり価格に対して「この価格は市場平均価格と照らし合わせて妥当なのか?」を判断する材料となり、フォワーダーにとっては、「この市場平均価格の中で、荷主に選んでもらうためには、どのような価格設定をすべきか?」を考慮する材料となります。
Xenetaの強みは、短期・長期契約の取引価格を複数関係者から収集し、プラットフォーム内でスピーディに市場平均価格を提示できる仕組みにあります。情報の提供元は、BCO(Beneficial Cargo Owner、フォワーダーを介さずに船社と直接契約を結ぶ荷主)やフォワーダーとなっているそうです。こうした市場のリアルなデータを匿名化し、市場平均価格を算出したり、同一ルートにおける最低価格・最高価格のスプレッドを提示したり、荷主・フォワーダーともに参照したいと思うようなデータベースを構築しています。
では、なぜ荷主・フォワーダーは、Xenetaに情報提供するのでしょうか?利用ガイドを読む限り、その答えは「情報提供を行うことで初めて、データベースを利用できるようになるから」とシンプルです。
荷主の立場に立つと、フォワーダーや船社との契約価格をXenetaに提供することで、一定のメリットが得られそうです。市場平均価格と比較することで、自社の契約価格が適正なのか客観視できるためです。
逆に、フォワーダーが荷主との契約価格をXenetaに提供するメリットは、どのようなものが考えられるでしょうか?それは「得をする」よりも「損しない」という観点から見た方が分かりやすいかもしれません。もし情報を提供しなければ、フォワーダーは荷主が見ているであろうXenetaの市場平均価格にアクセスできません。市場平均価格がわからないと、交渉時に損をしてしまう可能性があります。例えば、最初から市場平均価格を大幅に下回る価格を提示してしまうと、本当はもう少し価格を上げても受注できたはずなのに、無駄に低い価格で受注してしまったことになるからです。逆に、最初から市場平均価格を大幅に上回る価格を提示してしまうと、交渉に入る前に、荷主が他のフォワーダーに流れてしまう可能性があります。このように、荷主が見ているであろう相場価格を知らないまま交渉を行うのは、フォワーダーにとって得策とは考えづらいと思われます。
一方、「単に関係者から情報を集約して平均価格を公開するだけ」であれば誰にでもできそうだと思われるかもしれませんが、実際はそう簡単ではないようです。関係者から受け取った輸送価格は、そのままでは横並びに比較できない状態になっているため、Xenetaが比較可能な形式に変換して市場価格を算出しているのです。
この点を、少しわかりやすくするために、飛行機で東京から福岡まで旅行する例を考えてみます。東京〜福岡便を提供する航空会社はいくつかありますので、別々の航空会社を利用した5人の旅行者から、飛行機のチケット価格がいくらだったか、情報提供してもらうことにします。集約した結果、平均価格が10,000円、最安値が8,000円、最高値が12,000円だったとします。一見、便利なデータに見えますが、これが「意味のある価格」になるのは、条件が揃っている場合に限ります。この5人の中に「大人、座席指定なし、預け入れ荷物なし」の人もいれば、「大人、座席指定あり、20kg以上の預け入れ荷物あり」の人が混ざっていたとすると、平均価格はあまり参考になりません。
海上貨物の価格にも、上記の例と似たようなことが言えるようです。フォワーダーAが提示する価格と、フォワーダーBが提示する価格は、そのまま単純比較できない構造的差異が含まれるケースがあり、それを横並び比較するために専門的な知識が必要となるそうです。Xenetaはその「面倒くさい」データ加工作業を引き受けているのです。
Xenetaの資金調達の推移
Xenetaの創業は2012年で、crunchbaseによると、現在までに累計約1億3,700万ドル(≒200億円)の資金調達を行っています。それぞれの資金調達ラウンド時に、どのような事業状態だったのか、みていきましょう。
2013年4月ラウンド
最初の外部資金調達ラウンドになります。ノルウェーのCreandumというVCが160万ドル(≒2億円)のラウンドをリードしました。2013年当時から、現在Xenetaのコアとなっている「価格比較サービス」を提供しています。仕組みも現在と同じで、「ある航路の集計データを見るためには、自社の契約価格を入力しなければならない」というものです。基本的なサービスは無料で、これから一部有償機能を提供していく予定、と書かれています。このタイミングでは、カバーしている貿易ルートの数は1,000航路程度であるそうです。
2015年2月ラウンド
AllianceというノルウェーのVCが総額530万ドル(≒8億円)のラウンドをリードし、既存投資家も追加投資しています。この時点で、貿易ルートのカバレッジは5万航路まで増加しています。また、別指標として、年間2,000億ドルと言われる海運輸送市場のうち、30億ドル分がプラットフォーム上に掲載されているそうです。さらに、30億ドルというのは、契約案件数でいうと「数百万件」であるそうです。次回ラウンド以降、この「契約案件数」がKPIとして公開されていきます。
ちなみに、Flexportの資金調達ラウンドは1回目が2014年4月、2回目が2015年8月に実施されており、FlexportとXenetaは、比較的近い時期にアーリーステージの資金調達ラウンドを実施していることになります。
2017年2月ラウンド
このラウンドは、ノルウェーではなくイギリスのVCであるSmedvig Capitalがリードしました。調達額は1,200万ドル(≒18億円)です。このタイミングでは、2,300万件以上の輸送案件をカバーしています。また、Kraft Heinz(アメリカ、食品メーカー)、Electrolux(スウェーデン、家電メーカー)、Continental(ドイツ、自動車部品メーカー)等の大企業が荷主顧客として紹介されています。
資金調達に関連するプレスリリースによると、収益は昨年に比べて200%増加しており、有償利用が増え始めているようです。一方、まだこの時は海上輸送に限定されています。
2019年3月ラウンド
このラウンドは、InvestinorというノルウェーのVCがリードしました。調達額は、7,000万ノルウェークローネ(≒10億円)です。前回ラウンドから着実な進捗を見せています。まず、海上輸送案件の契約データ数が前回ラウンド時の約3.7倍(8,500万件)に到達しています。また、2019年初頭から航空輸送貨物の価格比較サービスを始め、数ヶ月で45万件のデータを確保したそうです。
2021年6月ラウンド
このラウンドはアメリカのVCであるLugard Road Capitalがリードしました。評価額は1億3,000万ドル(≒192億円)で、調達額は2,850万ドル(≒42億円)と言われています。資金調達プレスリリースによると、2020年に流行し始めたCOVID-19の影響を受けて海上貨物料金が急騰したこともあり、特に荷主側が「市場価格動向を知りたい」というニーズが高まったそうです。そういった背景もあり、最初の投資ラウンドから参加しているCreandumのパートナーも「Xenetaの市場機会はこれまでになく優れている。」と述べています。
カバーしている貿易ルートは16万航路、そして、収集している輸送案件の契約データ数は海上・航空合計で2億8,000万件を超えているそうです。
2022年9月ラウンド
直近の資金調達ラウンドになります。リードしたのは、アメリカのApax Digitalというグロースファンドです。調達額は8,000万ドル(≒120億円)です。資金調達に関するプレスリリースによると、同社がカバーしている貿易ルートは海上輸送:航空輸送=7:3、そして、収集している輸送案件の契約データ数は3億件です。
そして、これまでのリリースでは明かされていませんでしたが、Xenetaが創業初期、「ノルウェーのオスロから中国の港までのたった1ルート」しかカバーしていない時、最初はなかなかデータが集まらず苦労したものの、いったんデータが集まり始めると事態は好転し始めた、という苦労話も紹介されています。
そして、前章でも言及した通り、この資金調達を報じたTechCrunchの記者も「興味深いことに、データを提出している人々は、自分のデータをライバルになる可能性のある人に公開することの競争的側面についてあまり心配していないようです。」と述べています。
Xenetaは、1〜2回目の資金調達ラウンドを近い時期に行ったFlexportに比べると、その後の資金調達ラウンドにおける調達額の規模が、Flexportよりかなり小さいことがわかります。例えば、Flexportの直近のラウンドは2022年2月で、9億3,500万ドル調達しています。これには、資金調達タイミングの景気の違いに加え、そもそものビジネスモデルの違いも関係している気がします。Flexportは、デジタルフォワーダーとして自社で輸送手配を行うため、オペレーションスタッフが相当数必要になりますが、Xenetaはあくまで分析プラットフォームの構築にとどまっているため、それほどオペレーションスタッフは必要にはならない可能性があります。
一方で、Xenetaがこれからどのように売上を増やしていくのか、気になるところです。データのカバレッジは毎回の資金調達プレスリリースで公開されていますが、売上は一度も公開されていません。基本機能は無償で利用できるようですが、どのように課金を増やしていくのでしょうか。ホームページでは、プライシングやマネタイズの方法が説明されておらず、他の項目に比べて情報が少ない点が気になりました。
ただ、同じく北欧発のSpotifyがフリーミアムモデルで大躍進したように、Xenetaも今後有料課金するプレミアム機能が続々と登場し、売上を急増させていくのかもしれません。このあたりは今後ウォッチしていきたいと思います。
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