top of page
Search
  • Writer's pictureShingo Sakamoto

Xometry:製造業オンラインマーケットプレイスを展開する注目スタートアップがNasdaqに上場

Updated: Mar 1, 2023


アメリカ・メリーランド州のXometry(ゾメトリー、と読みます)いう会社が、2021年6月にNasdaq上場申請をしました。同社は、製造業のオンラインマーケットプレイスを展開するスタートアップで、加工部品を調達したい顧客とサプライヤーパートナーをマッチングさせるビジネスモデルです。以下の動画をご覧いただくと、イメージが湧きやすいかもしれません。


(Source: https://www.youtube.com/watch?v=VPOnloBWBzw)



Xometryは、2013年の創業から7年後の2020年に、年間売上が1億4,140万ドル(≒160億円)になるまで成長しました。


日本でも、ミスミ・ラクスル・キャディなど、集約(受注)と分散(発注)を組み合わせたマッチングプラットフォームビジネスは、注目されています。調べていくと、Xometryは、ビジネスモデル・成長の軌跡ともに、お手本となるようなスタートアップですが、日本語の情報があまり多くありません。製造業を1つの投資テーマとするIDATEN Ventures としては、上場申請を機にご紹介すべきだと思いました。


2021年4月に、上場申請に必要な書類が公開されたため、基本的にそちらの資料を参考にして、ビジネスモデルや成長戦略を紐解いていきます。


(Source: https://pixabay.com/photos/milling-drill-cutting-tools-444493/)




会社概要、ビジネスモデル

会社概要

Xometryは、アメリカのメリーランド州ゲティスバーグに本社を置く、製造業オンラインマーケットプレイス運営会社です。2013年にRandy Altshuler氏とLaurence Zuriff氏が共同創業しました。


ミッションは、「To accelerate innovation by providing real time, equitable access to global manufacturing capacity and demand.」(グローバルな製造能力と需要へのリアルタイムかつ公平なアクセスを提供し、イノベーションを加速する。)となっています。


ビジネスモデル

Xometryのビジネスモデルは、MaaS(Manufacturing as a Service)と表現されることがあります。Xometryのオンラインマーケットプレイスを利用した顧客は、必要な時に、必要な分だけ、部品を発注することができます。


顧客は、まず購入したい部品の3D CADデータを、Xometryのオンライン見積もりエンジンにアップロードします。そして、製造プロセス、素材(例えば、アルミニウム・銅・プラスチック・etc)、仕上げ処理など、いくつかの条件を選択。すると、数分後、見積もり価格が提示されます。Xometryは、顧客の注文を、アルゴリズムが最適かつ製造可能と判断したサプライヤーパートナーに転送し、パートナーは注文を受け入れるかどうか決定します。


サプライヤーパートナーは、これまで得られなかったような顧客からの注文をマーケットプレイス上で受注でき、自社設備のダウンタイムを回避し、製造キャパシティを最大限活用できるようになります。


また、Xometryは、サプライヤーパートナー同士の交流を促進するような支援もしており、パートナー会社はネットワークに参加することで、経営改善のtipsを入手したり、新しいツールの情報を得たり、営業機会だけでないメリットを得ることができます。


創業チーム

Altschuler氏は、Wikipediaに出ているほど有名な人らしいので、そちらを参考にします。Altschuler氏は、ドイツ文学を専攻したプリンストン大学在学時、料理人やキャンパスの警備員として働いたそうです。卒業後、ウィーン大学でフルブライト奨学生(国が認めた奨学金対象者)として研究し、その後、ハーバードビジネススクールでMBAを取得。


MBA取得後の1999年、彼はOffice Tigerという会社を興しました。Office Tigerは、業界特化のBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)サービスを提供。ホワイトワーカーが行うようなハイエンド業務を、賃金がそれほど高くない国にアウトソースする支援をしました。


その次に創業したのがCloudblueです。Cloudblueのビジネスが、Xometry創業に影響を与えているように思います。2008年に誕生したCloudblueは、あらゆるソフトウェアをクラウド上で利用することができるプラットフォームを展開。クラウドサービス大手Amazon Web Serviceの誕生が2006年なので、まだクラウドサービスが始まって間もない時期です。Cloudblueは、特定のSaaSを提供するのではなく、あくまでサードパーティとして、ベンダーが効率的に顧客を見つけられるプラットフォームを作りました。ベンダーをクラウド上に集めるモデルは、Xometryに近いものがあります。Cloudblueは順調に成長し、2013年にIngram Microという会社が買収しています。その次に作ったのがXometryです。


余談ですが、Altschuler氏は、2010年と2012年に、ニューヨーク州議会第1区の、共和党下院議員候補として活動しました。詳細は割愛しますが、政治家になるという夢も持っていたようです。



共同創業者のZuriff氏は、ブラウン大学卒業後、ジョンズホプキンス大学で経済学修士号を取得。その後、10年ほどファンドを転々とし、アナリストやポートフォリオマネジャーとして活動しました。2009年からは、Altschuler氏の選挙対策チームに入って、財務責任者を務めています。2013年にXometryを共同創業し、現在はCSO(Chief Strategic Officer)を担っています。



ステークホルダーと解決する課題


Xometryのオンラインマーケットプレイスには、2つのステークホルダーが存在します。バイヤーとセラーです。それぞれが、製造業特有の課題を抱えており、Xometryはどちらの課題も解決しようとしています。


バイヤー

バイヤー(買い手)は、これまで私が「顧客」と言ってきた方々です。以降、バイヤーと呼びます。Xometryはバイヤーを、「当社のプラットフォーム上で、オンデマンドの部品や組立品を発注する個人」と定義しています。


具体的には、製品設計者・調達担当者・発明家・経営者などが当てはまるそうです。そういった方々は、BMW・GEなどの大手から、小さなスタートアップまで、あらゆるサイズの会社に所属しています。また、バイヤーの所属先には、民間だけでなく、アメリカ陸軍やNASAのような公的機関も並びます。


セラー

セラー(売り手)は、これまで私が「サプライヤーパートナー」と言ってきた方々です。以降、セラーと呼びます。Xometryはセラーを、「当社のプラットフォーム上で買い手のために製品を製造することを当社が承認したか、当社の金融サービスや消耗品の購入など、当社のセラーサービスを利用した個人または企業」と定義しています。


セラーの多くは、中小機械工場を運営する会社です。営業・バックエンドに豊富な人材を抱える大手と異なり、「つくる」以外のリソースが不足しているケースが多くなります。


双方の課題

バイヤーもセラーも、それぞれ違った課題を抱えています。


バイヤーは、断片的かつ地域に偏りのあるセラーから、比較的長いリードタイムで、品質管理が徹底されていない製品を、不透明な価格で調達しなければいけない、という課題に直面しています。


オンラインマーケットプレイスが登場する前、バイヤーは、長年のお付き合いで紐ついた特定のセラーから、部品を調達していました。お付き合いのある「特定のセラー」が生産できない部品を調達する場合、新たなセラーを探し出し、価格・納入時期を交渉しなければなりません。各セラーを比較し、少しでも安価で良質な部品を購入しようとすると、その分調達担当者の作業負荷が大きくなります。


そこで、Xometryは、バイヤーに、数クリックで最適なセラーを見つけ出し、独自算出した見積もり価格を即座に提示し、あっという間に部品を発注できるサービスを提供することにしました。機械加工品(金属の塊を削ってつくる加工品)・板金加工品(1枚の板金から目的に合わせてつくる加工品)であれば、標準的な納期は3日と書かれています。



セラーの課題は売上が安定しないことです。多くのセラーは、優れた技術を持っている一方で、営業リソースの不足によって顧客開拓能力が限定的で、需要が安定しないため、財務的に苦しい状況にあります。


セラーには、さまざまなバイヤーからのアクセスを提供し、また経営改善に資するサービスを提供します。例えば、主要ブランドの工具・材料・消耗品を低価格で購入することができたり、営業支援ツール・経営管理ツールを使うことができたり、Xometryのセラーネットワークに加入するインセンティブが用意されています。




資金調達と成長の軌跡


この章では、Xometryの資金調達と、成長の軌跡を追います。


資金調達

Crunchbaseを参考に、2013年の創業から、2021年の上場申請まで、資金調達ラウンドを追ってみました。

  • 2013年 創業ラウンドで420万ドル(≒5億円)

  • 2015年 シードラウンドで、880万ドル(≒10億円)

  • 2017年 シリーズAラウンドで、1,400万ドル(≒15億円)。ここで、バイヤーの1社である、GEのスタートアップ投資部門GE Venturesが株主に入りました。 同年、シリーズBラウンドを実施し、1,500万ドル(≒17億円)調達。GE Venturesに加えて、BMW Venturesも、投資家に名を連ねています。

  • 2018年 シリーズCラウンドで、2,500万ドル(≒28億円)

  • 2019年 シリーズDラウンドで、5,000万ドル(≒55億円)

  • 2020年 シリーズEラウンドで、7,500万ドル(≒83億円)。上場前最後となったラウンドには、アメリカ金融機関大手のT Rowe Priceがリード投資家として入りました。

  • 2021年 Nasdaq上場申請。上場によって、最大1億ドル(≒110億円)の調達を計画しています。


成長の軌跡
  • 2014年 売上80万ドル(≒1億円)。初めての取引は3Dプリント品だったようです。

  • 2015年 売上300万ドル(≒3億円)(前年比+275%)

  • 2016年 売上760万ドル(≒8億円)(前年比+150%)

  • 2017年 売上1,700万ドル(≒19億円)(前年比+120%)。射出成形品の取扱い開始。

  • 2018年 売上3,840万ドル(≒43億円)(前年比+125%)。Autodesk(アメリカの3D CADソフト開発大手)と提携。

  • 2019年 売上8,020万ドル(≒90億円)(前年比+110%)。アジア・欧州に進出。セラー向けサービス提供開始。この年から、損益計算書が公開されています。粗利益1,500万ドル(≒17億円、粗利益率19%)、営業損失3,100万ドル(≒34億円)。

  • 2020年 売上1億4,140万ドル(≒150億円)(前年比+76%)。セラー向けに、金融サービス提供開始。粗利益3,300万ドル(≒36億円、粗利益率23%)、営業損失2,900万ドル(≒33億円)

  • 2021年 第一四半期分しかありませんが、売上4,400万ドル(≒49億円)に対して、粗利益1,000万ドル(≒11億円、粗利益率23%)、営業損失1,000万ドル(≒11億円)。2021年4月時点で、顧客43,000社、製造個数600万個以上、LTV/CACが6.1x。ちなみに、LTV(顧客生涯価値)とCAC(顧客獲得コスト)については、こちらをご参考ください。


(Source: https://sec.report/Document/0001193125-21-194064/#tx120843_11)



成長戦略


この章では、Xometryの成長戦略について、ESG・海外進出・M&Aの3つの観点から考察します。


ESG

Xometryのプラットフォームには、面白いESGの仕掛けがあります。


バイヤーは、購入する部品の製造過程で発生するカーボンに対して、カーボンクレジットという権利を購入できます。バイヤーは、この権利を購入することで、「当社は、購入しようとしている部品の製造プロセスでカーボンが排出されている、いうことを意識しており、それを相殺するために必要な追加コストを支払う」という環境配慮アピールができます。


この仕組みは、バイヤーに対して、環境配慮アピールする権利を与えるだけでなく、セラーに対してカーボン排出量削減意識を植え付けます。例えば、ある部品を、全く同じ品質で、同じ地域で製造するセラーがあるとします。その場合、排出カーボン量が、両社の競争力格差につながります。バイヤーはカーボンコストの低い部品を購入した方が、環境にもお財布にも優しいためです。


また、マーケットプレイス運営者としてのXometryも、エコなものづくりにコミットしています。Dot Neutralという環境団体と提携し、Xometryのマーケットプレイス上で注文された部品が出荷されるたびにXometryはフィーを払い、そのフィーはカーボン排出を削減する投資に回されるか、排出量を相殺するカーボンクレジットとして利用されます。


海外進出

上場開示書類には、繰り返し「International Expansion」というワードが登場します。同社は2019年に、すでに欧州・アジアに進出の足がかりを作っています。


上場によって調達した資金を、営業・マーケティングに投入し、世界中にセラー・バイヤーのネットワークを拡大していくと書かれています。


M&A

巨大な製造業界におけるポジションを強固にするため、積極的なM&Aを計画しています。XometryがM&Aする場合、地域・品目・ツールの3軸で考えることになると思います。


まず、地域です。ヨーロッパ・アジア・アフリカなど、北米地域のバイヤー・セラー・ネットワークが波及しづらい海外経済圏でシェアを伸ばすためには、その経済圏で存在感のあるマーケットプレイス運営会社を買収することが1つの選択肢になります。


続いて、品目です。現在カバーしている機械加工・板金加工・3D プリンティング・射出成形に加わるアイテムのマーケットプレイスを運営する会社がM&Aターゲットになると思います。例えば、電子回路基板、装置一式などが考えられます。また、機械加工品目の中でも、取り扱い可能な金属や加工パターンの拡大もあり得ます。例えば、二次加工処理のレパートリーを増やす、金属だけでなくダイヤモンドなどの素材も扱えるようになる、等。


最後に、ツールです。これは、セラーの経営改善に資するツールベンダーをM&Aするパターンです。Xometryのビジネスモデルは、いかにセラーサイドの販売機会を増やし、コストを削減できるか、が重要になります。中小事業者に最適化された経営管理システムや、あるいは設備故障を検知するIoTツールを開発するベンダーのM&Aによって、クラウド上のコンサルティング会社のようになる未来もあり得ます。




いかがでしたか?Xometryは、2018年〜2020年の平均売上成長率が104%と、拡大を続けています。3つ挙げた成長戦略以外に、今後どのような戦略を打ち出してくるか、非常に楽しみです。


6月21日のニュースは、Xometryが時価総額最大15億ドル(≒1,700億円)規模で、IPOするのではないかと報じています。これから日本にも、Xometryのセラー・バイヤー・ネットワークが波及してくるのでしょうか。コロナウイルスによって、世界中の製造業サプライチェーンに乱れが生じました。セラーもバイヤーも、クラウドを通じて、どんどん新しい顧客を獲得していくことができるXometryのビジネスは、非常に価値があるものかもしれません。




IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


お問い合わせは、こちらからお願いします。


今回の記事のようなIDATENブログの更新をタイムリーにお知りになりたい場合は、下記フォームからぜひ IDATEN Letters に登録をいただければ幸いです。



bottom of page