CelLinkは、2011年に創業された、FPC(Flexible Printed Circuit、フレキシブルプリント基板)の開発・製造・販売を行うスタートアップです。すでに同社製品は100万台以上の自動車に組み込まれているらしく、そのスケールとスピード感が興味深いところです。
そこで、今回はCelLinkを取り上げ、同社が解決しようとしている課題、テクノロジー、現在に至るまでの資金調達や事業進捗の流れをご紹介いたします。
なお、レポート内で、為替レート(ドル・円)は2023年6月4日時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/vectors/ボード-チップ-回路-電気の-158973/)
PCBとFPC
CelLinkの強みは、電気的・熱的に高い性能を発揮するFPCの製造ノウハウにあります。同社のFPCを用いると、車両配線における丸型ワイヤの束を削減し、最大70%の重量削減と最大90%の体積削減を実現できるそうです。
具体的な技術の話に入る前に、FPCとPCB(Printed Circuit Board、プリント電気回路)の違いを簡単にご紹介いたします。
PCBはハードボードとも呼ばれ、GFRP(ガラスエポキシ樹脂)のような硬質な材料が基板材料として用いられます。コンピュータ・通信機器・家電製品等、比較的大電流・高電圧な電力が必要となる製品に搭載されるケースが多く、配線には一定の厚みが求められます(一般的なPCB設計では、厚さ18μm・35μm・70μmの銅線が用いられるそうです)。また、高速デジタル信号や高周波信号を安全に伝送する場合は、信号品質を維持するために配線をさらに厚くすることもあるそうです。
(Source: https://ja.ineed-motors.com/news/what-is-the-difference-between-pcb-and-fpc-40087964.html)
一方、FPCは「フレキシブル」という名の通り、基板が柔らかい(ソフトボード)のが特徴です。素材には、ポリイミドやポリエステルが用いられます。柔軟性を活かし、スペース制約や曲面性がある小型電子機器、例えばスマートフォン・デジタルカメラ・医療機器等に搭載されるケースが多いようです。FPCは、その特徴を活かし、ボード間・コンポーネント間をつなぐケーブルとして利用されるケースが多いです。PCBに比べると扱う電流・電圧は小さく、その分銅線も薄く(細く)することができます。製品によっても異なりますが、FPCの配線の厚みは12μm〜35μmが一般的なようです。
(Source: https://www.okidensen.co.jp/jp/prod/fpc/fpc_setumei.html)
CelLinkの技術
一般的にFPCは柔軟性が高い代わりに大きな電流・電圧に対するケイパビリティが低いと言われていますが、CelLinkは、比較的大きな電流・電圧が必要となるパワーエレクトロニクスでもFPCを利用できるよう、最適な材料の組み合わせと製造プロセスを開発し、この垣根を壊そうとしています。
2023年6月時点で、ホームページ上に紹介されているサービスは3種類あります。1つ目がEVバッテリーパック向け統合配線ソリューション、2つ目が自動車用フレキシブルワイヤーハーネス(自動車内部の電子機器をつなぐ電線の束)、3つ目が最小ロット1個から対応可能な特殊回路設計・製作です。
バッテリーパック向けに構築された回路には、電線にアルミニウムが用いられています。電池セル間の伝送を担うアルミニウム線の厚さは100〜1,000μmとなっており、一般的なFPCに比べると厚くなっています。厚みがあることによる熱問題や柔軟性の低下を防ぐノウハウに、同社の強みがあるのかもしれません。
(Source: https://cellinktechnologies.com/battery-pack-interconnect/)
自動車用のワイヤーハーネスは、厚さ70〜125μmの銅線が用いられています。同社によると、車両の中でも特にスペースが限られている、計器盤・天井内張り・バンパー周辺部・座席等の配線に有効であると紹介されています。
(Source: https://cellinkcircuits.com/automotive-flex-harness/)
EV車両用配線・バッテリーパックの他にも、LED照明・太陽光発電システム等の市場もターゲットとして視野に入れているそうです。
資金調達と事業進捗について
Crunchbaseによると、CelLinkが初めて外部資金を調達したのは2015年で、出資者はBosch Ventures(BoschのCVC)となっています。
直接CelLinkの公式声明として発表されているものは見当たりませんが、こちらのニュース記事によると、同社は元々太陽光パネル向けに最適な回路基板を開発するという目標を掲げて開発をスタートさせたそうです。
2回目の資金調達は2018年に行われ、Franklin Templeton Investmentsというカリフォルニアを拠点とする投資会社が株主に加わりました。1回目と2回目のラウンドにおける調達額はいずれも公開されていません。
3回目のラウンドが2019年で、約2,300万ドル(≒32億円)を調達しています。出資したのはBMW i Ventures(BMWのCVC)、Ford Motorの自動車メーカー2社に加え、モビリティ領域の先進技術スタートアップに出資するFontinalis PartnersというVCです。
BoschやBMWのプレスリリースによると、同ラウンドまでにCelLinkは最初に建設した工場で製造していましたが、需要の増加に応えて、2020〜2021年の間に新たな工場の建設を計画しています。調達した資金は、開発した電気自動車・電気バイク向けFPCの量産化に充てられたそうです。
先ほど、同社は元々太陽光パネル向けに開発されたと紹介しましたが、3回目の資金調達ラウンドについて報じたこちらの記事にも、「コア技術が、(太陽光パネルから)全く新しい製品クラス(電動モビリティ)に進化した」と紹介されています。創業から最初の資金調達までに4年かかっていることも考えると、あくまで推測ではありますが、太陽光パネル市場ではそれほど強いニーズが見つけられず、技術開発と事業開発を並行して進める中で、電動モビリティという、より成長率が高く、技術的にもフィットする市場を見つけて軸足を移していったのではないかと思います。
4回目のラウンドは2021年で、Lear Corporation(自動車用シート、電気システムを製造するアメリカ企業)、BorgWarner(自動車向けパワートレインを製造するアメリカ企業)から約2,500万ドル(≒35億円)を調達しました。
Lear Corporationのプレスリリースによると、CelLinkのFPCは数百の部品と接続された複数セルを格納するバッテリーパックで利用されているそうです。「CelLinkのソリューションは、バス・ヒューズ・電圧監視・温度監視の配線システムを1つの回路に統合し、バッテリーのコストを削減する」と評価されており、「これは、設計固有のツールを一切使用せずに実現され、実質的に資本を必要とせずに設計変更を瞬時に行うことができる。これは、ジャストインタイム化が進む製造業界において大きなメリットとなる。」と続きます。
また、BorgWarnerのプレスリリースにも、類似のコメントが見られます。「CelLink社の回路は、従来のフレキシブル回路より軽量、占有スペースが少なく、高い導電性と熱伝導性を誇ります。また、コストで有利な上、より広範囲をカバーすることができます。しかも、専用設計の製造設備が不要です。」と紹介されています。
これらの情報を統合すると、CelLinkのFPCは、軽量・省スペースと高い導電性・熱伝導性を両立しており、これまで分散していた回路を1枚の回路上に集約することができるようです。そして、それらの回路設計は「設計固有のツールを一切使用せずに行われる」そうです。詳細は書かれていませんが、この点は大きな強みになりそうです。というのも、CelLinkを評価するコメントには「量産対応が可能」というワードが共通して登場しており、恐らく回路設計の柔軟性が、複数顧客の複数製品に量産対応できる、という強みにつながっているのではないかと思います。
5回目のラウンドが2022年で、2億5,000万ドル(≒350億円)を調達しました。このラウンドには、自動車関連企業を中心とする既存投資家にグローバル投資ファンドが加わる形で、10以上の投資家が参画しました。
本ラウンドに関するプレスリリースでも、CelLinkの技術的強みは一貫した形で紹介されています。複数の複雑な機能を1つのFPCに統合できること、それによって重量・体積を削減できるだけでなく、車両組立のプロセスがシンプルになること、そして、プロセスやアーキテクチャの変更時に設計固有のツールを使用せず、設計改定サイクルが大幅に短縮されること、等です。
そして、2023年に、冒頭の米国エネルギー省による大型融資が行われました。ニュース記事によれば、今回の融資は新たな量産工場の建設に充てられるようです。テキサス州に新設される予定の工場は、年間約270万台の自動車に利用されるワイヤーハーネスを製造できるキャパシティとなり、需要に応じて段階的に稼働ラインを増やしていく計画となっています。
FPC関連スタートアップ
この章では、FPC関連領域で事業を展開するスタートアップを2社ご紹介します。
同社は、2014年に日本で創業された企業で、金属インクジェット印刷によるフレキシブル電子回路基板の開発・製造・販売を行うスタートアップです。同社は、フィルムに金属を印刷し成長させることで要望の銅パターンをつくるエレファンテック製法(ピュアアディディティブ法)を採用しており、これによって既存製法に比べて水消費量を最大95%削減することができるそうです。また、銅使用量も70%削減できる、と紹介されています。
(Source: https://info.elephantech.co.jp/p-flex)
これらの技術によってつくられたFPC「P-Flex」は、モニターの操作スイッチ部、包装容器エアリークテスト装置の圧力センサモジュール部等に搭載されています。同社は、創業から現在までに合計約90億円を調達しています。
Flexiramicsは2015年にオランダで創業された企業です。「Flexiramics」という、軽くて柔軟性がありながら、従来のセラミックのような物性を持つセラミックファイバーマットを開発しています。Crunchbaseによると、創業から現在までに700万ポンド(≒10億円)を調達しており、2021年1月のプレスリリースによると、「今後2年間で生産規模を拡大していく」と書かれています。
同社は、顧客の要望に合わせてセミラックをカスタマイズ開発するビジネスモデルを採用しており、セラミックの柔軟性レベル・密度・組成・形状等、多数のパラメータを調整して提供します。
ホームページでは、強みが活きるケースとして電子機器の熱管理が挙げられています。セミラックは熱放散性に優れていますが、柔軟性がないため小型化の可能性が制限されており、そこをFrexiramicsで解決可能であると紹介しています。
この他にもFPC関連スタートアップはあるかと思いますが、今回は以上とさせていただきます。今後、電動モビリティ市場のさらなる活発化や、銅等の金属資源価格が高騰していく可能性を踏まえると、CelLinkのような技術はますます注目が集まっていくかもしれません。
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