これまで、私が執筆したいくつかのブログで、建設に関わるトピックを紹介してきました。(例えば、2021年以降の注目トレンドや、創業チームの考察など。)
ファイル共有、プロジェクト進捗管理といったマネジメントSaaS、人材・業者のマッチング、バリューチェーンの垂直統合型プラットフォーム、あるいはプラットフォームを支えるXR・センサー・機械学習といったテクノロジーまで、建設業界をより良くしていくアイディアにとてもワクワクします。
私はこれまで、建設業界について、どちらかといえば「ヒト・モノ」にフォーカスを当ててきました。しかし、ビジネスに重要なのは「ヒト・モノ・カネ」。この記事では少し視点を変えて、建設にまつわる「カネ」に注目していみたいと思います。
建設スタートアップを始められている方やこれから始める方に加えて、金融に関心がある方にも、面白く読んでいただけるのではないかと思います。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97-%E3%82%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9-%E6%89%8B-3196481/)
Contech × Fintech = Built Technologies
本日ご紹介するのは、Built Technologies。建設融資に特化したプラットフォームを提供するスタートアップです。実は、TechBlitzが2020年12月に発行したレポートの中では、(2020年12月時点で)建設スタートアップのグローバル資金調達ランキングで7位につけている成長企業なのですが、日本語での情報があまり見当たりませんでした。そこで、英語で出されている情報をもとに、ご紹介していきます。
同社は、2021年2月にシリーズCラウンドで8,800万ドルを調達しています。Crunchbaseで把握できる情報によると、シリーズCラウンドを含めて累計で1億6,000万ドル超調達しているBuilt Technologiesは、建設×金融の新たな形を追求するリーティングカンパニーとして注目されています。
【貸し手である金融機関】と【借り手側である不動産デベロッパー、ゼネコン、専門工事業者】を結びつけ、建設に関わるお金の流れを滑らかにするプラットフォームを構築しています。
設立は2015年で、本社はテネシー州ナッシュビル。ちなみにテネシー州は下記にあります。
(Source: https://www.google.com/maps/place/Built+Technologies/@36.9567923,-98.123445,5.15z/data=!4m5!3m4!1s0x88646579aa4895c9:0x27781eb22abb966b!8m2!3d36.0853538!4d-86.7483825?hl=ja)
全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)のレポートでは、ナッシュビルはmain tech hub(技術の集積地)として言及されています(p.15 グラフ)。カントリーミュージックの本拠地でもあるこの土地で、テックスタートアップが盛り上がっているようです。
Built Technologiesのプラットフォーム
具体的にビジネスモデルをみていきましょう。Built Technologiesのプラットフォームは、お金の貸し手である金融機関と、借り手である請負業者や不動産会社の両面をターゲットとするプラットフォームです。
借り手
借り手である請負業者や不動産会社が享受するサービスは3つあります。
①Lien Waiver Management(先取特権放棄管理)
Lien(先取特権) Waiver(放棄)とはどういった手続きでしょうか。こちらのサイトによれば、先取特権とは「物的担保の一つで、法律で定められた特定の債権を有している債権者が他の債権者に優先して債務の弁済を受けることができる権利のこと」とあります。
不動産の場合、以下の費用を負担した債権者が、他の債権者に優先してその債権を回収できる権利を持ちます。上位から順に優先順位が高い項目になります。
1.【不動産の保存】
不動産の価値を維持するためにかかる費用。家を新規に建てる場合、棟上げ時点から完成までにかかる建築費を不動産の保存費用として把握する。
2.【不動産の工事】
不動産の工事にかかる費用。工事開始前に予算額を登記すると先取特権に効力が発生。
3.【不動産の売買】
不動産の売買にかかる費用。
この権利を放棄する、というのはどういうことかについて、新たに建設工事を開始するケースで考えてみましょう。まず、お金の流れは融資で金融機関→請負業者となっているとします。この場合、上記の定義から、お金を最初に貸した金融機関ではなく、直接工事費用を払った請負業者の方に、優先的に先取特権が帰属してしまいます。金融機関からすれば、リスクを負ってお金を貸しているのは自分たちなので「先取特権放棄」を求め、請負業者は先取特権放棄書に署名することを求められます。先取特権は建設業界における支払いの領収書のような役割を持つと言われています。
Built Technologiesは、さまざまなプロジェクト管理ツールにプラグインで連動し、必要な先取特権放棄書をスムーズに金融機関に提出できる仕組み(金額管理、メール・印刷・電子取引などの書類提出)を提供します。金融機関が、請負業者に対して「お金を貸したので、領収書をちょうだい!」と請求する流れをスムーズにする仕組みです。
②Lower-Tier Management(下位層管理)
先ほどの先取特権放棄を、下位層(HPの英語を直訳すると「下位層」となってしまいますが、適切な日本語は二次請負会社や三次請負会社といった表現が正しいと思います。)の請負業者に請求できる仕組みです。
例えば、請負業者Aが工事の一部分を請負業者B-1・請負業者B-2・請負業者B-3といった複数の業者に発注する場合、請負業者Aにとってはその契約管理が大変になります。紙で管理する場合、書類の移動も多くなりますし、各社書類のフォーマットも違って手間が増える可能性があります。
Built Technologiesのプラットフォーム上では、電子サイン(DocuSignなど)を使いながら全てをクラウド管理することができます。そして、請負業者B-1・B-2・B-3は、また次の請負業者C-1・C-2・C-3に先取特権放棄を請求できる、といった仕組みになっており、そしてその全体の流れを請負業者Aが追跡することができます。これによって、バリューチェーン全体の取引の流れが透明化されるようになります。
③Electronic Payments(電子支払い)
ACH(Automated Clearing Houseの略で、送金ネットワークの一つ。)や、Wire Transfer(ACHがハブ状のプラットフォームであるのに対し、Wire Transferは二者間の送金ネットワーク。送金料は一般的にこちらの方が高い)を使って、上述の契約に係る支払いを電子化しており、ワンクリックで、適切な業者に必要な金額を送金することができます。
個人的にBuilt technologiesがうまいなと思ったのは、プラットフォームでありながら、排他的ではない点です。むしろ、関連するプロジェクト管理ツール(例えば、Procore、Sage、etc)と連携することで、そのプロジェクトをより円滑にするために契約管理&送金の機能補完を担っています。
貸し手:金融機関
貸し手である金融機関の体験としては、融資先ポートフォリオのリスク管理ストレスが軽減されるとのこと。いったいどういうことでしょうか?
一般的に、建設業界は、売上に先行して資金が必要になるため、資金繰りが難しいと言われています。工事に必要な資機材の仕入れ・レンタル、あるいは作業員の雇用や外注にまとまったお金が必要になる一方で、着工から完成までに時間がかかり、口座に売上が入るまでの期間が平均的に長いからです。
そういった背景もあり、銀行からすると一定の融資リスクがあります。そのリスクを低減するために、短期・少額で融資すればよいのでは?と思いますが、このサイトによれば、審査に必要な融資担当者の手間は想像以上に大きく、効率という観点からすると、少額案件をいくつも掛け持ちすることは避けられる傾向があるようです。(ちなみに、同サイトでは、建設法人のうち85%に短期資金ニーズがありながら、断念したり諦める層が31.7%もいる、と書かれています。)
Built Technologiesはこの貸し手のペインに着目し、クラウド上で返済リスクのある融資先のモニタリングやアラート発出ができるダッシュボードを提供。また、銀行担当者の管理業務の効率化を追求し、ローン情報やドキュメントをクラウドに保管し、監査に対応できるレポートを作成する機能が備わっています。
Built Technologiesの創業者と資金調達状況
創業者はChase Gilbert、Andrew Sohr、Scott Sohrの3名。Gilbertは、アメリカのカジュアルレストランTaziki’s Mediterranean Cafeのオーナーが最初のビジネス。レストランを効率的に運営するためにシステムを積極的に利用したと言います。テネシー大学のフィンテック分野で学士号を取得しました。
Linkedinを見る限り、Andrew Sohrが、Taziki's Cafe時代にGilbertと一緒に働いていたようです。Andrew SohrとScott Sohrの関係性は不明ですが(苗字も同じで、顔も似ているのですが、どういった関係はつかめず...)、Scott Sohrは連続起業家で、不動産・金融・ヘルスケアなどのさまざまな業界でのビジネス経験を持っており、自身でSTS Venturesという会社をナッシュビルに持っています。3人ともテネシー州ナッシュビル出身で、3人とも現職で経営を引っ張っている点です。
余談ですが、同じカフェで働いていた2人が、カフェと全くビジネスモデルの異なる建設×金融スタートアップをここまで大きく成長させ、今でも一緒に率いているというのは、なんとなく心温まります。
シリーズAラウンド
Built Technologiesは2017年のシリーズAラウンドで2,100万ドルを調達しました。記事によると、その時点で累計調達資金が2,500万ドルと書いてあるので、逆算するとそれまでのラウンドで400万ドルを調達していたようです。シリーズAラウンドの投資家は、Index Ventures(サンフランシスコ・ロンドン・ジュネーブに拠点を持つベンチャーキャピタルファンド)とNyca Partners(ニューヨークを拠点とするFintech特化ファンド)の2社。2017年時点でのコメントにはこうあります。(筆者翻訳)
「2014年に設立されたBuilt社は、急速な成長軌道に乗り始めました。2016年1月以降、同社の顧客基盤は3倍以上に拡大し、米国内のあらゆる規模の銀行やその他のノンバンクの貸し手が含まれています。運用開始から30カ月の間に、金融機関はBuiltのプラットフォームを利用して65億ドル以上の建設ローンのボリュームを管理しました。2017年、同社の規模はすでに2倍の30人以上に拡大しています。」
2014年から2016年までの2年間少しの間に、顧客数3倍、累計65億ドル以上のローン実績を達成しました。
シリーズBラウンド
2019年にはシリーズBラウンドでゴールドマンサックスから調達。このラウンドでは、Regions Bank、Canapi Ventures(Fintech特化ファンド)、Nine Four Ventures(こちらは不動産特化ファンド)も参加。前回ラウンドに引き続き、金融系と建設系・不動産系に特化したベンチャーキャピタルファンドから積極的に資金調達を行い、両業界でのプレゼンスを高めていきます。
プレスリリースによると、Built社は2017年以降、顧客数を3倍に増やしており、同社のプラットフォームは、2015年のサービス開始以来、貸し手が240億ドル以上の建設ローンを処理するのに役立っています。
ニュースでは上記のように書かれており、2019年時点で2017年比で顧客数が3倍、建設ローン実績が2017年比で約4倍(65億ドル→240億ドル)に成長。順調に伸びています。
シリーズCラウンド
そして2年後の今年、シリーズCラウンドで8,800万ドルを調達。製品群と、借り手のさらなる拡大を目指すと言います。今回ラウンドのリード投資家はPelotonに投資したLee Fixelの新ファンドAdditionです。また、このラウンドでは既存投資家に加え、著名な個人投資家も参加しているようです。この時点ではローン実績が680億ドルと書かれており、2019年から2年間で3倍近くまで増えています。
業界を横断するアプローチ
Built Technologiesは、建設業界が持つ固有(必ずしも建設業界に限らないかもしれませんが)のペインに、金融という横串を刺して課題解決を試みているスタートアップです。
一つのプロジェクトに複数の請負業者が多層に関わる、という建設業界特有の構造においては、カネの流れが複雑になりますが、それを一つのプラットフォーム上でビジュアル化することで、トレーサビリティを高めました。そのサービスの受益者は、最初にカネを動かした金融機関だけでなく、一次請負業者、二次請負業者、そしてその次のレイヤーまで含まれます。各業者が、その次のレイヤーの業者、その次の次のレイヤーの業者の契約状況などを管理できるのです。
また、工事期間が長くなると、支出から収入までの時間も長くなり、回収リスクが生まれやすいために建設融資がなかなか促進されない、という業界課題にも立ち向かっています。可能な限り融資担当者のポートフォリオ管理コストを下げ、建設融資のハードルを押し下げようとしています。
このように、業界を横断したプラットフォームは、規模が十分に拡大してくれば便利な存在になりますが、そこまでのパートナー集め(Built Technologiesであれば、金融機関や請負業者・不動産会社など)が難しいものです。そこで同社は「既存のプロジェクト管理ツールをより便利にする」という仕掛けでパートナーをスピーディに増やしました。敵を作らず、うまく乗っかっていく、という戦略は参考になります。
IDATEN Venturesでは、この記事でご紹介したような、業界あるいはバリューチェーンを横断して課題解決していくようなスタートアップに積極的に投資・支援をしていきたいと思います。
例えば、IDATEN出資先のTRINUSは、各企業に眠る技術シードを活かすアイディアをクリエイターが生み出し、ファンの声を聴きながら共創するものづくりプラットフォームを提供しています。お菓子・文房具・バッグ・お酒・etc...など幅広く業界を横断してものづくり支援をしています。
また、DeepValleyが提供するアパレル製造マネジメントサービス「AYATORI」は、企画・生産・納品・販売というバリューチェーン全体に横串を刺し、仕様書の共有やコミュニケーションを一つのプラットフォーム上で行うことを可能にしています。アパレル業界もまた、本日テーマに挙げた建設業界同様に、一つのプロジェクトに関わるステークホルダー(例えば生地メーカー・縫製工場・物流業者など)が多く、社内のみならず社外を含めたマネジメントが重要になります。
この記事が、建設業界やスタートアップの参考になれば幸いです。ぜひご質問やディスカッショントピックがあれば、ご連絡ください。
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