2024年10月1日に、Rogoという米国スタートアップが1,800万ドル(≒27億円)をベンチャーキャピタルから調達したと発表しました。同社は自社のホームページに「Build Wall Street’s First AI Analyst(ウォール街初のAIアナリストを構築)」とキャッチーなタイトルのプレスリリースを掲載しました。
なお、本資金調達をリードしたのはKhosla Venturesで、同社はChatGPTで有名なOpenAIの初期投資家であります。
ChatGPTの登場以降、急速に注目を集めた生成AI技術ですが、「これで劇的にいろんな職業の働き方が変わる!」という期待とは裏腹に、エンジニアのプログラミング支援やカスタマーサポート自動化等、一部のハマったユースケースを除いて、思ったように普及が進んでいないように思います。そんな中で、Rogoはすでに大手金融機関に導入が進んでおり、今後金融業界においてさらに普及していく可能性があります。そこで、今回はRogoについてご紹介したいと思います。
なお、為替レートは2024年10月6日時点のものを利用しています。
(Source: 筆者がChatGPTで作成)
Rogoの誕生
Rogoは2021年に米国ニューヨークで設立された企業です。創業者兼CEOであるGabriel Stengel氏は、Rogos設立前にLazardという国際的金融グループで投資銀行アナリストとして働いていました。
Stengel氏は資金調達リリースに、「私は優れたディールメーカーを尊敬していた。彼らはFortune100のCEOと戦略を練り、マクロトレンドについて議論し、M&Aの複雑さを乗り切っていた。私が投資銀行を離れたのは、長時間労働が苦しかったからではなく、尊敬するディールメーカーと同じくらい賢く、知識豊富になることがとても難しいと感じたためである。」というコメントを寄せました。このコメントから、Rogoが目指しているのは、単なる業務効率化ツールではなく、金融アナリストが高いパフォーマンスを発揮するために必要な「知識・情報」を得ることのできるツールであることがわかります。
興味深いのは、Stengel氏が、他の多くの投資銀行アナリストと同じように、時間をかけて知識を体得し、先人の背中を追いかけながら成長する、という道を選ばなかったことです。同氏のLinkedInをみると、その理由がなんとなくわかる気がします。というのも、Stengel氏がLazard入社までに歩んだキャリアはどちらかというとエンジニア寄りで、金融データを扱うRogoの創業は自然な流れだったと言えるかもしれません。大学時代はPrinceton Universityでコンピューターサイエンスを学び、Data Vortex(コンピュータ設計会社)、Engineers Gate(高度な統計分析を利用した投資会社)でインターンを行った後はMongoDBでソフトウェアエンジニアとして経験を積んでいます。
Princeton University時代に執筆した論文のタイトルは”A Natural Language Econometric Querying Tool: Deep Learning for Semantic Interpretation of Natural Language Utterances.”(自然言語の経済計量クエリツール:自然言語発話の意味解釈におけるディープラーニング)となっており、自然言語を用いた金融分析という観点でRogoにつながっています。
Rogoのプロダクト
Rogoは金融機関向けに特化してつくられた情報抽出プラットフォームです。AIアナリストを謳っていますが、アナリストを代替する存在というよりは、アナリストの役に立つ存在(コパイロット)を目指しています。
(Source: https://rogo.ai/)
Rogoが自動化しようとする業務は次のようなものです(2024年3月のブログで実際にStengel氏が言及した内容)。
特定企業の業績分析 ある企業が収益を発表すると、投資銀行アナリストは、当該企業がマイルストンを達成したのか、何が未達だったのか、M&Aについて何と言っているのか、あるいはその業績に対して市場のアナリストらがどう反応しているのか、といった情報を短いメールにまとめます。この業務には意外と多くの時間が費やされています。
ベンチマーク アナリストの多くは、優れた企業(ブログではSnowflakeやProcoreといった企業名が挙げられている)の純収益維持率がどういった数値になっているか、というベンチマーク分析を手作業で行っています。
Rogoは、大量の情報ソースから最新情報をデータベースに取り込み、自然言語で情報の抽出・分析ができるアプリケーションを提供しています。一般的な大規模言語モデルは、「汎用データで学習している」「参照データにカットオフがある(ある時点で学習がストップしている)」という特徴がありますが、Rogoは「汎用データに加えて大規模な金融データで追加学習を行っている」「常に最新のデータにアクセスできる」という点が異なります。
上記2点の特徴についてですが、まず1つ目の追加学習によって、金融独特の単語・フレーズの理解が正確になることが期待されます(同社のブログによると、金融に関する質問テストでRogoのモデルはChatGPTの2.42倍優れていた)。例えば企業によって損益計算書や貸借対照表のフォーマットが微妙に違うことがありますが、そういったデータで追加学習を行うと、フォーマットのバラつきに対するレジリエンスも上がる可能性があります。
2つ目の点は、恐らくRAGという情報抽出技術を使っていると思われます。特に金融においては情報鮮度が命であり、最新情報を参照することができるかどうかは、非常に重要なポイントとなります。(この点について、ブログによると、Rogoの回答は全てインラインで情報ソースが書かれており、Rogoがソースを見つけられない場合は回答を制限するよう微調整されているようです。)。
もう1つのRogoの特徴は、アウトプットの形を企業が自由にカスタマイズできる点にあります。生成AIアプリケーションは、チャット形式が多い中で、同社はドキュメント・パワーポイント等、独自設定したフォーマットに沿って出力を得ることができます。
Rogoの資金調達
Rogoは最初の外部資金調達を2024年2月に発表しました。700万ドル(≒10億円)のシードラウンドで、このラウンドをリードしたのはMongoDBの投資家でもあるAlleyCorpです。シードラウンド発表時には、ほとんど情報が公開されていませんでした。
その次のラウンドが冒頭の2024年10月に行われたシリーズAラウンドで、前回ラウンドからわずか8ヶ月後に実施されました。本ラウンドには、シードラウンドに参加した投資家の多くが加わっており、この8ヶ月間でしっかりと実績を積み上げたことが窺えます。
ここで初めて公開された情報として、以下のようなものが挙げられます。
Rogoの従業員はこの8ヶ月で約30人まで倍増した
Rogoのサービスは、大手の投資銀行・プライベートエクイティ・ヘッジファンド等、25社に導入されている
Rogoの年間経常収益はすでに数百万ドル(日本円で数億〜十数億円)に到達しており、年末までにこの収益を倍増させる予定である(年末まであと4ヶ月しかありませんが...)
シリーズAラウンドのプレスリリースを見ると、競合企業の製品とどこが異なるのか、少しヒントがあります。リリースには、「現在市場に出回っているほとんどの AI ツールは、基本的なデータ アクセス、シンプルなチャット機能、またはシンプルなワークフローの限定的な自動化しか提供しておらず、不十分」と書かれており、Rogoは、金融機関で求められるパワーポイント資料の作成からExcel財務モデリングまでカバーしている点をアピールしています。つまり、金融機関の業務プロセスに特化して作り込まれたアプリケーションである点が差別化ポイントであると思われます。
これは金融に限らず、飲食業には飲食業の、建設業には建設業の業務プロセスがあり、その業務プロセスにフィットすればするほど、ユーザー体験は良くなります。顧客が求めているのは、「あらゆる業務シーンでそこそこ万能」なツールではなく、「自分の業務シーンですごく万能」なツールです。
今後、あらゆる業界でつくりこまれたAIアプリケーションが登場すると思われます。そうなると、AIの精度だけでなく、顧客の業務シーンをどれだけ幅広くカバーできるか、どれだけ顧客の業務シーンにフィットするユーザビリティをつくりこめるか、という部分が鍵になります。個人的には、ある一定以上のラインを超えると、AIの精度を1%上げる難易度が極端に高くなり、AIアプリケーションに与えるインパクトという意味では、デザインを中心とするユーザビリティ改善の方が重要になってくると思っています。デザインといっても、カラフルでイケてるデザイン、ということではなく、顧客がある業務シーンでAIに求める精度(60%でも許容できるのか、100%でないと許容できないのか)を前提に顧客とプロダクトの信頼関係を高めるようなUXデザインを指しています。今後しばらくの間、AIアプリケーションの勝負はUXデザインの土俵で展開されるのではないかと思います。
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