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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

量子センサの概観とスタートアップ

全世界的にカーボンニュートラルの動きが加速している昨今ですが、その動きに欠かせない電動化を支えるレアメタルを中心とする採掘・鉱業まわりのスタートアップによる資金調達が活発化しております。


今回はその文脈で、量子センサに関する調査してみました。量子センサは量子の特性を活かしてわずかな物理変化を検出するセンサで、効率的な採掘・鉱業にも活かすことができるということで注目が高まっています。


一方、量子センサは量子力学がベースになっていることもあり、理解のハードルがやや高いテーマです。今回は、そんな量子センサの理解が少しでも進むよう、原理からセンサの種類、スタートアップをまとめてみました。


なお、為替レートは2023年12月15日時点のものを利用しています。



そもそも量子とは


量子センサに入る前に、まず量子というものを理解するところから始めます。インターネットで「量子とは?」と検索すると、大きく2つの説明パターンがあるようです。


1つ目は「量子とは物質やエネルギーの最小単位である」という説明です。例えばWikipediaには「量子(りょうし、quantum)は、物理学において用いられる、様々な物理現象における物理量の最小単位である」とありますし、文部科学省の「(1)量子ってなあに?」というウェブサイトにも「...とても小さな物質やエネルギーの単位のことです」と書かれています。


ただ、このウェブサイトにはもう1つ、量子の説明として「粒子と波の性質をあわせ持った」という文が加わります。これが2つ目の「量子とは粒子性と波動性の両方を持つ」という説明になります。例えば、京都大学広報誌で量子力学が取り上げられた際も、そのような特徴を中心に説明されています。


この2つの説明をもう少し掘り下げる過程で、より量子に対する理解が深まっていくように思います。


エネルギーの最小単位

まず、1つ目の説明として「物質やエネルギーの最小単位」とありますが、「どれくらい小さいのか」気になるところです。


例えば、コップ一杯の水があったとして、その水は大量の水分子から構成されています。水分子は2つの水素原子(H)と1つの酸素原子(O)に分解できます。さらに原子の内部には中心に陽子と中性子が、陽子の外周には電子があります。陽子と中性子はそれぞれ3つの粒で成り立っていると言われており、これを素粒子といいます。


こうしたミクロな物質の動きを研究するうちに、古典的な運動方程式では説明しきれない現象があらわれ、それを説明する「量子力学」という新たな分野が生まれました。なお、電子がざっくり10のマイナス15乗mm以下のサイズ感と言われているため、量子というのは「それくらい小さいもの」、と大まかにご理解いただくと良いかと思います。


粒子性と波動性

続いて、2つ目の「量子とは粒子性と波動性の両方を持つ」という説明について考えてみます。


直感的には粒子と波というものは、全く異なるもののように思います。例えば、野球ボールのような“粒子”が、一般的に人類が想像する「手に触れることができる野球ボール」としての性質のみならず、海の波のように引いては押すような性質を兼ねそろえている、としたら不思議な感じがします。不思議な感じがしますが、実は世の中の全ての物質はこの粒子性と波動性の両方を兼ねそろえています。ところが、私たちが生活している尺度においては、この波動性は粒子性に比べて完全に無視できるほど小さなものなので、普段の生活において、粒子性と波動性が両立している、と表現されることはありません。


一方、1つ目の説明としてあげた「物質やエネルギーの最小単位」で述べたような小さな世界に入っていきますと、量子の粒子性に対して、相対的に波動性の影響が無視できないほど大きなものとなり、結果として、量子尺度の小さな世界では粒子性と波動性の両方が同時に成立しています。 


これをシュレーディンガーが下記の方程式にまとめています。


この方程式を解くと、波動関数ψ(x, t)を得ることができ、そこから量子の動きに関する情報をいくつも得ることができます。例えば、以下のようなことがわかります。


  • 波動関数の絶対値を2乗した∣ψ(x,t)∣2からは、粒子が位置xに存在する確率密度を得ることができる。ある位置で粒子を見つけられる確率を表す。

  • tを変化させると、時間に応じてどのように量子の振る舞いが変化するかわかる。

  • V(x)を変化させると、ポテンシャルエネルギーの変化が量子の振る舞いにどのような影響を与えるかわかる。量子力学の文脈では、外部の電場や磁場が影響を与えると言われている。


確率を表しているという考え方は重要で、逆にいうと、粒子は同時に複数の異なる状態として存在している可能性がある、とも考えられます。これを「重ね合わせ」といいます。波動関数は、可能性のある全ての「重ね合わせ」を表現しているとも言えます。


また、先ほど波動関数は時間tによって変化すると書きましたが、この上記の重ね合わせ状態がどれくらい維持されるのかを「量子コヒーレンス」(量子状態がどれくらいの時間保存されるか)といいます。


さらに、やや発展形として、複数の粒子を1つのシュレーディンガー方程式で記述しようとした際、ある粒子Aの状態が決まると、位置関係を問わず、即座に粒子Bの状態が決まる特殊なケースがあります。これを「量子もつれ」といいます。もつれ状態はそれぞれの粒子性質や、環境作用が関係していると言われています。半導体の世界で非常に重要なトンネル効果という考えも、こうしたところから導き出されています。


今回は簡易的なご説明となってしまいましたが、「重ね合わせ」「量子コヒーレンス」「量子もつれ」は、量子について語る際の特徴として頻出するキーワードです。



量子センサとは


では、量子や量子力学の原理をざっくり理解したところで、量子センサとはいったいどういうものか、ご紹介します。


量子センサは、簡単にいうと、センサ内部に配置された量子の状態変化から、外部環境の変化を検出する仕組みになります。特に、磁場・電場・温度の変化を捉えやすいという特長を持ちます。



こちらの調査レポートでは、量子センサの種類が7パターンに区分されています。それぞれのセンサについて概要をご説明していきます。


①固体量子センサ

原理

  • ダイヤモンドの結晶構造のうち、ある炭素(結合手が4本)を窒素(結合手が3本)に置換すると、炭素の結合手が1本余り、空孔ができる。この空孔に電子を閉じ込め、電子の量子状態を制御する。N(窒素)とV(Vacancy、空孔)から、NVセンタと呼ばれる。


課題

  • 狙ったとおりに窒素原子1つだけを置換するのが難しい。窒素と空孔が過剰に生成され、ノイズが発生してしまうことによって、コヒーレンス時間が短くなる。

  • DC磁場はAC磁場に比べて感度が1〜2桁以上低くなると言われている。その場合、一度に計測するNVセンタの数を増やすアプローチが有力だが、小型化する難易度が上がる。


特徴

  • 物質の量子状態を引き起こすには極低温環境が必要となるのが一般的だが、NVセンタは常温で動作する点が特徴。

  • そのため、一般的な外部環境はもちろん、生体内の微弱な磁気変化を読み取ることができると期待されている。具体的には、神経細胞内の電場、DNAの磁場・電場、脳・心臓の磁場等の検出が想定されている。

  • また、EV(電気自動車)に搭載された電池の磁場を計測すると、電池材料をモニタリングすることができると言われている。

  • 10-15〜10-12T(Tは磁場の強さを示す単位でテスラと読む)の非常に微弱な磁気を検出することができる。地球の磁気がおよそ10-6Tといわれているため、それより10の6乗〜10の9乗倍微弱な磁気を検出できることになる。


②量子スピントロ二クスセンサ

原理

  • トンネル磁気抵抗効果(TMR効果=Tunnel Magneto Resistance Effect)を利用している。2つの強磁性体の間に約1nmの薄い絶縁体層(トンネル)を挟むと、磁力の向きが平行(同じ方向を向いている)の場合は電流が大きく、反平行(反対の方向を向いている)の場合は電流が小さくなる。

  • この効果を利用し、電圧印加時の抵抗値を読み取ることで、磁場の変化を検出することができる。


課題

  • 強磁性体にはルテニウム(Ru)・タンタル(Ta)等の貴金属が用いられており、低コスト化が課題である。

  • 磁性材料として鉄コバルト合金がよく用いられるが、スピン反転(量子の内部的な角運動量)に必要な電流が大きく装置が大型化する傾向にある、感度が高くない、等の課題がある。


特徴

  • 磁場のダイナミックレンジ(検出可能な磁力の範囲)が広く、mTオーダーである。


③量子もつれ光センサ

原理

  • 量子もつれ光子を活かし、顕微鏡・OCT(Optical Coherence Tomography)・レーダー等に利用する。量子もつれ光子とは、文字通り、もつれ状態にある複数の光子である。

  • レーザーパルスに光子を集中させ、量子もつれ光子を生成する。ある粒子の状態を観察すると、もつれ関係にある粒子の状態がわかる、という量子もつれの特性をすると、対象物を損傷させることなく検出が可能になる。

  • より具体的には、通常は対象物の反射光・散乱光がノイズに負けないよう光の強度そのものを上げる必要があるが、量子もつれ光子を利用する場合は、一方の光子が検出された時点でもう一方の光子が持つ信号を確実に検出できるため、光の強度を上げなくても高い感度で検出ができる。その結果、光の強度を上げて対象物を損傷させる、というリスクを低減できる。


課題

  • 用途(顕微鏡・OCT・レーダー等)によって異なるが、光量の増幅、装置の小型化、高速化が特に課題と言われている。


特徴

  • 微弱な光で対象物を検出できるため、ヒト細胞のような壊れやすい生体試料でも観察することができる。


④光子検出器

原理

  • 大きく2つのパターンがある。1つ目がSSPD(Superconducting Nano Strip Photon Detector)で、2つ目がTES(Superconducting Transition Edge Sensor)

  • SSPDは、超伝導ナノワイヤに光子をぶつけ、変化したワイヤの電気抵抗値から光子を検出する方法。ワイヤの薄膜を微細にすると、たった1つの光子でも検出できるようになる。

  • TESは、光子との接触によって温度変化した超伝導材料の抵抗値から光子の検出を行う。


課題

  • SSPDはナノワイヤ薄膜の一部に剥離が発生する事例が見られ、付着性・ストレス耐性等が課題として指摘されている。



⑤量子慣性センサ

原理

  • 極低温原子のド・ブロイ波を干渉させ、位相差を検出する。具体的にはルビジウム(Rb)原子にレーザー光パルスを照射し、原子波を空間的に分割・反射・合波し、干渉計をつくる。

  • 分割された原子波に外部から加速力や回転力が加わる場合、2つの波の経路に差が生じ、干渉計の出力変化となって現れる、という仕組み。加速度と角速度の両方に敏感なセンサとして機能する。


課題

  • 実験室環境下での動作は確認されているものの、ビークルに搭載して利用するために必要な小型化・可搬化が課題と言われている。


特徴

  • 非GPS環境で物体の加速度・角速度・重力勾配を検出できるため、海洋資源探査に有用。また、船舶の自動運転技術に用いられる可能性あり。

⑥光格子時計

原理

  • レーザー光を特定の原子に照射した際に発生する時計遷移という現象を利用した時計。原子に特定周波数の光が当たると、エネルギーを受け取った電子が低いエネルギーレベルから高いエネルギーレベルに遷移する。一部の遷移は温度変化・磁界変化等の外部要因の影響を受けるが、その中で、外部要因に対して強く安定している場合があり、それを「時計遷移」という。

  • 具体的には、冷却したストロンチウム原子に特定の波長のレーザー光を照射し、全ての原子を同時に計測する。


課題

  • レーザー光を照射するのは、原子を入れておく容器のようなもの’(光格子)をつくるためだが、この光格子自体が原子のエネルギーレベルや遷移周波数に影響を与える可能性がある。これを光シフトという。今後さらに精度を上げていくためには、光シフトを最小限に抑えるよう、照射するレーザー光の最適な波長を見つけ出す必要がある。

  • また、レーザー光源の小型化・長寿命化が課題。


特徴

  • 従来のセシウム原子時計の精度が10-16であるのに対して、光格子時計は10-18と言われており、100倍細かい。

  • 高精度な時計は、基礎物理学の検証において重要。また、地震・火山等、わずかな時間計測が重要なシーンでの活用が期待されている。


⑦その他

超伝導量子干渉素子(SQUID, Superconducting Quantum Interference Device)

  • 微弱な磁場の検出に用いられる。数日計測すると、5×10-18Tもの弱い磁場が検出できるほど感度が高い。


超核偏極技術

  • 電子スピンの共鳴周波数近傍のマイクロ波を照射すると、核スピンの偏極率を向上させることができる。なお、核スピンとは原子を構成する陽子・中性子が持つ角運動量で、偏極率とは原子核が特定の方向に整列する度合い。

  • これによって核磁気共鳴(NMR)や磁気共鳴イメージング(MRI)等の精度を向上させることができる。


この他にも本当にさまざまな技術が研究されていますので、もしよければこちらをご参照ください。(とても分厚い資料ですが、情報量が豊富で大変参考になります。)



世界の量子センサスタートアップ


最後に、ここ5年間のうちに設立され、外部から資金調達を実施している量子センサスタートアップをいくつかリストアップしてみます。並び順は創業年が新しい順とします。


  • イギリスで2023年に設立された企業。累計150万ポンド(≒3億円)を調達している。投資しているのはイギリスとアメリカのベンチャーキャピタル(VC)が中心。

  • University of Birminghamにおける約10年間の研究に基づいた技術を応用し、地下空間の重力勾配センサを開発している。地下空間の重力勾配を読み取ることで、採掘や工業に活かされている。

  • こちらの記事では、「Google Maps for the underground(地下空間のグーグルマップ)」というわかりやすい事業コンセプトが紹介されている。

  • 具体的に提供されているサービスは3つ。1つ目が重力勾配地図作成サービス、2つ目が量子センサの販売・レンタル、3つ目が技術コンサルティングである。

  • ホームページの「How Does It Works」というページから、量子慣性センサを採用していることがわかる。原子を冷却して量子状態をつくり、分割した原子波の干渉結果から、外部環境の変化を読み取っている。




  • オーストラリアで2020年に設立された企業。これまでに累計1,000万ドル(≒15億円)を調達しており、投資しているのはいずれもオーストラリアのVC。

  • 同社は、Australian National Universityの研究プログラムで量子測定に従事していた共同創業者ら3名がスピンアウトする形でスタートした。

  • 直近の資金調達に際して公開された記事によると、同社は20×20×30cmの小さな箱に収まる量子センサを開発し、主に採掘・鉱業まわりの地下資源探査市場向けに提供していくそう。センシングする対象は、磁力・重力・時間等、幅広くカバーしていくとホームページには書かれている。


  • スイスで2019年に設立された企業。これまでに累計690万ドル(≒10億円)を調達しており、投資しているのはヨーロッパのVCが中心。

  • ローザンヌ工科大学からのスピンアウト企業としてスタートした。光子を用いたセンシングソリューションを開発している。ホームページを見ると、同社は小型で高精度な量子センサの開発に強みを持っているとのこと。


  • シンガポールで2018年に設立された企業。累計3回の資金調達を実施しているが、正確な調達額は公表されていない。投資家はシンガポールやアメリカのVCが中心。

  • 採掘・鉱業向け地下資源探査用の量子重力センサを開発する。事業コンセプトとしてはDelat-Gに近く、地下空間のマップを作成。

  • 同社が提供する統合ソリューション「GRAVIO」には、量子センサだけでなく、収集したデータに対する機械学習分析等のソフトも含まれる。




この他にもいくつか量子センサスタートアップはありますが、今回は以上とします。今回調査して改めて感じたことは、「説明が非常に難しい分野である」ということでした。当たり前と言えば当たり前なのですが、これは意外に大きな意味を持っていると思います。


まず、各社はホームページやプレスリリースで、製品や技術に関する具体的な説明をあまりしません。恐らく、厳密に・わかりやすく説明しようとすると分量が多くなり過ぎてしまうためではないかと思います。そのため、技術の詳細は割愛されるケースが多いのですが、その結果、各社の強み・差別化ポイントがよくわからなくなっています。


一方、全ての投資家が量子センサに精通しているわけではないため、資金調達を重ねて大きくなっていくためには、「科学的な厳密性を大きく損なうことなく」「直感的でわかりやすい」キャッチーな説明をする必要があると思います。量子センサに限らず、専門性の高い科学技術を活用したスタートアップの宿命だと思いますが、今回はそれをより一層強く感じたテーマでした。


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フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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