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  • Shingo Sakamoto

物流におけるテレマティクス保険の概観とスタートアップについて

Updated: Jun 16

この記事では、IoTやクラウドの普及に伴って普及し始めているテレマティクス保険について、物流という観点からご紹介します。


まず、そもそもテレマティクス保険とは何か?というところから始め、どうして物流業界ではテレマティクス保険が必要になるのか、について考察します。


そして、海外を中心に、物流業界でテレマティクス保険の活用を進めるスタートアップのアプローチといくつかの企業をご紹介します。


(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%E9%AB%98%E9%80%9F%E9%81%93%E8%B7%AF-road-%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF-3392100/)


テレマティクス自動車保険とは


テレマティクスとは、「Telecommunication=通信」と「Informatics=情報科学」を合わせた造語で、移動体に通信システムを組み合わせて、新たなサービスを提供するものです。


テレマティクス保険は、テレマティクスを用いた自動車保険サービスです。自動車に搭載された通信デバイス(例えばカーナビやスマホなど)が、契約した自動車・ドライバーの運転情報をリアルタイムで収集・分析し、保険会社に伝送します。保険会社は運転の安全性から保険料率を定める、という仕組みです。


テレマティクス自動車保険には、大きく分けて2種類あります。

  1. 走行距離連動型(PAYD=Pay As Your Drive) 走行距離に連動して保険料が変動します。一般的な任意保険は年間でいくら、と決まっていますが、年間に数回しか乗らないドライバーには割高に感じられます。そこで、あまり運転しない人は、保険料もその分払わなくていいよ、という従量課金の仕組みです。

  2. 運動行動連動型(PHYD=Pay How You Drive) こちらの方が比較的新しい仕組みになります。運転速度、急ブレーキ・急アクセルなどの運転特性から事故リスクを分析し、保険料算定の考慮に入れます。


国内では、2015年にソニー損害保険が「やさしい運転キャッシュバック型」という個人向けテレマティクス保険を販売開始。契約者に無料でドライブレコーダーを貸与し、一定期間運転実施後に、ドライバーの安全性を評価して現金をキャッシュバックする仕組みです。ただし、このドライブレコーダーにはリアルタイムでデータを伝送する通信機能がありませんでした。


2016年には、損保ジャパン日本興亜が安全運転割引保険を販売開始。こちらも個人向けのものです。カーナビにアプリをダウンロードし、リアルタイムで運転情報を伝送し、保険料の割引算定に活用しました。その後、「ポータブルスマイリングロード」というスマホアプリをリリースし、ユーザーはカーナビなしでもテレマティクス保険を利用できるようになりました。この他にも、保険会社各社は2018~2019年ごろから、積極的にテレマティクス保険の導入を進めました。


海外ではもっと早くからこの動きが見られます。2015年にデロイトが出している資料によれば、2015年時点で、アメリカ全州で20~40社のテレマティクス保険提供事業者があり、欧州でも11~20社あるいは20~40社ある国が見られます。

(Source: https://www.mlit.go.jp/common/001058027.pdf)


同資料では、海外市場が2020年にかけて大きく成長することが予測されました。金融に強いイギリスでは、2020年に自動車保険に占めるテレマティクス保険の割合が40%に達する勢いで成長すると見込まれています。

(Source: https://www.mlit.go.jp/common/001058027.pdf)


これらは、一般ドライバーが加入するテレマティクス保険に関するデータになります。それでは、本日テーマとしている物流の世界では、どういった状況になっているでしょうか?



運送会社が加入すべき保険の種類


まず、物流サービスを提供する運送会社が加入すべき保険の一部をご紹介します。


自動車保険

【自賠責保険】 事業用トラック(緑ナンバー)は自家用トラック(白ナンバー)に対して使用頻度が高く、その分、事故発生率も高いと判断されるため、相対的に保険料も高くなっています。こちらのサイトを参考にすると、自家用トラックに対して事業用トラックは、積載量2トン以下で年間約4,000円、2トン以上で年間約11,000円多く自賠責保険料を支払う必要があります。


【任意保険】

自賠責保険よりも補償範囲が広い任意保険への加入が推奨されています。一方で、文字通り加入は"任意"であるため、入らない運送会社もあるそうです。自賠責保険同様、事業用トラックは自家用トラックに比べて割高になっており、運送会社にとって負担が大きいからです。


こちらのサイトによれば、自家用トラックに対して事業用トラックは、1.5倍~2倍の任意保険料を払うことになります。また、保険会社は事業登録車両向けの任意保険を敬遠する傾向にあり、特に格安保険会社などは取り扱わないことが多いようです。


テレマティクス保険のターゲットとなるのは、まさにこの任意保険です。なるべく安く保険に加入したい運送会社と、リスクを考えると割高(あるいは取り扱わない)な提供になってしまう保険会社、双方がペインを抱えており、テクノロジーの活用によって、この「市場のズレ」を解消することが求められています。このあたりは、後半の章でより詳細に解説します。


運送保険(運送業者貨物賠償責任保険、貨物保険)

運送保険は、運送会社が加入すべき保険の1つです。運送中の荷物に与えてしまった損害に対して補償する保険で、運送人あるいは荷主が加入していた場合、事故が起きた際の保険金を荷主が保険会社に請求できるようになっています。こちらは、運送会社特有の保険となっているため、少し丁寧に解説します。


まず、補償対象作業によって、【輸送+保管の全業務中に発生する事故を対象とする方式】と、【輸送作業中に発生する事故のみを対象とする方式】の2種類に大別されます。


次に、どの車両を保険適用対象とするかによっても保険が分かれます

  1. 売上高包括契約 車両の入替・増減に関わらず、常に運送会社が保有する全車両に保険が適用されます。前年度の売上高に応じて保険料が変化します。

  2. 全車両包括契約 全車両を一括で契約します。売上高包括契約に少し似ていますが、全車両包括契約は車両ごとに補償限度額を決めているため、車両の入替・増減があれば通知が必要になります。

  3. 特定車両契約 補償が必要な車両を個別に指定します。


運送会社が運送保険に加入しようとするとき、以下のような流れになります。保険会社のパンフレットを参考にしました。

  1. 契約方式の選択 売上高包括契約、全車両包括契約、特定車両契約、などを選択します。

  2. 免責金額・支払限度額の設定 被保険者が負担すべき免責金額保険会社が補償を免除される金額という意味合い)と、被保険者が補償される支払限度額保険会社が支払可能な限度額という意味合い)を設定します。

  3. オプションの設定 万一に備え、さまざまなオプションを追加することができます。例えば、残存物取片付け費用・廃棄費用の補償、受損貨物の損傷有無を確認する検査費用・仕分け費用の補償、受損貨物の代替品の緊急調達にかかる費用の補償、など幅広く用意されています。

  4. 保険料見積もりの開始 これらを全て選択した上で、保険料の見積もりがスタートします。


ご覧の通り、なかなか手間のかかるプロセスです。特に特定車両契約を結ぶ場合、どの車両にどのような免責額・支払限度額を設定するかというカスタマイズ性が高く、車両が多ければ申請の時間もかかります。まだ紙とFaxで契約を進めることが多いため、インターネットを使って簡単に車両の登録・入替・見積もり提示ができるサービスは、ニーズがあるのではないでしょうか。(例えば、「運送保険 ネット見積もり」と検索しても、SEOで上位に上がってくるようなサービスは、本日時点では見られません。)


また、売上高包括契約は、文字通り前年度の売上高に比例して保険料が算定されるため、運送会社からすると負担は決して軽くありません。となると、ここでもテレマティクスを活用した、新たな形の運送保険が登場してもいいのかもしれません。



運送会社と任意保険


この章では、運送会社と任意保険の関係性について、もう少し掘り下げていきます。というのも、運送会社が任意保険に入らない理由を知ることで、テレマティクス保険の可能性を理解しやすくなると思うからです。


任意保険と自家保険政策

資金力のある大手運送会社は、あえて任意保険に加入せず、事故が発生するたびに、自社資金から賠償金を捻出することがあります。膨大な数の車両に対して、保険料を支払うよりも、事故が発生するたび個別対応した方が安く済む場合があるからです。


一方で、中小規模の運送会社の中には、資金力不足という理由で、任意保険に加入しない(あるいはできない)というところがあるようです。このように、任意保険に加入せずに自己資金によって賠償金を賄うことを「自家保険政策」というそうです。



法人の自動車保険には、保有台数が10台以上の法人向けに、フリート契約というものがあります。まとめて契約することで、車両一台ごとに契約を結ぶ手間を省略したり、まとめ割引を受けたり、いくつかメリットがありますが、10台以下の運送会社はノンフリート契約になることが多くなります。(最近は、10台以下の一括契約ニーズに応えるために、2~9台向けのミニフリート契約を提供する保険会社もあるそうです。)


日本の運送会社の半分以上は、トラック保有台数が10台以下で、規模もそれほど大きくなありません。その場合、契約を結ぶ手間・保険料の負担、という観点で、任意保険に加入しない、という判断をする企業もあるようです。(運送会社の任意保険未加入率がわかるデータがなかったため、正確な数値を出すことができませんでしたが、検索する限りでは、未加入のまま営業している企業がある、と示唆する記事はいくつもあります。)

(Source: https://www.mlit.go.jp/common/000167956.pdfより筆者が作成)


公益社団法人全日本トラック協会が出しているレポートを見ると、協会が把握している全国の運送会社の平均損益計算書が出ています。平成30年度のデータを見ると、営業収益が2億3,639万6,000円、営業費用が2億3,654万円で、営業損失が14万4,000円。営業費用のうち、保険料が占めるのは465万4,000円(2%)。事故賠償費が27万9,000円(0.1%)です。保険料を減らせば営業黒字になるかもしれない、というラインです。こういった経営状況が、自家保険政策の背景にあるのだと思われます。



事故発生時、賠償責任はドライバーと運送会社どちらにあるか?

一方で、運送会社は任意保険加入が推奨されています。その理由の1つに「ドライバー保護」の観点が挙げられます。


2017年に、あるドライバーが起こした死亡事故がきっかけとなり、ドライバー保護のために、運送会社の任意保険加入が改めて推奨されることになりました。自家保険政策を採っていた運送会社のドライバーは、被害者遺族に1,500万円を支払いました。その後、ドライバーは運送会社に同額の支払いを請求。地方裁では、請求が棄却され、「賠償金はドライバーが負担すべき」という判決が出ていたものの、その後の最高裁で地方裁判決が破棄。そして、「運送会社とドライバー双方の負担額を算定すべき」という判決が出ました。こちらの記事によれば、このケースでは、運送会社が自家保険政策を採用していたことは、ドライバーに賠償金を全額負担させる理由にならず、むしろ負担を軽減すべき要素として働く、と判断されたようです。


判決に際して、裁判官から「事業用自動車のすべてについて、自賠責に加入することはもとより、任意保険を締結するなど、十分な損害賠償能力を有することが求められる」と指摘されています。


この事例が話題を呼んだのは、ドライバーが運送会社に賠償金の負担を請求する権利が認められた例だったからです。この権利を「逆求償権」といいます。なぜ、「逆」かというと、民法715条で定められているのは、運送会社がドライバーに賠償金の負担を請求する「求償権」という権利だからです。


ドライバー保護も重要ですが、一方で、安全運転に関するドライバーの運転注意義務履行も必要不可欠です。賠償金は会社で負担したうえで、事故の状況に応じてドライバーにペナルティを課したり、地道な安全教育や再発防止指導を実施したり、各社工夫が必要になります。



物流テレマティクス保険を加速させるスタートアップ


ここまで、運送会社の経営状況などの観点から、なぜ運送会社が任意保険に入りづらいのか、入るインセンティブが大きくないのか、を見てきました。同時に、ドライバー保護の観点から、任意保険に入る必要性も考察しまいした。


そして、そうした社会課題を解決するために、テクノロジーを活用したテレマティクス保険が大きな可能性を持っています。この章では、特に海外の事例を中心に、テレマティクス保険の普及に貢献するスタートアップをご紹介します。


物流テレマティクス保険のアプローチ

使われるシステム機器は、大きく分けて、デジタルタコグラフ、ドライブレコーダー、動態管理システムの3つです。デジタルタコグラフとドライブレコーダーは自家用自動車でも見られますが、動態管理システムは物流業界特有かもしれません。

  1. デジタルタコグラフ 時間・距離・速度を記録するための機器で、走行距離・停車時間・急ブレーキ・急加速などを電子データで記録します。

  2. ドライブレコーダー 走行速度や位置情報などを記録する機器で、近年は運転手や車両周辺の環境情報を常時記録する映像記録型のドライブレコーダーが人気です。

  3. 動態管理システム 車両端末、スマートフォンなどのIoT機器を通じて、車両の位置や運行情報を、管理部門でリアルタイムに受信するシステム。GPS(Global Positioning System=全地球測位システム)を使って広範な場所のデータを収集する取り組みがなされています。


アプローチ1:データ収集・提供

物流のテレマティクス保険に関わるスタートアップにはいくつかアプローチがあります。まず1つ目が、車両にセンサーを取り付けて走行データを集めるデータ分析企業です。


例えば、Samsara。2015年にサンフランシスコで創業し、すでに9億3,000万ドル(≒1,000億円)を集めるユニコーン企業です。センサーやカメラなどのハードウェア製品を揃え、それらを通じて集めたデータを分析することで付加価値を生んでいます。例えば、トラックにセンサーをつけ、リアルタイムで位置確認や温度管理を行います。同社は、パートナープログラムという形で保険会社と提携し、データ提供を行っています。


KeepTruckinも、2013年に創業したアメリカのユニコーン企業です。約2億3,000万ドル(≒250億円)を調達しています。2012年にアメリカでは、ELDElectronic Logging Device、運行記録をデジタル管理する機器)のトラック輸送導入が法律化され、それをきっかけに創業。Samsara同様、KeepTruckinはセンサーやカメラなどの機器を顧客に提供し、管理者はクラウドを通じて、ドライバーの運転状況などをリアルタイムで把握することができます。保険会社とタッグを組み、テレマティクス保険の導入に貢献しています。


Nautoも似ています。2015年創業のNautoは、ドライバーの運転状況をリアルタイム学習するAIシステムを開発するスタートアップです。新車中古車問わず、後付け可能なドライブレコーダーを提供し、ドライバーの注意喚起や、走行データ収集・解析を行います。創業翌年の2016年には、1,200万ドル(≒13億円)の資金調達を実施。2017年にはシリーズBラウンドで、Softbank Vision Fundを含む複数投資家から1億6,000万ドル(≒180億円)を調達しました。自動車メーカーや保険会社と積極的にパートナーシップを結び、AI内蔵のドライブレコーダーの出荷台数を増やしています。


Raxel Telematicsは、2013年に物理学者・数学者のチームがロシアで創業し、グローバル本社をシンガポールに置くスタートアップです。特に、東南アジアにおける事業展開に注力しています。収集した走行データを分析し、保険会社や運送会社に提供することで収益を上げているようです。例えば、保険会社には走行データを分析したスコアリングモデルを提供し、保険会社がよりターゲットを絞った金融商品を開発できるようサポートしています。また、運送会社には、走行データだけでなく、SDK(Software Development Kit=ソフトウェア開発キット)を提供し、SaaSモデルで車両管理プラットフォームを提供しています。


他にも、住友商事が出資するTransfix 、日本発のSmartDriveなど、資金調達を進めるスタートアップがあります。ただし、少し混雑している市場であるという印象を受けます。


アプローチ2:保険提供

2つ目のアプローチが、スタートアップ自ら保険会社になる、というものです。直近、いくつかこういった切り口で資金調達を行っているスタートアップがあります。


まずは、High Definition Vehicle Insurance(HDVI)2020年8月にシリーズAラウンドで1,600万ドル(≒17億円)の資金調達を実施。同社は、Esurance(アメリカの保険会社)の共同創業者であるWallace氏と、物流や保険分野のベンチャーキャピタリストであったReid Spitz氏が、2018年にシカゴで創業したスタートアップです。トラック輸送用テレマティクスソリューションを用いて、保険の提案を行います。先ほどご紹介したSamsara 、KeepTruckin 、SmartDrive などの企業が提供するテレマティクスソリューションを使い、データ解析することで最適な保険料を算出します。


Koffie Labsも似たアプローチを採っています。同社は、シードラウンドで450万ドル(≒5億円)を調達。Koffie Labsは、Ian White氏とMichael Dorfmanが2019年に共同創業した保険会社です。資金調達時の記事によると、「...(保険の契約に)これまで何週間も待たされていた運送会社は、Koffieの合理的に完全デジタル化されたプラットフォームで、数分で見積もりを受け取るコトができます。」とあります。テレマティクスを用いて獲得する走行データを機械学習することで、オーダーメイドの保険を、従来保険よりも安く早く提供します。


こうしたアプローチは、スタートアップとしてはそれほど多くありません。アメリカではいくつか見られるものの、少なくとも私が調べた限り、現時点の日本ではなさそうです。法律の壁や、信用力・資本力の必要性から、スタートアップがゼロから保険会社になるというのは少しハードルが高いからだと思われます。一方で、例えばP2P保険を提供するjustInCaseのように、少額短期保険業者に登録して事業展開するスタートアップもあるため、これから先さまざまなアプローチが出てくるかもしれません。


物流テレマティクス保険スタートアップが、大手の保険会社にどう競り勝っていくのかは、興味深いテーマです。本日ご紹介したアメリカの2社は、まだ創業から2年も経たないスタートアップですので、引き続き事業進捗をウォッチしていきたいと思います。


また、日本でテレマティクス保険を進めるためには、中小の運送会社の経営状態を鑑みて、プライシングしていくことが必要になると思います。闇雲にテレマティクス保険を勧めても、そう簡単には導入していただけないでしょう。まずは、とにかく安くセンサー機器を提供し、データ収集・分析を通じて、収益機会創出やコストダウンを支援し、そのうえで保険提供をすることになるのでしょうか。こういったテーマについて、アイディアやディスカッションなど、お待ちしております。


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