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世にも不思議な材料:負の熱膨張材料

Writer's picture: Shingo SakamotoShingo Sakamoto

Updated: Dec 2, 2024

以前IDATENブログで「不思議な材料」シリーズ第一弾としてメタマテリアルを取り上げましたが、今回もなかなか不思議な「負の熱膨張材料」というテーマで調査を実施いたしましたので、ご紹介します。


一般的に、多くの材料は熱が加わると膨張します。負の熱膨張材料はその逆で、熱が加わると収縮する材料を指します。「負の熱膨張」の代わりに「熱収縮」という表現を用いることもあるようですが、ChatGPTに「熱収縮とは何か?」と質問すると、「熱収縮(ねつしゅうしゅく、Thermal Contraction)は、物質が温度の低下に伴って体積や寸法が縮小する現象です。


これは物質の原子や分子の運動が冷却されることにより減少し、分子間の距離が縮小することによって生じます。熱収縮の程度は、物質の種類や構造、温度変化の大きさに依存します。」と回答があり、人によって異なる理解をする可能性があるため、本ブログでは「負の熱膨張」と統一することにしました。

(Source: ChatGPTで筆者が生成)


熱膨張はなぜ起こる?

そもそも、なぜ多くの物質は熱が加わると膨張するのでしょうか?

まず、熱が加わると、物質の原子や分子の運動エネルギーが増加し、より速く振動・移動するようになります。原子や分子の運動が激しくなると、それぞれの粒子間の平均距離が増加し、物質全体の体積が増加します。


電子レンジに入れたものが温まる原理は、これに似ています。電子レンジに食べ物を入れると、電磁波によって水分子にエネルギーが加えられます。激しく動いた水分子は、他の原子や分子とぶつかって摩擦熱を生み、それが全体に伝播していくことで食べ物全体の温度が上がっていきます。


私の家では、炊いたお米をサランラップに小分けして冷凍することがありますが、解凍する時に「一部はとても熱いのに、一部はまだ凍ったまま」な時がしばしばあります。これは、凍ったお米の中で水分が均一に分布していないことが1つの原因で、水分の多いところから加熱されるためです。


負の熱膨張のメカニズム

負の熱膨張は、一部の材料で起こる特殊な現象です。温度上昇によって体積が減少するメカニズムの解明は現在も研究が進んでいるところですが、代表的なメカニズムをいくつかご紹介します。


まず、「負の熱膨張材料とその収縮メカニズム」というレポートでは、「温度上昇に伴い、異種陽イオン間で電荷移動がおこり、多面体内の陽イオンが酸化され、配位している陰イオンとの原子間距離が縮むことで体積が減少する」というメカニズムが説明されています。確かに、村田製作所の研究グループから発表された論文によると、Aサイト型ペロブスカイト型鉄酸化物(SrCu3Fe4O12)において、電荷が各サイト(結晶構造内で特定の種類の原子やイオンが配置される場所)を移動することで負の熱膨張が生じるという現象が観察されています。具体的には、材料を加熱すると、Aサイトに存在する鉄イオンからBサイトに存在する銅イオンへと電子が移動することで鉄イオンが三価から四価になり、鉄イオンと酸素イオンの結合が強まって体積収縮が起こります。


その他にも、極性-非極性転移によって負の熱膨張が発生するというメカニズムもあります。極性-非極性転移とは、温度変化によってある材料が極性状態(分子や結晶が電気的に偏っていて、電場に対して反応する状態)から非極性状態(分子や結晶が電気的に均一で、電場に対してほとんど反応しない状態)に変化する現象です。極性転移が起きることで、原子同士の結合角度や距離、あるいは材料内の格子振動(原子が周期的に振動する現象)モードに変化が生じ、結果として体積減少につながることがあります。


また、早稲田大学からは、「電子スピンの整列現象」によって負の熱膨張現象を説明する興味深い研究が発表されています。当該研究で扱われた逆ペロブスカイト型マンガン窒化物(Mn3AN, A=Zn, Ga, Ge)は、冷却に伴って非常に大きな体積膨張が起こることが知られています。通常の物質は、高温で方向がバラバラな電子スピン(電子の時点によって生じる磁気モーメント)が温度低下にしたがって整列状態に移行し、その整列状態をより強固なものにするためにスピン間の相互作用を強めるようイオン同士が近づき体積が減少することが知られていますが、逆ペロブスカイト型マンガン窒化物の場合、真逆の現象が起きている(つまり、整列状態をより強固なものにするために、イオン同士が離れていく)ことがわかりました。これは、逆ペロブスカイト型マンガン窒化物の結晶構造においては、隣り合うマンガンイオン上の電子スピンの間で、スピン同士が同じ向き(平行)になろうとする作用と、違う向き(反平行)になろうとする作用が競合関係にあり、この場合むしろイオン同士が離れた方が相互作用が強まるそうです。本研究では、2種類の真逆のスピン間相互作用が競合する物質では負の熱膨張が起こる可能性が高いことが示唆され、そのような相互作用競合が起こりやすい結晶構造が提案されました。以下の図の(a)が逆ペロブスカイト型マンガン窒化物の結晶構造で、(b)が新たに研究の結果提案された結晶構造です。


上記でご紹介した複数の物理現象が同時に起こる例も紹介されています。例えば、東京工業大学の研究グループによると、ニッケル酸ビスマス(BiNiO3)と鉄酸ビスマス(BiFeO3)の固溶体BiNi1-xFexO3(均一に溶け合って単相の化合物を形成した固体、xは鉄置換量)において、0.05≦x≦0.15では電荷移動によって負の熱膨張が起きているのに対して、0.20≦x≦0.50では電荷移動に加えて極性-非極性転移も起きていることがわかりました。


BiNi1-xFexO3において、電荷移動に寄与するのはニッケルイオンなので、xが増加すると(ニッケルが減って鉄が増えるので)電荷移動量が減少して体積収縮の割合も小さくなります。そのため、xを横軸、体積収縮の割合を縦軸にとったグラフは以下のような青い点線のようになることが予想されます。ところが、本実験では、0.20≦x≦0.50で電荷移動と極性-非極性転移が同時に起きたため、負の熱膨張が増強され、xが増加しても体積収縮の割合が一定に保たれることになりました。


鉄よりもニッケルの方が高価であるため、鉄の配合比率を上げるほど材料コストは低く抑えられます。追ってご紹介しますが、負の熱膨張材料には貴金属が用いられるケースが多く、配合を調整することで複数の物理現象を同時発生させて材料コストを下げる、という本研究は大きな価値を持つと思います。


負の熱膨張材料はどんなところに使える?

負の熱膨張材料が期待されている一般的な利用方法は、熱膨張する材料に負の熱膨張を示す物質を混ぜ合わせることで「ゼロ膨張材料」をつくる、というものです。


では、そもそも熱膨張によって、どのような課題が世の中で生じているのでしょうか?

まず、身近なテーマとして、「歯」に伴う課題を考えてみます。虫歯になってしまった時、虫歯の箇所を削って詰め物を入れることがあります。

歯の詰め物には、コンポジットレジン・硬質レジンというプラスチックや、金銀パラジウム合金という金属、あるいはセラミックが用いられることが一般的ですが、詰め物によっては生来の歯(エナメル質)と熱膨張率が異なり、熱い飲食物を口に入れた際に歯痛の原因になり得ます。そこで、負の熱膨張特性を持つ物質を用いて、エナメル質と熱膨張率を正確に合わせた材料をつくることができるかもしれません。


歯に限らず、人工関節・脊椎固定具・ペースメーカー等、金属やセラミックでできている器具を人体内部で用いる場合、急激な温度変化に伴う材料膨張によって周辺組織や神経に負担がかかり、痛みの原因になることがあります。ゼロ膨張材料によって、少しでも痛みが少ないサポート器具をつくることができるかもしれないと考えると、ぜひそのような未来が実現してほしいと思います。


もちろん、人体や痛みとばかり関係しているわけではありません。身近なところでは、鉄道のレールと熱膨張も関係しています。夏場、あまりにも高温になるとレールが膨張し、列車の安全運行に影響を与えることがあります。これを防ぐために、レールとレールの間にはわずかな隙間(遊間)が設けられており、これが「ガタンゴトン」という音を生んでいます。負の熱膨張特性を持つ物質を混ぜる、あるいは表面にコーティングすることでレールの膨張を抑えることができたなら、「ガタンゴトン」を抑えることができるかもしれません。


普及のボトルネックはどこにあるか?

2023年8月に公開された「Zn2P2O7の構造相転移を活用した負熱膨張材料の開発」という論文の緒言には、「近年,研究が進展し、新しい巨大負熱膨張材料が開発されるとともに、金属や樹脂など、様々な材料の熱膨張制御が試みられてきた.しかし、高価な元素や有害な元素が使われていることや、高圧合成などの困難な合成法が必要であることなどから、依然として大々的な実用には至っていない」と書かれています。これはどういうことでしょうか?


本レポートでこれまでに挙がった物質以外で、負の熱膨張を示す物質としてしばしば登場するのが、タングステン酸ジルコニウム(ZrW2O8)、ピロバナジン酸塩(A2V2O7)、酸化ルテニウム(RuO2)、酸化クロム(Cr2O3)等です。組成を見るとわかる通り、負の熱膨張を示す材料には、タングステン・バナジウム・ルテニウム・クロム等の貴金属が必要な場合があり、材料コストが高くなるのが課題です。


また、負の熱膨張を示す材料は製造コストも高くなる傾向があります。例えば、こちらのサイトによれば、エポキシ樹脂に18%分散配合することでゼロ熱膨張の複合材料をつくることができるBi1-xLaxNiO3(ビスマスランタンニッケル酸化物)は、6万気圧(人工ダイヤモンドをつくるのに必要な圧力と同等)が必要で、製造コストが高くなってしまうそうです。また、前述のタングステン酸ジルコニウム(ZrW2O8)も製造プロセスが複雑です。具体的には、1)高温で酸化タングステン(WO3)と酸化ジルコニウム(ZrO2)を固溶させるか、2)タングステン酸塩水溶液とジルコニウム化合物水溶液と濃塩酸からなる混合液を加熱処理して得た前駆体粒子を高温(600℃程度)で熱処理するか、どちらかが必要で、いずれも大規模設備の用意や複雑な合成条件をクリアすることが求められます。

今後、負の熱膨張材料の社会実装が進んでいくためには、(高価で有害な)貴金属を必要としない、高温高圧環境を必要とせずに当該材料をつくることができる、合成条件が複雑すぎない、等の条件を満たす材料の発見が重要になりそうです。


負の熱膨張材料とスタートアップ

最後に、数はあまり多くありませんが、国内で負の熱膨張材料に関連する事業を展開する、10年以内に設立された企業を3社リストアップしてみます。そのうちの1社はすでに解散していますが、参考までにご紹介します。


2022年に名古屋大学発ベンチャーとして設立された企業です。代表を務める竹中氏は名古屋大学の教授で、ピロリン酸亜鉛マグネシウムの微粒子化に成功したことをきっかけに、事業化にチャレンジされています。2023年1月のプレスリリースを参考にすると、ピロリン酸亜鉛マグネシウムは-10~80℃と幅広い温度域で高い負の熱膨張性能を示すものの、大学の実験室レベルでは10~50μmの粒度にとどまっており、樹脂フィルム・接着剤・基板等に利用するには、さらなる微粒子化(1μmクラス)が必要で、それに成功したというのが事業スタートのきっかけとなるブレークスルーだったようです。


ホームページを見ると、ミサリオは上記の微粒子を「PyroAdjuster®-M」という名称で販売しており、生体必須元素(亜鉛、マグネシウム、リン)だけでできた環境に優しい酸化物であることをアピールしています。


2015年に設立された企業で、JMTC(Japan Material Technologies Corporation)が通称です。この会社は子会社として、JMTCエンザイム株式会社(発酵法有機酸の研究開発)、JMTCキャピタル合同会社(ベンチャーキャピタル)を保有しているのが、ユニークなところです。

自社で研究開発を行うというより、大学や企業に眠る材料技術に関する知財を使って、製品の企画を行い、製造は外部パートナーに委託するというファブレスモデルを構築しています。


こちらは2020年の資料ですが、その時点で4社2大学から技術導入を行い、ヘルスケアや熱マネジメント系の製品を拡充しています。


上記の図で右下にBNFO系負熱膨張材とありますが、まさにこれが本レポートのテーマに該当します。ホームページを見ると、この材料は具体的にはBiNi1-xFexO3であることがわかります。同社は、BiNi1-xFexO3を開発した東京工業大学フロンティア材料研究所の東教授らと量産化に向けた共同開発研究契約を結んでおり、低温帯で膨張するBNFO-15と、高温帯で膨張するBNFO-10の2製品をサンプル販売しているそうです。用途としては、シリカ(SiO2)の代わりにエポキシ樹脂に混合して複合材料をつくり、プリント基板、封止材、接着剤等に利用していくことが想定されています。


ケミカルゲート

2015年に設立された企業ですが、2022年に解散しています。元々福井大学発ベンチャーとしてスタートしたケミカルゲートですが、紆余曲折を経て2019年から名古屋大学との連携を深めています。調べてみると、同社は2019年ごろから、現在のミサリオ代表である竹中教授と共同研究を行い、竹中教授が開発したCu-Zn-V-O系負熱膨張微粒子を「CG-NiTE」という名称で販売しています。こちらも、エポキシ樹脂に分散させて電子部品材料として用いることを想定していたようです。2019年から積極的に事業展開を図っていましたが、冒頭の通り2022年には解散しています。


今回は設立10年以内の企業を比較的新しい企業をご紹介しましたが、もちろん大企業や大学等でも研究開発は進められており、今後新たな企業が生まれてくるかもしれません。非常に面白い技術ではあるので、今後も動向を追っていきたいと思います。


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