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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

バイオメトリクスを用いたスマートガン:Biofire

Updated: Feb 27, 2023

今回は、2022年11月にシリーズAラウンドで1,400万ドル(≒18億円)調達した、バイオメトリクスを用いて銃器をアップデートするBiofire(バイオファイヤ)というスタートアップをご紹介します。


なお、記事の中で、為替レート(ドル・円)は2022年12月21日時点のものをベースに計算しています。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/銃-戦術-拳銃-ピストル-3540785/)



Biofireが解決する社会課題

Biofireは、バイオメトリクスを用いて瞬時にロックを解除できるスマートガンの開発・販売を通じて、アメリカにおける銃器関連死亡者の削減を目指しています。Biofireのスマートガンは、所有者に承認されたユーザーはロックが解除できますが、それ以外のユーザーはロックを解除することができません。なお、バイオメトリクス(Biometrics)は、「Biology」(生物学)と「Metrics」(測定)の造語であり、生物固有の身体的・行動的特徴を用いてここを識別する技術を指します。Biofireは、銃器に付いているタッチパネルで指紋認証することでロックを解除できる仕組みを採用しています。


NSC(National Security Council、アメリカ国家安全保障会議)のデータによると、2017年から2020年の間に、アメリカ国内で銃器の発砲によって亡くなった方は、2017年:3万9,773人、2018年:3万9,740人、2019年:3万9,707人、2020年:4万5,221人です。


原因の内訳を見ると、以下のようになっています。(Undeterminedは原因不明、Legal Interventionは、警察等による法的介入に基づいた銃使用、Homicideは殺人、Suicideは自殺、そして、Preventable/Accidentalは事故)

(Source: https://injuryfacts.nsc.org/home-and-community/safety-topics/guns/を参考に筆者作成)



銃器に対する規制は、ここ最近になって活発化したようなものではなく、長年にわたって常に注目されてきたトピックです。銃乱射事件が起きるたび、銃器規制を求める声が挙がり、それに反対する声が挙がる、というサイクルを繰り返してきました。それぞれの主張には合衆国憲法や州法の内容や解釈が関わってくるため、ここで細かく掘り下げることは避けますが、未だに多くの州で銃携帯が許可されているのは事実です。


Biofireのスマートガンは、こういった問題の全てを解決できるわけではありません。例えば、いくらスマートガンを使っても、使用を承認された所有者は引き金を引くことができるため、自殺・他殺を問わず、防ぐことは難しいでしょう。もしそういった事件・事故を防ごうとするのであれば、基本的には銃器の販売そのものを禁止するほかありません。


一方、スマートガンは、真の所有者から窃盗したことで手に入れた銃器による事件を防ぐことはできます。アメリカ司法省の報告書によると、アメリカで最も多い銃器関連の犯罪は、国内で合法に製造され、のちに盗まれた銃器が用いられているそうです。実際、2016年〜2020年の間に、銃器の販売店から約4万丁の銃器が盗まれていますが、その数値に個人からの窃盗は含まれていないことを考えると、数万〜数十万丁が窃盗によって、本来手にするべきではない人間の手に渡っている可能性があります。また、アメリカの連邦法では拳銃所持が21歳以上からしか認められていませんが、十代の若者が親の銃器を利用してしまうケースも多く、家庭内窃盗も含めると、上記の窃盗件数はより大きな数値となると思われます。



Biofireについて

Biofireのブログによれば、アメリカの銃器所有者の56%が、スマートガンの開発を支持しているそうです。彼(彼女)らは、家族を守るために銃器を所持することは避けられないと思う一方、銃器が不適切な形で用いられることは望んでおらず、安全性・信頼性に優れた次世代型の銃器が必要であるという認識をもっているそうです。


Biofireの創業は2016年ですが、2022年までの6年間ほとんど情報を公開することはありませんでした。2022年5月に初めて、シードラウンドで1,700万ドル(≒22億円)調達したことを公表し、VC・個人を含む50以上の投資家が株主として同社を支持していると明かしました。2022年時点で従業員は40名以上在籍しており、従業員の出身企業には、製品にとりわけ高い安全性・信頼性が求められる業界(衛星、ロケット、音速ジェット機、自動車、医療機器等)の企業が並んでいます。


創業者の Kai Kloepfer(カイ・クラファー)氏がBiofireを創業したのは、彼がまだMITに在籍していた時のことです。Koepfer氏は大学を休学し、Peter Thiel氏が運営するThiel Foundationから助成を受けながら開発を進めました。ただし、Kloepfer氏がスマートガンに取り組み始めたのは、彼がまだ高校生だった2013年まで遡ります。2013年に、「バイオメトリックスマートガンの安全性」というプロジェクトを発表し、国際的科学フェアにおいて優秀賞を受賞しています。Kloepfer氏がスマートガンに関心を持ったきっかけは、2012年にコロラド州オーロラで起きた、12名が亡くなった銃乱射事件であるそうです。



Biofireとスマートガンの歴史

Biofireの認証は、指紋によって行われます。許可されたユーザーが指をかざすと、スマートフォンのロックを解除するようにスマートガンのロックが外れ、発砲できるようになります。


指紋認証を搭載した最初の携帯電話は2003年に発売されたNTTドコモのF505iであり、Appleが初めてスマートフォンに指紋認証機能を導入したのは2013年です。これらを踏まえると、指紋認証自体は最新技術というわけではなく、実際アメリカにおいてスマートガンというアイディア自体は昔からあったそうです。


さらに、他の多くの分野でもそうであるように、Biofireはスマートガン分野で唯一の企業というわけではありません。アメリカの新興銃器メーカーであるLodestar Works(2017年創業)やSmartGunz(2020年創業)は、Biofire同様に指紋認証によってロックが解除されるスマートガンを2022年に発表しました。Lodestar Worksのスマートガンは小売価格が895ドル(≒12万円)、SmartGunzは2,195ドル(≒29万円)と見込まれています。(Biofireの小売予定価格はまだわかりません。)


では、どうして2022年に入って、スマートガンに対する機運が高まっているのでしょうか?逆にいうと、これまではなぜ実現されてこなかったのでしょうか?


その問いについて考えるうえで、こちらの記事が参考になります。まず、これまでスマートガンを開発するスタートアップにとって、銃器産業というのは資金調達が難しいテーマの1つだった、という背景があります。リベラル派の多いシリコンバレーでは、優れたテクノノロジーを利用していても、開発する製品が銃器であるという点で人々は積極的に投資はしたがらない、と指摘されています。過去に次世代型銃器が登場した際に、銃器擁護派からの脅迫や不買運動を受けた販売店があったことも、投資家の心理的ハードルを押し上げているそうです。


また、技術自体にそれほどの新規性がないとしても、社会で実際に使えるレベルまで性能を向上させることが難しかったようです。例えば、スマートフォンの指紋認証でも起こり得ることですが、指先が濡れていたり、乾燥で皮が破れていたりするとうまくロック解除することができません。また、反応速度もスマートフォンで求められるものと同じレベルとは限りません。銃器を使用しなければいけないシーンに遭遇した場合、一瞬でロックが解除される必要があります。


そして、スマートガンのビジネスとしての難しさは、上記で挙げたような「実際に技術として成立するかどうか」という観点に加え、「ユーザーが技術を信頼して実際に購入まで踏み切るかどうか」のハードルが高いことにあります。


それだけに、今回シリーズAラウンドでFounders Fundが投資したことは、「1ファンドが1スタートアップに投資した」以上の意味合いを持っているかもしれません。というのも、これまで多くの投資家が敬遠してきたとも言えるテーマに、Airbnb・Palantir・Spotify・SpaceXといった革新的企業に投資してきたFounders Fundが投資したためです。


Biofireへの投資を担当するFounders FundのTrae Stephens氏によると、彼は元々スマートガンビジネスに懐疑的だったものの、2019年にニュージャージー州で成立したスマートガン関連法(一度性能を満たすスマートガンが販売されたら、各販売店にスマートガンの販売を義務付ける)の成立、そして長年にわたって研究開発を続けてきたBiofireの技術的進歩を目の当たりにしたことで、心境が変化したそうです。


テクノロジーと共に社会が変わるか

確実で安全に動作する製品をつくることができるか、そして世論を後押しするムーブメントを起こせるかどうか、どちらも重要なファクターになります。過去数十年変わらなかったからと言って、来年変わらない保証はありません。1950年代に本格化した公民権運動が、1964年に公民権法成立という形で実を結び歴史を変えたように、遠くない未来に銃器をめぐるアメリカの法律や民意も、テクノロジーの進化と共に変わっているかもしれません。



IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革を支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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