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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

ハードウェアスタートアップと「量産化の壁」

Updated: Mar 8

IDATEN Venturesはものづくり・ものはこびに特化したベンチャーキャピタルファンドとして、ハードウェア関連のスタートアップにも投資・支援を行っています。


日頃ハードウェアスタートアップとお話させていただく中で、「量産はどう考えているか?」という話をすることが少なくありません。それは、ハードウェアスタートアップにとって、プロトタイプと量産の間にある「量産化の壁」を乗り越えることが非常に難しいからです。


しかし、量産にどんな難しさがあるのか調べてみても、まとまった情報は意外と少なかったりします。そこで「ハードウェアスタートアップと量産化の壁」というテーマで書いてみることにしました。


対象読者は、ハードウェアスタートアップを始めたばかりで、まだモノがなかったり、プロトタイプを作っている段階の方々です。



盛り上がりを見せるハードウェアスタートアップ


一般的に、スタートアップにとってハードウェアビジネスはソフトウェアビジネスよりも「厳しい(Hard)」であると言われています。理由としては先行投資型であること、事業ピボットがしにくいこと、抱えるエンジニアの種類が多いこと(=バーンレートが上がりやすい傾向にある)等が挙げられます。それでも、ハードウェアスタートアップの数や資金調達額は増加傾向にあります。


(Source:Crunchbase、Bolt)


一体どうしてでしょうか?背景には、(1)ソフトウェアブームの一巡、(2)3Dプリンタの登場、(3)コミュニティやサポーターの増加、等が挙げられます。日本政策投資銀行のレポートでは、ものづくりを後押しするこうした一連の動きを「メイカームーブメント」と呼んでいます。


(1)ソフトウェアブームはこれからも続くように思えますが、スマホアプリやwebサービスといったソフトウェアサービスが一巡し、アルゴリズムやコードの活躍する場がハード空間に移ってきています。IoTという言葉はまさにその代表例であり、インターネットを介して有機的に結ばれたハードウェアが製造現場、一般家庭、公共空間に増えてきています。


(2)そのようなハードウェアを作る敷居を下げ、「ものづくりの民主化」に貢献したのが3Dプリンタの登場です。3D CADのデータがあれば安価に精緻なプロトタイプが作れるようになりました。これにより、試行錯誤にかかる時間・コストが格段に低減されました。


(3)そして、プロトタイプづくり・量産を行う際に必要となる場所・設備・人員などのノウハウを提供するコミュニティやアクセラレーターなどの存在がハードウェアスタートアップをさらに後押ししています。例えば、DMM.makeSHARPSONYGarage Sumidaかぶくなど、日本でもこうした動きが盛んになってきました。



それでも、ハードウェアスタートアップがやはり「Hard」であると言われる代表的な理由の1つが「量産化の壁」です。例えば、無機ELディスプレイは2000年代優れた性能と利便性で注目を集め、TDK・DNPなどが量産化に向けて投資を行ったものの、量産化の壁を超えられず撤退したと言われています。


資金力を持つ大企業ですら難しい量産化。限られたリソースで急成長を狙うスタートアップが量産化の壁を超える際には、どのようなことに気をつけるべきなのでしょうか。



量産の定義と複製コスト


そもそも量産という言葉の定義は決まっているのでしょうか?辞書には「同一規格の製品を大量につくること」とあります。


・「同一規格の製品」≒「製品毎に寸法・品質・性能にムラや欠陥がない製品
・「大量に作ること」≒「製品を求めた第三者が使えるような数量作ること

と読み替えてみると、量産の本質とは「ユーザーのニーズに応えられる十分な量を、正確に複製すること」にあります。100個だろうと1万個だろうと、市場のユーザーが使う規格品として作る場合は量産と呼ぶことができるようです。


当たり前のように思える定義をあえて確認した理由は、量産の本質が「大量性」だけにあるのではなく「品質・性能の担保」にもあるという意識が大切だからです。当たり前ですが、メーカーは一度リコールや事故を起こしてしまえば、コスト・名誉ともに大きなハンデを負います。そのリスクに耐えうるような体制を整えることが非常に難しいと言えます。



企業が量産を志向する理由にはコストが深く関係しています。これまでソフトウェアがスタートアップに好まれてきた理由の一つが、「複製コストの低さ」です。ソフトウェアは一度開発してしまえば複製コストが限りなくゼロに近く、ユーザーが増えても、製造原価としてはエンジニアの固定費(+サーバー料金等)しかかかりません。


一方でハードウェアはそうはいきません。開発したものを複製しようとすれば、どうしても材料・加工・組立・人員等のコストがかかります。ソフトウェアに比べると粗利が低くなる原因はここにあり、量産体制を構築する際には、「品質を担保しながら、どれだけ1個あたりの複製コストを下げられるか」が鍵になります。



量産化の壁(製造サイクル)


まずは量産の壁がどこにあるのかを考えるために、ハードウェアの製造サイクルを5つのフェーズに分けて考えてみましょう。



(1)製品の企画 まずどのようなユーザーが欲しがるか?というユーザー像の具体化、機能・デザインの仕様等について企画します。手書きやPCの設計図を用いながら、プロダクトのアイディアを固めます。



(2)プロトタイプ(試作品づくり) 続いてアイディアをプロトタイプに落とし込みます。3Dプリンタを使ったり既成品を手組みしたりして、なんとか現実のカタチあるものにします。プロトタイプは、自分たちで作ることもあれば、外部の試作専門メーカーに委託することもあります。


プロトタイプには評価が必要です。動作や表示などの機能評価だけでなく、複数回の使用に耐えうるか・ユーザーに危害を加えるようなリスクがないか、という信頼性評価も含まれます。



(3-1)量産試作 プロトタイプに成功したら量産フェーズに入りますが、まず手がけるべきことが「量産試作」です。量産試作とはプロトタイプと量産の中間地点にあたり、品質を保ったまま大量に複製できるプロトタイプかどうか再考することです。量産委託(OEM)先候補と相談しながら、必要な素材・部品・加工方法の決定、量産設備(金型等)の設計、生産手順書の作成等を行います。


例えば、プロトタイプの重要部品Aを、2~3人のメカエンジニアがはんだごてで四苦八苦作っていた場合、量産しようとすれば膨大な数のメカエンジニアが必要になります。効率よく作ろうとした場合、金型で作ることができるのか、あるいは設計そのものを変えなくてはいけないのか、一つ一つの部品・組立作業を精査します。



(3-2)量産製造 量産試作が完成したら量産製造フェーズに入ります。自社で工場を構える場合とOEM先に委託する場合がありますが、スタートアップの場合は後者の方が圧倒的に多いでしょう。OEM先と設計図や選定部品の打ち合わせ、価格交渉を行い、契約を締結して量産体制を整えます。



(4)検品・出荷 先に述べた通り、量産で重要になってくるのが品質の担保です。自分たちの手を離れて製品の製造が行われるので、必ずしも求めている品質が常に保たれるとは限りません。検品基準・要員を整備し、リコールが起きないよう検品体制を整える必要があります。ものづくりにとって品質は生命線となるため、企業によってはQC(Quality Control)だけは自社スタッフを配置して万全を期すところもあります。


また、出荷についても考えます。海外ラインで完成した製品を国内倉庫に保管しておく際に、自前で倉庫を借りる場合もあれば、物流業者と契約して保管〜出荷まで一気通貫で任せる場合もあります。船積み輸送の場合は輸送中の傷・破損リスクもあり、お客様のもとに発送する最終QC機能も倉庫側で備えなければいけません。



(5)カスタマーサポート 最後に忘れがちになってしまうのが、カスタマーサポートの整備です。近年はアフターサポートの質を含めて「プロダクト」と呼ぶ企業があるくらい、丁寧できめ細やかなサポートが求められます。この背景には、SaaS(Software as a Service)の登場によって、顧客が購入後に求める機能改善やサポートへの視線が厳しくなっていることが挙げられるでしょう。


リソースが限られるスタートアップでは、工数とサポート品質のバランスを保ちながら、チャットボットを活用したり、豊富なQ&A事例を用意したり、顧客の気持ちを離さないように気をつけることが、次の製品のセールスにつながります。



量産化の壁はどこにあるのか?


上記の製造サイクルの中で、壁があると言われているのはプロトタイプと量産試作の間、そして量産試作と量産製造の間です。このステージには、外部委託先との見積もり・契約・コミュニケーションなど、難しい要素がいくつも隠れています。

ちなみに、経済産業省が進める「Startup Factory」プロジェクトは、こうした悩みを解決するために工場探し・契約書の雛形・トラブルQ&Aなどのサポートをしてくれます。また、海外の有名なハードウェアアクセラレータープログラムとしては、中国・深圳の「Seeed Studio」アメリカの「HAX」などが挙げられます。こうしたサポートプログラムが、量産の壁をうまく乗り越えるためのノウハウやネットワークを提供してくれます。



1)発注先の選定

まずどこに発注すればいいのか?という問題です。そもそも量産を考えた時にどこに発注すべきかわからない、というスタートアップは少なくないと思います。国内にも量産を請け負う企業はたくさんありますが、コストの問題から近年は中国・台湾・東南アジア地域の技術力が高い企業に委託するケースが多いです。

探す方法としてはいくつかあります。一例として、NCネットワークというサイトは、委託先の検索プラットフォームとして、世界の工場を検索することができます。近年はものづくり領域毎にマッチングプラットフォームが出現しており、アパレル・金属加工品など、それぞれのアイテムごとに量産先を探すこともできます。オンライン検索だけでなく、オフラインでは展示会で量産先を知ったり、イベントで連絡先を知って繋がるケースもあります。

2)手戻りのリスク

外部で量産する最大のリスクは手戻りが生む時間的・金銭的損失が大きいことです。手戻りが発生する要素としていくつかあります。

2-1)設計の手戻り 例えば金型を一度作ってしまうと、作り直しには時間もお金もかかります。量産先に金型の仕様変更をお願いすると、それだけで何ヶ月も過ぎてしまうこともあります。 外部と連携する場合はコミュニケーションに時間がかかるため、自社内だけでリーンに試作サイクルを回している時とは時間軸が異なる感覚を持つ必要があります。

2-2)生産数量の手戻り また、どれくらいの数を作れば収支が合うのか事業計画を事前に綿密に考えることも必要です。というのも、見切り発車で量産委託先を決めてしまうと、「注文がバンバン入るのに生産能力が既に上限に達してしまった」ということが起きるからです。

逆も然りで、「注文の数が少ないのに、巨大工場で大量に生産し在庫が溢れてしまった」というケースもあります。量産先と相談する中で、事業計画と生産計画をアラインさせることは非常に重要です。 2-3)品質の手戻り 作ってしまってから「品質が基準に満たない」という手戻りもあります。量産してしまった品質欠陥品を再検査し、手入れすることは全体のスループット・コストにも悪影響を及ぼします。 どこに・どれくらいの頻度で検査工程を挿入するべきか、などの検査体制整備は早めに準備しましょう。

3)見積もりの妥当性

初めて外部に量産委託する場合、見積もりの妥当性がわからないケースは少なくありません。見積もりの妥当性を確認する方法としてはいくつかあります。 3-1)相見積もりをとる 複数の見積もりを比較することで初めて「あれ?この項目がおかしいな。」という視点を得ることができる場合があります。 3-2)社内に見積もりの経験があるメンバーを配置する 過去に見積もりをしたことがある人であれば、勘所をつかめているため、不自然な項目(例えば、マネジメントフィーという名目で異様にレートが高い場合など)を見抜くことができます。 3-3)外部の知見を使う 前述のStartup Factoryをはじめ、ものづくりコミュニティが存在するので、そうしたところで相談するのも良い手です。 社内に知見のあるメンバーがいなければ先輩起業家や経験のある投資家に尋ねるのも良い手です。自分で抱えたまま不要に高い費用を支払うのだけは避けましょう。

4)連携

量産に当たっての課題は、コミュニケーションが大きい要素を占めると言われています。また、その中でも単一の委託先と複数の委託先では違った難しさが存在するようです。

4-1)委託先が単一の場合 単一の場合は比較的コミュニケーションが取りやすいかもしれません。近年はこのように他社間とのやりとりをクラウド上で行うプラットフォームが多く登場していますし、SlackやTeamsなどのコミュニケーションツールも、円滑なコミュニケーションを可能にしています。 一方、単一の委託先でも大手の場合、「プロトタイプを頼んでいた部門」と「量産設計を請け負う部門」が異なる、という事例があるようです。そういった場合は、部門間できちんと引継ぎが行われていないと、一からコミュニケーションを取らなくてはなりません。担当者を通じて事前に確認・頭回しをしておく必要があります。 4-2)委託先が複数の場合 複数の場合はコミュニケーションがより難しくなります。委託先同士でコミュニケーションをとる場合には自社のハンドリングが効かなくなりますし、ハブ型のコミュニケーションを取っていれば、担当者の負荷が上がってしまいます。 そこで、近年はSaaS型のコミュニケーションプラットフォームを通じて、煩雑になりがちなやりとり(設計図面共有・コメント・やり直し)を全てクラウド上で行ってしまおうというサービスも増えています。月額課金であれば、リソースが限られたスタートアップでも使うことができるでしょう。 4-3)委託先との関係性 トラブル時の責任範囲やムード作りも大切な要素と言えます。外部と言っても「ものづくり」においては高い士気や良いムードをつくったほうが良いです。 例えば、車椅子を製作するWHILLは台湾の工場に量産委託をする中で、日本チームと同じくらい高く士気を保つために気をつけている、という記事もあります。

次なる壁

●出荷

完成した製品が自社オフィスに収まらない場合(量産という文脈では大抵収まらないと思いますが)、倉庫を借りて保管・出荷手続きを行います。倉庫だけ借りて自社内でオペレーションを回すこともあれば、近年は製品管理〜出荷までワンストップで倉庫側に委託するケースも増えてきているようです。

●流通

テスラがディーラー販売を行わない話は非常に有名です。彼らは直売りでオンライン販売します。売っているものはクルマです。これは新しい時代の売り方を象徴しているかもしれません。 モノを作り上げたメーカーが次に迎えるのが「どう売るか?」という壁です。一社一社、一人一人開拓していけば販管費が膨れてしまい、利益率が落ちてしまうため、メーカーこそ「いかに効率よく売るか」が求められている時代です。 オンライン販売にすれば外回りや代理店営業の人員を大幅に削減することができます。その一方で、使い方に迷わない圧倒的なUI/UX、そして強力なWEBマーケティングが必要になります。

●厳格化する品質基準

近年、品質に対する市場の評価は高まっています。2019年に大手メーカーでデータ改ざんが明るみになったのは記憶に新しいですが、一歩踏み込んでメーカー側の立場になって考えてみましょう。 当然ですが、量産した製品が検査基準に未達であれば、再処理・再検査が必要になります。そのような再処理はバッチ処理(人が張り付いて個別に対応する)であることが多く、それだけで大きなコストを生んでしまいます。収益に対する焦りと品質不良対応の間に挟まれた社員の葛藤は計り知れないでしょう。 特に社会のインフラとして使われるようなモノを作る場合は、このような安全性とコストのジレンマの中で戦う必要があります。これもハードウェア企業の難しさの一つです。

●ソフトウェアで顧客とつながる時代のCS

これだけで新たな記事をかけてしまいそうなほど大きく重要なテーマですが、近年のハードウェアスタートアップは多くの場合「ソフトウェア的」です。 電池能力向上・通信規格の多様化・セキュリティ技術の向上・ミドルウェア〜ソフトウェア技術の進展、さまざまな理由によって、単なる「モノ」ではなく、ソフトウェアの入れ物としてのハードウェアが増えているということです。 その場合は、「売っておしまい」というわけではなく、定期的なソフトウェアアップデートやトラブル時の遠隔緊急対応など、柔軟なカスタマーサポートが求められます。

おわりに

いかがでしたか?これからハードウェアスタートアップを始める方々にとって、量産体制に入るのはまだまだ先かもしれません。一方で、製品をスケールさせていく上で欠かせないステージであることも事実です。

だからこそ、そもそも製品を企画する段階、プロトタイプを作る段階から、早めに量産に関して「委託先をどう探すか?」「どこで行うか?」「どんなところに落とし穴が潜んでいるか?」「その場合どこに相談すれば良いか?」という頭回しをしておくことが重要です。


冒頭に書いた通り、ますます盛り上がっていくハードウェアスタートアップにとって、少しでも価値のある記事になれば幸いです。



IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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