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  • Shingo Sakamoto

Siemensから学ぶIoTプラットフォーム戦略とM&Aの形跡

近年、さまざまな産業においてデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性が叫ばれいます。例えば、農業・漁業・林業といった一次産業、そして製造業・建設業のような二次産業でも、デジタルを活用した生産性向上施策やビジネスモデル変革が模索されています。


この記事では、ものづくり企業としてハードウェアを造っていたところから、次々とデジタル化への変革の糸を手繰り寄せ、ソフトウェアとハードウェアを融合させた新たなビジネスモデルの構築を積極的に進めるSiemensにフォーカスしたいと思います。


Siemensは、そのビジネス全体を包括的に説明するにはあまりに巨大な企業なので、特に産業とインフラのDXを担うデジタルインダストリーズ部門の動きに注目してご説明します。


後半には、同社のデジタル化推進の鍵となってきたM&A案件をご紹介します。世界を代表するものづくり企業が、産業DXを加速させるIoTプラットフォーマーになろうとする過程で、どのような企業を買収してきたのか。このことを知ることは、これからのものづくりスタートアップがExit戦略を考えるうえで、もしかすると参考になるかもしれません。


(Source: https://pixabay.com/ja/illustrations/iot-%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88-3337536/)



Siemensについて


Siemensは1847年にドイツのベルリンで設立された企業で、現在は本社をミュンヘンに置いています。電信製造事業から始まり、その後、発電設備、鉄道、電子機器、医療機器など、事業を多角化しました。


現在、従業員として約29万3,000名が在籍し、200ヶ国に事業を展開。2021年時点では、ビジネスユニットとして、デジタルインダストリーズ・スマートインフラ・モビリティ・ヘルスケアの4つを有しています。


2020年度の連結売上は571億ユーロ(約7.4兆円)で、純利益が42億ユーロ(約5,400億円)となっています。売上構成は、デジタルインダストリーズが28%、スマートインフラとヘルスケアが27%ずつ、残りの17%がモビリティです。

(Source: https://assets.new.siemens.com/siemens/assets/api/uuid:b9055418-464c-479c-94e5-d1a2841bd37b/siemens-equity-story.pdf)



ヘルスケア以外は、名称だけで事業範囲を特定するのが少し難しいのですが、大まかには、デジタルインダストリーズが、DXの総旗振り役としてハードウェア(デジタル機器)やソフトウェア(設計・解析・分析システム)に横串を刺して、統合的なIoTプラットフォームを運営。スマートインフラは配電・エネルギーオートメーション・スマートグリッドを手がけ、モビリティは鉄道車両や制御機器などを扱います。


4つのユニットの中で、デジタルインダストリーズのEBITDAマージンが最も高く、スマートインフラ9.1%、モビリティ9.1%、ヘルスケア15.1%に対して、デジタルインダストリーズ21.7%となっています。

(Source: https://assets.new.siemens.com/siemens/assets/api/uuid:b9055418-464c-479c-94e5-d1a2841bd37b/siemens-equity-story.pdf)



実はこの決算に先立つ2019年、Siemensは社内体制の再編を実施しており、社内カンパニーとしてデジタルインダストリーズとスマートインフラの2部門を本体に残し、戦略会社としてモビリティとヘルスケアを連結子会社としました。それまでガスや電力の配給を行ってきたガス&パワー事業は新会社として分社化し、連結対象外にしました。


その狙いとして、Siemensはプレスリリースで「新生シーメンスAG(*戦略子会社を除いた本体のこと)は産業デジタルトランスフォーメーション(DX)の形成に集中」と書いています。


それではSiemensが注力するDXとはいったいどういったものなのでしょうか?




SiemensのDXについて


SiemensのDX戦略を語るうえで欠かせないのが、2018年に打ち出した「Vision 2020+」です。なぜ末尾に「+」が付いているかというと、2013年にCEOであるJoe Kaeserが2020年までに目指す姿として発表した「Vision 2020」がほとんど達成されたので、それを更新しよう、という位置付けで作られたものだからです。冒頭にはこう書かれています。

"Goals of Vision 2020 have been largely achieved - Siemens in a strong position. The best time to reinvent yourself is when you’re strong. Adaptability is a key prerequisite in the digital age."

実際に目標達成された具体的項目も書かれています。

(Source: https://assets.new.siemens.com/siemens/assets/api/uuid:79a3eb86-4247-4430-82a8-c209dd25cc6c/180802-press-analyst-conference.pdf)



Vision 2020+のプレスリリースの中で、私が最も重要な1ページではないかと考えたのが、このページです。Mendixという企業の買収に関するページです。

Source: https://assets.new.siemens.com/siemens/assets/api/uuid:79a3eb86-4247-4430-82a8-c209dd25cc6c/180802-press-analyst-conference.pdf)


Siemensは2018年11月にMendixというローコードアプリケーション開発プラットフォーム企業を買収しました。このプラットフォームは、Siemensが展開するIoTオペレーティングシステム「MindSphere」上で、顧客である企業の開発者がほとんどコーティングなしでアプリケーションを開発することを可能にします。


MindSphereとは

MindSphereは、Siemensが2017年10月に提供開始したIoTオペレーティングシステムです。顧客は、製品・設備からセンサーを通じて得たデータをクラウドに連携させ、Siemensや自社(あるいはサードパーティ)が開発するアプリケーションで設備状況監視やデータ解析を行うことができます。全体のアーキテクチャとしては以下のようになっています。

(Source: https://www.jasa.or.jp/dl/global/GF2018_4.pdf)


データをエッジで収集する部分を「Mindconnect」、クラウドにデータを蓄積させアプリケーションにつなぐ部分を「MindSphere」、そしてアプリケーション部分を「MindSphere Application」と呼んでいます。


MindSphereは他の企業システムとも連携可能で、PLM(Product Lifecycle Management)システム・MES(Manufacturing Execution System)・ERP(Enterprise Resource Planning)等に、MindSphereデータを利活用することができます。


MindSphereと比較される、GEのPredix

MindSphereは、GE(General Electric)のIoTオペレーティングシステム「Predix」と比較されることがあります。PredixもMindSphere同様に、エッジデバイスや他システムから得たデータを分析するプラットフォームになっています。PredixはMindSphereより早く2016年にローンチされました。


PredixはMindSphereと比較されるときに、「うまくいかなかった側」として扱われることがあります。例えば、このサイトこちらのサイトでは、はっきり「失敗」と書かれています。失敗の要因として共通で挙げられているのは、PredixがGE向けのシステムとして機能するように作られたものであり、顧客のDXに目が向けられていなかったことです。


結局、CEOが交代した2018年のタイミングで、Predixを進めるデジタル事業は分社化されます。株価もその前あたりから右肩下がりになっています。

(Source: https://www.google.com/finance/quote/GE:NYSE?sa=X&ved=2ahUKEwiewN3dsNLvAhWTFIgKHXGyBcsQ3ecFMAB6BAgHEBo&window=5Y)


MindSphereはPredixとどう違うのか?

では後発である、SiemensのMindSphereはPredixと何が違うのでしょうか?Siemensのデジタル部門であるDigital Industries部門は、2020年こそコロナウイルスの影響もあり少し停滞したものの、毎年その存在感を示しています。売上ベースでは、2017年:137.8億ユーロ、2018年:155.9億ユーロ2019年:160.9億ユーロ、2020年150億ユーロと堅調に推移。利益ベースでは2017年:23.3億ユーロ、2018年:29億ユーロ、2019年:28.8億ユーロ、2020年32.5億ユーロとなっています。


デジタル化という観点で、何がSiemensをGEに競り勝たせたのか。理由として、顧客セグメントの違いやプロダクトを出したタイミングなど複数要素が考えられ、一概にまとめることは難しいものですが、ポイントとして挙げられるのが、「Openness」(オープンであること)と「Holisticness」(全体性)の2つではないかと私は考えています。



まずOpennessについて。SiemensがDXの重要施策として買収したMendixのローコードアプリ開発プラットフォームに象徴されるように、Siemensは「顧客が必要なものを顧客が作ることができる(あるいは幅広いオプションの中から選択できる)」という世界観を目指しているように見えます。日本でもさまざまなパートナーと連携して、MindSphereを使ったソリューションの数を増やしています。

(Source: https://www.jasa.or.jp/dl/global/GF2018_4.pdf)



ただし、これはSiemensだけではありません。実は、GEは2016年に、SiemensがMendixを買収したのと類似する企業と組んでいます。PTC(Parametric Technology Corporation)が2013年に買収した、当時としては珍しかったノーコードアプリ開発ツールを開発するThingWorxという会社と業務提携したのです。ノーコードがさまざまな産業で普及し始めようとしている2021年現在から考えると、先見の明がある戦略だと感じますが、それでも2018年にGEのデジタル部門が本体から切り離されたことを考えると、劇的なユーザー拡大には繋がらなかったようです。



クラウドに対する考え方は、PredixとMindSphereの「Openness」への考え方の違いを顕著に表しているかもしれません。GEはPredixの普及を進める2016年、自らクラウド事業に参入しようとしました。MicrosoftやAmazonと競合するつもりでしたが、結局その計画は中止に。方針を転換してからMicrosoftのAzureやAmazonのAWSと手を組んだため、スタートダッシュに遅れました。一方Siemensは、(GEから学んだ教訓は大いにあると推察しますが)MindSphereをローンチしてからスピーディにAWS・Azure・Alibabaといったクラウド大手と連携し、ユーザーが選べる動作環境のバリエーションを増やしました。2017年10月にMindSphereの提供を開始してから、2018年3月にAWS、同年5月にはAzure、2019年4月にはAlibabaで利用可能になっています。



Siemensのデジタル戦略のもう1つの特徴がHolisticnessです。私はこれこそがSiemensのデジタル戦略の核ではないかと考えています


Siemensが目指しているのは、「センサーを通じて得たデータを解析して設備の故障検知を行う」という運用・保守のデジタル化にとどまらず、電気・機械設計 / システム・シミュレーション / 製造といった前工程にもデータを活用することができるプラットフォームです。2019年9月に発表した「Xcelerator」はその表れと言えるもので、設計・エンジニアリング・製造までの一貫したソフトウェア・ポートフォリオと、MindSphere上で動作するMendixプラットフォームが全て統合されています。プレスリリースでは、「Xceleratorは、フィードバックやパフォーマンスを収集してその洞察を設計や製造に戻すという独自の特徴を有し、ディスクリート産業やプロセス産業全体にデジタル・エンタープライズの実現を可能にします。」と書かれています。


この実現のために、Siemensは数々のソフトウェア企業を買収してきました。次の章で部分的ではありますが、その代表例をご紹介します。




Siemensが買収(一部出資)したデジタル企業


Siemensは2007年ごろから積極的にソフトウェア企業を買収しています。そこで買収した企業群が、Xceleratorプラットフォームに組み込まれています。追うことのできる公開情報を参考に、新しい順にご紹介します。


遡って見ていくと、2000年代後半~2010年代前半に買収した企業が、現在のSiemensの中核を担うプロダクトとして機能しており、そのタイミングの早さに少し驚きました。


Atlas 3D

事業:金属レーザー焼結3Dプリンティング対応ソフトウェア

年月:2019年11月

地域:アメリカ

金額:不明


金属3Dプリンティングにおける熱ひずみ起因のエラーを防ぐ解析技術を持つ。部品の造形方向や支持構造の最適化を自動的に実行。金属3Dプリンティングを量産に利用しようとすると、部品の向き、ひずみ、熱除去の均一性など、考慮すべき要素が多いが、同社のSunataソフトウェアは他社の100倍の速さでその最適化を行うことができるそうです。公開されている企業情報が極めて少なく、沿革や買収までの資金調達状況などの情報を知ることができません。



MultiMechanics

事業:材料エンジニアリングシミュレーション

年月:2019年11月

地域:アメリカ

金額:不明


2010年創業。2017~2018年のシードラウンド後に買収。Siemensが買収する案件としては非常にアーリーな印象。先端材料の故障・不良を高精度に予測することができるソフトウェア開発を行う。企業が材料の特性や挙動を効率的に予測、微細構造レベルから始まる故障を含めた予測を可能に。



Mendix

事業:ローコードアプリ開発

年月:2018年10月

地域:アメリカ

金額:6億ユーロ


2005年創業。Crunchbaseで把握できる範囲では、シリーズBラウンドまでで3,800万ドルを調達していたようです。SiemensはVision 2020+の中核案件として買収。プレスリリースによれば、その狙いとして以下のように書かれています。

IT企業の対応能力を大きく上回る勢いでビジネス・アプリケーションの需要が急増しています。スマート・アプリケーションのビジネス需要とデベロッパーの対応能力とのギャップが、高生産性を実現するローコード・プラットフォームの需要をこれまでになく押し上げています。」

MendixはSAP・IBMから利用できる唯一のローコードアプリケーションとして、顧客が自ら業務のデジタル化を推進する支援を行います。



Mentor Graphics

事業:EDA(Electronic Design Automationの略で、電子機器・半導体など電気系の設計を自動化支援するソフトウェア)

年月:2017年3月

地域:アメリカ

金額:44億ドル


1981年創業のNASDAQ上場企業。2017年の公開情報では、売上12.8億ドル、純利益1.6億ドル、従業員6,000名。


2007年に買収したUGS(後述)が母体となるSiemensのPLMソフトウェア部門に組み込まれました。ちなみにPLMとは、製品の設計図や部品表などのデータを、企画段階から廃棄、リサイクルに至る全プロセスで共有し、製品開発力の強化、設計作業の効率化、在庫削減などを目指す取り組みを指します。統合の意図として、「当社の顧客は幅広い業界のシステムベンダーが大部分を占めるが、近年、製品に組み込むチップを自社設計するベンダーが増えている。こうした状況に対応するには、統合が必要だった」とのこと。



Bentley Systems

事業:インフラ管理ソフトウェア

年月:2016年11月

地域:アメリカ

金額:約7,600万ドル


1984年創業。2020年9月上旬には、Siemensが同社の買収を検討していると報じられましたが、Bentley Systemsは9月23日にNASDAQ上場。2020年の公開情報によれば、売上8億ドル、純利益1.3億ドル、従業員4,000名。


Bentley SystemsはCAD(computer aided design)のシェア世界トップクラスで、メイン商品はMicroStation。特に建設・土木・プラントといったインフラ分野でビジネス展開。



CD-adapro

事業:流体力学・固体力学等の幅広いエンジニアリングシミュレーション

年月:2016年4月

地域:アメリカ

金額:9.7億ドル


1980年創業。買収前年の2015年は、売上が2億ドル近く、従業員900名以上を抱えていたようです。流体力学(CFD)・固体力学(CSM)・熱伝導・電気化学・音響などの幅広いエンジニアリングシミュレーションソフトを開発するCD-adaproの買収時に発表したプレスリリースで、Siemensは次のように述べています。

「シミュレーション・ソフトウェアは、より良い製品をより速くより安く市場投入するためのキーとなるものです。確立されたテクノロジー・リーダーであるCD-adapcoを買収することによって、世界屈指の当社の産業用ソフトウェアのポートフォリオが補完され、デジタル・エンタープライズ実現のためのポートフォリオの拡充という当社の戦略を前進させるものとなります」

同社のシミュレーションソフトを使用して、エンジン・航空機・船舶などのシミュレーションが可能に。



LMS International NV

事業:機械工学シミュレーション

年月:2013年1月

地域:ベルギー

金額:7億ユーロ


1980年創業。自動車・航空機などの産業分野における3Dシミュレーションソフト、構造解析およびテストのソフトウェアを開発する。買収当時の顧客には、BMW・GM・Ford、Airbus・Boeing・NASA、Apple・HP・AT&Tなど、業界を代表する企業が名を連ねます。買収時にSiemensが出した資料には、繰り返し「Virtual, Physical, Functional」というワードが登場します。Siemensは当時から、設計とテストのサイクルを早めるソリューションを探していたようです。



RuggedCom

事業:厳しい産業環境下でのコミュニケーションおよびネットワークソリューション

年月:2012年2Q

地域:カナダ

金額:3.8億カナダドル


2001年創業。産業用品質の堅牢なイーサネット通信製品およびネットワークソリューションを提供する企業。例えば、配電、製油所、交通管制システムなどの過酷な環境下で使用されています。



UGS

事業:PLM・MOM向けソフトウェア

年月:2007年3Q

地域:アメリカ

金額:35億ドル


PLMソフトウェアのリーディングカンパニー。この買収によって、UGSはSiemens PLM SoftwareとしてSiemensグループに入り、デジタル化の旗振り役として中核を担うことになります。同社が開発する「NX」には、3D CAD・CAM(Computer Aided Manufacturing)・CAE(Computer Aided Engineering)ソフトが含まれており、これらのソフトウェアポートフォリオは、現在のXceleratorプラットフォームにも組み込まれています。




こうして見てみると、2007年に買収した企業が、今日のSiemensのDX戦略の中心となっており、14年という歳月をかけて一貫した戦略を完遂しようとしている点が興味深いです。これほど長いスパンで、デジタル化の種を蒔き、実った穂を収穫できている企業は、どのように戦略を立て、マイルストーンを設定していくのでしょうか、またどこかで分析期間のスパンを伸ばして調べてみたいと思います。



また、こうしてSiemensが今でも積極的に買収している企業を見てみると、IDATEN Venturesが投資領域としている事業内容が並んでいます。ものづくりの変革に貢献すべく、引き続き積極的にこういったテーマでの投資・支援を進めていきたいと思います。


IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の、デジタル化をはじめとした進化・変革を支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。

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