今回は、2023年2月にシリーズBラウンドで5,000万ドル(≒70億円)の調達に成功した、Light Field Labというスタートアップについて調査してみます。
同社は、ホログラフィックディスプレイを開発する企業です。タイトルの「Escape the Screen(スクリーンを飛び出せ:筆者訳)」は、Light Field Labのホームページに掲載されているキャッチコピーで、事業内容を簡潔に表しています。
「スターウォーズ」という映画をご存じの方は、以下のようなシーンをご覧になったことはないでしょうか?遠隔地にいる人物の3次元映像が会議室内に映し出され、その場にいる人々は、特殊なメガネやヘッドセットを装着せずに、その3次元映像とリアルタイムで会話することができる...。ホログラフィックディスプレイは、まさにそんなシーンで利用されるディスプレイです。
以前「Metaが買収した光学関連技術スタートアップについて」というブログで光学関連技術に注目が集まっていると書きましたが、今回も光学分野の話になります。そもそもホログラフィーとは何か、これまでの技術課題に言及しつつ、Light Field Labをご紹介していきます。
なお、レポート内で、為替レート(ドル・円)は2023年2月27日時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/illustrations/ライオンホログラム-3dイラスト-4399941/)
ホログラフィックディスプレイとは?
ホログラフィー(Holography)とは、ホログラム(Hologram)の製造技術を指します。ホログラムは、ギリシャ語の「Holos(完全)」+「Gram(情報)」を合成してつくられた言葉で、光学的に生成された3次元画像です。
ホログラムは、物体に反射した光(物体光)に、異なる光(参照光)を重ね合わせることで生まれる「干渉縞」を記録媒体に記録することによってつくられます。干渉縞に光を当てることで、3次元画像が再現されます。
(Source: https://www.kodomonokagaku.com/read/hatena/5304/)
上記の図では、左上の「レーザー」から発せられたレーザー光が、「ビームスプリッター」という装置によって2分割され、片方の光が物体光に、もう片方の光が参照光になっています。
なぜ参照光を用いる必要があるのでしょうか?通常の2次元画像において必要になるのは、光の色と強さです。色は光の波長、強さは光の振幅によって決まります。つまり、2次元画像とは、「光の波長と振幅に関する記録を再現したもの」になります。ここに、もう1つ情報の種類を付け加えるとホログラムになります。それが「位相」です。位相とは、光の周期的な運動をするものが、1周期のうちのどの位置にいるか、という情報です。
例えば、下図の正弦波において、0、π/2、π、3π/2、2π、といった形で位置が記録されます。
(Source: http://www.wakariyasui.sakura.ne.jp/p/wave/hadou/isou.html)
ここで、上図の正弦波を、先ほどのホログラムの説明図でいう「物体光」の波であると仮定します。「物体光」の波に「参照光」の波をぶつけます。すると、波同士が干渉し、波が高くなったり、波が低くなったり、波形が変化します。3次元の物体に光を当てた反射光である物体光の中には、位相差(物体のどの部分に当たった光の反射波かによって、光の進み具合が異なる)が含まれていますが、参照光の波がぶつかることで初めて、その位相差を記録することができます。
このように記録されたホログラムは、参照光を記録媒体に照射することで再生されます。干渉縞によって参照光が回折され、物体が存在すべき位置に光学像を形成されます。
この原理をもう少しだけ身近な例で考えてみます。
Aさんが「アー」と声を出しているとします。Aさんは人間なので当然「アー」という声を出している間に、微妙に音程や音量にズレが生じます。その変化を把握するために、Bさんにも「アー」と声を出してもらいます。Bさんは、正確に一定の大きさ・高さの声を出し続けられる、という珍しい能力を持っています。Aさんの声にBさんの声が重なることによって初めて、Aさんの声の変化が、Bさんの声に共鳴して大きく響いたり、Bさんの声に比べると微妙に上がったり、微妙に下がったりしていることがわかるようになりました。この変化幅を楽譜に記録します。Aさんがいなくなった後、Bさんは自分の声に、楽譜に記録した変化幅を加えて発してみると、それはすなわちAさんの声に限りなく近くなるはずです。
少し無理矢理かもしれませんが、この例え話において、Aさんの声の瞬間的な音量・音程が「2次元画像」であり、そこに「変化」が加わった「アー」という声(歌)が「3次元画像」です。Aさんの声が「物体光」、変化を記録するために用いられたBさんの声が「参照光」、そして変化幅を記録した楽譜が「記録媒体」のイメージです。
ホログラフィーとステレオグラフィー
ホログラフィーに似た概念として、ステレオグラフィーというものが存在します。ステレオグラフィーは、左右の視点から撮影された2枚の異なる画像を組み合わせて立体的な視覚効果をつくりだす写真技術です。現在のVR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)で利用されている3次元画像の多くはステレオグラフィー技術がベースにあると言われています。
2016年に公開された3次元ディスプレイに関するこちらの論文では、2010年頃からステレオグラフィックディスプレイが市場に流通し始めましたが、いまひとつ普及していない理由の1つとして、視聴者が3次元酔いを起こしてしまうことが挙げられています。ステレオグラフィーは、実空間に立体像は存在せず、観測者の両眼に投影される各像の差異を手がかりに、観測者の脳内における立体像の合成によって3次元画像が「生成」されますが、観測位置の変化によって像が歪んで見えてしまう、という欠点があります。この欠点を補うために、両眼の視野をある程度限定する専用メガネ・ヘッドセットが必要になっています。
一方、ホログラフィーは実際の空間上に立体像を投影するため、観測位置が変化しても自然な観察ができます。ただし、実用可能レベルのホログラフィックディスプレイには、空間光変調器(SLM=Spatial Light Modulator、画像信号を電気信号、光信号に変換することができる半導体デバイスの一種)が必要で、2016年時点のSLM技術では、画素数・解像度ともに十分とは言えず、立体像の大きさが非常に小さいものに限定されてしまうことが課題となっているようです。
こちらの論文でも同様の指摘がされています。画面サイズ40インチ、視野角30°まで対応可能なホログラフィックディスプレイをつくろうとすると、スーパーハイビジョンテレビの100倍以上の解像度を持つSLMが必要になる、と試算されています。
ちなみに、今回ご紹介するLight Field Labは、この「サイズ問題」の解決に効果的なアプローチを採用していることが1つの強みになっているそうです。
Light Field Labについて
Light Field Labは、2017年にアメリカで創業されたスタートアップです。
Light Field Labは製品開発状況に関して長らくステルスモードでしたが、2021年10月に「SolidLight System」というホログラフィックディスプレイシステムを発表しました。発表時のリリースによると、既に同社はディスプレイシステムを部分的に顧客に提供し始めており、顧客は展示品や小売製品のディスプレイを作成するために利用しているようです。
SolidLight Systemの構造は以下のようになっています。1つのモジュールを構成するのは、表面ディスプレイ(右側)、光学素子・微細ポリマーから構成される層(中央)、FPGA・ディスプレイコントローラーから構成される層(左側)です。
(Source: https://www.lightfieldlab.com/#tech)
SolidLight Systemはモジュール構造になっており、顧客の要望に合わせてディスプレイを任意のサイズに拡張できることを売りにしています。ホームページには、28インチのパネルにおいて、1平方メートルあたりの画素密度は100億ピクセルと書かれています。こちらのサイトによると、28インチのディスプレイの場合、8Kの画素密度が315ppi(ピクセル・パー・インチ)となっていますが、これを1平方メートルあたりの画素密度に直すと約1.5億ピクセルとなります。つまり、SolidLight Systemが映し出す画像は、既存ディスプレイの最高解像度の画像よりも約70倍近く精細であることになります。
また同社は、ハードウェアだけではなく、3次元オブジェクトを簡単に生成できるソフトウェア(SolidLight WaveTracer)を顧客に提供します。これから用途の裾野を広げていくことを考えると、いかに簡単にコンテンツをつくれるか、というソフト面も重要になってきそうです。
Light Field Labは、2018年にシードラウンドで700万ドル(≒10億円)、2019年にシリーズAラウンドで2,800万ドル(≒38億円)、そして2023年には冒頭のシリーズBラウンドで5,000万ドル(≒70億円)の調達に成功しています。
資本政策で目を引くのは投資家リストです。基本的にはアメリカのVC・個人投資家が並びますが、シリーズAラウンドではSamsung Ventures(SamsungのCVC)、Taiwania Capital Management(台湾の政府系VC)、NTTドコモベンチャーズ(NTTドコモのCVC)、シリーズBラウンドではNCSoft(韓国のゲーム会社)、LG Ventures(LGのCVC)等、アジアの事業会社・VCが株主として加わっています。また、ドイツからはBosch Ventures(BoschのCVC)もシリーズBラウンドに参画しています。
製品の特性上、エンターテインメント系のコンテンツ会社、あるいはディスプレイメーカーはシナジーが発揮しやすそうです。一方で、エンターテインメントに限らず、用途の幅がより広がっていく可能性もあります。シリーズBラウンドをリードしたNCSoftのCSO(Chief Strategy Officer)によれば、Light Field Labのディスプレイは、ゲーム・映画等のエンテーテインメントだけでなく、(まさにスターウォーズで描かれていたような)リモートコミュニケーションにおける活用が期待されるそうです。
また、こちらの記事を読むと、BoschがLight Field Labに注目しているのは、自動車の社内ディスプレイをアップデートしていくためのようです。現在はほぼ全てのディスプレイが2次元仕様ですが、3次元ディスプレイになることで駐車がしやすくなる、ナビゲーションを覗き込まなくても空間上に表示される、等の効果が期待できます。自動車を運転しながらARメガネ・VRゴーグルをつけるのは現実的でなく、ホログラフィックディスプレイである必要性があるかもしれません。
また、大きな市場の1つとして注目されているのが、屋外広告です。例えば中国の都市部に目を向けると中心部の屋外ビル広告では、没入型の3次元ディスプレイが見られます。今後ますますダイナミックな3次元画像が増えていく可能性があります。
改めて、Light Field Labの技術が優れている点を考えると、以下の2点がポイントになりそうです。
①ディスプレイの大型化が可能
Light Field Labはディスプレイにモジュール構造を採用することで、顧客のニーズに合わせて自由にスケールアップできるようにしています。これまでのホログラフィックディスプレイに関する論文を見ると、多くの研究者が「ディスプレイサイズの限界」を指摘していますが、同社は屋内の小さな展示品から、屋外の巨大広告まで、あらゆるサイズのディスプレイを提供できることを強みとしています。
ただし、モジュール構造自体は新規性のあるアイディアではないため、それを支えるハードウェア・ソフトウェア技術が同社の強みと考えられますが、具体的な技術部分についてはあまり公開されていません。
②情報処理能力が高い
ホログラムは、位相情報を含むため情報量が多く、高解像度で3次元画像を遅延なく表示するためには膨大な処理能力が必要になります。ハードウェアの観点では、同社独自のFPGAが高い処理能力に貢献しています。また、ソフトウェアの観点では、計算量を削減するようなアルゴリズムが採用されている可能性があります。
恐らく、ディスプレイのスケールアップ、低遅延情報処理を支える技術的優位性が、他にもたくさんあると思います。というのも、同社はホログラフィー分野で400以上の特許を取得しているためです。
2023年2月の資金調達に際して発表された記事によると、同社は調達資金を用いて組織と製造拠点を2倍以上に拡大するそうです。
COVID-19が流行してから、ZoomやTeamsといったオンライン会議ツールが一気に普及しましたが、近いうちに私たちは当たり前のように、スターウォーズで描かれたような、ホログラフィーを利用した会議に参加しているかもしれません。あるいは、実際の動物ではなく、ホログラフィーを利用したデジタル動物園(ライオンやゾウの3次元映像が館内を動き回る)に行くということもあり得ると思います。
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