2022年12月〜2023年1月、Metaによる光学関連技術スタートアップの買収が立て続けに発表されました。2022年12月に買収されたLuxexcel(ルクセクセル)は3Dプリンタを用いてVRヘッドセット・ARグラス等のスマートアイウェア向けに光学レンズを開発・製造する企業、2023年1月に買収が発表されたGary Sharp Innovationsは、スマートアイウェア用「パンケーキレンズ」(のちほど詳しくご説明します)の研究開発を行う企業です。
今回は、Metaに買収された2社の技術を掘り下げ、XR分野における光学技術の重要性について考えていきたいと思います。
なお、レポート内で、為替レート(ドル・円)は2023年2月14日時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/vectors/女の子-6354292/)
Luxexcelの買収について
Luxexcelは2009年にオランダで創業された企業です。創業時より光学製品の3Dプリントサービスを展開してきました。
そもそも、光学製品とは、光の作用・性質を利用した製品の総称で、レンズ・ミラー・プリズム等の部品から構成されます。具体的な製品としては、例えば望遠鏡・顕微鏡・カメラ等が挙げられます。
同社は、当初自動車・航空宇宙・医療等、幅広い業界に対して光学製品を提供していましたが、2015年頃からメガネ用レンズにフォーカスし始め、現在は、事業領域を「スマートアイウェア用の3Dプリントレンズ」に定めています。
従来のレンズ製造方法とLuxexcelのアプローチ
レンズには大きく分けて、ガラスレンズとプラスチックレンズがあります。元々はガラスレンズが主流でしたが、徐々に軽量で安価なプラスチックレンズに取って替わられるようになりました。
ガラスレンズは、ガラス原料の塊を削っていく製法が基本です。こちらのサイトを参考に、ご紹介します。
原料の溶解・冷却・加工
まず、複数のガラス原料をブレンドし、高熱で溶解します。その後、不純物や気泡が入らないよう、ゆっくり時間をかけて冷却していきます。
冷却後のガラス塊を、円盤状になるよう加工します。この時点ではまだ表面が平らな状態です。
荒ずり
円盤の表面を、カーブジェネレータという機械で球面状に削り、レンズの形にしていきます。一般的に、カーブジェネレータの先端には人工ダイヤモンドが用いられます。
砂かけ
荒ずり後のレンズを、図面通りのサイズ・形状に仕上げるため、より細かく削る工程になります。原料に適した人工ダイヤモンドを治工具に取り付けて削っていきます。
研磨、芯取
研磨剤を用いてレンズの表面を磨き、透明にしていきます。その後、光軸がブレないよう、レンズの外径が真円に近づくよう整えます。
コーティング
光の反射を抑えるため、レンズの表面に薄膜を蒸着させます。
その後、徐々にプラスチックレンズが主流になる中で、モールドにプラスチック素材を流し固めてレンズの形にするモールド製法が普及していきました。
(Source: https://priority-opt.jp/archives/3996/)
こちらは、研磨製法に比べると製造工程が少なく効率的ですが、注文ロットが十分にないと、モールドの製造コストを回収することができません。レンズは曲がり角度、大きさ、厚み等の組み合わせが無数にあり、同じ要件のレンズばかりが注文されるとは限りません。
前者の研磨製法は1つ1つのレンズ塊を削っていくアプローチのため、カスタマイズがしやすいという強みがあります。一方、ガラスの塊を削っていくため、歩留が低いこと、製造効率が低いことが課題として残ります。
そんな中、ガラスに比べると加工が容易であるというプラスチックの特性を活かし、短時間で高精度にカスタマイズ加工ができる研磨装置が開発されました。これらは「フリーフォーム加工装置」と呼ばれ、プラスチックレンズの製造効率を上げるきっかけとなりました。
ここから、さらにカスタムレンズの製造効率を上げようと生まれたのが、3Dプリンタを用いた製法です。Luxexcelは、独自の3Dプリンタによって、UV光で光硬化するレンズ専用の液体樹脂をマテリアルジェット方式で積層し、1つ1つのカスタムレンズを高速に製造します。同社の強みは、独自のソフトウェアを活用した高解像度な積層技術にあり、3Dプリント後に表面加工・研磨等の処理を必要としません。
LuxexcelとMetaの狙い
2019年のニュース記事によると、Luxexcelはこの時点で市販用メガネレンズ、VRヘッドセット/ARグラス用レンズを3Dプリンタで製造することができ、「今後、色や透過特性を自由にコントロールできるセンサー搭載レンズ等のスマートレンズ製品に参入する」と発表しました。
そして、2020年には宣言通りスマートアイウェア市場に参入しました。Luxexcelによると、この市場におけるポイントは、「いかに、度付きレンズとスマートレンズを融合させられるか」にあるそうです。今日、世界人口の約60%が度付きレンズを必要としており、2030年までにこの比率は80%に達すると言われています。これから人々がXRコンテンツを日常的に利用するようになると、多くの人が「自分専用の度付きスマートレンズ」を求めるようになる可能性があります。
そこで、Luxexcelが有する、3Dプリンタを活用して、処方箋に基づいて度付きスマートレンズを高速製造する、という技術が重要になると言われています。Luxexcelはホームページで「顧客」と「なぜ顧客がLuxexcelのサービスを必要とするか」を説明しています。 顧客は、大きく3タイプ、XRデバイスメーカー・眼科クリニック・アイウェアメーカーが挙げられています。まず、XRデバイスメーカーは、デバイスに度付きレンズを組み込むソリューションを探しており、Luxexcelの3Dプリントサービスを用いて、開発速度が向上します。眼科クリニックは、度付きレンズを患者に処方する際、スマートレンズにアップグレードするオプションを提示することができるようになります。そして、従来のアイウェア(メガネ・コンタクト等)メーカーは、新たなスマートアイウェアを開発するスピードが上がり、コストを下げられるようになります。
Metaは、現在「Project Nazare」という名称で、ARグラスの開発プロジェクトを進めているそうですが、Luxexcelはその中で重要な役割を果たすことになりそうです。
Gary Sharp Innovationsの買収について
Gary Sharp Innovationsは、2017年にアメリカで創業されたスタートアップです。こちらの記事によると、買収報道は2023年1月に出されましたが、買収自体は2022年6月に行われているようです。
同社はスマートアイウェアのパンケーキレンズに関する特許を複数保有しています。パンケーキレンズとは、「パンケーキのように」薄いレンズを指し、Metaはこの技術によって、XR用スマートアイウェアの軽量化を進めようとしているようです。
Gary Sharp Innovationはホームページを公開しておらず、インターネットで入手できる情報が限られていますが、こちらのサイトには、2017年の同社設立以降に続々と申請された光学技術関連特許が掲載されています。全てを理解するのは難しいですが、光パワーの増幅、色識別精度の向上に関連する特許が多く見られます。
これらの全特許に発明者として名を連ねているのが、Gary Sharp Innovationsの創業者であるGary Sharp氏です。同氏の名前がそのまま社名にも用いられていることや、ビジネスモデル等に関する情報はほとんど公開されていないことを考慮すると、同社は光学技術の研究開発に特化した、Sharp氏を中心とする光学研究者集団といったイメージの企業かもしれません。
なお、Sharp氏は、偏光制御技術に関する発明で、2015年にNational Inventors Hall of Fame(全米発明家殿堂)に選出されており、この分野で際立った発明実績を残しています。Sharp氏は、Gary Sharp Innovationsを創業する前に、8年間RealDという企業でCTOを務めていますが、同社は映画館の3Dシステムとして最も普及しているデジタル3Dシステムを開発・販売する企業です。同社のデジタル3Dシステムが登場するまでは、3Dメガネをかけていても映像に対してまっすぐ向き合っていないとキレイな3D映像を見ることができず、首をかしげると像が二重になったり暗くなったりしてしまっていましたが、同社の円偏光方式を用いることで、斜め・横から見ても3D映像が崩壊しないようになりました。日本では、イオンシネマ・ユナイテッド・シネマ等のシネマコンプレックスチェーンで同システムが採用されています。
買収が進むXR関連企業
Metaは、LuxexcelやGary Sharp Innovationsのようなデバイス関連企業だけでなく、XRコンテンツを開発する企業の買収も進めています。2022年10月には、 VR版「アイアンマン」開発元のCamouflaj、VR版「バイオハザード」開発元のArmature Studio、「Wilson’s Heart」開発元のTwisted Pixelを買収することを発表しました。これらを含め、Metaは過去2年間で9社のVR関連ゲームスタジオの買収を行っています。
また、FTC(連邦取引委員会)から介入を受けたことでまだ完了はしておりませんが、2021年10月には、VRフィットネスアプリ「Supernatural」を開発するWithinの買収を発表しました。
バーチャル領域でソフト・ハード両面の投資を進めるのはMetaだけではありません。SnapChatを運営するSnapは、早くからAR領域に注力しており、2021年にはARレンズを開発するWaveOptics、ARコマースプラットフォームを開発するVertebrae、2022年には脳波からディスプレイを操作するハードウェアを研究開発するNextMindを買収しました。
両者の動きを見ると、ソフト(コンテンツ、アプリ等)・ハード(デバイス、要素技術等)どちらにもバランス良く投資しているのが特徴的で、今後もこの動きは継続しそうです。
VRヘッドセットやARメガネ等、現状のスマートアイウェアは、まだ日常生活の中で長時間使用するには重量が大きく、さらなる軽量化が求められています。一方、バーチャル世界の体験はよりリアルで複雑なものに移行しており、今後ますます高い映像品質が求められるようになると思われます。これからは、、高品質なバーチャル体験を可能にする軽量スマートアイウェアの実現に資する光学系スタートアップにさらなる注目が集まるかもしれません。
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