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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

Ayar Labs:「光」で半導体システムの新境地を切り開くか?

2022年4月、Ayar Labs(アヤール・ラボ)というスタートアップがシリーズCラウンドで、1億3,000万ドル(≒170億円)の調達に成功しました。


このラウンドに参加した投資家リストには、Hewlett Packard、NVIDIA、Intel、Global Foundries等の著名な半導体・PC関連事業会社から、Founders Fundのような独立系VCまで、錚々たるメンバーが名を連ねています。


シリーズCラウンドのリード投資家となったBoardman Bay Capital ManagementのWill Grave氏が、「10年以上にわたって技術特化のクロスオーバーファンドを運営してきたが、Ayar Labsは過去最大の民間投資先である」と述べるほど期待を集めるAyar Labsですが、いったいどんなスタートアップなのでしょうか?


今回は、注目が集まる「光I/O」(I/OはInput/Outputの略。光を用いたデータ伝送。)技術の開発を進めるAyar Labsについて、ご紹介します。なお、多くの人が理解しやすい記事にするため、可能な限り平易な内容に心がけ、こまめに単語の解説を入れていきます。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/回路-電気の-トレース-5315089/)


Ayar Labsとは

Ayar Labsは、2015年にアメリカのサンフランシスコで創業されたスタートアップです。元々、マサチューセッツ工科大学のRajeev Ram氏とVladimir Stojanovic氏、そしてコロラド大学ボルダー校のMilos Popvic氏らが行っていた研究内容がベースとなっています。


同社は、光ファイバーを用いた光インターコネクトによって、消費電力を抑えたまま、帯域幅を大幅に広げることができる技術を開発しています。この光I/O 技術は、主に光を照射する光源と、光信号を変換するトランシーバーから構成されます。



データ量の増加によって、従来の銅・タングステン等の金属配線による電気通信の高速化が限界に近づいてきていると言われており、より高速で広帯域な通信を実現できる可能性のある光インターコネクトに注目が集まっています。


日本では、2021年にNEDOから「世界初、光ICとLSIを一体集積可能とする3次元光配線技術を開発」と発表されましたが、こちらも光インターコネクトに関する技術になります。


Ayar Labsは、アメリカ最大の半導体ファウンドリー(半導体集積回路の生産を専門に行う企業・工場)であるGlobalFoundriesと戦略的協業体制を構築していることや、NVIDIA・Intel等の半導体チップメーカー(自社で半導体の設計を行い、生産を外部企業に委託するファブレス企業)から投資を受けていることからも、世界中の半導体関連企業から注目を集めていることが窺えます。



チップレット

Ayar Labsに対する期待に関連する動きとして、「チップレット」というキーワードが挙げられます。テクノロジー雑誌「WIRED」の2018年12月号「半導体の新技術「チップレット」の活用で、ムーアの法則は維持できるか」では、近年注目を集めるアプローチとしてチップレットが紹介されました。


ムーアの法則は「半導体回路の集積密度が1年半〜2年で2倍になる」という法則で有名ですが、半導体産業では2016年頃から回路集積密度の向上速度が逓減し始め、新たな半導体の進化が模索され始めたようです。その1つが、チップレットです。


チップレットは、電子回路システム全体を構成する各パーツで、WIREDでは「レゴブロックのようなもの」と紹介されています。あるいは、チップレットは、レゴブロックのように合体させることでひとつの製品を作り出す方式そのものを指す場合もあるようです。


以下の図で示されているのは、従来のモノリシックなシステム(左側)と、チップレットを用いたシステム(右側)です。

(Source: https://www.imagazine.co.jp/ucie202203/)


ちなみに、モノリシックとは、組織・機器・システム等の構造ががっしりと一枚岩で要素分割されていない状態を表します。日々変化の早いアプリケーションに応じてチップのアーキテクチャを更新するにあたって、モノリシックなシステムの1要素を変えると他の要素も影響を受けてしまうため、コストの増加や市場投入リードタイムの長期化が生じます。チップレットを用いれば、こういった障壁を回避することができるかもしれません。



2022年3月、半導体の業界団体「UCIe」の設立、および同団体が推進するチップレットの標準規格「UCle1.0」が発表されました。UCIeは、Universal Chiplet International Expressの略称で、参加企業はAdvanced Semiconductor Engineering、AMD、Arm、Google Cloud、Intel、Meta、Microsoft、Qualcomm、Samsung、TSMCの10社です。

(Source: https://www.imagazine.co.jp/ucie202203/)



Ayar Labsの光I/O(Input / Output)技術

こうしたチップレットシステムの普及に伴って、ますます個別のチップの高性能化は進んでいくと思われますが、回路システム全体の性能改善のボトルネックとなっているのが金属配線である、とAyar Labsは課題提起しました。同社は、データ伝送量・速度を上げるために、より帯域幅が広い光I/O技術の普及を目指しています。


Ayar Labsが公開している技術レポートによれば、これまでも光ファイバーはチップ間の通信に用いられていたものの、あくまで最後は電気的I/Oに変換されて各チップにつながっていました。Ayar Labsは、下図の最上段にあるように、チップ側に「TeraPHY」という光I/Oチップレットを組み込み、電気的I/Oをなくすことができた点に、技術的なブレークスルーがあったようです。

(Source: https://ayarlabs.com/technical-brief-optical-i-o-chiplets-eliminate-bottlenecks-to-unleash-innovation/)


なお、TeraPHYチップレットを用いた光I/Oシステムは、電気的I/Oに比べて1/10の電力で、最大1,000倍の帯域幅を実現できる、と紹介されています。



Ayar Labsにかかる期待と進捗

・シードラウンド

Ayar Labsは、創業1年後の2016年にシードラウンドで250万ドル(≒3億円)をFounders Fundを中心とするVC4社から調達しました。


・シリーズAラウンド

2018年にはPlayground GlobalがリードするシリーズAラウンドで、2,400万ドル(≒25億円)を調達しています。このラウンドには、IntelとGlobalFoundriesが事業会社として参画しています。こちらの記事には、シリーズAラウンド時点で光I/Oチップレットの試作モデルを開発、および金属配線より高速にデータ伝送できることの確認に成功し、調達した資金を用いて量産化を図ろうとしている、と書かれています。


・シリーズBラウンド

2020年にはシリーズBラウンドで3,500万ドル(≒40億円)の調達に成功しました。このラウンドでは、アメリカ以外に拠点を構える投資家も参画しました。Downing Ventures(イギリス)、SGInnovate(シンガポール)等です。また、世界最大の半導体製造装置メーカーであるApplied Materialsも株主リストに加わり、これで装置メーカー、設計メーカー、ファウンドリーがパートナーとしてAyar Labsと協業することになりました。


・シリーズCラウンド

そして、2022年にシリーズCラウンドで、1億3,000万ドル(≒170億円)を調達しました。先ほどご紹介した強力な戦略パートナーに、Hewlett PackardとNVIDIAが加わりました。Hewlett PackardはHPC(High Performance Conputing)に強みを持っていますが、「Ayar Labsのテクノロジーは将来のHPCアーキテクチャをサポートするために必要不可欠である」と期待しています。こちらのプレスリリースによれば、2022年内に数千台の光I/Oチップを出荷する予定です。



光I/O技術開発を進めるスタートアップ

Ayar Labsは大きな期待を集めていますが、もちろんこの分野で事業を展開する唯一のスタートアップではありません。いくつか光I/O技術を開発するスタートアップがありますので、ご紹介します。


・AIO CORE(アイオーコア)

2017年に日本で創業されたスタートアップです。crunchbaseによると、2018年に資金調達を実施していますが、金額は非公開です。


元々、光電子融合基盤技術研究所(通称「PETRA」)で研究開発されていた技術を事業化するためにAIO COREは作られました。


同社は、PAA-XW8001シリーズという光I/Oチップを開発しています。こちらの製品リーフレットには、帯域幅は最大100Gbps(この値についてAyar Labsは2倍の200Gbpsと公表)、と書かれています


AIO COREは、ホームページで公開されている以下の図で、光I/O技術における自社のポジショニングを表しています。広帯域幅、短距離伝送(最大500m程度)に強みを持っているようです。

(Source: https://www.aiocore.com/about-us)



・Luminous Computing(ルミナスコンピューティング)

2018年にアメリカで創業されたスタートアップです。crunchbaseによると、これまでに累計1億1,500万ドル(≒150億円)調達しています。株主には、Ayar Labsにも出資しているAlumni Venturesに加え、Bill Gates氏も並んでいます。


同社は、共同創業者の1人であるMitchell Nahmias氏がプリンストン大学で研究していた内容をベースに、チップ内通信を行う光学技術を開発しています。提起する課題はAyar LabsやAIO COREに似ており、こちらの記事では、同社のCEOが「プロセッサとプロセッサ、ボードとボード、ボックスとボックス、ラックとラックの間など、あらゆる規模の通信ボトルネックで行き詰まったコンピュータ・アーキテクチャに超広帯域幅の光インターコネクトチップを挿入する」と述べています。




・Avicena Tech(アヴィセナテック)

2019年にアメリカで創業されたスタートアップです。crunchbaseによると、補助金を合わせてこれまでに累計800万ドル(≒10億円)調達しています。


同社はLightBundleという、マイクロLED光源とマルチコア光ファイバーを用いて、チップ間通信の問題を解決しようとしています。こちらのプレスリリースによれば、チップ間の通信可能距離は最大10m、帯域幅は10Gbpsと紹介されています。




今回はこれで以上となります。光I/O技術の動向に加え、途中でご紹介した「UCIe」を中心に制定が進む、チップレットシステムの標準規格の動きも追っていきたいと思います。


IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革を支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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