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  • Shingo Sakamoto

2022年2月に資金調達を実施した熱電池スタートアップ:Antora EnergyとRondo Energy

2022年2月、Antora Energy(以下「Antora社」)、Rondo Energy(以下「Rondo社」)というアメリカのスタートアップが資金調達を実施しました。両社は、どちらも産業用熱電池を開発しており、Breakthrough Energy Ventures(以下「BEV」)がリードするシリーズAラウンドで資金調達に成功した、という共通点を持っています。


BEVは、2016年に設立された、再生可能エネルギー分野の技術開発を推進するスタートアップに中心的に投資を行う10億ドル(≒1,200億円)規模のファンドを運営していますが、BEVのAntora社・Rondo社に対する投資実行をリードしたCarmichael Roberts氏は、「再生可能エネルギーのコストは下がっているものの、そういった再生可能エネルギーを高温の熱エネルギーに効率的に変換する方法がなかったため、セメント・石油化学・鉄鋼等、高熱を用いる重工業分野では脱炭素化がなかなか進んでいない。両社のソリューションがその課題解決に重要な役割を果たすだろうと述べています


一方で、日本語で高温の熱に対応する産業用熱電池について調べても、まとまった情報があまり多くありませんでした。そこで、この記事では、Antora社・Rondo社が開発を進める産業用熱電池の仕組みを明らかにしつつ、世界にはどのような関連スタートアップがいるのか、ご紹介していきます。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%e5%86%8d%e7%94%9f%e5%8f%af%e8%83%bd-%e3%82%a8%e3%83%8d%e3%83%ab%e3%82%ae%e3%83%bc-%e7%92%b0%e5%a2%83-%e9%a2%a8-1989416/)


熱電池とは

まず初めに、この記事で調査対象とする技術の範囲を定めます。Antora社・Rondo社が開発している技術は、再生可能エネルギーを用いて発電した電力を高温の熱エネルギーに変換し、重工業分野向けに熱エネルギーを提供する、というものです。また、この熱エネルギーは、再び電力に変換して利用することも可能です。ここでいう「高温の熱エネルギー」がどの程度の温度帯を指すのかについては、のちほどご説明します。


よって、今回調査する技術の機能は、「電力を高温の熱に変換して保存し、必要な時に熱や電力として取り出すこと」とします。そのように定義すると、Wikipediaで「熱エネルギーを貯蔵・放出する目的で使用される物理的構造物」と説明されているThermal Energy Battery、あるいはThermal Energy Storageという単語が一致しそうです。(日本語では「熱電池」あるいは「熱エネルギー電池」と訳されますが、この記事では「熱電池」で統一していきます。)


熱電池の重要性

こちらのサイトでは、2つの理由から熱電池技術の重要性が説明されています。


1つ目の理由として、再生可能エネルギー導入容量の増加が挙げられています。近年重要性がますます高まっている風力・太陽光等の再生可能エネルギーですが、いつも必ず得られるわけではありません。エネルギーが必要となるタイミングで十分な風力・太陽光が得られないということが起こり得ます。そこで、再生可能エネルギーをいつでも活用可能な何らかの形で貯蔵し、必要な時に取り出せる仕組みが必要です。


2つ目の理由として、最終エネルギー消費量に対して熱エネルギーが高い比率を占めていることが挙げられています。最終エネルギー消費とは、産業活動や交通機関、家庭など、需要家レベルで消費されるエネルギーの総量を指しますが、2017時点の日本における最終エネルギー消費に占める熱エネルギーの割合は約73%であると言われています。

(Source: https://www.jst.go.jp/sip/dl/p08/report2019_3.pdf)


もう一度、熱電池技術が求められている理由を整理すると、①「再生可能エネルギーの比率がますます高まる中、供給に波のある再生可能エネルギーをいつでも活用できる形で貯蔵する仕組みの重要性も高まっている」、②「最終エネルギー消費に最も多くの割合を占めるのは熱利用」であることから、再生可能エネルギーを熱エネルギーに変換し、保存・利用することが重要である、ということになります。


産業用熱電池とは

先ほどのグラフを見ると、最終エネルギー消費の73%を占める熱エネルギー消費のうち、48%は産業用途で必要とされています。48%の内訳は、鉄鋼14%、窯業・土石3%、化学18%、その他7%です。(なお、窯業・土石とは、主にガラス・セメント・陶磁器の製造を指します。


最終エネルギー消費のうち48%を占める産業用途の熱は、どれくらいの温度帯で求められているのでしょうか?以下、用途ごとのプロセス温度マッピングをご紹介します。

(Source: https://www.jst.go.jp/sip/dl/p08/report2019_3.pdf)


また、以下の表で示しているのは、業種別の温度帯別熱需要量で、単位はPJ(ペタジュール)です。左から4列目の化学・石油は910PJのうち105PJ(約12%)、6列目の窯業・土石は合計286PJのうち、261PJ(約91%)、7列目の鉄鋼・金属は1,596PJのうち1,466PJ(約92%)が、1000℃以上の需要となっています。

(Source: https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H29FY/000018.pdf)


化学・石油、窯業・土石、鉄鋼・金属分野で必要とされる熱エネルギーの7割弱は、1,000℃以上の温度帯であることがわかります。Antora社・Rondo社がターゲットとしている重工業分野で必要とされる「高温の熱エネルギー」とは、1つの目安として1,000℃以上と考えることができそうです。その前提に立つと、改めてBEVのRoberts氏がAntora社・Rondo社について評価している「電力を高温の熱エネルギーに効率的に変換する技術」の革新性に焦点が当たります。



蓄熱の分類

Antora社・Rondo社の技術紹介に入る前に、蓄熱の分類をご紹介します。蓄熱(熱エネルギーの貯蔵)は、まず物理蓄熱・化学蓄熱の2つに分類されます。物理蓄熱は顕熱蓄熱・潜熱蓄熱に、化学蓄熱は熱化学パイプライン(Thermal Chemical Pipe Line)・反応熱(Heat of Reaction)・ヒートポンプ(Heat Pump)に分類されます。

(Source: http://www.iae.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/f30_02_02_yoshida_20180926.pdf)


顕熱蓄熱

顕熱蓄熱は、以下の通り、物質の比熱と温度差を利用する蓄熱方式で、材料には比熱が大きいこと、そして広い温度範囲で安定であること等が求められます。

(Source: http://www.iae.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/f30_02_02_yoshida_20180926.pdf)


用いられる材料は、固体・液体どちらのケースもあります。固体の場合はコンクリート・小石・砕石・金属等、液体の場合は溶融塩・液体金属等が材料として用いられます。ちなみに、Antora社・Rondo社ともに、顕熱蓄熱方式(固体材料)を採用していますが、どういった材料を用いているかは後ほどご紹介します。


潜熱蓄熱

潜熱蓄熱は、以下の通り、物質の相転移(例えば、固体⇄液体・液体⇄気体等)、に伴う転移熱を利用した蓄熱技術です。

(Source: http://www.iae.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/09/f30_02_02_yoshida_20180926.pdf)


さまざまな材料が用いられますが、材料の相転移時に蓄熱・放熱が発生する関係上、相転移温度と利用温度は一致することになります。材料には、パラフィン・硝酸塩等が用いられます。


例えば硝酸塩の場合、組み合わせる材料によって硝酸塩化合物の融解温度を変化させることができますが、高くても300〜500℃程度の温度帯の蓄熱しかできず、1,000℃以上の高熱が求められる用途での利用は難しそうです。相転移が起きる材料の温度帯、および必要なエネルギー量をもとに、最適な材料探索が進められています


高温に特化した潜熱蓄熱材料の研究も進められており、1,000℃以上まで溶融温度を上げるためには、金属材料を用いるケースが多いようです。例えば、こちらの資料では、Al-Si(アルミシリコン合金)を用いることで、溶融温度を最大1,500℃近くまで上昇させることができる、と示唆されています。


化学蓄熱

化学蓄熱は、化学反応に伴う反応熱を利用した蓄熱技術です。高い蓄熱密度を持つ一方、化学反応に高温熱が必要である点、化学物質の安全面に懸念がある点等、実用化課題も大きく、2016年の論文には「現在まで商業的な成功例はない。」と記述されています。化学蓄熱材料には、アンモニア系・有機物系・水和物系などさまざまな種類がありますが、最も高いものでも500〜600℃程度です。




Antora社・Rondo社の仕組み

ここから、Antora社・Rondo社の仕組みについて見ていきます。


Antora社の仕組み

Antora社の熱電池を含むシステム構成は、以下のようになっています。図の真ん中にあるのが熱電池です。低コスト電力を熱に変換して熱電池に保存し、必要に応じて産業用途の熱あるいは電力として取り出します。

(Source: https://antoraenergy.com/technology)


Antora社の熱電池の仕組みを理解するために、同社が公開している「Turning sunshine and wind into 24/7 industrial heat and power — cheaper than fossil fuels

How Antora Energy is electrifying heavy industry」というブログを参考にしました。


Antora社が熱電池の材料として利用しているのは、カーボンブロックです。カーボンブロックとは、炭素を原料としたブロックで、例えば鉄鋼において電気炉の電極として使われています。3,000℃以上の高温にも対応する耐熱性、高い導電性等が特徴です。Antora社によれば、カーボンブロックは材料コストに対して熱容量が大きく、コストパフォーマンスが高いそうです。


カーボンブロックに蓄えられた熱から、産業用途で求められるエネルギー(熱あるいは電力)に変換する時、Antora社は2つの方法を用います。1つ目が、プロセス流体が内部を通るチューブを、カーボンブロックの輻射熱で加熱する方法です。輻射熱は、高温帯になればなるほど伝熱効率が高まります(2,000℃の伝熱の99%以上が輻射熱によるものであるそうです)が、1,000℃以上に熱せられたカーボンブロックが太陽のようにチューブを照らすことで、チューブ内部の流体も加熱される仕組みです。


2つ目が、カーボンブロックから電力を取り出す方法です。カーボンブロックから発せられる光を太陽光パネルに照射し、発電を行います。Antora社は、このパネルを独自開発しているようです。


ちなみに、Antora社が2022年2月に実施したシリーズAラウンドには、BEVに並んで、BHP Ventures、Shell Venturesが参画しています。産業用途向けに石炭・石油を供給している両社にとって、石炭・石油を代替する可能性があるAntora社の熱電池技術は、今後の資源ビジネスを大きく左右する重要なテーマと見えているのかもしれません。


Rondo社の仕組み

Rondo社は、Antora社と違い、使用している材料について、具体的名称は明らかにはしていませんが、「実績のある高耐久素材」と表現しています。


熱電池を含むシステム構成は以下のようになっています。再生可能エネルギー発電設備から供給された電力で、Rondo Heat Battery(中央の赤い部分)を加熱し、熱を保存。顧客の用途に応じた形でエネルギーを取り出します。熱を取り出す時は、熱電池の片側から空気を当て(図ではBatteryの下方から上方向に)、電池の間を通過した空気が加熱される、という仕組みです。

(Source: https://www.rondo.energy/how-it-works)


こちらの記事によれば、熱電池の材料であるレンガの材質・形状、そしてレンガからエネルギーを取り出すAI制御技術に強みがあるそうです。


Rondo社が本社を構えるカリフォルニア州の一部では、再生可能エネルギー発電設備の増加によって、日中のある時間帯は電力の供給が需要を上回り、電力の使い道がなくなっているそうです。こうして余った電力を用いれば、安価なエネルギーコストで、産業用途の高熱を供給できることになります。



世界の熱電池開発企業

世界には、他にどのような熱電池開発企業があるのでしょうか。2社ほどご紹介します。


Malta Energy

Malta Energy(以下、「Malta社」)は、2018年にアメリカで創業された企業です。crunchbaseによると、Malta社は直近では2021年2月に行ったシリーズBラウンドで6,100万ドル(≒65億円)調達しています。初回の資金調達は2018年12月のシリーズAラウンドで、このラウンドをリードしたのはBEVです。


Malta社が提供している蓄熱システムは以下のようになっています。まず、①再生可能エネルギー発電設備等から回収した電力を用いて、②熱エネルギーを生成します。この時に利用されるのが、ヒートポンプです(ヒートポンプについては、後ほどご説明します)。③ヒートポンプから生まれた熱は溶融塩、低温度の冷気は冷却液として保存されます。④電力利用時は、ヒートポンプが逆に作動し、溶融塩と冷却液の温度差を用いて強い空気の流れを発生させ、タービンを駆動して発電。⑤電力は必要な場所に送られていきます。

(Source: https://www.maltainc.com/our-solution)


このシステムの核になっているのが、ヒートポンプです。ヒートポンプの原理を示したのが以下の図です。蒸発器と凝縮器は熱交換器と呼ばれ、温度差の異なる2つの流体間で熱交換を行う装置です。例えば、蒸発器で外気の熱を吸収(外気と熱を交換)した冷媒は、圧縮機によって昇温され、相対的に温度の低い外気に熱を放出(外気と熱を交換)し、膨張弁を経由して再び蒸発器に戻ってきます。

(Source: https://jeea.or.jp/course/contents/12111/)



冷暖房設備・冷蔵庫・給湯器等の家庭用機器で利用されているヒートポンプですが、エネルギー消費効率が高いことで知られています。消費電力1kWあたりでどの程度の冷暖房能力(kW)を生み出すことができるか、という指標をCOP(Coefficient Of Performance)といいますが、電気ヒーターが1であるのに対して、ヒートポンプは冷却の場合4、暖房の場合5、そして冷暖房同時利用の場合は9を発揮する、と言われています


Malta社の、材料に溶融塩を用いるアプローチは、Antora社やRondo社のようにブロック状の物質を用いるのと並んで一般的である「顕熱蓄熱」です。ただし、潜熱蓄熱の項目でご紹介した通り、溶融塩では高くても500℃程度までしか昇温できず、Antora社・Rondo社がターゲットとしているような産業用途で使う熱としては温度が低いかもしれません。


EnergyNest

EnergyNest社は、2011年にノルウェーで創業された企業です。crunchbaseによると、2016年に250万ノルウェー・クローナ(≒3,500万円)調達し、2021年にInfracapitalというファンドに1億1,000万ユーロ(≒150億円)で買収されました


EnergyNest社が用いる材料はコンクリートと鉄です。こちらも顕熱蓄熱方式です。以下、EnergyNest社の熱電システムをご紹介します。左側にあるのが最小単位で、コンクリートに鉄のパイプがつながったThermal Battery Element、真ん中がThermal Battery Elementを組み合わせたThermal Battery Module、そして右側がThermal Battery Moduleを組み合わせたThermal Battery Systemになります。

(Source: https://energy-nest.com/technology/)


この特殊なコンクリート「HEATCRETE」は、EnergyNest社がドイツのセメント会社と共同開発した材料で、大量の熱エネルギーを長期間にわたって貯蔵できる、という特徴を持っているそうです。


この他にも、世界にはさまざまな熱電池開発企業があるようですが、今回メインの調査対象とした、「1,000℃以上の熱を蓄えるシステム」を開発している企業は、調べた範囲内ではAntora社・Rondo社以外に見当たりませんでした。(世界のさまざまな熱電池プロジェクトがこちらの資料に掲載されていますので、もしよろしければご参考ください。)


Antora社はカーボンブロック、Rondo社はレンガを用いて、1,000℃以上の高熱需要に対応しているようですが、恐らく材料開発自体に強みがあるというよりも、熱電池から熱あるいは電力としてエネルギーを取り出す時の仕組みに、技術的な強みがあるのではないかと思います。


これから1,000℃以上の高温帯で熱電池の利用が進んでくると、冒頭のRoberts氏のコメント通り、日本全体のCO2排出量の約14%を占めると言われている鉄鋼業を含む重工業分野の脱炭素化がさらに進むかもしれません。今回ご紹介したAntora社・Rondo社ともに、2022年にシリーズAラウンドを終えた段階で、これからさまざまな動きを見せていくと思われますので、今後の動向を引き続き注視していきます。


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