近年クリーンエネルギーに対する社会的要請が高まる中、化石燃料に依存しない核融合発電が次世代電源の1つとして期待を集めています。今回はそんな核融合発電について、そもそもどういった原理か、なぜ注目されているかについて、2023年に資金調達を実施したスタートアップのご紹介を交えながら、解説してみました。
なお、為替レートは、2024年5月2日時点のものを使用しています。
(Source: https://pixabay.com/illustrations/atom-atomic-core-education-6061974/)
核融合発電と核分裂
核融合発電は、核融合反応によって放出されるエネルギーを補足し、それを熱エネルギーとして利用して発電する方法です。核融合発電は実現すればクリーンで持続可能なエネルギー源になる可能性がありますが、現在はまだ研究開発段階にあり、実用化に向けて各国官民の動きが活発になってきています。
核融合における「核」は、「原子核」の「核」を指しています。原子核は陽子と中性子から構成されており、原子核のまわりを電子が動いています。陽子と電子の数は一致しており、電子の数が増減すると原子はイオン状態になります(電子が取り除かれると陽イオン、追加されると陰イオン)。
しばしば核融合と混同される概念に「核分裂」があります。核分裂は原子力発電所で利用される現象で、重たい原子核が分裂して軽い原子核になる過程で放出されるエネルギーを発電に利用します。
「重たい」という表現を使いましたが、これは原子核の質量、つまり陽子と中性子の数が相対的に多い、ということになります。例えば、原子力発電で利用されるウラン235は、陽子92個と中性子143個の原子核構造を有しています。
なお、ウラン235の「235」の部分が気になるところですが、これはウランの同位体の中でも「原子核の質量が235のもの」を表しています。同位体とは、同じ元素の原子でありながら異なる中性子の数を持つ原子の形態で、安定同位体(非常に安定した原子核を持ち、自然環境下では放射性崩壊を起こさない)と放射性同位体(不安定な原子核を持ち、放射性崩壊を通じてより安定した原子核に変化する)に分かれます。ウランの場合、自然界に存在する同位体は全て放射性同位体で、半減期(放射性物質が半分の量に減少するのに必要な時間)が短い順にウラン234(半減期:約24万6,000年)、ウラン235(半減期:約7億年)、ウラン238(半減期:44億6,800万年)が有名です。
原子力発電の仕組みをもう少し詳しく見てみます。ウランのように重たい原子核に中性子が当たると、原子核は中性子が多い不安定な状態になり、核分裂が起こります。この際に放出される中性子がまた別のウランに当たって核分裂を引き起こします。
原子量発電では、この核分裂が生じる際に放出される熱エネルギーで蒸気をつくり、タービンを回転させ発電機を動かしています。
上の図でいうと、「燃料集合体」というところにウランが格納されています。「制御棒」というのは、核分裂反応が過剰に発生しないよう、中性子を吸収する役割を担っています。また、燃料集合体や制御棒を覆っている水は、蒸気の発生源になると同時に、中性子のスピードを減速させる「減速材」としても機能します。
核融合が注目されている理由
核分裂の話が少し長くなってしまいましたが、本題の核融合に話を戻します。核融合とは、核分裂とは異なり、「軽い」原子核が高温・高圧の条件下で結合するという事象で、核融合発電はその際に生じたエネルギーを発電に利用しています。
軽い原子核をもつ元素の代表例が水素です。水素は陽子を1つしか持たず、最も軽量な元素と言えます。核融合によく用いられるのは、水素の同位体であるデュタリウム(重水素)やトリチウム(三重水素)です。デュタリウムの原子核は陽子1つと中性子1つ、トリチウムは陽子1つと中性子2つから構成されています。デュタリウムとトリチウムを高温・高圧環境で強力な磁場に閉じ込めて衝突させると核融合反応が生じ、高速中性子とヘリウムが発生します。高速中性子が核融合炉の壁に吸収されて熱に変換されます。核融合発電では、この熱を用いて発電しています。
核融合と核分裂の違い(燃料調達)
核融合発電プロセスにはいくつか技術的課題があると言われていますが、それでも注目されている理由の1つとして、原子力発電よりも燃料調達リスクが低い、という意見があります。
原子力発電(核分裂反応)の主力燃料であるウランは、存在が確認できている範囲で地球上に約800万トン(しかない)と言われています。日本原子力研究開発機構のサイトでは、これは1基100万kWの原子力発電所1,700基を稼働率70%で40年間稼働させた場合に相当すると計算されています。2020年7月時点で世界の原子力発電所の合計が約4億kWなので、発電所の数が一定と考えてもあと170年程度でウラン資源が枯渇してしまう可能性があります。
では、デュタリウム・トリチウムはどうでしょうか?デュタリウムは海水から抽出するもので、コストはさておき、資源自体は豊富に存在すると言えます。また、トリチウムはリチウムから抽出するため、ウランに比べると相対的に豊富に存在しています。
一方、トリチウムは製造プロセス・規制の観点で議論の対象になることがあります。トリチウムを生成するためにはリチウムに中性子を当てる必要があるため、現時点で主流とされる生成場所は、原子力発電所(核分裂原子炉)です。特に、「重水炉(重水減速型原子炉)」と言われる、減速材に重水を用いる原子炉です。ところが、このタイプの原子炉はカナダに20基、韓国に4基、ルーマニアに2基存在するのみで、さらに耐用期限が迫ってきています。トリチウムの半減期は12.3年と比較的短く、現存の重水炉で生成したトリチウムを使えるのは廃炉時点から12年以内です。このように、核融合炉実現までのリードタイムを考えた際、トリチウムの調達リスクを懸念する声は少なくありません。また、トリチウムは核兵器に利用され得る物質のため、国際取引の規制が厳しいという点も、トリチウムのサプライチェーンリスクを考える1つの観点となります。
核融合と核分裂の違い(放射性廃棄物)
また、核融合発電は原子力発電に比べて放射性廃棄物が少ないため持続可能性が高い、という見方もあります。原子力発電の場合、使用済み核燃料には、ウラン・プルトニウム・セシウム等の放射性同位体が含まれますが、これらの同位体は半減期が長く、また放射能レベルも高い傾向にあります。一方、核融合発電の場合、放射化されるのはトリチウムや反応器の構造材料で、元素としては鉄・ニッケル・クロム等ですが、これらの材料の多くは半減期が短く、放射能レベルも低い傾向にあります。
核融合と核分裂の違い(事故リスク)
もう1つ、原子力発電と比較される核融合発電の長所として、事故リスクの低さが強調されることがあります。原子力発電は、核分裂で生じた中性子が他の原子核にぶつかって核分裂が生じ...と自律的に連鎖反応が起きるため、暴走しないよう慎重に制御する必要があります。一方、核融合発電は、反応が次の反応を生むというサイクルではなく、反応を継続させるためには燃料供給を継続する必要があるため、制御がしやすいと言われています。
核融合炉の構成と課題
核融合炉は少し複雑な構成になっているため、いくつかの図を見ながら、イメージを膨らませていきます。
まず、1枚目の図です。大きな卵のような形をした「①超伝導コイル」の内部に、マトリョーシカのような形で小さな卵のような「②プラズマ」空間が存在しています。その空間には「③排熱部」がついておりヘリウム(融合によって中性子とともに生成される物質)を排気します。プラズマ空間を覆っているのが「④ブランケット」という壁で、中性子から熱を回収し発電システムに伝送する役割を担っています。
2枚目の図です。こちらの図には、ブランケットにつながった形で、左側に真空ポンプ・燃料注入・トリチウム回収、右側に蒸気・発電に必要なコンポーネントが描かれています。
3枚目の図です。今度は新しく、左側に「プラズマの加熱」と書かれたソケットのような形のコンポーネントが登場しました。また、磁場をつくりだすために必要なコイルとして3種類「トロイダル磁場コイル」「ポロイダル磁場コイル」「センターソレノイドコイル」が描かれています。これらのコイルは「トカマク型核融合炉」で使用され、プラズマ制御の重要な役割を担っています。それぞれの役割は追ってご紹介します。
(Source: https://www.global.toshiba/jp/company/energy/topics/nuclearenergy/clip-nuclear-fusion.html)
だいぶイメージが湧いてきましたが、最後により実態に近い図として4枚目をご紹介します。この図はITERという国際的な実験炉の模式図になります。この図には大きさや重量が記載されています。ブランケットで覆われたプラズマ空間の半径(図で「副半径(横)」と書かれている部分)が2.0mとのことで、私が想像していたよりもコンパクトでした。なお、トロイダル磁場コイルが覆う空間の高さは約14mと書かれており、4~5階建てのマンションくらいの高さと考えられそうです。
(Source: https://www.global.toshiba/jp/company/energy/topics/nuclearenergy/clip-nuclear-fusion.html)
各図でキーワードが登場したので、改めて語義や役割を確認していきます。
【プラズマ】 核融合における重要キーワードの1つで、電子と原子核が分離したガス状態を表します。プラズマ状態では原子核同士が接近しやすくなり、核融合反応が効率的に発生します。プラズマ状態を維持するために真空容器が、そして核融合反応を起こすためにはプラズマを1億度以上に加熱する必要があります。
【プラズマの加熱】 プラズマの加熱には、プラズマ自身に大電流を流すことでプラズマ自身の持つ抵抗によって発熱を引き起こすという方法に加え、粒子ビームをプラズマに照射して加熱する「中性粒子入射加熱」という方法もあります。あるいは、高周波を使った加熱方法もあります。
【トロイダル磁場コイル】 トロイダル磁場コイルの「トロイダル」は「ドーナツ型」という意味で、横方向の磁場空間を形成しています。この磁場は、プラズマが炉壁に接触するのを防ぎ、プラズマの挙動を安定させる役割を持ちます。
【ポロイダル磁場コイル】 プラズマを垂直方向に制御するコイルで、トロイダル磁場コイルと合わせてプラズマ制御に貢献します。
【センターソレノイドコイル】 炉の中心に位置し、強い磁場を生成してプラズマを加熱、圧縮する役割を担っています。また、プラズマ内に電流を誘導し、さらなる加熱と磁場を生じさせる重要な役割を果たします。
【ブランケット】 トロイダル磁場コイルの外側に位置する壁で、中性子を吸収し熱エネルギーを回収する、また新たなトリチウムを生成する役割を持っています。
上記のような構成の炉を「トカマク炉」といいます。トカマク炉は「тороидальная камера с магнитнымикатушками」というロシア語の略称で「トロイダルチャンバー・マグネティックコイルズ(トロイダル形状のチャンバーと磁気コイル)」を意味します。途中でご紹介したITERでもトカマク炉が使用されています。
そしてもう1つ、レーザー光線によって核融合を起こす原子を圧縮する「慣性閉じ込め方式」というものがあります。レーザー光線を当てる場合、レーザー方式と呼ばれます。
ここまでご紹介してきたのは、「磁場閉じ込め方式」と呼ばれる、磁力の力でプラズマを炉壁から浮かせて閉じ込める方式でした。磁場閉じ込め方式は核融合発電実現に向けた有効なアプローチの1つと目されています。
このレーザー方式の研究開発を進める米国のローレンスリバモア研究所が、2022年12月に核融合「点火状態」の達成という歴史的快挙を成し遂げました。「点火状態」とは、核融合によって得られる出力エネルギーが、レーザー照射に必要な入力エネルギー量を超えている状態を表します。具体的に、本実験では2メガジュールをレーザー照射し、核融合によって3メガジュールのエネルギー放出が確認されました。この結果を受けて、米国エネルギー省が公式に「この結果は、この技術(レーザー方式)が実現可能であることを示しています」と発表しました。実際のところ、レーザーの照射にかかる総エネルギー量を賄える核融合エネルギー生成までは達していないものの、今後の技術発展が期待できるエポックメイキングな出来事となりました。
こういったブレークスルーもあり、2023年は核融合領域が大きな盛り上がりを見せました。次章では、核融合関連スタートアップをご紹介していきます。
核融合関連スタートアップ
本章では、把握できている範囲で2023年に資金調達を実施したスタートアップをピックアップしてご紹介いたします。資金調達が2023年の中でも早い順にご紹介します。
nT-Tao
設立年:2019年
地 域:イスラエル
資 金:累計2,800万ドル(≒44億円)調達
概 要:
同社のコア技術は、プラズマの加熱および閉じ込めに関する技術であり、シリーズAラウンド時に発表されたリリースによると、他社に比べて1,000倍密度の高いプラズマ空間を生成することができると書かれている。
同社はこの技術を用いて、10~20MWの電力を生成する小型核融合炉(40フィートコンテナに収まるサイズ)を建設中である。こちらの記事によると、2030年代以降の商品化を見込んでいるとのこと。
同社の株主には、米国やイスラエルの投資家に加え、日本からはホンダ自動車が参画している。
Type One Energy Group
設立年:2019年
地 域:米国
資 金:累計2,900万ドル(≒45億円)調達
概 要:
同社はウィスコンシン大学マディソン校からのスピンアウト企業である。
シードラウンドでは、エネルギー領域のスタートアップを中心に出資を行うBreakthrough Energy Venturesが出資を行なっている。日本企業からは、TDKがCVCを通じて株主として参画している。シードラウンドの発表に合わせて、米国エネルギー省からグラントを獲得したことを発表。
同社が開発を進めるのは、トカマク型ではなく「ステラレータ型(Stellarator)」と言われるタイプの核融合炉である。ステラレータ型はプリンストン大学のLyman Spitzer教授が考案した核融合炉。
ステラレータ型は欧米で用いられる呼称で、日本ではヘリオトロン型と呼ばれることが多いようです。ステラレータ型・ヘリオトロン型を合わせて「ヘリカル型」と称するのが一般的で、ヘリカル型はトカマク型と超電導コイルの巻き方が異なる。ヘリカル型は二重らせん形状の電磁石コイルが巻かれており、生成される磁場もらせん状になる。ヘリカル型は一度高温状態をつくれるとトカマク型よりも長時間運転することができる一方、核融合反応を起こすプラズマを生成する難易度は高いと言われている。
Avalanche Fusion
設立年:2021年
地 域:米国
資 金:4,500万ドル(≒70億円)
概 要:
超小型核融合システム「Oribtron」の開発を進めている。アメフトボールよりも少し大きい程度のサイズ感で、1モジュールあたり〜数百kWの容量とされており、モジュールを組み合わせてメガワットクラスの電力需要に応えることを想定している。
直近の資金調達ラウンド(シリーズA)は、脱炭素領域スタートアップに出資するLowercarbon Capitalがリードし、Founders Fund等の有力VCも参画した。
(Source: https://avalanchefusion.com/tech/)
京都フュージョニアリング
設立年:2019年
地 域:日本
資 金:累計123億円調達
概 要:
核融合炉およびプラントに必要な周辺機器・システムの研究開発を進める。具体的には、プラズマを加熱するジャイロトロンシステム、熱サイクルシステム、燃料サイクルシステム、そしてそれらの全体設計を行うプラントエンジニアリングに強みを持つ。
直近のシリーズCラウンドでは、ベンチャーキャピタルに加え、株式会社INPEX・電源開発株式会社・日揮株式会社・三井物産株式会社・三菱商事株式会社等、日本の大手企業も株主として参画した。
ホームページでは、同社が開発ターゲットする技術領域のイメージ図が紹介されているが、炉本体を除く周辺システムはほとんどカバーされている。
Energy Singularity
設立年:2021年
地 域:中国
資 金:8億元(≒160億円)
概 要:
小型のトカマク型核融合システムの研究開発を進めている。
設立年:2019年
地 域:スウェーデン
資 金:累計800万ユーロ(≒13億円)調達
概 要:
2040年までに「N4」という商用核融合炉の設計を完成させることを目標にしている。
デュタリウムとトリチウムが融合を起こすためには、核融合炉内の温度を1億℃超の状態に保ち、プラズマを閉じ込めておく必要があるが、同社はトカマク炉(本レポートでご紹介したタイプ)ではプラズマ閉じ込めに限界があると考え、独自の「NOVATRON」という設計モデルを提案している。具体的には、流動的な磁場において、磁力が弱い箇所に衝突したプラズマは磁場の外に脱出してしまう可能性があるため、NOVATRONでは、磁力の強さをさらに大きくするような炉の形状を採用している。この技術は、CTOであるJan Jäderberg氏が発明したとのこと。
この他にも、多くの核融合スタートアップが資金調達を進めています。こちらのサイトによると核融合市場は年6%程度の成長を続け、2027年までに約4,000億ドル(≒62兆円)まで拡大する見込みと紹介されています。民間の資金だけでなく、公的資金も市場規模拡大を下支えしているようです。
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