2025年2月5日に、技術承継機構という企業の東証グロース市場上場が予定されています。同社は、「製造業の技術を次世代に繋ぐ」をミッションとして連続的に中小製造業の買収を行う企業で、2018年の設立から7年で上場(現時点ではまだ予定)に至るまで拡大しました。
ものづくりを支えるスタートアップ投資を行うIDATEN Venturesとしても参考になると思い、上場目論見書を紐解いてみることにしました。技術承継機構はどのような点において市場で自社を差別化できているのか、探っていきたいと思います。なお、今後、「連続買収企業」として定量的に分析された記事は増えてくると思いますので、IDATEN Venturesらしく「"製造業の"連続買収企業」という見方で、定性的な考察のボリュームを増やしてみることを心がけました。
なお、為替レートは2025年1月28日時点のものを採用しています。

(Source: ChatGPTで筆者が生成)
技術承継機構の概要と業績推移
まず会社の概要と業績推移から紹介していきます。
技術承継機構の設立は2018年7月で、創業者は新居英一氏です。こちらのインタビュー記事によると、新居氏は大学生の頃から起業を志していたものの、まずは社会人経験を積むためにみずほ証券に入社し、メザニン投資(返済順位が他の債券より低い無担保の貸出債権である劣後ローン、配当支払いや残余財産分配が普通株より優先される優先株等)に関わります。その後、産業革新機構で投資業務に従事する中で、米国のDanaher(ダナハー)という企業を知り、同じビジネスモデルを日本で展開すると決意したそうです。
同社は上場目論見書にも、米国Danaher(ダナハー)、英国Halma(ハルマ)、スウェーデンIndutrade(インデュトレード)を経営戦略の参考にしている、と書いています。ところでDanaherとはどんな企業なのでしょうか?
Danaherはニューヨーク証券取引所に上場している企業で、ワシントンD.Cに本社を構えています。元々は不動産投資会社としてスタートしましたが、ものづくり企業を買収して経営を立て直して利益を上げる方法(DBS、Danaher Business System)を確立し、一躍有名になりました。現在は特にライフサイエンス・医療診断機器分野に注力し、世界中の企業を傘下に保有しています。ちなみに、DBSはトヨタのカイゼン方式を参考にした品質管理手法を導入していると言われています。2025年1月28日時点の時価総額が約1,750億ドル(≒27兆円)、2023年の売上高が約240億ドル(≒3兆7,500億円)、EBITDAが約74億ドル(≒1兆1,500億円)で、EBITDAに対する時価総額の倍率は約23.5倍です。
せっかくなので、英国Halmaについても触れてみます。Halmaは1894年に茶葉メーカーとして設立されましたが、途中で事業内容を変更し、1956年に投資会社として生まれ変わります。同社の投資セグメントは主に、安全ソリューション(自動ドアセンサー、工事用保安機器、火災検知機器等)、環境・分析サービス(水処理、水質分析等)、医療機器(がん診断支援機器、紫外線消毒装置等)の3つです。現在はロンドン証券取引所に上場しており、2025年1月28日時点の時価総額が約112億ドル(≒1兆7,500億円)、2023年の売上高が約23億ドル(≒3,600億円)、純利益が5.4億ドル(≒840億円)で、EBITDAに対する時価総額の倍率は約20.8倍です。
両者は買収先企業の株式を長期保有し、買収先企業によって生み出されたキャッシュフローを活用して買収を繰り返していく、という基本方針こそ同じものの、異なる部分もあります。
Halmaの経営手法に焦点を当てた記事によれば、HalmaグループはDanaherグループよりも「地方自治」的な側面が強いと言われています。Halmaの経営改善手法は、DanaherがDBSに基づいて実施する経営改善よりも一貫性が弱く、「買収先の企業文化・業界・事業内容に応じて経営改善手法を変えている」、という表現が実態に近い印象です。一方、Halmaのグループ企業間に全くシナジーがないか?というともちろんそういうわけではありません。2000年代初頭まではグループ企業間のシナジーは薄く、「バラバラに」経営されている傾向が強かったものの、2010年代に入ってからはHalmaが持つ事業セグメントごとにCEOが就任し、グループ企業間のブランド集約によるマーケティング効果アップ・製造コストの削減等、シナジーが見られるようになってきてはいます。そういった意味では、先の記事に記載された「Halmaが、真の分散型とDanaherのようなプラットフォーム型の間で揺れている」という表現は適切かもしれません。
技術承継機構の概要に戻ると、同社は上場目論見書提出時点で、合計10社の企業を買収(各社の事業内容は次章でご紹介します)しており、グループ連結での業績は以下のようになっています。設立から5期目にあたる2022年12月期は売上高68億円、営業利益4.6億円(営業利益率6.8%)。2023年12月期が売上高93億円、営業利益8.8億円(営業利益率9.5%)です。

技術承継機構のグループ企業
技術承継機構グループは以下の10社から構成されています。

各社の設立年・買収年月・本社地域・従業員数・売上高(2023年12月期)をまとめてみました。以下のリストは、上から買収年月が古い順に並んでいます。

(Source: 上場目論見書、各社のホームページを参考に筆者作成)
初の買収案件である豊島製作所は冷間鍛造事業を手がけるタイ法人も含めて買収しており、売上高が44億円とグループ全体で最も高い比率を占めています。
各社が本社・工場を構える地域は、西は大阪府から東は福島県まで、本州全体に分散しています。売上規模は最も小さいのがエムエスシー製造で約4億円、最も大きいのが豊島製作所で44億円となっています。従業員数は、最も少ないのがエアロクラフトジャパンで7名、最も多いのが豊島製作所で177名です。
ここから、もう少し各社の沿革や事業内容を詳しく見ていきます。
(1)豊島製作所
豊島製作所は、1945年設立当時こそスピーカー部品の製造を行っていましたが、そこから自動車産業の興隆に応じてオートバイ・自動車向けの部品製造に事業を拡大します。その中で現在にも続く強みとして磨いたのが冷間鍛造加工(金属材料に熱を加えず 常温のまま圧力を加えて、金属を変形させながら成形する加工方法)およびプレス加工技術です。
同社は特に加工難易度の高い部品生産に対応するため、160〜1,200トンまで対応できるアイダエンジニアリング製の精密プレス設備を9台揃え、冷間鍛造プレスは220〜1,500トン、板金プレスは45〜300トンまで対応可能な設備を保有しています。
冷間鍛造加工の場合も、鍛造前に焼鈍(材料の加工性を向上させるために材料を加熱して冷却する処理)・ボンデ(耐摩耗性・耐熱性を向上させるために表面に特殊なコーティングを施す処理)を行うのが一般的ですが、豊島製作所は冷間鍛造・プレス加工両方の技術を活かすことで焼鈍・ボンデ等の中間処理を削減し、コスト削減と工程短縮が実現できるそうです。同社は、他社よりも厚い板金の加工や、形状が複雑な部品への対応で差別化を行い、競合優位性を確立しています。
同事業の取引先一覧には、ダイハツ工業・東海理化・豊田自動織機等の大企業が並んでいます。
もう1つの事業の柱が、1993年に設立されたマテリアルズシステム事業です。本事業の中心となる製品がスパッタリングターゲット材です。スパッタリングターゲット材は薄膜を形成する際にベースとなる材料で、薄膜の材料・組成を決めるうえで重要です。例えば、ターゲット材の純度・均一性に薄膜の品質は左右され、薄膜の寸法・形状もターゲット材料によって変わります。
薄膜の用途には、半導体製品における配線・絶縁層、ディスプレイにおける透明導電膜、高額デバイスにおける反射膜、太陽電池・燃料電池の薄膜等、さまざまありますが、豊島製作所のマテリアルズシステム事業は、主に全固体リチウム電池材料・燃料電池材料・超伝導材料(特定の条件下で電気抵抗がゼロになる特性を持つ材料)の開発・試作・製造を行っています。マテリアルズシステム事業の取引先には、国内企業はもちろん、Apple・Huawei・Samusung等の海外メーカーも並びます。
豊島製作所が技術承継機構のグループ企業となった理由の詳細が明らかにされた記事は見当たりませんでしたが、技術承継機構に融資を実行した商工中金のプレスリリースによると、後継者不在が主たる理由だったようです。同社は技術承継機構による買収に至るまで、設立以来一貫して創業家である大本家が唯一の株主で経営も担っていましたが、2019年に技術承継機構が100%買収を行ってからは、約2年間技術承継機構の社長である新居氏が代表を務めたのち、前取締役で豊島製作所の勤務経験が長かった齋藤氏が社長に就任しています。
(2)東洋マーク
東洋マークは、樹脂製品の印刷・成形・加工技術に強みを持つ企業です。製品の一例としては、アミューズメント装飾品や、ICパネル部品、メーター部品等が挙げられます。



(Source: https://toyo-mark.com/products/)
同社は単に加工を請け負うだけでなく、上流のデザイン工程から担うことができる点が特徴的です。顧客は、デザインが十分に固まっていない段階からでも、東洋マークに相談することができ、一緒にデザインを練り上げ、そのデザインを適切に立体製品上で表現する印刷・加工までワンストップで依頼することができます。
取引実績には、カシオ計算機・セイコーエプソン・ソニー・パイオニア等、優れた消費者製品を生み出したメーカーが並んでいます。
東洋マークが技術承継機構グループに加わった背景や理由が書かれた情報は調べた限り見当たりませんでした。
(3)FAシンカテクノロジー
FAシンカテクノロジーは、はんだ付け技術に強みを持つ企業です。基板製造工場向けに独自の自動はんだ付け装置を製造販売するほか、表面実装・はんだ付け工程用生産設備・治工具類の代理販売も行っています。
はんだ付けとは、電子部品や金属部品を接合する方法の1つで、溶融したはんだ(Sn:スズを主成分とした金属合金)を使用して部品同士を接続します。
はんだごてを用いた手作業のはんだ付けは、多くの方が小中学校の図工の時間に一度は経験したことがあるのではないでしょうか?一方、機械によるはんだ付けは、どのような方法があるのかあまり知られていないかもしれません。
機械によるはんだ付けには大きく以下3つの方式があります。
リフロー方式:部品にペースト状のはんだを塗布し、加熱炉で溶融・接合する方式
静止方式:部品全体を溶融はんだ槽に浸して接合する方式
噴流方式:溶融したはんだを槽内で噴流させて接合する方式
はんだ付けは、接合強度を高めるために酸化膜の発生を抑えることが1つのポイントとなります。
同社は、静止方式と噴流方式の良いとこどりしたような技術で特許を採用しています。静止方式は、噴流方式よりも酸化物の発生量が少ないという利点を持つ一方、はんだの流れが小さく槽内温度にばらつきが生じやすいという弱点があります。同社は、はんだ槽の温度ばらつきを抑制する攪拌技術を開発し特許を取得している他、基板のはんだ付け品質を高めるような工程で特許をいくつか保有しています。これらの技術を詰め込んだ自動はんだ付け装置「FXM-1」というのが同社の主力製品で、主に車載向けのプリント基板を製造する企業に対して販売しているようです。
こちらの記事によると、山口社長の後継者が見つからず、2021年に技術承継機構に対する株式譲渡を実行したそうです。本件の買収資金として、東邦銀行(買収前からFAシンカテクノロジーの主要取引銀行)が融資を実行したと発表されています。
(4)エムエスシー製造
同社ホームページの「MSCの事業について」というページは、「切断一筋50年。」というフレーズから始まります。
そのフレーズ通り、同社は設立以来、一貫して材料切断機の製造を行ってきました。特に強みを持つのが、独自のウェビングカット技術です。ウェビングカットとは、主に薄くて連続したシート状・ロール状の材料切断方式です。通常の刃は、切断する材料の厚さ・硬さ・成分に応じてクリアランス(主に上刃と下刃の間隔を指す)を調整する必要があり一方、エムエスシー製造のウェビングカット方式はクリアランス調整が不要で、かつ、材料押さえも不要となる点がポイントです。
同社の沿革に関する詳細な情報は見当たりませんでしたが、技術承継機構のホームページに、「オーナーインタビュー」という形で同社代表で株主の徳勝氏のインタビューが掲載されています。徳勝氏はオーナー単独経営について、特に管理面で課題を感じるようになっていたそうです。インタビューを見る限り、労働生産年齢人口の現象が明白な中で働き方を変えることができず採用に苦戦していたこと、後継者の募集・育成が進んでいなかったことが背景としてあったように見受けられます。技術力・営業力・管理力をどうやって維持していこうか悩んでいるときにM&Aに関する資料が目に止まり、M&Aという選択肢が生まれたそうです。
なお、仲介会社とやりとりを開始してから株式譲渡までは2年3ヶ月を要しています。時間がかかった理由の1つとして徳勝氏は、仲介会社が紹介する買主候補から、同社が大事にしたいポイント(顧客・取引先・従業員に対する企業文化・社会的存在意義を果たすという責務を継承すること)を感じられるケースが多くなかったことを挙げています。
そんな中で出会ったのが、技術承継機構で、代表の新居氏が(技術承継機構として1社目の譲受企業である)豊島製作所の案内をする姿を見て、「この企業なら」と思えたそうです。重要な部分のため、参照元の文章をそのままご紹介します。
「そのような中、2021年01月、技術承継機構(NGTG)に出会いました。初めてNGTGの新居代表とお会いしたのはNGTGの1社目の譲受会社である「豊島製作所」でした。NGTG の理念である「中小企業の経営資源・活動資源を守り、次世代へ引き継ぐ」、具体的手法である「再譲渡は行わない」「ITやDXを使った生産性向上」「管理の横展開化」「企業名(ブランド)の継承」「従業員の継承」「既存取引先継承」等、実務レベルでの実践を目の当たりにしました。
代表自らが工場内の裏口を駆使して各設備の使役を隈なく案内して下さり、すれ違う社員の名前を呼び、近々の話題を掛け合っている姿を見たときに、間違いなく共に「成長」出来るパートナーだと確信しました。所有者として選んだというより未来へ引き継ぐ価値のある会社として「選ばれた」という気持ちです。」
同氏のインタビューによると、譲渡後の会社運営として、以下のようなことが実施されていると書かれています。
週一回の経営会議/月一回の取締役会で会社の課題や進捗状況を共有
ITツールを活用した経営管理(売上・コスト構造の分析)
勤務規則の改定や1分単位の残業計算
改善提案制度の制定
(5)篠原製作所
篠原製作所はもともと製紙業が盛んであった静岡県富士市で製紙機械メーカーの下請加工会社として設立されましたが、そこからシート状の素材を扱う技術・ノウハウを蓄積し、現在はパネルディスプレイのフィルム、リチウムイオン電池のセパレータ等の高機能フィルム、紙、金属箔の加工機・巻取機を設計・製造する機械メーカーとなっています。
製品の一例として、以下のような写真が紹介されています。


(Source: https://shinohara-eng.jp/products/)
同社は顧客に合わせた機械をオーダーメイド製造するスタイルで、同社が提供する機械は全てオリジナル設計となります。また、自社製品の修理はもちろん、他社設備のオーバーホール・改造にも対応しており、まさにシート状材料加工機の何でも屋となっています。
篠原製作所の譲渡に至る背景や理由に関して記述された情報は調べる限り見当たりませんでした。
(6)京和精工
京和精工は、高精度・超短納期を強みとする切削加工メーカーです。過去案件や職人ノウハウのデータ化、ITを活用した工程管理によって受注・製作・検査・納品の処理スピードを向上させ、受注日から納品まで3日間で完了する特急サービスを提供しています。
半導体・自動車・産業用機械等の業界顧客の要求に応えてきた高い品質対応能力、加工・メッキ・溶接まで手がけられる柔軟さを備えている点が強みのようです。
京和精工の譲渡経緯については、こちらの記事で紹介されています。記事は同社が技術承継機構のグループに入った2022年のものですが、オーナーで代表を務めていた岸田氏は当時77歳。後継者不在を理由に売却を考え始めて銀行に相談したところ、技術承継機構を紹介されたそうです。高学歴なメンバーに対して不安もあったものの、実際に会って話してみるとその不安は消え、従業員の生活を守ること、社名を変更しないこと等、大事にしてほしい部分を経営方針として示されたことで信頼できるようになったと書かれています。
(7)キンポーメルテック
キンポーメルテックは精密板金加工メーカーです。設計・プログラム開発・切断・曲げ・溶接まで一気通貫で社内で手がけられる体制を整備しています。特に強みを持つのが溶接技術で、3mm以下の薄い金属板を歪みなく溶接することができるノウハウを持っているそうです。また、自社で専用の配送トラックを3台保有し、細かい日時指定に対応することができたり、納品を急ぐ場合に特別対応をしたり、と柔軟な配送サービスを提供することができます。
製品の適用事例として、いくつか紹介されています。


キンポーメルテックがM&Aに踏み切った背景や理由がわかる情報は調べる限り見当たりませんでした。
(8)エアロクラフトジャパン
エアロクラフトジャパンは、高機能カーボン製品、金属製品を製造するメーカーです。社名からして航空宇宙業界向けに製品を提供しているのかと思いましたが、ターゲット業界は四輪・二輪自動車で、特にレース用製品にフォーカスしています。
型設計、治具製作、3Dプリンタによる金属積層、溶接、検査治具製作、生産品の機械加工、組立に至るまで全工程を内製化しています。
同社が技術承継機構のグループになった背景は、オーナーで代表を務めていた深津氏のインタビューから知ることができます。深津氏は、父から継いだエアロクラフトジャパンの業績が急成長する中で管理面の体制(主に経理や人事)が追いついていない点に不安を感じ、M&Aに関心を持ち始めました。信頼している友人からM&Aアドバイザーを紹介してもらい、その方経由で技術承継機構と出会いました。出会ってから譲渡完了までの期間は約半年で、特にトラブルなくスムーズに進んだと書かれています。
技術承継機構を選んだ理由として、深津氏は大きく以下3つの理由を挙げています。
エアロクラフトジャパン社向けにカスタマイズされた具体的な提案に惹かれた(詳細は明かされていません)。
再譲渡は行わない、というコンセプトに安心した。
技術承継機構の新居氏と深津氏は同じ年齢で、深津氏は優秀な同年代の方々と仕事ができるという機会に惹かれた。
(9)天鳥
同社は「あまとり」と読むそうです。同社はグループ他社に比べると情報が少なく、具体的にどのような事業を行っているのか理解するのが難しいですが、高精度な切削加工サービスを提供しているそうです。
また、天鳥のM&Aの背景や理由がわかる情報は調べる限り見当たりませんでした。
(10)ティオック
ティオックは、建設現場向けの表示機器を製造するメーカーです。具体的には、以下のような製品を取り扱っています。


(Source: https://tiock.co.jp/item/)
同社はいちはやく道路工事現場向けのLED+ソーラーパネル電光盤の開発を行ったことで、シェアを保有しているようです。
ちなみに、全企業のホームページを細かく見ている過程で気づいたことですが、各社のホームページには共通する部分がありました。恐らく、技術承継機構の方針に基づいた施策かもしれません。
言語変換 ホームページに、言語変換機能が埋め込まれています。言語はいずれも日本語、英語、中国語です。
企業としての強み 「〜社の強み」というページが用意されています。しかも、単にページがあるだけではなく、わかりやすく丁寧に書かれています。
製品事例 製品の適用事例というページが用意されています。(加工メーカーでは最終製品イメージが持ちづらく、掲載されているケースはそれほど多くない印象です)
各企業の市場におけるポジショニングという意味でも、共通点があります。それは、各社が設計から製造に至るまで一気通貫でソリューションを提供しているという点です。顧客や他社が行った設計の加工のみを行う下請け的な企業は少なく(事業の一部としてやっている場合はあっても、それが全てではありません)、上流のデザイン・設計から入り、試作・開発・製造・メンテナンスに至るまで自社で担っている企業が多いという点が目を引きました。
また、数は多くありませんが、前オーナーのインタビューが何件か紹介されており、各社の代表がM&Aしてみて良かったと感じている点にも共通点があるように感じました。最も印象的だったのが「人事」面の改善です。M&A前は、新規採用の少なさ・離職者の多さ、どちらの点でも、各社が苦戦しています。それに対して、労務管理の改善、人事評価制度の構築、採用情報の拡充等の施策を通じて、新規採用人数の増加、離職率の削減を実現しているケースが見られます。
技術承継機構の強み
上記の買収先企業を全て見たうえで、どのあたりが技術承継機構の強みになっているのか、目論見書も参考にしながら考察していきたいと思います。
バリューアップ
まずはバリューアップの観点です。バリューアップというと、ITツールの導入や高度な経営戦略の策定・実行等のイメージがあるかもしれませんが、技術承継機構は(言い方が適切か分かりませんが)「もう少し地道な管理面の改善」を重要視しているように見えます。特に、前章でも書いた「人事面の管理」は特に力を入れており、それ以外だと管理会計の強化も行っているようです。例えば、売上・コストを可視化してアップデート頻度を上げることで経営会議がより数値に基づいた議論が実施できるようになった、等のインタビューが見られました。
さまざまなインタビューを読んでいく中で、技術承継機構が重要視しているように感じるのは、「買収先企業の変化許容度」に応じて対応を調整している、という点です。元オーナーの多くは、買収後も従業員の雇用が守られることを譲渡条件に含めていますが、雇用が守られるというのは、単に「従業員が働き続けられる」ということではなく、「従業員が”持続可能な形で”働き続けられる」ということだと思います。買収後に、いきなり業務ソフトを刷新してITツール中心の働き方に変えた場合、効率化は進むかもしれませんが、元の従業員にとって大きなストレスとなり、その途中で多くの退職者が出てしまうかもしれません。技術承継機構の目論見書に書かれている「過度の統合に拘らず、個社の自主独立性を尊重する一方で管理・改善はしっかり行う」という表現は、買収先企業の変化許容度に合わせて持続可能な改善を実施していく、ということなのかなと思いました。
同社のバリューアップはNGPというプログラムに基づいて実行されています。NGPはNGTG Growth Program、NGTGは技術承継機構の略称(Next Generation Technology Group)の略称です。
NGPは、冒頭でも登場したDanaherが持つDBPを参考につくられており、140項目以上から構成される独自マニュアルです。長期目線でバリューアップしていくが前提とされており、NGPは大きく3つのステップに分かれています。
ステップ1:譲受〜半年後 ・全社員との面談により会社の現状把握を最優先しつつも、現状把握と同時進行で打てる施策についても順次導入 ・チャットツール、ビデオ会議等のITシステム導入による業務効率化促進 ・必要に応じて組織体制の見直し等を実行 ・事業計画の策定
ステップ2:半年後〜2年後 ・管理体制がきちんと機能しているかのモニタリング ・自社の改善を通じた収益力の強化 ・会社の強みと課題に応じた、営業強化、製造現場改善、研究開発促進、人材採用強化等の幅広い成長支援メニューを会社の状況に合わせて実行
ステップ3:3年目以降 ・海外進出、他社との連携を含む会社の拡大 ・NGTGのM&Aアドバイザーとのつながりを活用し、周辺領域におけるM&A対象企業の探索及び提案を推進
M&A遂行能力
バリューアップのユニークさよりも技術承継機構の強みに見えるのがM&A遂行能力です。目論見書によると、以下の点が強みとして書かれています。
ソーシング能力
合計350社超のアドバイザーから創業から2024年9月までの期間で1,607件の紹介を受け、その中から高収益企業のみをスクリーニング。2023年には単年で約400件の案件が持ち込まれている。
投資判断
製造業に特化することにより深化した知見と、所属メンバーやグループ会社の業界ネットワークを通じた情報収集に基づく適切な投資判断
交渉力
個社の自主独立を重んじ、売却を行わない独自のポジショニングやオーナーの社長続投希望に沿った解決策を提案する柔軟性等により価格以外でも売主に訴求し、結果として適切な水準の企業価値/EBITDA倍率での譲受の実現を狙う
資金調達力
金融機関との強固な信頼関係に基づき固定低金利・長期・原則財務コベナンツなしといった好条件を目指す。連結でのレバレッジ水準として純有利子負債/調整後EBITDAが3〜4倍となるようにM&Aのストラクチャーを構築する。
ソーシング能力に関する補足として、技術承継機構はアドバイザー・仲介会社からの紹介だけでなく、グループ各社でのソーシング活動も行っているようです。正確なところはわかりませんが、各社が事業活動をする中で感じる「業界であの企業の製品は競争力がある」「あの仕入れ先は原材料メーカーとして秀逸である」「加工をお願いしている委託先の業績が最近伸びているようだ」といった情報を仕入れ、買収案件の候補としてノミネートさせていくようなイメージでしょうか。このソーシングチャネルは強力で、アドバイザー・仲介会社に情報が渡る前に手に入れられるという意味で「情報鮮度」が高く、また、実際に業界内・サプライチェーン内で評判となっている企業という意味で、「投資判断」がし易い傾向がありそうです。
なお、資金調達力について、もちろん技術承継機構のアレンジ力や交渉力もあるかもしれませんが、そもそも「収益性に優れた企業を買収候補としている」という点の影響力が大きそうです。
交渉力
上記の中でも、元オーナーのインタビューを読み込む中で特に感じた強みが「交渉力」です。もしかすると、交渉力というよりも「選ばれる力」という表現の方が適切かもしれません。交渉力を支えるポイントがいくつかありますが、特に以下の2点が重要なのではないか、思いました。
(1)ポジショニングと買収後の条件提案
目論見書には、「各社の独立性を維持しながらも、長期に亘る持続的な成長を後押しする事業承継の受け皿として独自の立ち位置を確立していると考えております。これにより、一定期間経過後の売却を前提とする買収ファンド(PEファンド)や従属する親子関係の発生及び組織の統合が必要となる場合が多い一般的な事業会社とはソーシング段階で明確に差別化できております」と書かれています。
上記の点は、実際にグループ企業のインタビューを読んでいくと、大きな価値提案になっているように感じます。例えば、元オーナーが社長を継続しながら技術承継機構と協力して次期社長の発掘・育成を行い、M&Aの数年後に元取締役だったメンバーが社長に就任する、あるいは、社長がその後も長いこと継続する、というケースが見られます。こういった柔軟な対応は、(もちろん可能な場合もあるとは思いますが)Exitが必要なPEファンドや事業会社の場合は難しいかもしれません。
(2)製造業特化である
製造業に特化した投資会社であり、かつ、買収後にExitしない、という前提で10社買収すると、自然と「似たような状況の企業が集結する」ことになります。各企業が持つ沿革や、その時々で直面する課題の詳細は異なるものの、間違いなく「似たような課題を抱えている(抱えたことがある)」でしょう。
目論見書には「ベストプラクティスが共有可能」と書かれていますが、おそらく、きれいなカタカナから想像もできないような、リアルで泥臭い悩み(人間関係・資金繰り・孤独等)を共有できるコミュニティに入る、という安心感を提供できる、という提案を交渉時に行っているのかもしれません。
なお、もちろん仕組み的なベストプラクティス共有も行われており、設計・切削勉強会、現場相互訪問、グループ合同新卒研修等、特化しているからこそ意義深いイベントを開催しています。
分析してみた印象として、技術承継機構のビジネスは「着実で手堅い」一方、実行するハードルは高く、真似しようと思っても同じ規模に追いつくにはそれなりに時間がかかりそうな気がします。特に、ソーシング時の評判づくり、(グループ企業としての)コミュニティ、譲受後の地道なコミュニケーション方法は一朝一夕に真似できるものではなく、継続することで初めて生み出される資産です。今回はこれで以上となります。このテーマについてディスカッションご希望の方がいらっしゃればぜひご連絡ください。
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