以前、蓄電池関連スタートアップのブログを書きました。今回は、そのブログには含めませんでしたが、ユニークな蓄電池の1つとして、原子力電池をご紹介します。
なお、レポート内で、為替レート(ドル・円)は2023年1月27日時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/銀河-スペース-宇宙-夜空-11098/)
原子力電池の仕組み
原子力電池とは、放射性物質が崩壊した時に得られるエネルギーを利用して発電する電池です。
放射性物質は、原子核のα(アルファ)崩壊・β(ベータ)崩壊・γ(ガンマ)崩壊等によってエネルギーを生みます。
α崩壊によって発生するのがα線です。α線はヘリウム原子核(2つの陽子と2つの中性子から構成)から成る粒子線で、ラジウム・プルトニウム・ウラニウム・ラドン等、特定放射性物質の崩壊によって発生します。
β線は電子から成る粒子線で、トリチウム、炭素14、リン32、ストロンチウム90等、特定の放射性物質の崩壊によって発生します。
γ線は電磁波の一種です。コバルト60、セシウム160等の放射性物質の崩壊によって発生します。
上記の分類に関連して、放射性物質の崩壊に伴うエネルギーの危険性について、環境省の情報を参考にご紹介します。粒子の移動距離・透過力(物質を透過する力)については、α線→β線→γ線の順に大きくなっていきます。放射性物質に対する被曝(ひばく)には、外部被曝(放射性物質が体外にある場合)と内部被曝(放射性物質が体内にある場合)の2つに分けられますが、外部被曝の場合、α線は体内に侵入することはなく、皮膚部分で止まり、β線・γ線は体内まで侵入します。一方、内部被曝の場合、α線・β線・γ線ともに細胞組織に影響を与えうる可能性があります。特にγ線は全身に影響を及ぼすリスクがあり、注意が必要です。
放射性物質の崩壊エネルギーを電力に変換する方式は何種類かありますが、現時点で最も普及しているのが「熱電変換方式」です。熱電変換方式の原子力電池は、Radioisotope Thermoelectric Generator(ラジオアイソトープ・サーモエレクトリック・ジェネレーター)の頭文字をとって「RTG」と呼ばれます。RTGは、α崩壊熱を電力に変換します。
RTGは、以下のような構造になっています。中央に熱源である放射性物質(赤色部分)があり、その周辺を熱電変換素子(黄色部分)が覆っています。熱電変換素子の、熱源と接していない面は冷却管(青色部分)と接しており、冷却管の外側は放熱フィン(黒色部分)になっています。
(Source: https://tsumori-tech.com/atomic-battery/)
熱電変換素子は、ゼーベック効果によって電力を発生させます。ゼーベック効果とは、物体の温度差によって電力が発生する現象です。温度差が大きければ大きいほど、発生電圧も大きくなります。RTGにおいて、熱電変換素子は熱源と冷却管の温度差から電力を生んでいます。
RTGと放射性同位体
RTGの主な用途として宇宙探査機の電源が挙げられますが、宇宙空間の温度は、場所によって異なるものの、平均でマイナス270℃と言われています。こちらのサイトによれば、放射性物質の1つとしてRTGに利用されることの多いプルトニウム238という放射性同位体の場合、崩壊熱は約500℃であり、温度差770℃を利用して発電していることになります。温度差と発電出力の関係については後ほどご説明します。
放射性物質が半減するまでに必要とする期間を「半減期」といいますが、プルトニウム238の半減期は87.7年です。放射性物質が残っている間は、崩壊熱によって発電し続けられますので、この持続力が原子力電池の強みと言えます。一方で、半減期が長ければ長いほど、単位時間あたりの放射能は弱くなります。用途に応じた電力量を取り出すために、長すぎず、短すぎない半減期の放射性物質を用いる必要があります。
この観点で、現時点でRTGの熱源として最適と言われているのが、既出のプルトニウム238です。プルトニウム238とは、プルトニウム同位体の1つです。同位体とは、同一原子番号を持ちながら中性子数が異なる核種を指します。そして、同位体のうち放射能を持つものを、放射性同位体と言います。
ちなみに、プルトニウム238の「238」は、陽子と中性子の合計数である質量を表しています。プルトニウム238は、陽子94と中性子144から構成されています。プルトニウム238と同じ核種である放射性同位体としてプルトニウム239がありますが、こちらは陽子94と中性子145から構成されています。
ある放射性同位体は、半減期ごとに別の放射性同位体に壊変(壊れながら変化していくこと)していきますが、崩壊によってたどる放射性同位体の道筋は、系列ごとにおよそ決まっています。
例えば、「ウラン系列」と呼ばれる崩壊系列を以下の図でご紹介します。複雑で少し見づらいのですが、各円の中に書かれている「〜年」という数字が半減期で、矢印の種類ごとにα線・β線・γ線が分かれています。
(Source: https://minnanods.net/learn/basic-knowledge/about-decay.html)
なお、プルトニウム238はウラン系列に属しています。ウラン238に重陽子をぶつけて合成したネプツニウム238がβ崩壊を起こすことによってプルトニウム238が生成されます。そして、ウラン系の崩壊系列に則り、プルトニウム238はウラン234に壊変し、最終的には安定性同位体(放射線を出さない同位体)である鉛206に落ち着きます。
RTGのスペック
プルトニウム238がRTGの熱源として最適と言われているのは、その単位重量あたり熱出力の大きさと半減期のバランスに起因しています。プルトニウム238は1kgあたりの熱出力が540Wで、半減期が87.7年です。この他にも、ポロニウム210、ストロンチウム90、キュリウム242、キュリウム244、アメリシウム241等が、RTGの熱源として考えられますが、単位重量あたりエネルギーが大きく、かつ、β線・γ線が放出されず、かつ、半減期が短すぎないこと(宇宙空間で数十年過ごすことができる)等の条件を考慮すると、アメリシウム241がプルトニウム238に次ぐ有力候補として挙げられています。アメリシウム241は半減期433年、1kgあたりの熱出力が約135W(プルトニウム238の約1/4)で、若干放出されるγ線の遮蔽対策を行えば、熱源として利用可能かもしれません。プルトニウム238の供給不安が指摘される中、RTGに適した新しい放射性物質の開発が期待されています。
続いて、崩壊熱から実際に発電できる電力量を考えてみます。こちらの資料を参考にすると、NASAの火星探査ローバーであるキュリオシティに搭載されているRTGにおいて、4kgのプルトニウム238に対して熱出力2,000W(500W/kg)、電気出力125W(31W/kg)です。また、土星探査機カッシーニは、7.8kgのプルトニウム238に対して熱出力4,400W(564W/kg)、電気出力250W(32W/kg)となっています。これら2つのデータから、実機における熱電変換効率は約5〜6%となっていることがわかります。プルトニウム1kgあたりではなく、RTG1kgあたりで考えると、電気出力は約3〜4W/kgとなります。
(Source: https://www.aesj.net/document/nishiyama.pdf)
原子力電池の用途と歴史
原子力電池が力を発揮する利用場所は、安定して長期間電力を供給することが求められる空間です。例えば、その1つが宇宙空間で、原子力電池は無人探査機・人工衛星の電源として活躍してきました。また、地上での用途もあります。例えば、北極圏の灯台等の遠隔無人装置、あるいは、人間の体内で動くペースメーカーの電源として利用されることがあります。
宇宙空間においては、太陽電池(太陽光エネルギーを利用して発電する電池)を利用することもありますが、宇宙空間の中でも太陽から離れたエリアの探査を行う際は、原子力電池が必要になります。光のエネルギーは、距離の2乗に反比例すると言われており、火星における太陽光エネルギーは地球の約43%、木星は約3.7%、土星では約1.1%となります。
原子力電池の歴史は長く、1954年にアメリカで開発され、初めて人工衛星に搭載されて宇宙空間に飛び立ったのが1961年のことです。アメリカのエネルギー省管轄下で製造された当時の原子力電池は、発電出力が2.7Wで、人工衛星が地球に帰還した後も地上で15年間機能し続けたと言われています。その後も、冷戦下で高まる宇宙開発に対する期待を背景に、アメリカを中心に原子力電池は積極的に開発・製造が進められました。1972年に打ち上げられた木星探査機「パイオニア10号」、1973年の土星探査機「パイオニア11号」、1977年に打ち上げられた「ボイジャー1号」、その他も「ガリレオ」「ユリシーズ」等、名だたる宇宙探査機に搭載されています。
原子力電池は、何度かの衛星打ち上げ失敗をきっかけに、放射線漏洩リスクを懸念されるようになりましたが、炭素繊維やエアロシェル(宇宙機を大気圏突入時の熱・圧力から保護する熱シールドシェル)を活用することで、有事の際も放射線が漏洩されにくいようになってきました。
スタートアップの動きとダイヤモンド電池
新たなRTGの開発を進めているスタートアップに、Zeno Powerという企業があります。2022年4月にシリーズAラウンドで2,000万ドル(≒26億円)の調達に成功しました。同社は、具体的な技術情報を公開していませんが、「次世代型の放射性同位体元素発電システム」(RPS、Radioisotope Power Systems)を開発しているそうです。
こちらの記事によれば、同社のRPSはプルトニウム238ではなく、使用済み放射性廃棄物を利用している点が新しいものの、ゼーベック効果を利用した熱電変換器を用いているという点ではこれまでのRTGに近いアプローチになっています。すでに、民間企業・政府から、宇宙・地上・海上で同社のRPSを利用するという7,500万ドル(≒97億円)以上の予約受注を受けているそうです。
また、RTGからは少し逸れますが、原子力電池の一種として近年注目を集めているのが「ダイヤモンド電池」です。いくつかのスタートアップが研究開発に取り組んでいます。
NDBのダイヤモンド電池は、原子力発電所の使用済み放射性廃棄物であるグラファイト(黒鉛)から合成した人工ダイヤモンドを利用する電池です。ダイヤモンド内部の放射性物質が崩壊する中で発生する粒子線と半導体素子が反応して電力を発生させます。
(Source: https://engineer.fabcross.jp/archeive/201001_nano-diamond-battery.html)
また、イギリスのブリストル大学発スタートアップArkenlight(アーケンライト)も、ダイヤモンド電池の商用化を目指して、2020年に創業されました。
これらの電池で利用される放射線は、RTGが用いるα線ではなく、β線です。その名を冠して「ベータボルタ電池」と呼ばれることもあります。
RTG同様、ベータボルタ電池の歴史も長く、1970年代に発明されています。当初はペースメーカーに利用されていたそうですが、危険性の観点からリチウムイオン電池に代替されています。今では、ほとんど全てのペースメーカーはリチウムイオン電池で稼働しているようです。
これまでのベータボルタ電池は、放射性物質を半導体で挟み込む「サンドイッチ構造」を採用していましたが、NDBやArkenlightが開発する電池は、放射性物質と半導体が人工ダイヤモンドの形で一体化しており、β粒子の移動距離を短くすることで、発電効率を大きくしようとしている点がポイントになります。
こうした新型ダイヤモンド電池の開発状況に関する情報は限定的ですが、2022年時点ではまだ商用段階にはないようです。一方、Arkenlightはすでに欧州宇宙機関から、通信衛星に搭載される信号装置向けのダイヤモンド電池を受注しているそうです。
続いて、ダイヤモンド電池のスペックについてです。前半でご紹介したRTGの電気出力は、プルトニウム1kgあたり約30W、RTG1kgあたり3〜4Wでしたが、ダイヤモンド電池はもう少し発電出力が小さくなると思われます。このあたり情報公開がされていませんが、マイクロワットレベルの発電出力にとどまると指摘されています。ちなみに、マイクロワットレベルとは、太陽電池式の電卓や腕時計等の消費電力と同等と考えられるようです。
RTGもベータボルタ電池も、元々は1960〜70年代に発明された歴史ある技術ですが、それぞれ、宇宙産業の隆盛、放射性廃棄物処理の問題意識が高まる中で、昨今注目を集め始めています。今後より広く使われていくための課題としては、まだ限定的である単位重量あたり電力量、確たる安全性の保証等がポイントになるかもしれません。また、ビジネスの観点から考えると、とにかく持続時間が長い電池になりますので、どのような課金モデルにするのかも、考えなくてはならないと思います。
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