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  • Shingo Sakamoto

世界中で開発競争が進む手術支援ロボット市場とスタートアップについて

ここ最近、中国を中心に手術支援ロボットを開発するスタートアップの資金調達が続いています。2021年11月には、IDATEN Venturesが把握している範囲だけでも、Futurtec MedicalChangmuguEdge Medical Roboticsが中国発スタートアップとして資金調達を実施しています。


この動きは中国だけに限りません。2021年に入ってから欧米や日本でも、手術支援ロボット開発の動きが加速しているようです。


例えば日本では、2021年3月にA-Tractionが朝日インテックにグループ入りしたり、2021年9月にリバーフィールドがシリーズBラウンドで約30億円の調達を成功させたり、手術支援ロボットに対する期待の高まりが窺えます。


なぜ今それほど手術支援ロボットが注目されているのか?」と思って調べていくと、特許をめぐる動き、ヘルスケア関連政策の動きがグローバルレベルで関わっており、大変勉強になりました。そこで、今回は手術支援ロボットについて書きたいと思います。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%E6%89%8B%E8%A1%93-%E6%89%8B%E8%A1%93%E5%AE%A4-%E6%89%8B%E8%A1%93%E5%8F%B0-%E7%97%85%E9%99%A2-1807543/)


手術支援ロボットとは?

日本ロボット学会によると、手術支援ロボットには大きく分けて2種類存在するそうです。1つ目が「操縦型ロボット」で、人間が操縦して動かすロボット。2つ目が「知能型ロボット」で、自律的に判断しながら動くロボットです。


こちらのレポートでは、ロボットの自律レベル別に、レベル0(No Autonomy)からレベル5(Full Autonomy)まで分類されています。

レベル0(No Autonomy)
遠隔操作のマスタースレーブ型手術ロボットや、動力義手のように操作者の指令に従って動作するレベル

レベル1(Robot Assistance)
基本的には操作者の指令に基づいて動作するが、操作中にロボットが何らかの機械的な支援やガイダンスを行うレベル

レベル2(Task Autonomy)
ロボットが人間により指示される特定のタスクを自律的に実行するレベル

レベル3(Conditional Autonomy)
ロボットが自律的にあるタスク戦略を生成し、人間がそれらから適切なものを選択する、ある生成されたタスク戦略を承認することでタスクを実行するレベル。人間による密着した監視を必ずしも必要としない

レベル4(High Autonomy)
資格のある医師の監督のもとに、ロボットが医学的判断を行いタスクを実行するレベル

レベル5(Full Autonomy)
人間の関与なしに医療行為が自律的に行われるレベル

同レポートでは、これらの自律レベル別分類に関連して、主に腹腔鏡手術を支援するIntuitive Surgical社のda Vinci Surgical System(以下「ダヴィンチ」、後ほど詳しくご紹介します。)はレベル0に近い操縦ロボット型である一方、骨の切削を行う手術ロボットであるCurexo Technology社のROBODOC(「ロボドック」)はレベル3に近い条件付き知能ロボット型であると紹介されています。



いずれにしても、自律レベルにかかわらず、手術支援ロボットは、人間による手術操作と比べて以下の点で優れていると指摘されています。

  1. 狭い空間の中で、複雑な動作が可能

  2. 手術器具の精密な位置決めが可能

  3. 大きい力を要する作業が精密に可能

  4. 微細な作業が可能


一方、一口に手術支援ロボットと言っても、手術部位や手術方法によって、ロボットに求められるハードウェア・ソフトウェア性能は変わってきます。例えば、同じ内視鏡外科手術(腹腔、胸腔などに小さな穴を数カ所空け、そこからカメラや手術器具を入れ、モニターを見ながら行う手術)でも、比較的広い空間に直線状の安定的な鉗子構造ロボットを用いることができる場合もあれば、細い管腔内を曲線状の鉗子構造ロボットを蛇行させて手術部位まで挿入しなくてはいけない場合もあります後者の場合は鉗子構造が不安定なため、挿入後どのようにアーム動作の起点を固定するかが重要になり、研究が進められています



なぜいま手術支援ロボットが注目されている?

ダヴィンチ関連の特許失効

近年こうした手術支援ロボットの開発競争が加速している理由の1つとして挙げられているのが、2019年にダヴィンチに関連する特許の大部分が失効したことです。


ダヴィンチの特許失効に関してさまざまな日本語記事で言及されている一方、きちんと説明されているものはあまり多くありませんでしたが、こちらの論文が細かく書かれていて参考になりました。論文を参考に、ダヴィンチの歴史と特許についてご紹介させていただきます。


まず、ダヴィンチの開発元であるIntuitive Surgical社は、アメリカで1995年に創業された企業です。Intuitive Surgical社は、ダヴィンチの原型である兵士遠隔手術システムを改良し、1999年にダヴィンチを開発。2000年にFDA(Food and Drug Administration、アメリカ食品医薬品局)の認可を得てダヴィンチの販売を開始しました。日本で製造・販売が承認されたのは2009年のことです。


ダヴィンチは大きく3つのモジュールから構成されます。(1)3Dハイビジョンの内視鏡、(2)遠隔操作用コンソール、(3)手術アームおよび駆動装置です。

(Source: https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_action_common_download&item_id=96055&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1)


Intuitive Surgical社が各国の特許庁に出願している特許件数を見てみましょう。ダヴィンチに関する特許のうち、特許ファミリーの数が多い上位4つ(1番〜4番)は以下の国々に出願されています(ちなみに特許ファミリーとは、同じ発明を複数の国へ特許出願し権利化を行おうとする際の特許出願のまとまりのことを指します)。

(Source: https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_action_common_download&item_id=96055&item_no=1&attribute_id=1&file_no=1を参考に、筆者がグラフ作成)



論文の中では、グラフの中で最多出願されている1番の特許ファミリーに含まれる基本デザインに関する以下の特許3つが重要であると紹介されています。

  1. 「テレオペレータシステムとテレプレゼンス法」

  2. 「最小侵襲手術システム」(切開をできる限り小さくし、患者さんの負担を少しでも軽くしようとする手術手法

  3. 「臨場感を伴った遠隔操作の方法」

論文の表現を引用すると、「本ファミリーに属する特許群は、低侵襲医療ロボットに係る極めて基本的かつ重要な内容を含んでいるため、世界中に出願され、当社(Intuitive Surgical社)のグローバルビジネスを、根幹から支える役割を果たしているものと考えられる」と書かれています。


そして、こうした特許の多くが2019年に期限切れを迎え、これを契機に世界中の企業が手術支援ロボットの開発競争に向かっています


各国のヘルスケア政策事情

また、手術支援ロボットに対する関心は、各国のヘルスケア政策にも関連しています。


例えば、日本における手術支援ロボットの保険適用認可はその一例です。日本では、2012年に前立腺がん摘出手術、2016年に腎臓がん手術、2018年に12種類のがん手術でダヴィンチを用いた手術の保険適用が認められました。また2019年には、ダヴィンチに続き、「センハンス」という手術支援ロボットが保険適用になりました。ちなみに、センハンスは2006年に設立されたAsensus Surgical社が開発した手術支援ロボットで、術師は術中に触感フィードバックを得ることができます。センハンスはダヴィンチよりも既存の腹腔鏡手術方法に近く、保険適用となる術式数も多いようです。


また、中国では高齢比が進み、医療機器の重要性が高まっている中で、これまでの輸入品依存を見直す動きが進んでいます。ダヴィンチのような輸入品はまだ価格が高く、中国国内で内製することにより提供コストを下げることが期待されています。


あるいは、(こちらは政策事情ではありませんが)、アメリカではダヴィンチを用いた手術で医療事故が100件以上発生しており、市場独占に対する問題が指摘されているそうです。


こういった背景もあり、より安全でより安価な手術支援ロボットに対するニーズが高まり、それに応える形でスタートアップも登場しているようです。



日本の手術支援ロボットスタートアップ


この章では、日本の手術支援ロボットスタートアップをご紹介します。本当はアメリカや中国のスタートアップも紹介したいところですが、数がかなり多くなってしまうため、今回は日本のみとします。


リバーフィールド

リバーフィールドは2014年に創業されたスタートアップです。東京工業大学で圧縮性流体の計測制御技術について研究されていた川嶋氏、同じく東京工業大学でロボット工学、制御工学を専門とされていた只野氏が共同創業しました。


2021年までに累計約60億円を調達しています。開発しているのは、空気圧精密制御技術を用いた内視鏡ホルダーロボット「EMARO」です。


頭部にヘッドセンサーを装着した術師が頭を動かすと、その動きをロボットが検知して空気圧で内視鏡を滑らかに制御します。また空気圧駆動によって、臓器を掴む感触が術師の手元にフィードバックされ、術師はリアルな感覚で手術を行うことができるそうです。

(Source: https://www.riverfieldinc.com/renew/wp-content/uploads/2_product_catalog_j_170920.pdf)


A-Traction(現「朝日サージカルロボティクス)

A-Tractionは2015年に創業されたスタートアップです。国立がん研究センター東病院の大腸外科長・手術機器開発室長である伊藤氏が、当時東京大学の助教授だった安藤氏と一緒に共同創業しました。


朝日インテックによる2021年3月の買収までに、累計約10億円を調達していました。完全子会社化後は、朝日サージカルロボティクスという社名に変更されています。


開発しているのは、術師一人で手術できるような環境を作る手術支援ロボットです。ロボットは、術師の視野確保、臓器の牽引・テンション維持などを担います。通常の腹腔鏡手術では、術師に加え助手・スコピスト(腹腔鏡カメラを用いて腹腔内の映像を映し出す役割を担う)が必要になりますが、助手・スコピストの役割をロボット1台が担うことによって、医師不足の課題を解決しています。

(Source: https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00003/110500252/)


メディカロイド

メディカロイドは「スタートアップ」という括りの中でご紹介するのが適切ではないかもしれませんが、国内で手術支援ロボットを開発する貴重な企業の1つであるため、この並びでご紹介させていただきます。


メディカロイドは、2013年に川崎重工業とシスメックスが共同出資して設立した企業です。開発しているのは、手術支援ロボット「hinotori」です。2020年8月に製造・販売承認を取得しました。正式な価格はまだわかりませんが、ダヴィンチに比べるとhinotoriは安価と言われており、よりコンパクトな仕上がりになっているようです。



こういった手術支援ロボットシステムそのものを開発する企業の他にも、手術中に画像をAI解析して医師の判断支援を行うソフトウェアを開発するアナウト(2020年創業)などもあり、徐々に日本でも手術支援の裾野が広がりつつあります。




これからの時代、多くの国で医師不足や高齢化社会はさらに進行すると言われており、手術支援ロボットが果たす役割も大きくなっていくのではないかと思います。


こういった長期トレンドの中で、手術支援ロボットシステム全体の開発ももちろんですが、手術支援ロボットの提供コストを下げるようなビジネスモデル、あるいは手術支援ロボットの性能を格段にあげるような部品・ソフトウェアについては、スタートアップが価値発揮できる余地があるかもしれません。


今回は手術支援ロボット、そして以前は配膳ロボットに関する記事を書きました。手術支援ロボットは「市場のシェアを独占する企業の特許失効やヘルスケア関連政策の変化」、そして配膳ロボットは「感染症蔓延に伴う、消費者や働き手の行動および心理変化」という変化がロボットの普及を後押ししているように思います。スタートアップの成長に、常に大きな市場変化が必要とは限らないかもしれませんが、こうした「タイミング」というファクターについて、今後ロボットスタートアップが事業戦略を考えるうえで参考になれば幸いです。



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フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革を支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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