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  • Shingo Sakamoto

パンデミックで需要が増加するHVAC市場の動向

IDATEN Venturesでまとめている海外スタートアップ資金調達ニュースの8月号(前半後半)を眺めていると、「HVAC」関連企業のM&Aが目を引きます。


HVACとは、Heating(冷暖房)、Ventilation(換気)、Air Conditioning(空調)の略で、HVACシステムというと、オフィスビル・商業施設・一般住宅などの屋内施設における、温湿度・空気の管理を行うシステムを指します。


8月には、IDATEN Venturesとしてニュースにピックアップした範囲だけで、以下のHVAC関連企業のM&Aがありました。

Gryphon InvestorsによるWittichen Supply Companyの買収(アメリカ)

Wrench GroupによるBoothe’s Heating, Air & Plumbingの買収(アメリカ)

City Capital VenturesによるGreenTech Environmentalの買収(アメリカ)

Right TimeによるAnchor Home Comfortの買収(カナダ)

Service Champions GroupによるSWAN Heating & Air Conditioningの買収(アメリカ)

RheemによるFriendrich Air Conditioningの買収(アメリカ)


実は、2021年8月に限らず、HVAC関連のM&Aは、ここ数年で急速に増加しています。本編後半でも言及しますが、2019年に90件(四半期あたり22.5件)だったM&Aは、2020年116件(四半期あたり28.5件)に増加し、2021年第一四半期は40件を記録しています。



今回は、そんなHVAC市場について、そもそもHVACってどんな役割を果たしているのか?なぜ今M&Aが盛んに行われているのか?どうして北米地域でM&Aが進んでいる?という疑問に答えていくような形で、マーケットの動きを考察していきたいと思います。


今回は具体的なスタートアップの紹介はほとんどなく、HVACマーケットの動きについての記事となりますので、事前にご承知おきください。

(Source: https://pixabay.com/illustrations/air-conditioner-ac-cool-cooling-4204637/)



HVACシステムとは?


この章では、HVACシステムにあまり馴染みのない方向けに、HVACの構造、役割、日本のプレイヤーなどについて、ご紹介します。


冒頭でも記載しましたが、HVACシステムとは、屋内空間の温度・湿度・空気を管理するシステムです。用途は主に住宅用と産業用で分かれており、産業用は工場・オフィスビル・商業施設などが対象となります。


HVACシステムの構造については、DELCOさんのサイトを参考にします。HVACシステムを構成する「冷暖房システム」にはヒートポンプ・冷却ユニットが含まれ、「換気システム」にはファン・パイプ・フィルターなどが含まれます。こういった各ユニットが協調動作することで、全体でシステムとして機能します。


ヒートポンプは、固体・液体・気体など、さまざまな燃料を用いて水・蒸気・空気を加熱する役割を持ち、これにより暖気が空間内に伝達されていきます。一方、冷却ユニットは冷媒を用いて空気の温度を下げ、空間内の熱を除去していきます。


こういった熱の供給・除去と同時に、ファン・ダクトなどの換気システムが空間内の臭気・煙・汚れ・CO2などを排出し、外部から流入する空気を制御して、空間を清潔に保とうとします。


日本で大手空調メーカーと言われているのは、パナソニック、三菱電機、日立、代金、東芝、富士通で国内家庭用だとパナソニック、国内業務用だとダイキンがトップシェアを持ち、ダイキンはグローバルでもエアコン売上高トップを誇っています。


こちらのサイトには、国内だけでなく、グローバル市場でしのぎを削る各メーカーについて情報が記載されていますので、ご参考ください。



2021年8月に見られたHVAC関連企業のM&Aについて


この章では、冒頭でリストアップした、2021年8月のM&A案件について、どういった企業がどんな企業に買収されているのか、買収発表リリースを参考に、もう少し具体的に見ていきます。それによって、トレンドの一端が見えるかもしれません。


Gryphon InvestorsによるWittichen Supply Companyの買収

Wittichen Supply Companyは、アメリカ・アラバマ州に本社を構える、1914年創業の老舗HVACシステム卸売業者です。HVACシステムの仕入れ先には基本的に海外企業が並びますが、中には日本企業である富士通も見られます。主にアメリカ南東部(アラバマ州・ジョージア州・フロリダ州)に顧客を抱えており、住宅・オフィスビル・商業施設などの施工業者にHVACシステムを販売しています。また、販売だけでなく、修理・メンテナンス・改良もカバーしています。


同社を買収したGryphon Investorsは、サンフランシスコに拠点を持つプライベートエクイティファームです。今回のプレスリリースを見ると、Wittichen社がこれから地理的な拡大を図るためにGryphon社の資金力・オペレーションノウハウが必要になったことがディールの背景にある、と書かれています。また、COVID-19の拡大によって、屋内の空気環境を高品質で安全なものにする需要が高まっており、この流れが継続するであろう、とも書かれています。


Wrench GroupによるBoothe’s Heating, Air & Plumbingの買収

Boothe’s Heating, Air & Plumbingは、1993年創業のHVACメーカー兼施工業者で、メリーランド州に顧客基盤を持っています。同社を買収することになったWrench Groupも同様に、HVACシステムに特化した修理・メンテナンス・交換サービスを提供しています。ただし、Wrench Groupのカバー範囲はBoothe's社より広範で、ホームページを見る限りアメリカ南部全域に100万以上の顧客を抱えているようです。


今回の買収は、南部を中心に顧客基盤を持つWrench Groupが、東海岸中部地域に事業を拡大する足がかりとなるディールとして報じられています


City Capital VenturesによるGreenTech Environmentalの買収

GreenTech Environmentalは、2009年にテネシー州で創業されたHVACメーカーです。創業者のAllen Johnston氏は元航空宇宙エンジニアで、ご家族の疾患をきっかけに、室内空気環境を改善するシステムの開発をはじめたそうです。ホームページを見ると、汚れた空気を浄化する技術に独自性を持っているようです。


GreenTech の発行済株式のうち過半数を取得したCity Capital Venturesは、プライベートエクイティファームです。プレスリリースを参考にすると、急成長する空気清浄機業界において、GreenTechがより多くのシェアを獲得するため、営業・マーケティング・製品開発をさらに加速させる資金を提供したそうです。


Right TimeによるAnchor Home Comfortの買収

Anchor Home Comfortは、1986年に創業された企業で、カナダ・オンタリオ州を中心に一般住宅向けHVACサービスを展開しています。


Anchor Home Comfortを買収したのは、同じくカナダでHVACシステムの修理・メンテナンス・交換を行うRight Timeです。プレスリリースによると、同社はカナダの西部〜中部で大きなシェアを持ち、従業員600名以上を抱えるリーディングカンパニーです。ちなみに、Right Timeの発行株式のうち過半数を保有しているのが、1番目のディールでも登場したGryphon Investorsになります。Gryphon Investorsは、カナダ西部〜中部、アメリカ南東部で顧客基盤を持つHVAC企業の株式を過半数保有することになり、北米地域のHVACマーケットのシェアをじわじわと拡大しています。


Service Champions GroupによるSWAN Heating & Air Conditioning買収

SWAN Heating & Air Conditioningは、コロラド州のHVACシステムトップブランドの1つです。Swan兄弟が2014年に創業した同社は、デンバーを中心とする大都市の一戸建て住宅向けにサービスを展開しています。


SWANを買収したService Champions Groupは、カリフォルニア州に拠点を持つHVCAシステムの施工・修理・交換サービス事業者です。プレスリリースによると、Service Championは本買収によってコロラド州に顧客基盤を獲得し、更なるアメリカ国内の拡大を目指すようです。


RheemによるFriendrich Air Conditioning買収

Friedrich Air Conditioningは1883年創業で150年近い歴史を持つテキサス州のHVACメーカーです。特にハイエンド空調ソリューションに強みを持ち、ホテル・集合住宅など各用途に合わせてルームエアコンを設計・開発・製造しています。


Rheemはジョージア州に本社を構えるHVACシステムメーカーです。Rheemも歴史ある会社で、創業は1880年。プレスリリースによると、本買収は成長戦略の一環であり、革新的で高品質な空調ソリューションの追求という点で、両社のビジョンが一致したそうです。




こうして見ると、プライベートエクイティファーム、あるいは大手HVACサービス事業者が、ローカル事業者を買収する、ということが起きているようです。こういった動きの背景として何が起きているのでしょうか?



「清浄な空気」需要

COVID-19とエコの後押し

すでにここまで読んでいただいた中で、予測がついている方もいらっしゃるかもしれませんが、HVACマーケットの動きにはCOVID-19が関連していると言われています。


Capstone Partnersが出しているレポートによると、HVACメーカーは、COVID-19が始まった当初こそサプライチェーンの混乱によって生産量が一時的に低迷したものの、ワクチン接種が進むにつれて生産体制を回復させ、消費者の「清浄な空気」需要に応えて、各社売上が伸びているそうです。


市場を後押ししているのは、パンデミックだけではありません。COVID-19と同時に、欧米を中心に消費者の間で環境意識が高まっていることも合わさり、省エネルギーかつ高品質のHVACシステム需要が急激に伸びているようです。


そういった背景もあり、2020年の第四半期から世界的にM&Aの動きが増え(2020年第四半期のM&A件数は、対前年同期比で+53%)、2021年に入ってもその流れがさらに加速しています。前章でリストアップした2021年8月のM&Aも、このような流れの中で起きているようです。


同レポートによると、北米におけるHVCA市場の年平均成長率は4.4%(ただし、こちらのレポートには7.4%とあったり違うレポートには6.3%とあったり、出所によって数値は異なります。)で順調に伸びる見込みです。2020年時点で、すでに約240億ドル(≒2兆6,000億円)規模で、巨大市場です。


グローバル全体では、2020年の市場規模を2,000億ドル(≒22兆円)と計算するサイトもあり、これは日本の物流市場グローバルのゲーム市場と同等の規模感になります。



地域ごとに異なるニーズ

一口にHVACといっても、地域によってニーズはまちまちです。例えば、この記事には、アメリカ南部地域やカナダ一部地域では、毎年熱波が深刻な問題になっており、冷房機器の需要が高いと書かれています。一方、地域によっては大寒波が原因で、工場の生産停止や、地域住民の生活が危険なレベルになることもあり、その場合は安定的な暖房機器の用意が欠かせません。


地域ごとに異なるニーズにスケール可能な形で応えていくために、注目される技術の1つがHVACシステムのIoT化です。その一例として、Capstoneのレポートは、Googleが発売したGoogle Nest Thermostatを例に出しています。Google Nest Thermostatは、HVACシステムとつながったIoTリングを住宅内壁に取り付けることで、AIが室内気温を最適に保ってくれます。

(参考:イントロダクション動画)

(Source: https://www.youtube.com/watch?v=20367DapHlc)



日本でも、COVID-19が本格化してから早いタイミングで、三密(密閉・密集・密接)を避けるように、とお達しがありましたが、アメリカでもCenters for Disease Control and Prevention (アメリカ疾病予防管理センター)が正式に「COVID-19は、換気の悪い室内や密空間で最も感染リスクが高まる」と発表したことで、HVACシステム需要が加速しました。レポートによると、アメリカの代表的な区域における学校の約4割は、古いHVACシステムをアップデートするか取り替えねばならない、という調査結果が出たそうです。


HVACシステムの更新・新規設置は、アメリカやカナダのような先進国に限らず、これからさらに発展していく地域でも必要になっていきます。アフリカ・東南アジア・南アジアの地域は、これからますます都市化が進んでいく(現状の都市部在住比率が50%程度)と言われており、HVACシステムに対する需要は堅調に伸びていくと予測されます。


HVAC市場におけるスタートアップ

一般的に、このような急成長が見込まれるマーケットの中には、時代の追い風を利用して勝機を見出すスタートアップが登場することが多いです。アメリカのHVAC関連スタートアップがこちらのサイトでいくつか紹介されています。今回は個別にご紹介はしませんが、冷暖房・換気に自然エネルギー(太陽光・風力・地熱など)を利用する、あるいはセンサーが収集したデータを基に機械学習×リアルタイム制御で最適化を図る、などのアプローチがトレンドとなっているようです。


それ以外でも、ウイルスを不活化するような技術も絡んでくるかもしれません。例えば、空調システムのリーディングカンパニーであるダイキンは2020年7月に試作用ストリーマ(有害物質を酸化分解する空気浄化技術)の効果検証を行ったリリースを出したり神戸大学もウイルスを不活化し得る空調システムに関する発表を行ったりしています。ただし、ダイキンが「コロナウイルスを除菌するエアコンガスが出来た、という詐欺業者に注意して欲しい」と注意喚起を出しているように、真偽判定が難しい、コントロバーシャルなトピックでもあるため、取り扱いには注意が必要です。


技術的な部分以外でスタートアップが出てくるとすれば、修理・メンテナンス・交換など、アフターサービス市場のビジネスアイディアはあり得るかもしれません。ローカル事業者の買収が続いていることからも分かる通り、HVAC市場には地域に根付いた小〜中規模事業者がいくつもあるのが特徴です。この構図は、自動車整備市場に少し似ています。以前、こちらで自動車整備市場のスタートアップについて書きましたが、小〜中規模事業者のワークフロー管理、整備士タスクアサイン、顧客管理、マーケティングを効率化するSaaSは、アナロジーできるような気がします。


もし、HVAC市場にお詳しい方、ご関心お持ちの方がいらっしゃれば、ぜひご連絡いただけますと幸いです。



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フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革を支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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