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  • Shingo Sakamoto

アメリカで注目が集まる水質汚染リスクとスタートアップ:AqueoUS Vetsの例

2022年1月、AqueoUS Vets(以下「AqueoUS」。アクアオスと読むようです。)というアメリカの水処理システムメーカーが、Bain Capitalから成長資金を調達することに成功しました。


以前、ウォーターリスクマネジメントというテーマでブログを公開しましたが、そのブログの中で、水資源に関するリスクには「物理リスク・規制リスク・評判リスク」があるとご紹介しました。さらに物理リスクの一例として、干ばつや水質汚染によって水資源の確保が難しくなってしまうケースを挙げました。


今回ご紹介するAqueoUSは、まさにその「水質汚染」の解決に立ち向かう企業です。同社は汚染物質を低減する水処理システムを公的機関および民間企業に提供しています。


これまで、産業用途の水利用については調べる機会がありましたが、自分が日頃飲んでいる水が、どこでどのような処理を行われて自分の元に届いているのか、きちんと把握できていませんでした。そこで、この記事では、自分の勉強がてら、アメリカや日本における水質汚染リスクと水処理システムについて、AqueoUSにも触れながらご紹介します。



アメリカにおける水質汚染リスクと水道事業運営

フリント問題

2020年8月、アメリカのミシガン州政府が、同州のフリントという町で起こった水質汚染をめぐる訴訟について、約6億ドル(≒650億円)の賠償金を支払うことに合意した、というニュースが報じられました


ミシガン州政府が責任をとったのは、2014年にフリント市で起きた「水道水の鉛汚染」に対してです。2014年に発覚してから、2年間で10万人以上に被害が及び(死亡を含む)、アメリカ史上最大規模の水質汚染問題へと発展しました。飲料水に含まれる鉛の上限値は日本で10bpm、アメリカでも15bpmと定められていますが、フリントの水道水から検出された鉛の量は極端な外れ値を除いた平均で27bpmでした。


フリント市は長年にわたってデトロイト市から上水道を引いていましたが、デトロイト市が取水先の変更時に設立した新公社に対して、フリント市は取水利用料を払うことができず、市内を流れるフリント川に取水先を変更しました。鉛汚染の直接的な原因は諸説ありますが、どうやらこのフリント川の悪質な水によって、市内の鉛水道管が急速なペースで腐食され、その鉛が水に溶け出した、と言われています


アメリカの水道事業運営

フリント問題の背景の1つとして挙げられるのが、アメリカの各自治体間における、水道事業運営方法のばらつきです。こちらの記事では、周辺の自治体が水道事業の準民営化を進める中で、公営の水道事業を維持するフリント市が取り残されてしまった、と指摘されています


老朽化が進む水道インフラの効率的な更新・運営を狙って民営化が進んできたアメリカの水道事業ですが、地域によって民営化率にはばらつきがあり、2018年時点で、事業者数ベースで公営54%、民営46%の割合になっています。実際のところ、民営は小規模な水道事業が多いため、給水人口ベースでは公営が約9割を占めています。

(Source: https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000508885.pdf)



アメリカにおいて水の安全管理について定めている法体系はWater Lawといわれるもので、州法と州高裁の判例から成り立っています。そのため、州により法体系が異なるのが特徴です。州には水利権管理委員会が設けられており、利害関係者間の水資源配分を行います。連邦は州間および他国との間の利害調整に責任を持ちます。また、連邦法であるSafe Drinking Water ActやClean Water Actは、水道水の水質向上を目指して基準づくりを行っており、州はこれに準ずる形で独自のシステムを設置することとされています。市や郡レベルでは、自治体あるいは民間の水道事業者が、州から割り当てられた利水権に基づき、水道事業を運営しています



日本における水質汚染リスクと水道事業運営

水質汚染の種類

日本は世界の中でも数少ない、水道水をそのまま飲むことができる国ですが、それでも実は毎年水質汚染が報告されています。例えば、令和3年だけでも12件の水質汚染リスクの事例が報告されています。


そもそも水質汚染には、人間の健康に影響を与えるものと、生活環境(人の生活に密接な関係のある動植物及びその生息環境を含むもの)に影響を与えるものの2種類が存在します。

(Source: https://www.mlit.go.jp/common/001022372.pdf)


水質汚染を引き起こす物質にはさまざまな種類があり、金属(カドミウム、水銀、六価クロム、鉛等)、毒物(フェノール類、シアン、臭素酸等)、農薬(チラウム、シマジン等)、病原微生物(大腸菌等)、消毒副生成物(トリハロメタン、ハロ酢酸等)、界面活性剤等が挙げられます。そして、それらの物質は、工場や事業場からの排出、人間・哺乳動物の糞便、生活排水の排出等、多種多様な原因が存在します。

(Source: https://www.mlit.go.jp/common/001022372.pdf)


そんな水資源ですが、山・川・海、等の自然環境から都市に至るまで関係範囲が広く、水質保全に関わる省庁も多くなります。日本では、少なくとも5つの省庁(環境省・農林水産省・経済産業省・国土交通省・厚生労働省)が関わっています。

(Source: https://www.mlit.go.jp/common/001022372.pdf)



日本の水道事業運営

2018年12月、日本において水道法の一部を改正する法律が公布されました。改正の目的は水道の基盤強化とされており、改正の概要の中でも特に目玉となっているのが「官民連携の推進」です。具体的には、これまで上下水道の運営を行っていた地方公共団体が施設の所有権を保有したまま、水道施設に関する公共施設等運営を民間事業者に委託できる仕組みの導入ができるようになりました。

(Source: https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000540453.pdf)


日本は高度成長期に水道設備への投資を急激に増やしましたが、近年、老朽化した設備の更新時期が近づいています。また、世代交代が進んだことで、現在水道事業に関わる職員の数は1980年に比べて約3割減少しているそうです。効率的な設備更新と人材確保を進めることが急務となっています


先ほどご紹介した水道法改正を受けて、すでに日本では水道事業民営化が始まっています。それが宮城県の事例です。2021年7月、宮城県議会は上下水道・工業用水の運営権を20年間民間企業に一括売却する議案を可決しました。


なお、アメリカを含むグローバル各国では、日本と逆の動きが起きています。世界では1980年代後半頃から水道事業民営化が始まりましたが、2018年までに37ヵ国で235の民営化された水道事業が再び公営化されています。再公営化の理由として挙げられているのが、事業コストと料金値上げをめぐる民間企業・市民間の対立、財務状況の透明性欠如等です。国によっても事情は異なるため、一概に公営と民営どちらが良いとは言えませんが、その国に合った最適な運営体制を作り上げていくことが求められています。



水処理システムについて


民営であれ公営であれ、安全な水を、安価に安定的に市民に届けるためには、水処理システムが必要になります。この章では、例として日本でどのような水処理が行われているのかをご紹介します。


上水処理

上水処理とは、河川水・地下水・胡沼水などを原水として、水質基準に適合した水道水を作るための処理を指します。大きく分けて4つのパターンがあります。東京都水道局の説明を参考に紹介します。

  1. 急速ろ過 水中の濁りや細菌類を薬品で凝集・沈殿させた後の上澄みを、1日に120〜150mという速度でろ過池の砂層に通し、水をきれいにする。比較的濁りの多い河川水や湖沼水の処理に適している。ただし、水の中に溶け込んでいる物質は薬品ではほとんど除去できないため、ろ過池の砂層にオゾン・生物活性炭などを組み合わせたりする。

  2. 緩速ろ過 1日に4〜5mという緩やかな速度でろ過池の砂層に水を通し、砂層の表層部に繁殖する微生物の浄化作用で水をきれいにする。長い期間ろ過を続けると、微生物が砂に目詰まりし、水の流れが悪くなってしまう。そのため、20〜40日に一度砂層表面を1cmほど削り取る作業が必要になる。

  3. 膜ろ過 膜を用いて水中の濁りや微生物等を除去する。

  4. 消毒のみ 水質が良好な地下水を水源とする場合に用いられる。

(Source: https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/suigen/topic/26.html)


下水処理

下水処理とは、一般家庭・工場・各事業所等から排出される汚水・生活雑排水と下水管内を流れる雨水に含まれる有害物質や汚泥等を浄化し、公共水域や海域に放流しても問題のない状態にする処理を指します。


まず、沈砂地で大きな土砂、沈殿池で沈みやすい汚れをそれぞれ沈殿させます。その後、反応槽で活性汚泥に含まれる微生物が汚れに付着して沈みやすいかたまりになり、第二沈殿池でゆっくり処理水と汚泥に分離。次に、ろ過膜で小さな汚れの除去、および反応槽で窒素やリンの除去を行い、最後に塩素消毒してから処理水を海や河川に放流します。

(Source: https://www.gesui.metro.tokyo.lg.jp/about/e4/fukyu/kaisetsu/index.html)



AqueoUSは何をやっているのか?


AqueoUSとPFAS

AqueoUSは、アメリカのカリフォルニア州で創業された、上下水処理システムを開発する企業です。顧客には、連邦・州・地方政府はもちろん、民間企業も並んでいます。


AqueoUSは、水処理システムを構成するモジュールの個別販売やシステムの一括工事も行いますが、特に強みを持っているのが、PFASと呼ばれる汚染物質を含む水の処理システムの製造・販売です。PFASは、日本語では「ペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル化合物」で、4,700種類以上ある化学物質の総称です。PFASは自然界や体内で分解されにくく、近年McDonaldやAmazonが包装容器への使用を禁止する等、注目を集めています。


こちらの記事によれば、2016年にある研究チームから「アメリカ環境保護局が定める基準値を超えてPFASが含まれる水道水を飲んでいるアメリカ人は、少なくとも600万人以上に上る。」という報告書が出され、アメリカの31州44ヶ所の水道を調査したところ、43ヶ所で基準値を超えていたようです。2021年10月には、ホワイトハウスが、PFASの規制を強化すると発表しました


今回AqueoUSがBain Capitalから資金調達したのには、こうした背景が関わっています。資金調達時にBain Capitalは発表したプレスリリースに、「政府からの支援を受けてPFASに対処しようとする自治体が続々と増えており、この重大な問題に対処するための水処理ソリューションをAqueoUSとともに展開できることを嬉しく思う」と書いています。


PFASの問題はアメリカに限りません。2021年10月、沖縄県金武町で、町内2ヶ所の水道から国が定める暫定目標値(1リットルあたり50ナノグラム)を超えるPFASが検出され、同町は取水を停止するに至りました2020年に厚生労働省から、全国30ヶ所の浄水場を検査したうえで目標値を超えたところはないという発表がされていただけに、金武町の一件は注目を集めました。


ちなみに、PFAS除去には、先ほど上水処理のところでご紹介した「活性炭」が有効と言われています。近年活性炭は、幅広い用途での有効性が注目を集めており、2021年の推定市場規模 57億ドル(≒6,000億円)から年間成長率約10%で成長し、2030年までに約130億ドル(≒1兆5,000億円)に達するのではないかと言われています


一方、活性炭を含む添加剤を用いた高度な上水処理を行おうとしても、そもそも既存の水処理システムに添加剤投入機能やメンテナンス機能がないケースもあり、水処理システムを新規設計・改造するニーズが出てきているようです。


また、膜処理・オゾン処理・活性炭処理のような高度処理は、とにかくたくさん組み合わせればよいというわけではなく、周辺環境や予算に合わせて最適な水処理システムを考えねばなりません。例えば、こちらの調査報告書では、アメリカ・ネバダ州の内陸地で再生水を飲料化するための取り組みが紹介されていますが、当該地域では、その他の地域で一般的な手法であるRO膜(逆浸透膜)処理で発生する高濃度排水の処理が難しく、RO膜を用いないオゾン処理と活性炭処理の組み合わせをトライしています。


注目が集まる水処理

近年、特に北米地域で、水に関するソリューションを提供する企業の資金調達が加速している気がします。例えば、2021年9月には、Membrionというシアトルで下水処理用の特殊膜を開発するスタートアップが300万ドル(≒3億円)調達。2021年12月には、Gradiantというスタートアップが、約1億ドル(≒110億円)の調達に成功。同社はマサチューセッツ工科大学発のスタートアップで、世界各国の顧客に上下水処理ソリューションを提供しています。また、配水管の漏水管理や水処理管理を行うプラットフォームを提供するWater Systems Optimizationは、2021年12月に買収されました。2022年2月には、ニューメキシコ州立大学からライセンス提供を受け、飲料水用のろ過膜を開発するFiltravateがシード資金を調達しました。


今回ご紹介したように、各国が最適な水道事業運営の形(公営 or 民営、あるいは公営 and 民営)を模索しつつも、新しい技術を活用して安全な水資源の確保を進めていく、というトレンドは続いていくと思われます。



経産省が2018年に公開した「海外展開戦略(水)」という資料によると、上水について、日本企業は高度水処理(オゾン処理、膜処理等)の部材技術およびICTを用いた漏水マネジメントに強みを持っており、海外展開していく余地がありそうです。また下水についても、汚水・汚泥処理技術や、水道管路の施工・更生技術には優位性があるようです。


また、以前公開した「ウォーターリスクマネジメント」のブログでご紹介した日本発のスタートアップ WOTAは、人口が減少する中で、人間の居住地域全てに水道管を張り巡らせてメンテナンスするのではなく、水道のない場所でも水が利用できる世界の実現を目指しています。既存のインフラを改善していくだけではなく、あり方自体を見直していく、という観点も重要だと思います。


水市場は、調べるほどにわからないことが増えていく感覚を覚えるような、巨大なバリューチェーンとなっています。本日ご紹介した一般的な上水・下水の他にも、海水の淡水化、産業用水など、巨大な水資源マーケットを構成するテーマがいくつもあり、これから引き続き注目していきたいと思います。


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