今回は、導電性ポリマーの技術概要、用途、歴史、発展可能性を調査してみました。
導電性ポリマーは、1970年代の発見以来、電子機器の発展を後押しする可能性を秘めた物質として研究開発が進み、帯電防止剤や電解コンデンサの材料として実用化されてきました。長らく期待されてきた物質は、いまどのような現在地にいるのでしょうか、そして今後どのような発展が期待されているのでしょうか?
(Source: https://pixabay.com/ja/illustrations/分子-ポリマー-プラスチック-3713741/)
導電性ポリマーとは
導電性ポリマーは、「導電性=電気を伝える性質を持つ」「ポリマー=重合体」という2つの単語から構成されています。特にわかりにくいのがポリマーの方かと思いますが、こちらのサイトによれば、ポリマーは「単量体」という基本単位が多数つながった物質です。単量体1つを「モノマー」、2つを「ダイマー」、3つを「トリマー」、数十個を「オリゴマー」、そして数百個以上を「ポリマー」と表現します。
(Source: https://www.nanophoton.jp/applications/polymer/lesson-1-2)
このため、導電性ポリマーを「導電性高分子」と表現するケースも見られますが、本レポートでは、基本的に「導電性ポリマー」と記載することにします。
ちなみに、これらの言葉はギリシャ語に由来しています。ギリシャ語の「1・2・3」がそれぞれ「モノ・ジ(≒ダイ)・トリ」に対応しており、「オリゴ」は「少ない」、「ポリ」は「たくさん」を表しています。
ポリマーの代表例として、プラスチックが挙げられます。例えば、プラスチックには「ポリエチレン」「ポリプロピレン」等の種類がありますが、いずれも「ポリ」がついており、「たくさんのエチレンがつながったもの」「たくさんのプロピレンがつながったもの」を意味しています。プラスチックは絶縁体(電気を通さない物体)であると思われてきましたが、この概念を覆したのが導電性ポリマーです。ポリアセチレンにハロゲン(臭素・ヨウ素等)を添加することで導電性が生まれることを発見した白川名誉教授は、その功績を称えられ2000年にノーベル化学賞を受賞されました。
では、導電性ポリマーはどういう仕組みで電気が流れるようになっているのでしょうか。まず、導電性ポリマーは「共役系ポリマー」である必要があります。共役系ポリマーとは、以下の図のように有機化合物の炭素同士が一重結合と二重結合を交互に繰り返しているポリマーです。
(Source: https://www.mirai-kougaku.jp/explore/pages/130206.php)
こうした共役系ポリマーにおいて、原子同士のつながり方には、σ(シグマ)結合とπ(パイ)結合の2種類が存在します。基本的に一重結合部分はσ結合で、二重結合部分がσ結合・π結合の組み合わせになっています。簡単にいうと、σ結合は「しっかりした」、π結合は「ゆるい」結合です。π結合はσ結合に比べてエネルギー的に安定しておらず、電子が移動しやすいため、電気が流れ得る構造になっています。
(Source: https://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/cndctvpolymer/3.htm)
ただし、共役系ポリマーであるだけでは、導電性は保証されません。前述の通り、π結合部分はつながりが緩く電子が原子間を移動できる構造にはなっていますが、そのままでは電気が流れません。電気を流すためには、ドーピングという加工を実施する必要があります。初めて導電性ポリマーが発見された時、ポリアセチレンに「ハロゲンを加えπ電子を部分的に引き抜く」というドーピングプロセスを実施することによって、正孔が生まれ、それを埋めるためにπ電子が移動し、また正孔が生まれ、電子が連続的に移動する流れが生じる、いう現象が起こることがわかりました。この原理について、以下の図がわかりやすいため、ご参考ください。
(https://www.mirai-kougaku.jp/explore/pages/130206.php)
ドーピングを引き起こす試薬を「ドーパント」と言いますが、ドーパントには2種類あります。1つ目は、導電性ポリマーからπ電子を引き抜いて正孔をつくるタイプで、これを「アクセプター」と言います。2つ目は、導電性ポリマーにπ電子を与えて余剰電子を生み出すタイプで、これを「ドナー」と言います。アクセプターが付与された導電体をp(Positive)型導電体、ドナーが付与された導電体をn(Negative)型導電体と呼びます。ドーパントには、以下のような物質が用いられます。
(Source: https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/materials-science-and-engineering/organic-electronics/zknk-conductive-polymers)
導電性ポリマーの用途と実用化の歴史
導電性ポリマーの発見から現在までの間に、最も商業化に成功してきたのが、ポリチオフェン系の導電性ポリマーである、PEDOT/PSSです。PEDOT/PSSは、PEDOT(ポリエチレンジオキシチオフェン、「ピードット」)に、PSS(ポリスチレンスルホン酸、「ピーエスエス」)をドーパントとしてドーピングした導電性ポリマーです。PSSはアクセプターとして機能し、PEDOTからπ電子を引き抜いて導電性を付与しています。
最初にPEDOT/PSSの商業化に成功したのが、ドイツの化学メーカーであるバイエル社(本社:レバークーゼン)です。元々、写真フィルムの帯電防止剤(静電気の蓄積を防止するコーティング剤)の開発依頼を子会社から受け、開発をスタートさせました。そして1985年、バイエル社中央研究所のJonas博士率いるチームがコーティング剤として商業利用可能なPEDOT/PSSを得ることに成功し、Baytron P(バイトロン・ピー)と名付けて大量生産を始めました。Baytron Pは、写真フィルムの帯電防止剤として世界中で使用され、それから写真フィルム以外にも電子トレイ・液晶偏光板のプロテクトフィルム等に帯電防止剤として利用されるようになりました。同製品は、その後権利がH.C. スタルク社、ヘレウス社へ移りながら、現在も広く利用されています。
また、こちらの記事によると、2005年時点で帯電防止剤の他に導電性ポリマーの応用例として実用化されているのは電解コンデンサです。導電性ポリマーは、陽極にアルミニウム・タンタル等の金属を用いた電解コンデンサの陰極として利用されています。従来は陰極に電解液や二酸化マンガンが用いられていましたが、それらに比べて導電性ポリマーはESR(Equivalent Series Resistance、等価直列抵抗)が小さく、発熱を抑えることができるようになりました。
(Source: https://article.murata.com/ja-jp/article/polymer-capacitor-basics-part-1)
2020年に執筆されたこちらのレポートによると、現在電解コンデンサの陰極として利用されている導電性ポリマーは、大きく分けて前述のPEDOT/PSSとPPy(ポリピロール)です。PPyは酸化に強く安定的である点が評価されています。
(Source: https://yamanashi.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=4810&item_no=1&attribute_id=22&file_no=2)
また、同レポートには、PEDOTは量産に適しているうえ、「2009年4月にPEDOTをコンデンサに応用するバイエル社の特許が満了したことにより、化学薬品メーカーがPEDOT市場へ参入しコストダウン競争がなされたことにより広く利用されるようになった」と書かれています。
電解コンデンサ用の導電性ポリマーは、電解液に比べて優れた特性(低ESR、耐高温性)を示す一方、今後改善すべき課題が2つ指摘されています。1つ目が歩留まりで、導電性ポリマー製造時、無駄になってしまう材料(モノマー・酸化剤等)が多いそうです。2つ目が対応電圧範囲の狭さです。電解液は2.5V〜750Vまで幅広い電圧に対応可能な一方で、導電性ポリマーは最大でも125Vまでしか対応しておらず、さらに信頼性の観点からまだ25Vの低電圧製品にしか利用が進んでいないという現状があります。今後期待される車載向けコンデンサ市場においては、100V以上の電圧に対応することが求められるため、このあたりは技術的なブレークスルーが期待されています。
このように、導電性ポリマーは帯電防止剤・電解コンデンサ陰極としての利用が進んでいますが、まだこれからの商業化が期待される用途もあります。その1つがタッチパネルです。ATM・自動券売機・スマートフォン等、私たちの身近に存在しているタッチパネルですが、この分野で導電性ポリマーが注目されています。
タッチパネル用の透明導電膜材料として、現在最も普及しているのはITOフィルムです。ITOはIndium Tin Oxideの略で、酸化インジウムに数%〜数十%の酸化錫を添加した化合物です。透明性・導電性に優れるITOは、1970年代の開発から現在に至るまで長らく活躍してきましたが、レアメタルであるインジウムが用いられていることから、近年は代替材料の登場を期待する声が高まっています。
こちらのサイトには、タッチパネルの技術方式別の比較表が公開されています。
(Source: http://f-connect.co.jp/comparison/)
今後市場の拡大が見込まれるのが右端の「投影型静電容量」方式、あるいは旧来から依然として主流である左から2番目「抵抗膜」方式であり、それらの方式で利用されているのがITOフィルムです。ただし、2018年に発表されたこちらのレポートを参考にすると、技術的には導電性ポリマーを用いてITOフィルムと同等の性能を出すことは可能であり、今後商用化が進んでいく可能性が示唆されています。一方、導電性ポリマーのタッチパネル応用は、2000年代初頭にはすでに期待されていたテーマであり、現在でもいまひとつ普及しきっていないのは、コスト的な観点が課題として残っているからでしょうか。このあたりは、もう少し具体的なコスト分析が必要そうです。
続いて、高分子有機ELについて調べてみます。まず、ディスプレイの世界でこれまで主流だったのは液晶です(液晶と有機ELの違いについてはこちらの解説記事をご参考ください)。有機ELが商品化という形で世に広まったのは、SONYが11インチ有機ELテレビを発売した2007年のことで、続いて2013年にLGが55インチの有機ELテレビを発売しました。ただし、現状の有機ELディスプレイに用いられている主力材料はポリマー(高分子)ではなく、低分子化合物を材料とする有機EL素子です。
まず、有機ELディスプレイは以下のような構造になっていますが、低分子・高分子材料が用いられるのは電子輸送層〜発光層〜正孔輸送層です。
(Source: https://www.s-graphics.co.jp/nanoelectronics/kaitai/oel/2.htm)
低分子の場合、分子を真空状態で昇華させ、ガラス基板に膜を蒸着させる必要がありますが、高温の気体分子を冷やしたガラス上で成長させる際に細かい制御が必要になります。この制御の難易度が高く、大型サイズになるとムラが生じて品質が低下するため、低分子化合物を用いた有機ELディスプレイの大型化・高品質化の両立は難しいと言われています。
一方でポリマー(高分子)の場合、真空蒸着させることは難しいため、置換基を加えて可溶状態にしてから、各層の間に分子溶液として塗布するアプローチをとります。そのため、低分子に比べて大型化に対応しやすいと言われています。2021年、住友化学は高分子を用いた中型ディスプレイパネルの供給量拡大に向けて体制強化を発表し、現在はスマートフォン等の小型ディスプレイにとどまる導電性ポリマー活用を、中型以上のディスプレイに広めていく方向性を打ち出しました。
導電性ポリマーの発展可能性
ここまで、各用途別に導電性ポリマーの普及状況と課題についてご紹介してきましたが、この章では、それ以外の研究内容をご紹介します。
①n型ポリマー
導電性ポリマーの応用先として期待されているのが、プリンテッドエレクトロニクス(インク化した材料を基板に印刷して電子基板を製造すること)ですが、多くの電子機器製品にはp型導電体だけでなく、n型導電体も求められます。これまで、導電性ポリマーはPEDOT/PSSに代表されるp型の研究が先行してきましたが、近年はn型導電性ポリマーの研究が進められています。例えば、2021年にはスウェーデンの研究チームがn型導電性ポリマーについて発表しました。
②PEDOTの性能向上
PEDOTに更なる改善の余地が見出され始めています。2019年に山梨大学が発表したところによると、PEDOTをインク化する時、溶媒中にポリマー粒子が分散しきらず、一定以下(数十nm以下)の薄膜製造が難しかったことが課題でしたが、同大学の研究チームはその課題を解決する新たなアプローチの可能性を示しました(詳細はこちらをご参照ください。)
また、こちらのサイトには、分散性能の他にも、PEDOT/PSSの課題がいくつか挙げられています。例えば、ドーパントであるPSSの強酸性がデバイスの寿命・性能に悪影響を与え得ること、PSSの絶縁性によってPEDOT/PSSとしての導電性向上に限界があること等です。
③複合可能性
導電性ポリマーを他のプラスチックと複合化する際の課題を解決しようとしている動きもあります。筑波大学と高エネルギー加速器研究機構の共同研究チームは、ポリアニンという導電性ポリマーに微量のヨウ素を添加することで、有機溶媒に溶ける他の物質との複合化が可能となることを示しました。
1970年代に発見され、2000年代初頭にはすでに有機EL・タッチパネル等の分野で活用されることが期待されていた導電性ポリマー。
2022年現在の普及率は、当時の方々からすると「期待通り」か「期待外れ」か、どちらでしょうか。普及スピードには、もちろん乗り越えなければならない技術課題がいくつも関わっていると思いますが、同時に「本当にこの用途で導電性ポリマーである必要があるのか?」という問いそのものも重要に思います。有機ELにしてもタッチパネルにしても、既存材料が存在し、一定のコスト競争力もある中で、どうしても導電性ポリマーで代替すべき必然性がどこにあるのか、考える必要がありそうです。
一方で、文中にも書いた通り、レアメタル依存からの脱却、電子機器の小型化・軽量化が進む中で、導電性ポリマーが持つポテンシャルは大きいと思います。ただ、インターネット上で導電性ポリマーに関する情報はまだまだ限られており、用途ごと・材料ごとのコスト・性能比較については、実際に製品を取り寄せる等して調べてみる必要があるかと思います。
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