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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

重要性が高まる産業ワーカー向け安全サービス:StrongArm Technologiesを参考に

今回は、2022年1月にシリーズBラウンドで5,000万ドル(≒60億円)の調達に成功したStrongArm Technologies(以下、「StrongArm」)というアメリカのスタートアップをご紹介します。


StrongArmは、2011年にニューヨーク州で創業された企業で、産業ワーカー向けにウェアラブルデバイスとソフトウェアを組み合わせた安全管理プラットフォームを提供しています。


多くの場合、ものづくり・ものはこびの現場は災害と隣り合わせです。厚生労働省が発表している「平成 31 年/令和元年労働災害発生状況の分析等」という資料を見ると、製造業・建設業・物流業に従事している産業ワーカーの死亡者数・死傷者数は全産業の中でも特に高くなっています。


ものづくり・ものはこび現場が危険と隣り合わせであるということは、日本に限らず世界共通です。StrongArmは、現場で身体を張って働かれているワーカーの方々を「Industrial Athletes」(産業アスリート)と呼び、産業アスリートの危険を察知し、監督者に知らせるIoTデバイスを提供しています。同時に、安全管理だけでなく、産業アスリートの行動パターンを分析し、生産性管理まで行うことができるプラットフォームになっています。


今回は、作業ワーカー向けの安全プラットフォームを展開するStrongArmの調査を通じて、どんな点がユニークなのか、今後このマーケットがどういう展開を見せていくのか、考察していきたいと思います。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%e5%b7%a5%e4%ba%8b-%e6%ba%b6%e6%8e%a5-%e6%a5%ad%e7%95%8c-%e6%ba%b6%e6%8e%a5%e6%a9%9f-1721336/)



StrongArmについて

StrongArmのプロダクト

StrongArmは、Flex Sensorと呼ばれるウェアラブルデバイスを産業アスリートに提供し、監督者(主に、現場リーダー・HRマネジャー等)は、センサーを通じて収集した産業アスリートの行動の安全性・効率性をダッシュボード上で一元的に管理することができます。


Flex Sensorは、臀部・胸部・背中・脇腹などの部分に、身体に密着する形で装着されます。

(Source: https://www.strongarmtech.com/safework-system)


内蔵されたセンサーが、産業アスリートにかかる身体的負荷や、産業アスリート同士の距離を検知し、振動・音声・光によってアラートを発します。工場や屋外での使用が想定されるため、耐久性が重要になりますが、振動・落下・温度変化に対する厳しいテストが実施されているそうです。

(Source: https://www.strongarmtech.com/safework-system)


Flex Sensorは、最大で48時間しかバッテリーが持続しないため、以下のようなDockで充電されます。このDockは自動貸出システムになっており、産業アスリートはここでチェックインして利用を開始し、業務終了後は返却してチェックアウトします。

(Source: https://www.strongarmtech.com/safework-system)


一見単純なシステムに見えますが、2019年にリリースされている「The Terminology of StrongArm Tech」というブログを読むと、シンプルな見た目の中に隠された複雑なテクノロジーの一部が窺えます。例えば、Flex Sensorの中に入っているジャイロセンサーは産業アスリートの脊椎屈曲角度を捉え、アルゴリズムが腰椎下部の怪我リスクを検出します。あるいは、加速度センサーは重量物を持ち上げるリフト作業の頻度を検出し、十分なインターバルをとっていない場合にアラートを発します。また、リフト作業時に背骨がねじれる場合は、ねじり速度を検知する磁力計が反応します。


人間工学に基づいたリスク検知アルゴリズムは、長年にわたってアカデミアや産業界で重ねられてきた研究をベースにしており、StrongArmが強くこだわりを持っている点のようです。StrongArmが「アスリート」という表現を使っているのは、こうした「身体の動きと安全・健康」に対する深いコミットが関係しているのかもしれません


資金調達と事業進捗について

crunchbaseを見ると、2011年創業のStrongArm Techが初めて外部から資金調達を行ったのは2015年です。その後、調達金額は不明ですが、2019年にシリーズAラウンドを実施しています。


正確な状況を把握するのは難しいかもしれませんが、シリーズAラウンド前後にStrongArm Techの事業開発がどれくらい進んでいたのか、調べてみます。


StrongArm Techは、2018年にタイム誌から「Best Invention 2018」に選出されていますが、受賞レポートによれば、当時の利用者数(ウェアラブルデバイスを装着している産業アスリートの数)が約1万人で、フォーチュン100(フォーチュン誌が選出する、総収入全米上位100社にランクインする企業)のうち10社が導入していたようです。


2019年11月にロイター誌が報じた記事によれば、その時点で利用者数が約1万5,000人に増加しています。顧客にはウォルマート、ハイネケン、トヨタなど、世界的な小売・メーカーが顧客リストに並んでいます。


2020年12月にStrongArm Techが発表したレポートによると、利用者数は約2万5,000人に増加。年間約5,000〜1万人ペースで利用者数が増加していることになります。パンデミック以降は、産業アスリートの密度が高いエリアを管理することができるStrongArm Techのプラットフォームに、より一層の注目が集まっているようです。


そこからさらに順調に成長を続け、冒頭に書いた2022年1月のシリーズBラウンドにつなげています。シリーズBラウンドの資金調達時のリリースによれば、利用者数は約3万人超。Albertsons Companyのような小売から、Leneage Logistics、Metcashのようなロジスティクスまで、産業アスリートが在籍する事業者から幅広く支持されているようです。


シリーズBラウンドに関するForbesの記事によると、2021年の売上は約1,000万ドル(≒11億円)で、2022年内には2,500万ドル(≒30億円)に到達する見込みのようです。StrongArmの利用料金は、産業アスリート1人あたり22.5ドル(≒2,500円)です。2021年の実績については、1,000万ドル ÷ (22.5ドル × 12ヶ月)≒ 3万3,000人、と計算されるため、「利用者数3万人超」とも整合性が合います。


順調に成長しているように見えるStrongArm Techですが、2019年にはBloomberg誌が「作業者を監視するためのツールなのではないか」と報じ、ちょっとした物議が生まれました。StrongArm Techは、それに対して、「懲罰的な措置に利用される可能性のあるデータの提供を避け、労働者の健康に投資する企業のみと協力しようと努めていますが、企業が常に正しいことを行っていると考えるのは甘いでしょう。そのため、私たちのパートナーが同じように連携し、説明責任を果たしているかどうか疑わしい場合は、関係を打ち切ります」とコメントしています。特に欧米では、こうしたパーソナルデータ収集サービスは、プライバシーの観点から厳しい目を向けられることが多く、サービスを提供する企業は注意が必要になります。



競合について

「ウェアラブルデバイスを用いて産業ワーカーの安全を管理する」というアプローチは、それほど珍しいものではないと思いますが、競合企業の状況はどのようになっているのでしょうか。4社ピックアップし、創業が古い順にご紹介します。


Triax Technologies

2012年にアメリカで創業された企業です。crunchbaseによると、創業後初めての外部資金調達を2015年に実施しており(調達金額は不明)、その6年後である2021年6月に、シリーズAラウンドという位置付けで1,250万ドル(≒15億円)の調達に成功しています。




Guardhat Technologies

2014年にアメリカで創業された企業です。crunchbaseによると、2015年に500万ドル(≒5億円)、2017年に1,700万ドル(≒20億円)、2018年に2,000万ドル(≒22億円)を調達しています。直近のエクイティファイナンスは2021年1月で、シリーズBラウンドという形で実施されています(crunchbaseでは金額不明となっていますが、こちらの記事を見ると1,800万ドル(≒20億円)となっています。)。資金調達のタイミングや金額規模を考慮すると、StrongArm Techに近いフェーズにいる企業かもしれません。


同社は「Guardhat=Guard + Hat」という社名の通り、産業ワーカー向けにセンサーを搭載したヘルメットを提供しています。監督者は、センサーを通じて、産業ワーカーの位置を特定したり、周辺環境状況の把握を行ったりできます。また、音声機能も搭載されており、監督者は産業ワーカーとリアルタイムにコミュニケーションを取ることができます。


同社のサービスは、どちらかというと「災害の予防」よりも「災害への対応」に軸足が置かれたサービスです。例えば、高層ビル建築の現場で火災が発生した時、どの階で火災が発生したかによって、各階にいる産業ワーカーが取るべき安全行動は異なります。ある人は階下に向かって逃げた方がいいかもしれませんが、ある人は屋上に移動してヘリコプター救助を待った方がいいかもしれません。GuardHatは、プラットフォーム上で産業ワーカーの位置と周辺状況を分析し、災害発生時に最適な行動をとれるように監督者から指令を伝達することができます。


2022年1月の記事を見ると、2021年の契約受注額は3,000万ドル(≒35億円)で、2020年度比で約2倍に成長しているようです。Big River Steel、US Steelのような鉄鋼メーカー、Caterpillarのようなグローバルメーカーが顧客に名を連ねています。


MakuSafe

2016年にアメリカで創業された企業です。crunchbaseによると、これまでにエクイティとデット合わせて1,000万ドル(≒11億円)を調達しています。


産業ワーカーは、MakuSafeのウェアラブルデバイスを腕に巻き付けて利用します。デバイスは、ワーカーの位置情報や身体の動きはもちろん、周辺環境の温度・湿度・明るさ・気圧などを検出することができます。また、StrongArm Techと同じく、デバイス内には加速度センサーが入っており、産業ワーカーの転倒・落下などのリスクを検知することができます。




MakuSafeは、サービスローンチ直後から、EMCという保険会社とパートナーシップを締結しています。顧客が、MakuSafeのプラットフォームを利用して災害予知を行うことで、保険会社は労災保険の請求額を低減できる可能性があります。こうしたアライアンスを活用した事業開発は、類似するスタートアップにも参考になると思いました。


Iterate Labs

2016年にアメリカで創業された企業です。crunchbaseによると、2018年から毎年資金調達を行っており、累計で250万ドル(≒3億円)以上の資金を調達しています。ちなみに、日本からはMonozukuri Venturesが出資しています。


同社は、産業ワーカー向けにリストバンド型のウェアラブルデバイスを提供し、個々の作業状況のモニタリングを通じて、リスクの高い行動、効率の低い作業をAIがリアルタイムで検知・分析します。StrongArm Techは、小売やロジスティクスの関連事業者が先行して導入しており、シリーズBラウンド以降、製造業・建設業領域に積極展開していくと報じられていましたが、Iterate Labsの場合は、初期から製造業の顧客が中心となって導入を進めているようです。



日本でも、Fairy Devicesという2007年に創業された企業が、産業ワーカー向けにウェアラブルデバイスを提供しています。2018年に約5億円、2021年に約10億円(融資含む)の資金調達を実施しています。Fairy Devicesが提供するTHINKLETというデバイスは、産業ワーカーの首に掛ける仕様になっている点がユニークです。デバイスを通じて、監督者が産業ワーカーに対して遠隔地から作業内容を伝達したり、産業ワーカーが現場で音声入力による報告書作成を行うことができます。


日本では、大手企業もこの領域に参入しています。オプテージの「みまもりWatch」、KDDIの「作業員みまもり」、日鉄ソリューションズの「安全見守りくん」など、類似サービスがリリースされています。


日本でこういったサービスがどれくらい普及しているのか、正確なところはわかりませんが、コロナウイルスに適応しながら新たな現場オペレーションのあり方を確立していく必要がある中、産業ワーカーの安全・健康をデジタルの力で効率的に守る、という流れは進行していきそうです。


また、産業ワーカーの安全・健康管理にさらなる注目が集まっていくであろう理由として、企業の非財務情報の開示に関する動きが挙げられます。例えば、経済産業省の「​​サステナビリティ関連情報開示と企業価値創造の好循環に向けて」というレポートでは、気候関連情報に並んで「人的資本情報の開示」というトピックで議論が行われています。企業は従業員の(メンタル面・フィジカル面どちらも)安全・健康に対して投資を行い、適切に管理していることを開示する動きが強まっていくかもしれません。



まとめ

本当はもっと多くの大小さまざまな企業が産業ワーカー向けのウェアラブルデバイスを活用した安全管理サービスを提供していると思いますが、個別企業についての言及はこれくらいにしておきます。


今回調べてみて、日本における産業ワーカー向け安全管理サービスは、「マクロでは重要であることが明らかだが、緊急性のあるテーマとして顧客に導入の意思決定をしてもらうまでに少しハードルがありそう。それを解決するために、工夫がいくつか必要そうである。」ということを感じました。ということで、今回の調査の学びとして、3つの工夫を挙げてみたいと思います。


①顧客の支出を減らす

こういったサービスは、売上が増える、あるいは支出が減る、という明確な経済的メリットを感じづらいものです。もちろん、産業ワーカーが安心して働くことで生産性の向上が見込める、労災がこれくらい減少するだろう、という試算はできるかもしれませんが、直接的な経済メリットの算出は難しい気がします。


そこで、具体的な支出を減らすためのビジネススキームを組むことが有効かもしれないと思いました。例えば、今回ご紹介したMakuSafeという企業は、サービス開始後すぐに保険会社と提携し、デバイスの導入によって労災保険の保険料が減るようなパッケージをつくっています。


②サービスを作りこむ

ハードウェア性能で差別化を行うことも重要かもしれませんが、いかにサービスとして顧客の深い課題を解決するか、という視点が欠かせないテーマだと思います。特にアメリカの安全管理プラットフォームは、ERM(Employee Relationship Management)システムとして機能しているケースが多く、個別の産業ワーカーにパーソナライズした勤怠管理・安全管理・生産性管理に活用されています。


一人一人の産業ワーカーに関するデータが蓄積できると、企業が各人にパーソナライズされた福利厚生サービス(例えば、食事や保険など)や安全トレーニング等を提供できるようになると思います。そうなると、産業ワーカーはまさにStrongArmが提唱する「アスリート」そのもので、企業は産業ワーカーがパフォーマンスを向上させるために投資し、パフォーマンスに応じて報酬を引き上げる、というサイクルが生まれるかもしれません。


③企業価値の向上につなげる

最後の方で言及した「非財務情報の開示」というテーマに関連しますが、産業ワーカーの安全・健康に投資することが「企業価値の向上につながる」という認識が広まっていくことが重要だと思います。同じ製品を同じ価格で作っていても、産業ワーカーの健康・安全が守られている企業の方が価値が大きい、と評価されるような世界を実現するのです。


そこで活用できるかもしれないのが、以前ブログでご紹介したCaaS(Certification as a Service)のアイディアです。安全管理プラットフォームを提供する企業から「この企業は安全にモノを作っている」というお墨付きが与えられることで、製品が高く売れたり、取引機会が拡大するかもしれません。



一方、プライバシーの観点では、依然として課題が残ります。いくら安全・健康のためと言っても、作業中のあらゆる行動をモニタリングされたら、息が詰まって働きづらくなってしまう可能性があります。従業員の「健康・安全」とは、身体的なものだけでなく、精神的なものも含まれます。その場合、何のために、どんなデータを、どれくらいの頻度で集めるのか、その取り扱いをどうするのか、について管理者・装着者がきちんと合意して運用することが大事なのだと思います。例えば、位置情報は取らずに、疲労状態や怪我リスクのデータだけを取得する。そして、その情報にアクセスできるのは産業医のみとする、などは一つの形かもしれません。どのようなサービス設計にすれば、装着者の心理的安全性と身体的安全性を守ることができるのか、引き続き考えていきます。


今回はこれで以上になります。「ものづくり・ものはこびを支える人を支える」ような、テクノロジーを活用したサービスを展開されている方、これから始めようとされている方の参考になれば幸いです。


IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革を支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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