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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

ファーストアカウンティングを参考に特化型AIの可能性を考察する

ものづくり・ものはこび領域のテクノロジー・ソリューションを集中的に取り上げるブログとしては、日頃と少し趣向が異なりますが、今回は2023年9月に東京グロース市場に上場したファーストアカウンティングという企業をピックアップして調べてみます。


ファーストアカウンティングは、経理分野に特化したAIソリューションを展開する企業です。筆者は経理×AI分野にそこまで詳しいわけではありませんが、「競合が少なくないように見える中で、どのような顧客ニーズを捉えたのか?」「その顧客ニーズにマッチするテクノロジーの特徴はどんなところにあるのか?」等の考察を通じて、「ものづくり・ものはこび領域における特化型AIの可能性」を考えていきたいと思います。


なお、インターネットで調べてみると、ファーストアカウンティングに関する考察・分析記事は、まだそれほど多くないように見えたこともあり、少しでも読者の方々の参考になれば幸いです。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/総勘定元帳-会計-仕事-お金-1428230/)


ファーストアカウンティングの概要

ファーストアカウンティングは、2016年に東京都で設立された企業です。カタカナ表記で「ファースト」となっているため、私は勝手に「FIRST ACCOUNTING」かと思っておりましたが、英語表記では「FAST ACCOUNTING」であり、「経理が早くなる」という意味が込められているようです。


代表を務める森 啓太郎氏は、ソフトバンク株式会社を経て、1998年のAkamai Technologies(コンテンツデリバリーネットワーク事業を手がける米国の企業でNASDAQ上場)の日本法人で営業本部長を務めた経歴を持っています。後述しますが、こちらのインタビュー記事によると、ファーストアカウンティングの主要顧客であるエンタープライズ企業のニーズ把握は、Akamai Technologies時代の経験がベースになっているそうです。


同社が展開するソリューションは大きく分けて3つあります。(1)Robotaシリーズ、(2)Remota、(3)Peppol アクセスポイントです。ただし、上場目論見書・決算資料どちらでも、3つのソリューションは「AIソリューション事業」という単一セグメントに統合されており、売上構成・粗利等の数値を把握することはできません。

(Source: https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/20230920556187/)


2023年12月期通期決算資料を参考に、簡単にそれぞれのソリューション概要をご紹介します。


(1)Robotaシリーズ

Robotaシリーズは、以下7つの機能がそれぞれモジュール化されたソリューションです。7つの機能は大きく「画像をテキストに変換する機能」と「変換されたテキストを複数の観点からチェックする機能」に分かれます。請求書・領収書・通帳・台紙切取の4機能は前者、確認・振分・仕訳が後者に該当します。

(Source: https://www.nikkei.com/nkd/disclosure/tdnr/20230920556187/)


上場目論見書によると、これらのAIモジュールは、定型フォーマットの書類だけでなく、非定形フォーマットや手書き書類に対しても高い読取り精度を実現しているそうです。読取り精度については、各種ウェブサイトで95%以上と書かれています。


上場目論見書を見ると、提供開始の順番は以下のようになっています。

  • 2018年1月:通帳の画像をテキストに変換するAIモジュール(通帳Robota)

  • 2018年2月:領収書の画像をテキストに変換するAIモジュール(領収書Robota)

  • 2018年11月:入力された情報から勘定科目を推論するAIモジュール(仕訳Robota)

  • 2019年7月:請求書の画像をテキストに変換するAIモジュール(請求書Robota)


残り3つのAIモジュール(台紙切取Robota、確認Robota、振分Robota)については提供開始時期が明記されてはいませんが、関連性の高いモジュールに合わせて提供され始めたのではないかと推察します。


(2)Remota

Remotaは、請求書RobotaにBPO的概念を組み合わせたソリューションで、顧客は受け取った請求書を専用メールアドレスに転送すると、請求内容(日付・金額・発行元会社名・発行元口座情報等)の読取り・取引先マスタデータとの照合・二重申請チェック・未入力入力欄チェックが行われ、顧客は画面上から目視確認・クリックするだけで、会計システムへの連携を行うことができます。なお、Remotaは、Excel等のデジタルツールで作成した後にPDF化されたファイルだけでなく、手書きで記入された紙の請求書を複合機等でスキャンしてPDF化されたファイルも取り扱いが可能なようです。


請求書Robotaがベースになっていることもあり、Remotaは2020年9月に提供開始されました。


(3)Peppol アクセスポイント

まず、PeppolはPan European Public Procurement Onlineの略で、「ペポル」と読みます。Peppolは、受発注や請求にかかる電子文書をネットワーク上でやりとりするための「文書仕様」「ネットワーク」「運用ルール」の企画で、国際的な非営利組織であるOPEN PEPPOLが管理するグローバル標準規格です。


Peppolは「4コーナー」というモデルが採用されており、①送り手側(C1) → ②送り手側アクセスポイント(C2) → ③受け手側アクセスポイント(C3) → ④受け手側(C4)の順番に、請求データが届いていきます。Peppolを導入しているユーザーは、アクセスポイントを経由してネットワーク接続することで、Peppolネットワークに参加する他のユーザーと電子文書を送受信することができます。


前置きが長くなりましたが、このアクセスポイントを提供する権利を有するのは、Peppol サービスプロバイダーとしてデジタル庁に認定を受けた企業のみで、ファーストアカウンティングは2022年8月に認定されています。


デジタル庁の公式ページには、認定Peppol サービスプロバイダー一覧が公開されています。2023年12月28日が最終更新日となっている当該リストに掲載されている日本企業は、以下の10社のみです(掲載通り表記)。

  • ファーストアカウンティング株式会社

  • 富士通Japan株式会社

  • 株式会社ミライコミュニケーションネットワーク

  • 株式会社マネーフォワード

  • 株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・ビジネスブレインズ

  • 株式会社オージス総研

  • 株式会社TKC

  • 株式会社トラベルデータ

  • ウイングアーク1st株式会社

  • 弥生株式会社


なお、Peppol サービスプロバイダーとして認定を受けるためには、まずOpenPeppolのメンバーシップを取得したうえで、デジタル庁による認定手続を完了する必要があるそうです。



業績の推移

上場目論見書と2023年12月期決算短信を参考に、ファーストアカウンティングの業績推移を見てみます。業績は、創業3期目に当たる2018年12月期から開示されています。金額数値は100万円の単位で四捨五入して記載します。


2018年12月
  • 売上高:4,700万円

  • 経常損失:1億4,100万円

  • 従業員数:6名


2019年12月
  • 売上高:1億8,600万円(前年比+296%)

  • 経常損失:1億8,200万円

  • 従業員数:20名(うち7名が臨時雇用者)


2020年12月
  • 売上高:3億2,300万円(前年比+74%)

  • 経常損失:4億100万円

  • 従業員数:52名(うち28名が臨時雇用者)


2021年12月
  • 売上高:4億6,100万円(前年比+43%)

  • 経常損失:3億6,000万円

  • 従業員数:56名(うち29名が臨時雇用者)


2022年12月
  • 売上高:7億8,600万円(前年比+70%)

  • 売上総利益:4億8,800万円(売上総利益率:62.1%)

  • 経常損失:7,800万円

  • 従業員数:48名(うち17名が臨時雇用者)


2023年12月
  • 売上高:12億3,200万円(前年比+57%)

  • 売上総利益:7億7,000万円(売上総利益率:62.5%)

  • 経常損失:7,800万円

  • 従業員数:98名(うち17名が臨時雇用者)



2023年12月期末の従業員数は「98名」となっていますが、上場目論見書が提出された2023年8月のタイミングでは、(臨時雇用者含む)従業員数が「47名」と記載されていたため、4ヶ月で倍以上に増えたことになります。




顧客セグメントとポジショニング

経理SaaSというと、freee・マネーフォワードをはじめとする競合がたくさん存在する領域に見えますが、ファーストアカウンティングはどういうポジショニングをとっているのでしょうか?


ファーストアカウンティングは大きく2つの顧客セグメントを持っています。1つ目が直接あるいはパートナー経由で製品提供を行う大企業(エンタープライズ企業)、2つ目がAIモジュールを自社サービスに組み込んだ会計ベンダーを通じて間接的にサービス提供する中小企業です。


同社のビジネスフローで興味深いところは、同社の製品(特にRobotaシリーズ)を、顧客がそのまま使うのではなく、会計システムを含む基幹システムに組み込んで使っている、という点です。モジュールと名付けられているだけあって、業務「システム」ではなく、業務「コンポーネント」として機能しています。


「事業計画及び成長可能性に関する事項」という資料を見ると、エンタープライズ企業が実際にどのように利用しているのか、把握することができます。花王ビジネスアソシエ株式会社(花王グループ各社の経理・会計業務を担う企業)はRobotaとRPAの組み合わせ、サントリービジネスシステム株式会社(サントリーグループ各社の経理・総務・人事業務等を担う企業)はRobotaと自社基幹システムの組み合わせによって、日々ファーストアカウンティング製品を利用しているようです。


ちなみに、上記の例としてご紹介した花王ビジネスアソシエとサントリービジネスシステムは、どちらも大きな事業会社のシェアードサービス(複数のグループ企業からなる企業が、間接部門の業務を1カ所に集約させること)となっており、日頃から非常に大量の会計書類を取り扱うことが予想されます。エンタープライズ企業の中には、こういったシェアードサービスを有するところが多く、共通する課題がありそうです。


ファーストアカウンティングのモジュールを利用することで、エンタープライズ企業が「AIを使って会計業務をより効率化したい」と考えたときに、これまで利用してきた会計システムを刷新あるいは他システムに乗り換えする必要はなく、「組み込む」という選択肢を取ることができます。これは、DXを進めたい経営層と、そうは言うもののこれまでの業務フローをそこまで変えたくない現場の双方に受け入れられやすい選択肢かもしれません。


また、「組み込む」という言葉通り、利用するにあたって顧客システムからファーストアカウンティングのAIモジュールエンドポイントに接続する必要があると思われますが、「誰がそのインテグレーションを行うのか?」「(特にエンタープライズと考えると)セキュリティは大丈夫か?」という点が気になります。前者については、販売パートナーの中にSIerやシステムコンサルティング企業が含まれており、それらの企業が担います。後者については、上場目論見書の中でも事業リスクとして記載されていますが、国際的な規格の取得によって信頼性を高めているようです。


業績推移グラフを見てみると、中小企業が約34%、エンタープライズ企業が約66%となっており、2023年6月時点での導入社数は99社です。



自分で本章の冒頭に「freee・マネーフォワードをはじめとする競合がたくさん存在する領域に見えます」と書きましたが、そもそもfreeeやマネーフォワードはメインターゲットが中小企業でファーストアカウンティングのメインターゲットとは異なるのに加え、モジュールという提供形態によって競合というよりパートナーに近い関係になっているようです。


ただ、当然ですが、会計ベンダーとしては、外部(ファーストアカウンティング)モジュールに依存せず、自社システム内で完結させたいという思惑があるはずです。そして実際に、freeeによるAI-OCR技術をベースにした請求書処理SaaSを提供するsweeep社の完全子会社化(2023年1月)マネーフォワードの「AI-OCRで仕訳」機能リリース(2023年12月)等の動きが進んでいます。ファーストアカウンティングとしては、わざわざモジュール利用してもらうだけの高い精度を追求し続ける必要があります。



特化型AIの可能性

ファーストアカウンティングのような、顧客業務が完結する「システム」としてではなく「モジュール」として顧客にAI利用体験を提供する戦略を採っているのが、PKSHA TechnologyやHEROZです。一方、こういった企業がさまざまな業界(金融、製造、建設、娯楽、etc)にAIモジュールを展開しているのに対し、ファーストアカウンティングは会計に特化している点が特徴と言えるかもしれません。特化しているからこそ、アノテーションの効率も上がり、高い推論精度が実現できます。


近年、「会計(経理)」を業界に特化させたAIが価値発揮しているシーンを目にすることが増えてきました。例えば、建設業界の請求書処理に特化したAIや、物流業界の見積書処理に特化したAI等です。


請求書と一口に言っても、業界によって本当にさまざまです。建設会社が受け取る請求書と、海運会社が受け取る請求書はフォーマットや記載項目が異なり、「どちらも扱えるAI」よりも、「どちらか一方に特化したAI」の方が精度は高くなり、顧客体験も優れている可能性が高いと思います。これは請求書だけでなく、見積書・納品書等にも当てはまります。


さらに、海運会社でも、アメリカ企業から請求書を受領する頻度が高い企業と、中国企業から請求書を受領する頻度が高い企業では、「アメリカ式(英語)と中国式(中国語)どちらも扱えるAI」よりも、「どちらか一方に特化したAI」の方が精度やUXは優れたものになりやすい傾向があります。


特化することによって顧客が求める高い精度・体験(UI/UX)の要求に答えられるようになる一方、特化しすぎると市場規模が小さくなるため、開発側としては絶妙に難しいところです。さらに、ここに「なんでも高精度に扱えるAI」として大規模言語モデルが登場したいま、このテーマはさらに見通しが難しくなってきているように思いますが、顧客にとっては業務がラクになり、世界全体は良い方向に向かってきているのかなと思います。


特にものづくり・ものはこびの領域は、企業間で授受される書類に固有性が高い(独特の項目があったり、専門用語が多かったり)傾向があり、さらにその書類が手書きとFAXでやり取りされることも少なくありません。今後、AI-OCR等の言語モデルによって、顧客体験をより良くできる余地はまだまだあるのではないでしょうか。


IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

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