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  • Writer's pictureShingo Sakamoto

MaintainX: モバイルファーストな設備保全プロダクト

2023年12月に、MaintainXという米国のスタートアップがシリーズCラウンドで5,000万ドル(≒75億円)調達したことを発表しました。同社は今回ラウンドで企業価値が約10億ドル(≒1,470億円)であると評価を受け、ユニコーン企業の仲間入りを果たしました。累計資金調達額は1億ドル(≒150億円)を越えています。


同社は設備保全ソフトウェアを提供している企業ですが、シリーズCラウンド時のプレスリリースによると、2021年6月のシリーズBラウンド以来、同社の収益は13倍に成長し、顧客は6,500社以上まで増えているそうです。


「設備保全ソフトウェア」は、一見それほど革新的なアイディアには見えませんが、なぜこれほどまでに急激な成長を遂げているのか、考察していきたいと思います。


なお、為替レートは2024年1月29日のものを使用しています。

(Source: https://pixabay.com/ja/illustrations/スマートフォン-電話-アプリ-5437654/)


CMMS

同社は、自社が提供するプロダクトを「CMMS」と定義しています。CMMSとは、Cumputerized Maintenance Management Systemの略称で、日本語だと設備保全管理システムと訳されます。


CMMSは古くから存在するソフトウェアです。IBMがCMMSについて説明したウェブサイトには、CMMSが果たす役割は「保守情報を一元化し、保守運用プロセスを促進する」ことであると紹介されています。CMMSの中核となるのはデータベースであり、保全担当作業者・設備・資材・その他リソースに関する情報を整理するデータモデルが存在します。


同サイトには、CMMSに搭載されるべき機能がいくつか列挙されています。


  • リソース/作業員管理 対応可能な作業員に特定のタスクを割り当て、チーム編成・シフト編成を行う。

  • 対象資産レジストリ 設備の製造元・型式・シリアル番号に加え、修理マニュアル・安全手順・保証書等の関連資料、ダウンタイムやパフォーマンスの統計、そしてセンサやIoTデバイスの利用状況に関する情報

  • 作業指示書管理 CMMSの主要機能であるとされる。作業指示書の番号・説明内容・優先順位・指示タイプ(修理・交換・定期保守)・修理コード・割り当て担当者・使用資材等

  • 資材管理 保守作業に必要な資材の受払管理・在庫管理・サプライヤー管理を包括的に行う

  • レポート作成 保守業務における全体のパフォーマンス分析レポートを作成する。設備稼働率・資材使用量・サプライヤー評価・作業員コスト等、幅広い項目が分析対象となる。


IBMによると、CMMSの最も古いバージョンは1960年代に登場したもので、パンチカードを使用してコンピュータ入力するところから始まったそうです。以来、通信環境やデバイスの変化に合わせてCMMSのあり方も変化し、いまではクラウド×モバイル対応×高セキュリティが最新世代のCMMSに対する要件となっていると言われています。


MaintainXの提供価値

MaintainXのCMMSは、ホームページで「モバイルファーストなプラットフォーム」と表現されています。日本のユーザーはまだアカウントを作成することができないようですが、プロダクト紹介ページを見ると、文字通りモバイルベースのUXになっています。

(Source: https://www.getmaintainx.com/)


改めて、同社のプロダクトが提供する価値は何なのか、シリーズBラウンド時のプレスリリースを原文のまま紹介しながら考察してみます。

“The company has developed a mobile-first platform for industrial and frontline workers to help track maintenance, safety and operations. Its workflow management solution basically attempts to replace the older spreadsheets and clipboards in use at many factories and industrial facilities with digital tools to keep equipment running and an estimated 2.7 billion deskless workforce safe, said co-founder and CEO Chris Turlica.”

ユーザーは、”industrial and frontline workers”を総称して”deskless workforce”と定義しています。このプロダクトが代替する競合製品は”spreadsheets and clipboards(スプレッドシートやクリップボード)”と書かれていますが、上記引用文に続く箇所で”While MaintainX replaces a lot of pens and paper, it also competes with solutions from SAP and IBM that helped launch the computerized maintenance management system sector, as well as startups like Los Angeles-based UpKeep.”と書かれており、(SAPやIBMが提供するような)従来のCMMSも競合になると書かれています。


競合に比べて同社が優れていると思われるのが、徹底したモバイルファーストなプロダクト設計です。同社はモバイルアプリを提供しているため、アプリサイトにはレビューが掲載されています。それらのレビューの多くが、「直感的で使いやすい」「ユーザーフレンドリー」「スマートフォンで全て完結する」というポイントに言及しています。


具体的な機能を見ていくと、Asana(アサインとスケジュール管理)とSalesforce(データの蓄積、ダッシュボード管理)を融合し、設備保全業務に特化させたような製品という印象です。


モバイルの可能性

顧客企業としては、公開されている限りですが、Duracell(米国の大手バッテリーメーカー)、Brenntag(ドイツの化学薬品メーカー)、Cintas(米国の作業服メーカー)、Shell(オランダの石油化学メーカー)、Titan America(米国の重資材メーカー)等が紹介されています。


上記企業は一部に過ぎず、MaintainXは幅広い業界に顧客を抱えているようです。ホームページのIndustriesというページには、Manufacturing(製造)に加え、Facility Management(施設管理)、Food and Beverage(飲食)、Hospitality(ホスピタリティ)、Education and Schools(教育)等が挙げられています。設備保全と聞くと製造業のイメージが強いですが、幅広い業種に使われているのは興味深いところです。



ところで、以前ご紹介したSquintMontamoもモバイルアプリを開発しており、近年モバイルファーストな現場アプリがグローバルでは普及している印象ですが、現場アプリがモバイルベースであることには、どのような意味があるのでしょうか?思い当たるポイントを3つ挙げてみます。


1つ目に、データ入力が容易である点が挙げられます。日々の作業データを入力する際、スマートフォンやタブレットの場合は「現場で」「すぐに」「スワイプ/タップ/フリックで」データ入力ができますが、PCの場合は「事務所に戻って」「あとで」「タッチパッド/マウス/キーボードで」入力せざるを得ません。データ蓄積が重要であるソフトウェアほど、日々のデータ入力コストが小さい必要があります。また、データ入力という意味では、音声入力が使えるのも、モバイルならではかもしれません。


2つ目に、カメラというモバイル特有の機能にアクセスできることが挙げられます。MaintainXのプロダクトでも、故障箇所の写真をアプリにそのままアップロードできるようにしていたり(PCに取り込んでアップロードする必要がない)、設備のロケーションをQRコードで管理していたり、カメラを活かした機能が組み込まれています。


3つ目は、ユーザーのモバイルアプリに対する「慣れ」です。いまや、ビジネスマンに限らず多くの消費者のスマートフォンに、Gmailやカレンダーアプリがインストールされています。以前はPCでやっていたようなタスク(メールを打つ、カレンダーに日程を入力する等)をスマートフォンでやることが当たり前になりつつあります。現場作業者も、プライベートではそんなスマートフォンユーザーの1人です。人々が、モバイルアプリでさまざまなタスクをこなすことに「慣れ」始めたいま、ビジネスシーンでも同様のUXが受け入れられやすくなっていると考えられます。


ちなみに、MaintainXはシリーズCラウンドを実施したタイミングで、今後取り組んでいくプロジェクトの1つとして、生成AIの活用を挙げました。MaintainXが活用の第一弾として構想しているのは、「作業指示書のレビュー」です。管理者が作業指示書を作成した際、その指示をAIがレビューし、含まれる誤りの可能性を指摘する、という使い方です。この機能は、SOP(標準作業手順書)と安全チェックリストをマスタデータとして保管しておき、都度作成される作業指示書の内容をAIがマスタデータと照らし合わせて、リスクチェックを行う、という仕組みになっているようです。



AIに限りませんが、製造業に先端技術を活用していく、という取り組みが2023年後半から盛り上がりを見せています。下の図は2023年3Qの資金調達額が前年同期に比べて258%となっていることを示したグラフになります。

(Source: https://www.cbinsights.com/research/advanced-manufacturing-tech-trends-q3-2023/)


米国政府は、2023年1月から、Advanced Manufacturing Investment Creditという制度を始め、半導体関連の機器・設備に対する投資の最大25%を減税する法律を制定しました。イギリス政府は、2023年末にAdvanced Manufacturing Planという政策文書を公開し、2025年~2030年までの間に45億ポンド(≒8,500億円)を投資することを表明しました。この他にも、豪州政府もAdvanced Manufacturingに積極的な姿勢を見せる等、ものづくり業界の発展が進みそうで、2024年が楽しみです。


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フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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