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  • Writer's pictureKenta Adachi

世界で最も大規模なビジネスの形成に貢献した19の参入障壁(Moat) 後編

Updated: Jun 16, 2021


本記事は、CB Insightsの記事 https://www.cbinsights.com/research/report/business-moats-competitive-advantage/ の日本語解説で、原題は下記の通りです。


19 Business Moats That Helped Shape The World’s Most Massive Companies

Moatとは直訳すれば「お堀」といったような意味ですが、要するに、外部からの敵の侵入や攻撃を防ぐための施設であり、ビジネスでこの用語が使われる際には、参入障壁や、あるいは広義に競争優位性、といったような意味合いとなります。


このMoatがしっかりしていればいるほど、ビジネスとしては防御力が高いものとなり、簡単にはリプレイスされない、簡単には模倣されない、といったようなメリットが大きく、自社優位にビジネスを進めやすくなるため、ベンチャーキャピタリストとしても各スタートアップがどういったMoatを構築しているのか(しようとしているのか)は、重視しているポイントの一つです。


世界規模で成功しているビジネスには、しっかりしたMoatが背景としてあり、それらを学ぶことはビジネスを立ち上げて行く中でも大変、意味があるものとなるでしょう。


本記事 19 Business Moats That Helped Shape The World’s Most Massive Companies においては、Moatは大きく分けて4つに分類されています。


□ Network Effect Moats ( ネットワーク効果によるMoat )


□ Cost Moats ( コストによるMoat )


□ Cultural Moats ( 文化的な要因によるMoat )


□ Resource Moats ( 経営資源によるMoat )


前編においては、上記のうちNetwork Effect MoatsとCost Moatsを解説しました。後編では、残り2種類のMoatsについて詳しく見ていきましょう。


Cultural Moats ( 文化的な要因によるMoat )

前編で取り上げたNetwork Effect MoatsやCost Moatsは、どちらかと言えば構造的な要因によって構築されるMoatsになりますが、ここで取り上げるCultural Moatsはブランドや伝統・習慣といった、雰囲気的な要因によって構築されるMoatsになります。


ブランド

例:Patagonia(アウトドアウェア)、Coca-cola(飲料)、Starbucks(カフェ)


ブランドは、独自の価値、文化、メッセージなどによって醸し出す全体観により、競合に対してMoatsを築くことができます。

強固なブランドは、より高い価格での販売を可能にしたり、リピート購入を促進させたりすることができます。特に、コモディティ商品(一般的にありふれた商品群のプロダクト)を販売する企業にとっては、非常に強力なMoatsとなります。


例えばPatagoniaは、環境への配慮を強く打ち出したブランディングにいち早く成功しており、環境意識が高い顧客を惹きつけました。


ブランディングに重要な要素の一つとして「徹底したこだわり」が上げられます。Coca-colaは、その徹底したこだわりで強固なブランドを構築した好例です。

まだ製造や物流が現代ほど発達していなかった時分から、プレミア感を醸成するボトル形状にしたり、配送・保管いかなる場合においても5℃(40℉)以下に保つように徹底したりして、いつでもどこでも顧客が最高のCoca-cola体験を味わるようこだわり続けました。

そうした取り組みがCoca-colaのブランド価値を上げ続け、Forbesによれば、2019年のブランド価値評価においてCoca-colaは約6兆円の価値があると算定されています。


Coca-colaが提供するコーラの中身そのものには強固なMoatsは存在しませんが、それを取り巻くユーザー体験を徹底的にデザインすることで、ブランド的な側面から強固なMoatsを築いたのです。


Starbucksも、それまで「安くて古い豆」が常識であったカフェ体験に「高級で新しく洗練された豆」という新しい価値を打ち出し、それにふさわしい顧客体験を提供し続けることで、ブランド的な側面から強固なMoatsを構築しています。


日本企業でも強固なブランド構築に成功した企業は多く存在しますが、その中でもSONYは非常に強力なブランドであったと思います。なにせ、会社のキャッチコピーが「It's a Sony」であったほどだからです。革新的なプロダクトといえばSony、あるいはSonyが打ち出す製品だから革新的、と思わせるほどでした。


ブランドは一朝一夕で構築できない一方、一度でも構築してしまえば一生安泰、というものではもちろんありません。

今、革新的と言えばGAFAM ( Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft ) の名前があげられることが多いかと思います。

ブランドというMoatsを構築した後も、そのブランドを自ら超え続けるような一貫性のある打ち出しを続けることの難しさも伺えます。


伝統・習慣

例:Marmite(健康食品)


日本ではそこまで耳にしませんが、英国においてMarmiteは非常に人気のある健康食品のようです。ビールの製造工程で生まれる副産物で、ビタミンB1やビタミンB2、葉酸などが豊富に含まれていると言われています。


今ではこうした栄養素を摂取する方法は多数ありますが、Marmiteが登場した1902年当時、こうした栄養素を効果的に摂取できる方法は少なった中で重宝されたことや、また第一次世界大戦や第二次世界大戦時に英国兵が一般的な欠乏症を予防するための軍事食料に採用されたといったことが重なり、それ以来、英国の過程では伝統的にMarmiteが取り入れられているということです。


こうした伝統・習慣によるMoatsを意図的に構築していくことは難しいかもしれませんが、時代の大きな転換点をうまくとらえることができれば、そうしたことも可能となるでしょう。


日本では、全く分野が異なりますが、例えばラジオ体操が、こうした伝統・習慣によるMoatsを築けていたのではなかと思います。今となっては他に多くの健康法がある中、なぜか夏休みはみんなでラジオ体操、という伝統・習慣が見受けられました。

現在においては、早朝から騒音迷惑、とったような声もあがり、ラジオ体操そのものが開催されないことも増えているようですが、これも、一度構築したMoatsが安泰ではない例ですね。

特に、時代の変化に合わせて構築された伝統・習慣Moatsは、時代の変化に機敏に対応していかなければ、取り残されてしまいやすいのではないでしょうか。


さて、いよいよ次で、最後のMoatsになります。


Resource Moats ( 経営資源によるMoat )

最後に取り上げるMoatsは、Network Effects MoatsやCost Moatsといった構造的なアプローチでもなく、Cultural Moatsといった雰囲気的なアプローチでもなく、特許・IPや知識・経験・ノウハウ、あるいは規制といった関連から構築されるMoatsになります。

3つの例があげられているので、それぞれ、見ていきましょう。


特許・IP

例:Pfizer(製薬)、Disney(エンターテインメント)


強固な知的財産や特許は、言うまでもなく強力なMoatsにつながりえます。例えばPfizerは約10兆円もの資金を投じて競合のWarner-Lambertを買収しましたが、その主たる目的なWarner-Lambertが保有していた特許であると言われています。

Warner-Lambertが開発したLipitorという薬は、既存のスタチン系薬剤よりも悪玉コレステロール量を減らすことが最近発見されています。

Lipitorはその後、約13兆円の売上を生み出し、Pfizer総売上の20〜25%を占めているとまで言われています。もしPfizerがこのLipitor特許を入手していなければ、製薬業界の風景は多少なりとも、今とは変わっていた可能性があります。

有効な特許の確保に成功すれば、非常に大きなインパクトがあると言えます。一方、特許は永遠に有効ではなく、いつか失効します。実際、Lipitorの特許も2009年に失効しました(ただ、Pfizerは2011年前延長はしています)

その後、ジェネリック薬品が市場になだれ込むことになりますが(一般的に、ジェネリック薬品がリリースされると、もともと特許で守られていた医薬品の売上の80%が失われるのにわずか6か月しかからないと言われています)、Pfizerはそれでも、ブランドなどのその他のMoatsを活かし、今でもLipitorは年間1,500億円ほどの売上を実現しています。


こうしたことは、Disneyのミッキーマウスにも言えます。Disneyが知的財産保護法の改正まで実現させながら、ミッキーマウスのIPを有効に保持し続けていることで強固なMoatsの構築に成功しました。さらに、ミッキーマウス以外のキャラクターを保有する企業を買収するなどもして(Lucasfilm、Pixar、ESPN、Foxなど)、世界最大のキャラクター帝国を築き上げています。

ミッキーマウスのIPはまもなく失効する(諸説あり)と言われていますが、今となっては、既存のIPに基づいたスピンオフやリメイク・続編と比較して、Disneyが作成するオリジナルコンテンツの量はわずかであると言われています。Disney最大のMoatsであったミッキーマウスが有効なうちに、次のMoatsを巧みに築いている好例でしょう。


IP分野においては、キャラクタービジネスに強い日本も存在感を示しています。ポケモン、ドラえもん、ワンピースなど、世界的に成功を収めているIPは数多く存在します。ただ、それがDisneyほどのビジネスにまで昇華されているかと言えば、まだ、そうとは言い切れません。

今後、いわゆるAIがクリエイティビティを保有し始めたり、ディープフェイクが浸透してくる可能性があるなか、こうしたIP分野がどう変化していくのか、興味深いところがあります。


一方、技術系スタートアップが特許に固執しすぎて、自らの首を絞めてしまっている状況があります。特許は確かに技術的な参入障壁を築くには有効ですが、それを事業化できてはじめて、その果実を得ることができます。

日々、資金を燃やしながら生きているスタートアップにとって、特許の申請費用や維持費(国際出願になればなおのこと)は非常に思い負担となります。また、特許化することで、その中身は世界に公開されることになります。何を特許にし、何を社内だけの秘密のノウハウとして留めておくか、このあたりの知財戦略が重要となってきます。


知識・経験・ノウハウ

例:Canon(コピー機)


1982年にCanonが世界初の個人向け小型コピー機を発売するまで、コピー機は非常に大きく、オフィス向けに限定されたものでした。その主たる理由は、コピー機の主要部品であるドラムが大きかったためです。

Canonは独自の専門知識により、ドラムの小型化ならびに低価格化に成功、そうして個人向けコピー機の市場を開拓したのでした。

他社は、その専門知識を有していなかったために、その市場は、しばらくCanonの独壇場となったようです。

最も、現在はドキュメントのデジタル化が進み、かつてCanonが構築した当該専門知識によるMoatsも効かなくなっています。

そこで、それら専門知識を別の分野に応用すべく、新規事業の開拓が進んでいる状況です。


似た領域で富士フィルムが、そうした新規開拓に成功した好例でしょう。彼らはフィルム事業で培ったナノ技術を活かし、化粧品市場に打って出ました。

やはりここでも、Moatsは一度構築すれば安泰というものではなく、常に更新し続けなければならないもののようです。


規制

例:AT&T(通信)


規制によって参入障壁を築き、強固なビジネスを構築している例があります。例えば、アメリカの通信会社AT&Tです。20世紀の大半、アメリカの電話通信は実質的にAT&Tただ1社によって運営されてきたのでした。


AT&Tの前身はグラハム・ベルが興したベル電話会社であり、1885年に世界初の長距離電話会社として発足しています。会社発足当時、まだ競合がいなかったので、電話をかけるにはAT&Tを使うしかなかった点は当然かもしれませんが、その後、各地域で新興電話会社が立ち上がってきました。

しかしAT&Tはそれらを巧みに買収し、垂直統合を進めていったのです。結果、AT&Tの独占が成立しています。


これをよく思わなかった政府は1913年に独占禁止法を背景にAT&Tの解体および国有化を目指しましたが、AT&Tは他の電話会社を協力してこれを避け、結果、Kingsbury Commitment(キングスベリーコミットメント)が制定されます。これは、AT&Tにさらなる買収を禁じるものであり、また小規模の独立電話ネットワークがAT&Tの保有する全国規模の長距離ネットワークに接続できるようにするための和解措置でした。


これにより、AT&Tは小規模な独立電話ネットワークに自社の長距離電話ネットワークを解放せざるをえなくなりましたが、他社がAT&Tのネットワークに接続するためには多大なコストが必要となり、採算が合わないため結果的にAT&T以外のネットワークが減少していくことになり、Kingsbury Commitmentのわずか7年後、規制の網の目をくぐってAT&Tは再びローカル電話会社の買収が可能となり、1984年にAT&Tが解体されるまで、独占状態が続いいたのでした。


こうしたMoatsは意図的に構築できるようなものではありませんが、一度構築できてしまうと、非常に強力なものになることは間違いありません。


日本では、タバコの専売が認められているJTが、こういった例にあたります。


最後に

さて、これまで前編を合わせ、大きく4種類のMoatsを見てきました。いずれのMoatsも強力ですが、一方で、一度構築してしまえば一生安泰、というものでもありません。


ただやはり、効果的なMoatsを築くことができれば、事業を有効に進めることができることは間違いありません。事業特性によってどういったMoatsが向いているかは異なりますが、最も大切なことは「Moatsを構築する」という意識・目標を持ち続けることではないでしょうか。一朝一夕で構築できないからこそ、早期から設計していけるとよいでしょう。


本記事が、そうした意識・目標を持つうえでの一助になれば幸いです。


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