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  • Shingo Sakamoto

ハードウェアの巨大企業を作り上げた者たちの「創業前」の話

Updated: 2 days ago

この記事では、偉大なハードウェア企業を作り上げた創業者たちが、どういう幼少時代・学生時代を過ごし、時価総額ランキングに載るほどの帝国を作り上げたのかに迫ってみます。



(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%E5%B0%91%E5%B9%B4-%E7%A9%B4-%E9%9D%9E%E8%A1%A8%E7%A4%BA-%E8%8B%A5%E3%81%84%E7%94%B7%E3%81%AE%E5%AD%90-1209131/)



カール・ベンツ(メルセデス・ベンツ創業者)


現在のメルセデス・ベンツ社は、設計者のカール・ベンツが設立したベンツ社と、ゴットリープ・ダイムラーが設立したダイムラー社が合併してできたものです。彼らは奇しくもお互いに知ることなく同時期に自動車の発明を行っていたと言われていますが、ここではカール・ベンツについて紹介します。


カール・ベンツとは

1844年生まれ。現在のメルセデス・ベンツの創業者で、自動車の生みの親とも言われています。35歳(1879年)の時にエンジンに関する特許、42歳(1886年)の時に自動車に関する特許を取得しました。19世紀後半は優れたテクノロジーが続々と登場した時代で、1876年にベルの電話機、1879年にエジソンの白熱電球など、現在につながる素晴らしい発見・発明に溢れています。


幼少期と創業初期:生粋のエンジニア

ベンツ家は先祖代々鍜治屋だったそうですが、父親はその路線から外れて鉄道の機関士となりました。その父親はカールが2歳の時に亡くなってしまいましたが、母親の熱心な教育もあり、一般学校で神童とまで言われるまでに成長したカールは9歳の時に工業学校へ転校。当時からエンジニアとしての素質を持っており、近所で壊れたものはカールが直していたそうです。次第に工学にのめりこむようになり、15歳でカールスルーエ大学で内燃機関について学ぶことになりました。


19歳で同大学を卒業してからは、技術者として機械工場を転々とし、エンジニアとしての技術力を着々とつけていきます。一方で、昔から自転車が好きだった彼は、人力を必要とせず動くモビリティをつくるという野望を持っていました。


27歳の時には独立し、2サイクルエンジン開発に没頭。2サイクルではモビリティに重かったため、4サイクルエンジンを使うことに。それでもエンジン駆動の自動車を作り上げるのはたいへん難しいプロセスだったそうです。次から次へとぶつかる技術的な壁を類稀なる開発力で乗り越えたカールが自動三輪車の試運転にこぎつけたのは42歳の時なので、創業から15年経過していました。


何が特異だったのか

カール自身はとにかく頭の中がエンジンのことでいっぱいの「ギークなエンジニア」でした。あまりビジネスマンとしての彼の素質を表す記述は多くありません。どのように開発資金をまかなったかというと、奥さんのベルタさんの持参金が元手になったそうです。彼女は夫の創造性を信じ続け、支えたと言います。奥さんでありながら、やっていることはまさにベンチャーキャピタリストそのものです。面白いですね。


(Source: 参考サイト1, 参考サイト2, 参考サイト3




マイケル・デル(DELL創業者)


マイケル・デルはDELLの創業者です。DELLはアメリカのみならず世界を代表するテクノロジー企業で、従業員16万人以上、時価総額2兆円を超える巨人です。


マイケル・デルとは

1965年生まれ。デルの創設者でありながら現会長を務めます。ユダヤ人の両親の元に生まれました。父親は株式仲買人で、そういった影響もあり幼少期からビジネスに関心を示していたと言います。


少年時代と学生時代:ビジネスの天才

小さい頃からビジネスマンや技術者としての素質を存分に発揮しました。幼少期のエピソードとして有名なのが切手ビジネスです。


12歳の頃、アメリカでは切手集めが流行っており、マイケル少年はこれに目をつけました。自ら切手カタログを作ったり、雑誌に広告を乗せ、注文を受けてからその切手を探し出し、直接ユーザーに販売するというダイレクト商法を使って2,000ドル稼いだそうです。商品が「ない」状態で「ある」ように見せて宣伝し、注文が入ってから探し出す、という典型的な商売上手の才を発揮します。ちなみにこの、ダイレクト販売という手法は、デルのPC販売戦略のアイディアにもなりました。


他にも面白いエピソードとして、新聞購読販売ビジネスがあります。地元の新聞である「ヒューストンポスト」の購読販売をするにあたって、マイケル少年は自ら手足を動かして仮説検証をしながら富裕層にターゲットを絞り、巧みに稼ぎを増やしたそうです。ちなみに、稼いだ収入は貴金属と株式投資に回し、中学生当時の収入が18,000ドルだったとか。


一方で、技術者としての能力も持ち合わせています。小さい頃からテクノロジーにも強い関心を示し、15歳の時にはアップルのコンピュータを自分の手で分解し、内部の構造や仕組みをつぶさに研究しました。


何が特異だったのか

マイケル・デルの特質は、「テクノロジー」と「ビジネス」の両輪がうまく噛み合わさっているところにあります。PCの可能性に早くから気づいたマイケルは、大学在学中に自らの手でPCを作り、安価なPCのダイレクト販売(仲介業者を経由しない販売)という新たなビジネスモデルを作ります。


彼の天才的なビジネス感覚を持ってすれば、違う商材でも成功したかもしれませんが、やはりテクノロジーへの「目」を持っていることも大事でした。急成長するPC市場に乗っかり、アメリカや世界を代表する成功者に成長しました。


(Source: 参考サイト1




ジェンスン・フアン(NVIDIA創業者)

ジェンスン・フアンは、GPUメーカーであるNVIDIA の共同創業者の一人です。NVIDIAはゲーム向けの高性能プロセッサ開発からスタートし、HPC(High Power Computing)データセンターや自動運転などの高速処理が求められる分野向けにGPUを提供しています。膨大なデータを高速で処理することが求められるAIブームを背景に、力強く成長を続けています。


ジェンスン・フアンとは

1963年生まれ。NVIDIAの現CEOを務めます。中国・台湾で育ち、15歳でアメリカに家族で移住してからは、アメリカで過ごしています。オレゴン州立大学を経て、スタンフォード大学で電気工学の博士号を取得。1993年にNVIDIAを創業しました。


幼少期と学生時代:逆境の中で培われた負けん気

決して楽しいばかりの幼少期ではなかったようです。15歳の時に家族とともに米国に移住しましたが、その5年前、フアンさんが10歳の時に、両親に教育の一環でアメリカの親戚の元に送られています。通うことになった学校は生徒300人の小さな学校で、問題児ばかりがいるところだったそうです。そこでの生活はかなりハードで、わずか10歳でなかなか辛い経験をしています。そうした楽ではない経験は、彼を勝負強い人間へと成長させ、15才の時には全米の卓球選手権で3位に入賞するようになりました。


また、彼はかなりの「ゲーム」オタクで、高校生の時はゲームにずっと浸っていたと言います。実は、NVIDIAの創業にあたって、高性能なGPUを開発するというアイディアに至ったのは、彼が生粋のゲーマーだったことが関係しているとも言われています。


スタンフォード卒業後はLSI Logic Corporation、AMDなどの半導体企業でマーケティングや設計者としてのキャリアを積みました。1993年、フアン氏が30歳の年にNVIDIAを共同創業し、以来ずっとCEOとして同社の成長を牽引しています。NVIDIAは今では時価総額が30兆円を超えています。


何が特異だったのか

彼の過去の何が特異だったのか、考察は簡単ではありませんが、彼の言葉から感じられるのは、「逆境」や「負けること」の重要性と、そこから得られる「力強さ」や「勝つことへの渇望」です。わずか10歳で異国の不良の溜まり場で数年間を過ごした経験や、ゲームを通じて培われた負けん気は、今なお凄まじいスピードで急成長し続けるNVIDIAの経営に投影されているように思います。


ちなみに、フアン氏は、”I find that I think best when I’m under adversity.”(逆境にある時が一番頭が冴えます。)とインタビューでも言っています。


(Source:参考サイト1, 参考サイト2, 参考サイト3



雷軍(シャオミ創業者)


雷軍はシャオミ(小米科技)の創業者です。シャオミは創業から10年足らずの若い企業ですが、2019年の売上は3兆円を超えるIoTプラットフォーマーです。同社はスマートフォン事業が有名ですが、それだけでなくスマートウォッチ、掃除機、タブレット、など多角的に事業を展開。便利なIoT製品で顧客を広げ、自社開発のソフトウェアプラットフォームで彼らの心を掴んでいます。


雷軍とは

1969年生まれ。シャオミの創業者でありながら現CEO兼会長。2011年創業のシャオミは10年で激戦を繰り広げる世界のスマホ市場で3位のシェアを獲得。やり手の経営者に見えますが、過去をたどると実は超優秀プログラマーという面白い過去を持っています。


幼少期と学生時代:天才プログラマーへの成長

中国・湖北省の片田舎で生まれ育った雷軍は超がつく秀才だったと言われています。小中高全ての課程で、優秀な成績を残しています。机上の勉学だけでなく発明少年としての有名なエピソードもあり、9歳の頃には、夜遅くまで家事をする母親のために自分でランタンと照明を作ってあげたそうです。心温まりますね。


その後、満を持して武漢大学のコンピューター学部に入学。田舎育ちの雷軍は心優しかったこともあり態度も良く、先生たちに信頼されてコンピューター室の管理係を任されたそうです。ここで、当時貴重だったコンピューターを好きなだけ触ることができたことが奏功し、天才プログラマーへと成長します。


次第にコンピューターの世界にのめり込み、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの書籍に触れる中でもっと活きた経験を積まねばならないと考えた雷軍は、「湖北省のアキバ」とも言われるテクノロジー集積地でさまざまな経験を積みます。機械修理、セキュリティハック、アンチウイルスソフトのプログラミングなど、ハードウェア・ソフトウェアのエンジニアとして必要な技術を身につけます。


雷軍はこの後、キングソフトというソフトウェア企業と出会い、事業責任者として上場まで牽引しますが、そこを離れてからより高みを目指して42歳の時に創業したのがシャオミでした。2020年末時点でシャオミの時価総額は850億ドル(約8.9兆円)にまでのぼり、中国を代表するIoTメーカーに成長しました。


(Source: 高口康太. 現代中国経営者列伝. 星海社, 2017, 251p )


何が特異だったのか

雷軍を類稀なる大人物へと引き上げたのは、恐らく大学時代のコンピューターエンジニアとしての成長ではないでしょうか。


特に面白いのが、単なる学校の秀才で終わることなく、街へと繰り出しては種々雑多な機械修理やソフトウェアエンジニアリングに携わり、大学4年次には失敗に終わったものの学生起業をしている点です。


この時期の、酸いも甘いも混ざった雑多なビジネス・テクノロジーの経験がのちの偉大な経営者へと成長する基礎となっているように思います。





イーロン・マスク(スペースX創業者、テスラCEO)


イーロンマスクはあまりにも有名人で、多くの人が彼のぶっとんだエピソードを知っているかもしれませんが、それでも知る価値があるほど面白いので書きおこしておきます。


イーロン・マスクとは

1971年生まれ。南アフリカのプレトリアで生まれ育ちます。父親は技術者で母親はモデルでした。彼は、PayPalの元になる決済サービスのX.comや、宇宙開発を行うスペース Xの創業者であり、テスラのCEOでもあります。自由奔放な発言と、世間にそれを気にさせないほどの優れた技術や経営力で、常に世界中から注目を集めています。


幼少期と青年期:早熟と逆境

小さい頃から本の虫だったそうです。1日10時間は読書に充てていたとか。このあたりはビルゲイツも似ています。家族がご飯を食べている時も、部屋にこもってずっと本を読んでいたそうです。学校ではかなりひどいいじめにあっており、彼もまた逆境を経験しています。


9歳の時までには独学でプログラミングスキルを身に着けており、12歳の時に自らプログラミングして開発した「ブラスター」というゲームを500ドルでコンピューター雑誌に売却しました。


17歳でカナダを経由してアメリカに移住、ペンシルベニア大学で物理学と経営学のダブル専攻。その後、スタンフォードの博士課程を2日で退学し、起業。それからマスクの伝説が始まっていきます。


何が特異だったのか

あまりにも特異点が多く、うまく語ることはできませんが、一つ確からしいと言えることは、NVIDIA創業者のフアン氏の言葉にもある通り、イーロン・マスクが経験してきた逆境も並のものではなかったであろうということです。


壮絶ないじめ、南アフリカという国が持つタフさ、両親の離婚、など思いつく限りの困難を一通り経験しています。マラリアにかかって命を落としかけたこともあるそうで、本当にタフな人生を送っています。


(Source: アシュリーバンス. イーロン・マスク 未来を創る男. 講談社, 2015, 318p )




巨大企業の「創業前」から学べること


巨大企業へと成長させた創業者たちの過去を見てみました。今回は意図的にストーリー性のある創業者たちばかりをピックアップしましたが、もちろんこれら以外にもたくさんの偉大な創業者たちがいます。


その中には、幼少期や学生時代に何か特別な経験をした人もいるでしょうし、そうでない人もたくさんいると思います。


そのうえで、今回のテーマから学べることが2つあると思っています。


まず1つ目に、偉大な創業者たちが逆境を経験しているということです。例えばいじめ、病気、家族との別れ、困窮、などのさまざまなダウンサイドがあります。そうした逆境や挫折と向き合い、跳ね返してきたパワーが現在の推進力に繋がっているように見えます。逆境とは、必ずしも絶対的にネガティブなものでなくとも、自分にとって壁と思われるものでいいのではないでしょうか。と考えると、いま向き合っている壁を乗り越えようと日々頑張るエンジンになります。


また2つ目に、物を売る力、というのはとても大事だということです。ハードウェアと聞くと急に「テクノロジー」感が出てしまいますが、今回紹介した創業者の中で何人かは、全く現在のビジネスに関係ないようなものを「売ってきた」経験があります。その売り方や目の付け所こそが、ビジネスの競争力の源泉となるのではないでしょうか。そう考えると、全く「テクノロジーっぽく」ない事業を行っている方でも、優れたエンジニアを巻き込めばハードテック業界にも参入余地が十分にあるのではないか、と考えられます。



今回ご紹介した創業者たちが手がける、自動車、コンピューター、高性能プロセッサ、IoTデバイス、そして宇宙開発などのテクノロジー事業。成功すれば彼らのようにとんでもない規模の企業にまで成長するポテンシャルがあります。


そうしたテーマに挑戦する「尖った創業者」を、IDATEN Venturesはお待ちしています。まずはご自身の「創業前」の話からでも、お話しにきてみませんか?


IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

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