Shingo Sakamoto
海外で続々と上場するソーラートラッカー企業について
Updated: Mar 1
2021年4月、FTC Solarという会社がアメリカのナスダックに上場しました。FTC Solarは、2017年にテキサスで創業された、ソーラートラッカー(太陽光発電システムが太陽を追従するための装置)を開発・販売している企業です。
同社は、2021年4月時点でアメリカのソーラートラッカー市場の11%シェアを持っているといいます。2020年の売上高が1億9,000万ドル(≒200億円)と、急拡大に成功したFTC Solarの他にも、2020〜2021年にいくつかソーラートラッカー企業が海外で上場しています。
この記事では、太陽光発電システムの仕組みや技術課題を簡単に整理しながら、市場が拡大するソーラートラッカーの役割や、世界のソーラートラッカー企業をご紹介します。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E5%85%89%E7%99%BA%E9%9B%BB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0-%E5%A4%AA%E9%99%BD-2742302/)
太陽光発電システムとソーラートラッカー
太陽光発電システム
まず、太陽光発電システムの構成について、簡単にご紹介します。それぞれの部位・装置の名称が細かく分かれているため、ここで名称と役割の関係性を押さえておくと、これから先ニュースや解説記事を読んだ時の理解がスムーズになるかと思います。
吸収した太陽光を使って発電する部位のうち、「太陽電池セル」が最小単位になります。太陽電池セルを1つの枠の中に複数接続したものが「太陽電池モジュール」、さらに太陽電池モジュールを複数枚、直列に接続したものを「太陽電池ストリング」、そして太陽電池ストリングを並列に組み合わせたものが「太陽電池アレイ」となります。太陽電池ストリングをまとめて、太陽電池アレイとして機能させる装置を「接続器」といいます。言葉だけだと少しわかりづらいので、図をご参考ください。

(Source: https://www.solar-partners.jp/meritdemerit/82710.html)
セル・モジュール・ストリング・アレイが、太陽光を吸収して発電する電力は直流です。この直流電力を交流に変換する必要があります。交流変換・系統管理・制御を行う機械を「パワーコンディショナー」と言います。そして、パワーコンディショナーまで直流電気を供給する装置を「集電盤」と言います。発電した電気の一部保存や、時間によってバラツキのある発電出力を一定に保つために電池が必要になります。それが「蓄電池」です。上記の装置全て合わせて、太陽光発電システムと呼ばれています。

(Source: https://www.nedo.go.jp/content/100544817.pdf)
ソーラートラッカーとは
ソーラートラッカーは、太陽光発電システムの一部で、太陽電池モジュールを太陽に向けて方向付ける装置です。
太陽電池モジュールは、日光を直角に受けられる角度で最も効率的に発電することができますが、太陽の相対的位置が刻々と変わるため、電池モジュールの受光角度は時間によって変化します。そこで、コンピューター制御によって自動的に太陽光を追跡し、太陽電池モジュールの受光量を最大化します。これがソーラートラッカーの役割です。
1日の間に太陽が移動する軌道に合わせて、パネルの向きを東西方向に動かすトラッカーを、「単軸トラッカー」と言います。これに対して、東西方向の動きに加え、太陽電池モジュールの仰角を調整し、年間を通じて変わる太陽位置にも対応するのが、「二軸トラッカー」です。
こちらのサイトは、二軸トラッカーは、単軸トラッカーにかかる追加コストに対して、収集できる太陽光増加量がそれほど多くないと、指摘しています。その証拠に、オンタリオ州南部では、固定配列(トラッカーを使わない)から単軸トラッカー導入によって24〜32%太陽光収拾量が増加したのに対し、単軸トラッカーから二軸トラッカーでは4%の増加だった、という例を引き合いに出しています。
世界のソーラートラッカー市場は、右肩上がりに成長しています。2019年のレポートによれば、2019年に93億ドル(≒1兆円)の市場規模ですが、グローバル水準のCAGR13%ペースで増加していくと、2027年には220億ドル(≒2兆3,000億円)まで拡大することになります。
太陽光発電の技術課題
太陽光発電普及に向けた課題の1つは、発電コストの高さです。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が2004年に出した、「2030年に向けた太陽光発電ロードマップ」(=PV2030)という資料の中では、太陽光発電コストを2010年に23円/kWh、2020年14円/kWh、2030年7円/kWhにする、というロードマップが描かれていました。
1kWhあたりの発電コストを比較した図を見ると、2014年時点で、石炭火力発電の約13円に対し、太陽光発電はメガソーラー用が24円、住宅用が30円となっています。

(Source: https://www.ene100.jp/zumen/9-4-6)
2010年代、さまざまな政策導入・技術開発によって太陽光発電単価は着実に下がっていき、2019年段階で住宅用が16円、非住宅用が14円程度まで低減しました。
2020年にNEDOが出した「太陽光発電開発戦略2020(NEDO PV Challenges 2020)」では、さらなるコスト低減に向けたヒントが書かれています。この章では、太陽光発電のコスト低減に向けた技術要素や課題について、いくつか見ていきます。
太陽電池セルの種類と発電効率
まず、太陽光発電コストに大きく関わっているのが、発電効率(単位あたりの太陽光エネルギーをどれくらい電気エネルギーに変換できるか)です。
太陽電池セルは、おおまかにシリコン系・化合物系・有機系の3つに分類することができ、素材によって発電効率やコストが変わってきます。以下でそれら3種類をご紹介します。少し難しい用語がいくつかありますが、だいたいの発電効率が分かれば十分だと思います。なお、発電効率については、NEDOが出している、こちらの資料を参考にしました。
【シリコン系】
単結晶シリコンの塊をスライスし、八角形状にカットしたものが、「単結晶シリコンセル」。発電効率が高い(〜20%)一方で、コストも高くなります。
単結晶シリコン製造時の端材など、細かいシリコンを集めてつくったものが、「多結晶シリコンセル」。単結晶に比べて発電効率は劣る(〜15%)ものの、コストを抑えることができます。
結晶構造を持たずに、シリコン原子が無秩序に集まったものが、「アモルファスシリコン(非晶質シリコン)セル」。多結晶シリコンセルよりもさらに発電効率は下がります(〜9%)が、厚さを非常に薄くできること、製造が容易であること、軽量であることなど、強みも持ちます。
【化合物系】
化合物系半導体のうち、ポピュラーなものが、Cu(銅)・In(インジウム)・Se(セレン)を組み合わせた、「CISセル」。これにGa(ガリウム)を加えると、「CIGSセル」と言われたりします。低コストながら、アモルファスシリコンより高い発電効率(〜14%)を持ちます。
まだ研究段階にありますが、超高発電効率を見込めると言われているのが「Ⅲ-Ⅴ族半導体セル」です。前述のGa・InなどのⅢ族元素に、As(ヒ素)・P(リン)などのⅤ族元素を組み合わせてつくります。発電効率が40%近くまで上がるポテンシャルを持っていますが、製造工程で毒性のある物質を用いる必要があることや、コストが高いことがネックになっています。
【有機系】
「色素増感型セル」といわれるタイプは、二酸化チタンに吸着された色素が光を吸収し、発電します。変換効率は〜14%程度。
「有機薄膜型セル」は、導電性ポリマー(ポリアセチレンなど)やフラーレン等を組み合わせた有機薄膜半導体を使います。変換効率は〜12%程度。
まだ、どちらも研究段階レベルと言われています。
設置工事コストの低減
先ほどご紹介した、NEDOの「太陽光発電開発戦略2020」には、日本の太陽光発電システム価格が欧米に比べて高い(日本はドイツの約2倍)理由として、日本は太陽光発電システムメーカーの数がそれほど多くなく、案件の入札競争環境があまり激しくないこと、そして設置工事コストが高いことが挙げられています。
設置工事コストの差を、太陽光発電システム架台の設置工法が日本とドイツでは異なるからである、と説明する資料があります。例えば、ドイツでは多くの設置サイトで杭打ち専用機械を使っていること(日本は汎用機械のアームに杭打ちモジュールをくっつけているケースが多い)や、ドイツでは施工期間が短くなるように特殊な架台設計がベースになっている、など、いくつか詳細に書かれています。
日本でも、これから太陽光発電システムはさらに普及していくと思いますので、こういった設置工事コストをさらに下げる、さまざまなテクノロジーが登場してくる可能性があります。
生涯発電量の増加
太陽光発電システムが生涯発電する電力量の増加施策は、大まかに設備効率向上と運転年数増加に分けることができます。設備効率は日射量、受光量、1架台あたりの太陽電池モジュール搭載量、発電効率などの増加によって向上します。運転年数は、周辺の自然環境(雨、風、砂埃、気温変化など)や、設備の耐久性によって変化します。
限られた日射時間の中で、受光量を最大化するためのソーラートラッカーは、設備効率向上のための技術になります。こちらの記事によれば、アメリカでは2015年以降、新規設置された太陽光発電システムの半分以上が、ソーラートラッカー型になっているそうです。
ソーラートラッカーの強みについてまとめているサイトを参考に、受光量増加のほかに、ソーラートラッカーが持つ4つのメリットをご紹介します。
強風時、ソーラートラッカーがわずかに揺れ動くことで圧力を逃し、システムの破損を防ぎます。
降雪時、太陽電池モジュールを垂直に傾け、積雪を防ぐことができます。モジュールの上に雪が大量に積もると、発電ができなくなったり、重みでシステムが倒壊したり、さまざまな悪影響が出るリスクがあります。
設置場所によっては砂埃が、雪のように積もってしまうケースがあります。積雪対応同様、傾けることで砂を払うことができます。
モジュールが地面より数メートル上に設置されているため、洪水時にシステムを守ることができる場合があります。
ソーラートラッカーは、厳しい環境(降雪地帯・砂漠地帯や、豪雨・強風時など)の中で、太陽光発電システムが安全に稼働するためにも重要な技術であるようです。
次の章では、増加するソーラートラッカー需要に応えて勢いを増すスタートアップをご紹介します。
ソーラートラッカースタートアップ
FTC Solar
冒頭でも少しご紹介したFTC Solarですが、「Voyager」というブランド名で、単軸トラッカーを販売しています。2021年6月の発表では、2021年1Qの売上高は6,600万ドル(≒70億円)で、前年同期比で2倍となっており、急成長を遂げています。
同社の強みは、トラッカーの販売だけでなく、設置工事までできる点にあります。新規顧客には、FTC Solarの営業部隊が、太陽光発電システムの全体設計から、モジュールやその他機器の選択までサポートします。また、地盤解析を行うパートナー企業と連携し、顧客が安全かつ短工期のシステム設計・工法選択をできるようにしています。
Nextracker
2013年にアメリカで創業。ソーラートラッカーと、太陽光発電システムを常時モニタリングするソフトウェアを提供しています。創業者のDaniel Shugar氏は太陽光発電分野で30年の経験を持つベテラン経営者です。
2014年にシリーズAで1,200万ドル(≒13億円)、2015年にシリーズBラウンドで2,500万ドル(≒27億円)、同年にシリーズCラウンドで1,050万ドル(≒12億円)を調達した後、シンガポールに本社を置く電子機器メーカーFlexが、3億3,000万ドル(≒360億円)で買収。
2019年のニュースによれば、Nextrackerは、2018年の単軸型ソーラートラッカー世界シェア29%を持っています。FTC Solar同様、ソーラートラッカーに対する需要の高まりを受けて、Nextrackerの製品出荷量は近年増えており、2021年4月にはFlexがNextrackerを上場させる準備を進めていると報じられました。
Sunfolding
2012年にアメリカで創業。crunchbaseによると、2017年にY Combinatorから12万ドル(≒1,300万円)調達し、2018年にシリーズAラウンド、2019年にシリーズBラウンドと、順調に資金調達を成功させているようです。累計調達額は3,000万ドル(≒35億円)を越えています。
Sunfoldingのトラッカーは、通常の単軸トラッカーと異なり、空気を動力源としているそうです。トラッカー内部に2つの空気袋が内蔵されており、これらが膨張・収縮することでパネルが傾く仕組みになっています。複雑な機構を省略したことによって、材料調達・設置・メンテナンスの工程を簡略化しています。この仕組みによって、太陽光パネル設置が難しい地形(例えば、坂道、階段、狭隘部など)に対応している点も強みです。
2021年1月、30年以上エネルギー会社の経営を歴任してきたGlen Davis氏のCEO就任が決まり、ここからさらに成長を加速させていく計画が報じられました。
PV Hardware
2011年にスペインで創業。ソーラートラッカーの世界シェア3位で、かつ中東で最大のシェアを持っています。
中東の高温かつ砂埃の多い環境に対応する、幅広いプロダクトラインナップを揃えています。特に、温度・湿度が構造物に与える影響は大きいため、トラッカーの大部分にマグネリス(アルミニウム、マグネシウムを組み合わせた亜鉛めっき)を使用しており、これによって腐食や摩耗を防いでいるそうです。
砂漠のように、簡単には点検に行きづらい地域にパネルが設置される場合に備えて、停電時のバックアップ電源や、長距離通信システムも堅牢なものがソーラートラッカーシステムに組み込まれています。また、強風に耐えることのできる安定したソーラートラッカー構造を有しており、地域によって異なる環境にしっかり対応しています。
Arctech Solar
2009年に中国で創業。2013年にソーラートラッカー事業に参入し、2020年時点で40カ国、1,000以上のプラントにソーラートラッカーを供給しています。2016年頃に中国・インドで大きくシェアを伸ばしたArctech Solarは、2017年には日本進出。2020年に中国のスターマーケットに上場しました。
この他にも、ソーラートラッカーを提供している企業はいくつもあります。FTC Solarのように創業4年で上場まで急成長する企業もあれば、創業10年以上でも、近年のソーラートラッカー市場の拡大を捕捉して、上場している企業もあります。
日本でも、(ソーラートラッカー搭載型の太陽光発電システムが、どれくらい普及しているのかわかるデータが見当たらなかったのですが)太陽光発電普及に伴って、ソーラートラッカー市場も大きくなってくると思われます。
もちろん、太陽光発電普及には、電力買取制度・補助金などのインセンティブ設計(政策)が密接に絡みます。本日ご紹介したようなソーラートラッカーや、太陽電池セル素材・システム設置工法など、技術的な部分の改善に加えて、国の政策にも注意して、太陽光発電市場に注目していきたいと思います。
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