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Writer's pictureShingo Sakamoto

マルチマテリアルプラットフォームを目指す帝人のM&A戦略を紐解く

以前、M&Aを積極的に活用してIoTプラットフォームを展開するSiemens、日立製作所について、調査を行いました。(Siemens:「Siemensから学ぶIoTプラットフォーム戦略とM&Aの形跡」、日立製作所:「Kyoto Roboticsを買収した日立のIoTプラットフォーム構想を歴代M&A案件から紐解く」


今回「M&Aを活用したプラットフォーム戦略」という切り口で調べてみたのは、IoTではなく「マテリアル(素材)」領域です。


ここ数年、自動車を中心に航空機・船舶でも電動化が進むなど、ものづくり領域の変化がスピーディになってきている気がします。上記のようなモビリティに限らず社会のさまざまなインフラに当てはまることですが、電動化やソフトウェアとの融合によって、ハードウェアの素材に求められる要件も変化していきます。


一例ですが、民間旅客機の機体構造材料の構成比は、約40年の間に大きく変化しています。初期はアルミニウム合金と鉄が大半を占めていた旅客機は、軽量化・高強度化のニーズを受け、2008年には炭素繊維等をはじめとする複合材料が約50%を占めるようになりました。

(Source: https://fa.sus.co.jp/download/sing/pdf/Sing_No27.pdf)


旅客機だけでなく、自動車でもこういった変化が起きています。例えば、こちらの調査レポートをご覧いただくと、鋳鉄が使われていた部品の材料がアルミへ、そして樹脂へ変化してきた流れを垣間見ることができます


そんな古いようで新しいマテリアル領域で、M&Aを重ねながら、こうした変化に対応してきたのが帝人株式会社(以下、「帝人」)です。今回は、帝人のマテリアル領域におけるM&A戦略を調査してみます。なお、為替レートは2023年6月22日時点のものを使用しています。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%e3%82%a4%e3%83%9c%e3%82%a4%e3%83%8e%e3%82%b7%e3%82%b7-a-10-m-4706629/)


帝人の事業領域

帝人は、大きく4つの事業領域を持っています。マテリアル、ヘルスケア、繊維・製品、ITです。特にM&Aを成長戦略として掲げているのは、マテリアルとヘルスケアです。


2020年度の決算発表を参考にすると、2020年度の売上高は8,365億円で、そのうちマテリアルが2,970億円(約36%)、ヘルスケアが1,487億円(約18%)、繊維・製品が3,149億円(約38%)を占めています。

(Source: https://ssl4.eir-parts.net/doc/3401/tdnet/1963311/00.pdf)


マテリアル事業は、4つのセグメント(アラミド繊維、炭素繊維、樹脂、複合成形材料)で構成されています。マテリアル事業の中でも、近年帝人が注力しているのが、複合成形材料です。この点については、後半で詳しくご紹介します。



常に変化してきた帝人とM&A

この記事を書くにあたって、当初はここ10年ほどのM&A案件のみをご紹介しようと思っていたのですが、調べていくうちにもう少し時間軸を伸ばした方がいいのではないか、と思うようになりました。それは、M&Aを通じて時代のニーズを捉えていくという帝人の方針に、創業から現在までの沿革が深く関わっているように見えたからです。帝人のホームページにある「歴史」というページを参考に、マテリアル領域にフォーカスしながら沿革をご紹介します。


なお、直近の帝人から公開されている資料では、マテリアル事業と繊維・製品事業が分けて記載されていますが、歴史的には両事業がシームレスにつながっているため、どちらも含めてマテリアル事業と捉えることにします。


1918年の創業〜1970年代

1918年に創業された帝人は、1927年の岩国工場(山口県)開業を皮切りに、レーヨン長繊維の製造を開始。1936年からレーヨン短繊維、1942年から強力レーヨン(高純度の木材パルプを用いた、普通レーヨンよりも強度が高く耐熱性に優れたレーヨン)の製造を開始しました。


レーヨンは再生繊維(木材パルプやコットンリンターに含まれているセルロースを一度薬品で溶解し、引き延ばして凝固させて製造する繊維)に分類されますが、帝人は1951年から半合成繊維(天然のセルロースに、化学品を用いて製造する繊維)に分類されるアセテート長繊維の製造に着手しました。


1957年には、合成繊維(石油等の原料を化学的に合成して製造する繊維)の製造に着手します。イギリスのCIC社から技術導入許可を取得してポリエステル繊維の製造を、その後アメリカのアライドケミカル社の技術導入許可を取得してナイロン繊維の製造を開始しました。


創業から1970年代までの約50年間は、天然繊維メーカーから、合成繊維を含めたマルチ繊維メーカーへと発展した時代でした。


1970年代〜1990年代後半

1970年代〜1990年代後半は、事業を多角化させた時代でした。


1971年にはレーヨン事業から撤退し、繊維事業は化学繊維にシフトしていきます。また、1970年代にゼロから参入したのが、医薬事業です。当時の帝人は、多角化を狙って新規事業を次々と企画していましたが、その中の1プロジェクトだったのが医薬事業です。西ドイツのベンリンガーインゲルハイム社と提携し、それから新薬を続々と上市していきます(医薬事業の立上げから主力事業の1つに成長するまで育て上げていく流れも興味深いのですが、今回はマテリアル領域にフォーカスするため、割愛します)。


マテリアルに関しては、フィルム事業の展開と、海外進出が目立った時代です。インドネシア、タイ、シンガポール等の東南アジア・ヨーロッパ・アメリカに製造・販売拠点を構えました。


1990年代後半〜2000年代後半

1990年代後半〜2000年代後半にかけては、その後のマテリアル事業の将来を大きく変えるような出来事がありました。炭素繊維事業への進出を狙って、1999年に東邦レーヨンを買収したのです。


炭素繊維は、高い耐熱性が要求されるロケットの噴射口に最適な材料としてアメリカで1950年代から研究開発が進められてきましたが、日本では1970年代に東レ(念のため、上記の東邦レーヨンとは別の「東レ」です。)がその将来性を見込んで大胆な投資を行い、炭素繊維事業を本格化させていました。「軽量で高強度」という素材としての魅力はありつつも、当初は大きな市場が見えていなかったという炭素繊維ですが、オイルショックで航空機の低燃費化に対する関心の高まりを受けて、ボーイング社・エアバス社が続々と航空機用部材に炭素繊維を採用。欧米の炭素繊維メーカーが1990年ごろまでに相次いで撤退していたこともあり、東レや東邦レーヨンを中心とする日本の炭素繊維メーカーは世界で高いシェアを誇っていました。そのタイミングで、帝人は業界第2位だった東邦レーヨンを子会社としました。


当時の帝人の社長である安居氏の回顧録には、帝人のマテリアル事業戦略に関する方針が書かれており、参考になります。安居氏が社長に就任した1997年時点、帝人の売上高は連結で6,000億円台。素材メーカーとして世界で戦うにはまだ規模が小さいため、柱となる繊維・フィルム・高機能樹脂の3事業で市場のシェアを高めるべきだと考えましたが、その鍵となったのがM&Aでした


まず、繊維事業の強化として行ったのが、炭素繊維とトワロン繊維をラインナップに加えることでした。炭素繊維を東邦レーヨン買収、トワロン繊維をオランダのアコーディス社からの事業買収によって、繊維事業ポートフォリオに加えます。また、フィルム事業については、アメリカのデュポン社と合弁会社を設立し、世界7ヵ国で事業展開。樹脂事業は自力で拡大し、シンガポール・中国に進出しました。


M&Aで主力事業を強化する一方、そうした中核となる事業と関連の薄い事業からは撤退し、黒字経営ができている会社でも約50社ほど売却して整理したそうです。



2000年代後半〜2010年代

2000年代後半から、帝人は先進複合材料の研究開発を加速させていきます。2008年、静岡県御殿場市に拠点を構えるジーエイチクラフト社を買収しました。同社は複合材料の設計・製造に優れた技術を持っており、帝人が持つ各種素材を融合させることで、シナジー創出を狙いました。ここから、主に自動車・航空機を中心とする産業向け複合材料開発が、帝人が注力する事業の1つになっていきます。



2010年代のM&Aとマルチマテリアルプラットフォーム

レーヨンメーカーから始まり、その時代のニーズに合わせて変化してきた帝人ですが、上述の通り、2010年代以降は、自動車・航空機向けの複合成形材料分野で、M&Aを活発に行っています。


2017年:Continental Structural Plastics Holdings Corporation(以下、「CSP」)を買収

CSPは1969年にアメリカで創業された、ガラス繊維を用いた複合材料部品を製造・販売する企業です。主に自動車向けに部品を供給しており、General Motors、Fordを中心とする北米のTier1自動車メーカーが顧客リストに並びます。


当時のCSP買収に関連するニュースには、「炭素繊維だけでなく、ガラス繊維やアルミニウム、ハイテンション鋼など、使いやすい素材を使いやすい形で自動車メーカー向けに提供できるように...マルチマテリアルの供給メーカーになる」ことが帝人の狙いとして記載されています。


帝人のマルチマテリアル戦略は、例えばEVシフトが起きている自動車業界のように変化の激しい市場において、異素材との複合化も視野に入れながら、コストや成形性など顧客のニーズを先取りした柔軟な部材の提案ができる体制構築を目指しています。



2018年:Zieglerを買収

Zieglerは、1864年にドイツで創業された、不織布を用いた自動車向け吸音材を製造・販売する企業です。同社は不織布の加工技術に強みを持っており、表面の高級感を維持しながら高い機能性を持つカーシートを、自動車メーカーに提供しています。


買収時のプレスリリースによれば、買収当時のZiegler社の売上高は6,900万ユーロ(≒90億円)で、買収金額は1億2,500万ユーロ(≒195億円)です。


Zieglerは、ヨーロッパに4拠点、そして中国にも1拠点を持っており、帝人が推進するグローバルな自動車向け複合材料事業戦略の一環で、買収されました。


2018年:Inapal Plastics(以下、「Inapal」)を買収

Inapalは、1991年にポルトガルで創業された、自動車外板部品向けに複合材料部品の設計・加工を行う企業です。同社は、GF-SMC(Glass Fiber-Sheet Molding Compoundの略で、ガラス繊維に熱硬化性樹脂を含浸させて成形したシートを用いた材料)、CF-SMC(Carbon Fiber-Sheet Molding Compoundの略で、炭素繊維に熱硬化性樹脂を含浸させて成形したシートを用いた材料)を用いた部品を、ヨーロッパのTier1自動車メーカーを中心に供給しています。


買収時のプレスリリースによれば、買収当時のInapal社の売上高は3,200万ユーロ(≒50億円)、買収金額は非公開で、「複合材料事業の米州拠点であるCSP社の生産・販売体制、先ごろ買収を決めた...Ziegler社の販売チャネルを活用し、新たなビジネス展開を図るなどシナジーを追求していきます。」と書かれています。



2019年:Renegade Materials Corporation(以下、「Renegade」)を買収

Renegadeは、2007年にアメリカで創業された、航空・宇宙用途向けに高耐熱熱硬化プリプレグ(CF-SMCに似ていますが、CF-SMCが炭素繊維を樹脂中に分散させるのに対して、プリプレグは連続した炭素繊維に樹脂を含浸させたもの)を製造・販売する企業です。


帝人は航空機の一次構造材、二次構造材向けに炭素繊維製品を30年以上供給しており、プリプレグについても研究開発を重ねてきたという歴史がありますが、Renegadeは特に技術的に難しいとされる、低毒性原料を用いたポリイミド樹脂による高耐熱性と熱サイクル耐性に優れたプリプレグを製造できるという強みを持っており、航空機メーカー・航空機エンジン関連メーカーを顧客に抱えています。なお、買収金額は非公開です。


2019年:Benet Automotive(以下、「Benet」)を買収

Benetは、1993年にチェコで創業された、複合材料部品を製造・販売する企業です。炭素繊維・ガラス繊維を用いた複合材料の成形技術、および自動車部品の塗装・組立設備を保有しています。


買収時のプレスリリースを参考にすると、ヨーロッパ向けの自動車向け複合材料事業を拡大させたい帝人にとって、チェコというロケーションが持つ意味合いが大きかったようです。チェコは中東欧の中心部で、有力自動車メーカーが生産拠点を構えています。BenetはすでにVolkswagen・BMW等、ドイツのTier1自動車メーカーに部品を採用された実績を持ち、帝人はこのチャネルを活用することができます。買収当時、Benetの売上高は3,500万ユーロ(≒55億円)だったそうです。



ここからは、M&Aではなく出資になります。


2020年:フローディアへ出資

フローディアは、2011年に日本で創業された、組込み型不揮発性メモリーを開発する企業です(IDATEN Ventures出資先)。


出資時のプレスリリースによれば、「軽量性や強度など、これまでマテリアルにより提供してきた高付加価値に加え、将来の人々の生活製品の使用や機能の向上に必要なビッグデータを演算・解析する技術を取得することで、より幅広い付加価値を提供できる可能性を模索していました。」と書かれています。


フローディアは、エッジデバイスでのAI演算処理にかかる消費電力の大幅な低減できる不揮発性メモリーの開発を進めていますが、ソフトとハードが交差するエッジAIは、帝人にとって新たな事業展開のベースになるのかもしれません。


2020年:APBへ出資

APBは、2018年に日本で創業された、全樹脂電池の開発・販売を行う企業です。全樹脂電池は、電池部材全てが樹脂で構成されており、帝人はナノカーボンの提供などを行うそうです。



帝人のオープンイノベーション


帝人は、グループ内外との共創を通じて、マテリアル・ヘルスケア・繊維それぞれの事業領域を掛けわせた新製品の創出を狙っています。

(Source: https://www.teijin.co.jp/rd/strategy/)



これまでの帝人のM&A・出資案件を見ると、マテリアル領域で帝人とシナジーを出していくためには、3つの観点があるかと思います。新素材・地域・ソフトウェアです。


まず新素材についてです。帝人は時代のニーズに合わせて新素材を取り込んできました。そういう意味では、まだ帝人が扱うことのできていない素材の開発・製造・加工技術を持つ企業は、帝人との間でシナジーを生むことができるかもしれません。


次に地域です。帝人の歴史を見ると、(スタートアップ出資ではなくM&Aですが、)グローバルな事業展開の足がかりとして、その地域で存在感を持つ企業と資本関係を持っています。現在の注力地域はヨーロッパ・北米・中国が中心ですが、これから異なる地域への進出ニーズが出てくるかもしれません。その時に、その地域特有のマテリアルニーズを捉えた技術を持っている企業などは、帝人と相性が良いと思われます。


そして、最後がソフトウェアです。フローディアへの出資プレスリリースに「より幅広い付加価値を提供できる可能性を模索」と書かれていましたが、今後はマテリアル(あるいはヘルスケアにも適用可能な)と組み合わせるソフトウェア技術が注目されていくのではないかと思います。


今回は、これで以上になります。マテリアルに関連する領域で事業を行っているスタートアップのみなさまのご参考になれば幸いです。


IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について

フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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