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Microsoftを率いるSatya Nadella氏の頭の中に迫る

Writer: Shingo SakamotoShingo Sakamoto

Microsoftの勢いが止まりません。このブログを書いている2023年6月26日時点で、同社の株価は約335ドル、時価総額は2.49兆ドル(≒357兆円、為替レートは2023年6月26日のものを使用)にのぼり、Microsoft史上最高値(約343ドル)を記録した2021年11月に迫る勢いです。

(Source: https://www.google.com/finance/quote/MSFT:NASDAQ?sa=X&ved=2ahUKEwjIzqzEl-H_AhXyulYBHXNxCokQ3ecFegQIHBAZ&window=5Y)


Microsoftというと、Excel・Word・PowerPoint等のOffice 製品や、Windows OSが有名ですが、株価を見ると2000年代〜2010年代半ばの時期は、やや停滞していた印象です。しかし、2010年代半ばから急成長が始まると、いまではAppleに次いで世界2位の時価総額を誇る企業へと変貌を遂げました(2023年5月末時点)


今回は、Microsoft再興の立役者となったCEO Satya Nadella(サティヤ・ナデラ)氏を取り上げてみることにしました。彼がCEOに就任してから3年経過した2017年に発表した自著「Hit Refresh(ヒット・リフレッシュ)」を参考に、Nadella氏とは何者なのかを紐解きつつ、なぜMicrosoftは生まれ変わることができたのか、そして、今後Microsoftはどういった方向に向かっていくのか考察してみたいと思います。

(Source: https://pixabay.com/ja/photos/建物-ケルン-ファサード-建築-1011876/)


Nadella氏就任以降のMicrosoftについて

Nadella氏は、Microsoftの3代目CEOです。Bill Gates氏(1985-2000年)、Steven Ballmer氏(2000-2014年)からバトンを受け継ぎ、2023年6月現在もMicrosoftのCEOを務めています。


Microsoftに入社したのは1992年で、最初はエバンジェリスト(自社の製品やサービスをわかりやすくユーザーに伝える職種)として活躍した後、VOD(ビデオオンデマンド)サービスのプロダクトマネジャー、オンライン検索サービス(現在のBing)のエンジニアリング責任者、クラウド&エンタープライズ事業責任者等を経て、CEOに就任しました。



Microsoftは巨大な企業であり、ある功績に直接貢献した人物を明確にすることは簡単ではありませんが、少なくともNadella氏がCEOになってから以下のことが起こったのは事実です。


◆クラウド市場において、Microsoft Azureは、2018年時点では20ポイント以上離れていたAWS(Amazon Web Service、Amazonのクラウドサービス)に対して、2023年時点では9ポイントまで迫ってきています(AWS:Azure = 32%:23%)。

(Source: https://www.srgresearch.com/articles/q1-cloud-spending-grows-by-over-10-billion-from-2022-the-big-three-account-for-65-of-the-total)



◆ビジネスコミュニケーションツール市場では、2016年にローンチしたMicrosoft Teamsが、わずか2年強で先行するSlackのDAU(Daily Active User)数を追い抜きました。

(Source: https://kinsta.com/jp/blog/microsoft-teams-vs-slack/)


2018年に買収したGithubは、2018年にユーザー数が2,800万人だったところから、2021年には7,300万人と約3倍に増加し、文字通り世界で最も使われているコラボレーション開発ツールの1つになりました。



直近、Microsoftが最も注力しているのが、OpenAIとの資本業務提携を通じて展開するAzure OpenAI Service(「Azure」というMicrosoftのクラウドサービス上で、OpenAIが開発した大規模言語モデルと、Microsoftが独自開発した機能を合わせて利用することができるサービス)です。毎週のように新機能がローンチされるAzure OpenAI Serviceの様子を見ると、Microsoftが本気でAWSを追い抜こうとしている気概が伝わってきます。




「Hit Refresh」から学ぶNadella氏の経営哲学


「Hit Refresh」は「リフレッシュボタンを押そう」という意味で使われており、もう一度Microsoftのミッションを明確にし、閉塞感漂う社内カルチャーを刷新してイノベーションを取り戻そう、という一連のキャンペーンを表しています。


「Hit Refresh」にはNadella氏自身の幼少期・キャリア・家族に対する価値観が色濃く反映されており、それら全てが統合されて「Microsoftが向かう先」が描かれているように感じました。


ここからは、本書を読んで感じたポイントを、キーワードごとにまとめていきます。薄灰色の部分は本書からの引用部分になります。中でも重要と思う分は太字にしています。


共感

本書に幾度となく登場するキーワードが「共感」です。

  • 長い間にさまざまな経験を経るうちに、心から情熱を捧げられる哲学を築き上げた。それは、「新しいアイデア」を「他者への共感力の向上」に結びつけることである。(Source: “Hit Refresh(Japanese Edition | Kindle版)” p.16)

  • 私は、障害を持つ人に共感する。スラム街やラストベルト地域、あるいはアジアやアフリカやラテンアメリカの開発途上国で必死に生計を立てている人々...成功を夢見て努力する中小企業の経営者...肌の色や信条、愛する人のために暴力や憎しみの標的になっている人に共感する。私の理想は、発売する製品、参入する新市場、社員や顧客やパートナー企業など、自分が追求するあらゆるものの中心に、共感を据えることにある(Source: “Hit Refresh(Japanese Edition | Kindle版)” p.19)


Nadella氏は、CEO就任にあたって、「この新たな役職(CEO)での私の存在理由は何か?」という問いに明確に答える必要があると述べ、そのキーワードの1つに「共感」を挙げています。Nadella氏は就任後すぐに、何百人という社員1人1人の声に耳を傾け、それぞれが感じている不満・不安を把握していったそうです。また、連携がいまひとつ取れていなかった幹部メンバーの団結力を高めるため、自己開示する場を多く創出し、それぞれが成し遂げたいことを共有するよう促しました。


Nadella氏は、「共感」の重要性を理解するようになったきっかけとして、クリケットとご家族の存在を挙げています。まず、Nadella氏はプロ選手を目指していたほどのクリケット好きで、幼少期から長らくプレーしていました。ある時Nadella氏は試合で続けてミスをしていまい自信を失いかけていた時、キャプテンが自信を取り戻せるようケアしてくれたことをきっかけに、共感を通じてチームメンバーのポテンシャルを最大限引き出すことこそがリーダーの役割だと学んだそうです。


また、Nadella氏の息子(Zain氏)は子宮内窒息の影響で、出産後も集中治療を続けなければいけない難病を患っていたそうです。自分の力だけではどうにもならない中で、息子のために尽力し続ける奥様・看護スタッフの姿を見て、他者の痛みを理解し、寄り添うことの重要性を学んだそうです。


変化に対する考え方

前述の息子の看病について書かれているパートで、気になった箇所がありました。それが以下の箇所です。

  • 私は、夫として、父として、さまざまな感情の浮き沈みを経験した。そのおかげで、多種多様な特徴を持つ人をより深く理解できるようになった。...こうした経験の中で、インド出身の最も有名な人物、仏陀の教えも知った。...仏陀は世界的な宗教を創設するつもりなどなく、ただ人間がなぜ苦しむのかを理解しようとした。そして、私たちは人生の浮き沈みを通じてのみ他人に共感できるようになること、あまり苦しまないで生きるためには、万物の「無常」に慣れなければならないことを説いた。確かにZainが幼い頃の私は、息子の状況が「永遠不変」なことに悩んでいた。しかし、万物は常に変化していく。無常を深く理解できれば、平静を保っていられる。人生の浮き沈みに一喜一憂することもない。その時に初めて、身の周りのあらゆるものへの深い共感や、思いやりの気持ちを持てるようになる。コンピューター科学者でもある私には、この簡潔な人生の「命令セット」が気に入った(Source: “Hit Refresh(Japanese Edition | Kindle版)” p.18)


Nadella氏がCEOとして自らに課したミッションの1つは「変革」です。実際に力強いリーダーシップでMicrosoftの変革を推進したNadella氏ですが、私は本書を読んだ際、上記のような経験を通じて「変化に対するスタンス」が形成されたのではないか、と思いました。インドという環境、宗教、家族との関わりを通じて、万物は流転するため永遠に同じ状態でいることは難しい、ということを前提に据え、いくらMicrosoftがWindows OSやOffice製品で大きなシェアを持っていても、マーケットは必ず変化するので、それらに依存している現状を打破して自ら変わる必要がある、と心の底から信じることができたのではないか、と。


また、「変化の受容」という観点では、住み慣れたインドを離れて渡米するきっかけになったエピソードも印象的でした。Nadella氏は、日本でいう中学〜高校に相当する時期、ハイデラバードにある学校に通っており、そこでのびのびとクリケットに勤しんでいました。「当時の夢はそれなりの大学に入り、ハイデラバード代表としてクリケットをプレーし、最終的には銀行に就職することだった」そうです。それに対して、危機感を持った父親は、ハイデラバードから出ていくよう決断を迫りました。結局、Nadella氏はその後インドを離れ、米国の大学院で電気工学の修士号を取得し、Sun Microsystemsを経てMicrosoftに入社することになります。居心地の良い環境を捨て、親族のいない米国に移住したことは、Nadella氏にとって大きな転換点となったようです。



Right Timing, Right Place

本書を読んでいて感じたのは、Nadella氏が常に「正しいタイミングで、正しい場所にいる」ということです。まず、マクロで見ると「インドの独立」「米国移民政策の変化」「世界的なITブーム」の3つがNadella氏の20〜30代を追い風として支えています。


◆「インドの独立」について。インドが正式に英国から独立したのは1947年ですが、Nadella氏が父親の転勤に伴って各地を転々とした1960〜70年代は、ネルー首相政権下で進む自治化を背景にあちこちで変化が感じられ、国民教育にも多額の予算が注がれ始めた時代だったそうです。


◆「米国移民政策の変化」について。1965年の移民国籍法改正によって、各国ごとに定められていた移民受け入れ割り当てが撤廃され、技術を持つ人であれば米国に移住できるようになりました。Nadella氏は1988年にWisconsin大学で電気工学修士を取得しました。


◆1990年代から「世界的なITブーム」が始まります。その前に、米国でソフトウェアエンジニアとして働くことができる権利を有していたことが、その後のキャリアに大きな影響を与えたそうです。


また、2008年にNadella氏はオンライン検索・広告事業のエンジニアリング責任者に任命されましたが、ここでの経験が後にCEOとして示すべき経営方針のヒントとなっているようです。この事業はのちのBingという検索サービスにつながる事業でしたが、ここで彼は、1)分散コンピューティングシステム(拡張性と高品質を両立する)、2)アジャイル開発(早く製品をローンチし顧客の声を聞きながら改善する)、3)機械学習の応用の重要性を痛感します。これらはいずれも、Nadella氏がCEOになってから大方針として掲げた「クラウド化」に必要なピースとなります。


この「正しいタイミングで、正しい場所にいる」というのは、個人のキャリアに限らず、ビジネスにおいて非常に重要なポイントだと思います。本書を読むと、Nadella氏は嗅覚が非常に良い印象で、折々で「その次の時代に必要となる技術・事業」にフライングで触れることができているのが強みなのかなと感じました。


アライアンス

Nadella氏がCEOになってから推進したことの1つに、アライアンスが挙げられます。その一例が、 CEO就任直後の2014年に発表したAppleとの提携です。Nadella氏は顧客中心主義を掲げ、あらゆるデバイスからOffice製品を利用できることが価値につながると考えていました。そして、2014年にiOS版Office製品の提供開始、およびAppleの新製品であるiPad ProでOffice 365を利用できるよう連携を深めていくと発表しました。


また、Appleだけでなく、Googleと協力してAndroidプラットフォーム上のOffice製品活用を進める、Meta(旧Facebook)と協力してFacebookアプリをあらゆるWindows製品上で利用できるようにする、MicrosoftのHololens(XRヘッドセット)とライバル関係にあるOculus RiftからMinecraft(ゲーム)を利用できるようにする等、積極的にアライアンスを進めました。


Nadella氏のアライアンスに対する考え方は、本書でいくつか登場しています。

  • 私は、こうした広告的価値を求めて提携を進めたわけではない。...PRを唯一の目的に、優れたパートナーシップを築くのは極めて難しい。私にとって提携とは(ライバル企業との提携の場合は特に)、会社の中核事業を強化するものでなければならない。それは結局、顧客への付加価値提供につながる(Source: “Hit Refresh(Japanese Edition | Kindle版)” p.141)

  • こうした提携は...特定の製品やサービスで競合関係にある企業と、時には不安を伴いながら行われる場合もある。...私たちは現実に向き合わなければならない。Bing、Office、Cortanaといった優れた製品を持っていたとしても、ほかの企業が独自の機器やサービスで市場に強力な地位を築いているのであれば、それを傍観してはいけない。それぞれの製品を相手の人気プラットフォーム上でも利用できるように、賢明な形で提携する方法を見出す必要がある。(Source: “Hit Refresh(Japanese Edition | Kindle版)” p.142)


本書の中には、こうした提携の裏で行われる駆け引きや、うまくいかなかった交渉も紹介されていますが、いずれにしてもNadella氏が一貫して主張するのは、「顧客はデバイスやOSに縛られることなく、あらゆるアプリケーションを利用できた方が良い」というシンプルなものです。そのために、クローズドではなくオープンで、製品中心主義ではなく顧客中心主義でいることが、これからのMicrosoftにとって重要であると述べています。


複合現実、人工知能、量子コンピューター
  • 複合現実、人工知能、量子コンピューターは現在、別々に研究が進められているが、これらはいずれ一つになるだろう。私たちはそう確信している。(Source: “Hit Refresh(Japanese Edition | Kindle版)” p.159)


本書の最終章冒頭は上記のような宣言から始まります。Microsoftが注力するクラウドビジネスの先にある3つの重要テクノロジーとして、Nadella氏は、XR(複合現実)、AI(人工知能)、量子コンピューターを挙げています。


こういった「将来必ず重要になる」一方「やや未来的なきらいもある」テクノロジーに対するNadella氏のスタンスを表しているのが以下の部分です。やや長いですが、とても重要な部分だと思ったので、そのまま引用いたします。

  • テクノロジー企業がこうしたいくつもの動向を見逃せば、必然的に後れを取ることになる。だが言うまでもなく、現在の中核事業をなおざりにし、まだ真価のはっきりしない未来のテクノロジーを追求するのは危険だ。...過去を振り返ってみると、Microsoftもまた、このバランスをとるのに苦労していた時期があった。実際のところわが社はiPadよりも先にタブレットを発売していた。Kindleより以前から電子書籍リーダーの開発を進めていた。だが、...市場に完璧なソリューションを提供するという徹底したデザイン思考が欠けていた。さらに、ライバル企業に先を行かれてもすぐに追いつけるという過信がどこかにあり、そのような戦略に危険が内在することに気づかなかった。...私たちは、こうしたすべての経験から教訓を学んだ。未来への投資に法則はない。...私たちは、新たなテクノロジーや新たな市場に、積極的かつ集中的に投資を続ける必要がある。(Source: “Hit Refresh(Japanese Edition | Kindle版)” p.160)


興味深いのが、こういった先端テクノロジーへの投資について、上記のような経営的観点から必要性を説明する一方、どういったステップで実現していくべきかについては、どちらかというと「エンジニア的視点」から具体的に書かれている点です。それぞれのテクノロジーの「理想の姿」と「現在のレベル」が現実的な視点で書かれており、長い道のりとなることを理解したうえで投資を続けていくという覚悟を表明しています。


本章のAIに関する箇所を見ると、2023年6月現在Microsoftが展開しているOpenAIとのアライアンスは、Nadella氏が思い描いた長期ロードマップの1ピースに過ぎないように思えてきます。2017年の執筆当時から、Microsoftはいずれ汎用AIを実現し、Office製品等のアプリケーションに組み込んでユーザーが利用できること、世界中の開発者らがAI機能を利用できることを目指しています。実際に、MicrosoftはOpenAIのGPTシリーズをOffice製品に組み込んだ「Microsoft 365 Copilot」、Githubに組み込んだコーディング支援サービス「Github Copilot」、そしてAzure上で開発者がGenerative AI関連技術を利用できる「Azure OpenAI Service」を次々と展開しており、当初の目標に向かって邁進しているように思います。



本書を通じて、改めて印象的だったポイントを3つまとめてみました。

  • 「再興」という言葉からもわかる通り、Microsoftが「クラウド」「モバイル」の波に乗り遅れたことをメタ認識し、その反省を活かして今後は積極的な攻勢を仕掛けていく、という強い気概を持っている。

  • Nadella氏は、テクノロジーと同じかそれ以上に、企業文化を重視しており、Microsoftの再興には欠かせないと考えている。そして、そのためにリソース(金と時間)をしっかりと注いでいる。社員の自律・モチベーションアップを重視する姿勢は、クリケットというチームスポーツから影響を受けた部分が大きそう。

  • OpenAIとの提携は、Nadella氏が描く長期ロードマップの1ピースに過ぎない。将来必要となるテクノロジーに長期目線で投資している。そして、あらゆるテクノロジー投資は、Microsoftが掲げる、あらゆる人に生産性を向上させるテクノロジーを届けることをミッションにつながっており、その実現に向けて今後邁進を続ける覚悟がありそう。


今回はこれで以上になります。時価総額2.5兆ドル企業のトップが考えていることを、本人の言葉を通じて知ることができ、私自身大変勉強になりました。もし今回のテーマ(といっても切り口が多すぎる気もしますが)に関心をお持ちの方がいらしたら、ディスカッションしましょう!


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フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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