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Writer's pictureShingo Sakamoto

ARは製造業にどう貢献するか?

Updated: Mar 1, 2023

今回は「ARは製造業にどう貢献するか?」というテーマで書いていきます。


まず最初に、単語の定義を整理しておくのが良いと思いますので、AR・VR(・MR)について解説します。


その次に、AR・VRがどのように製造業で活用されると言われているのか、海外のレポートやブログを参考にしながらご紹介します。


それから、製造業におけるDXという観点から考えた時に、ARはどういった位置付けになるのか、考察してみたいと思います。


(Source: https://pixabay.com/ja/photos/%E4%BA%BA-%E7%94%B7-%E5%8F%A3%E3%81%B2%E3%81%92-%E4%BB%AE%E6%83%B3%E7%8F%BE%E5%AE%9F-2557494/)



AR・VR・MRについて


まず、AR・VR・MRについて、どういった技術なのか確認します。Intelのサイトでは、以下のように書かれています。


AR(Applied Reality、拡張現実)
「ARは現実世界の要素にデジタル情報を重ね合わせます。Pokémon GO*は最もよく知られた例です。」

VR(Virtual Reality、仮想現実)
VRは人の感覚を錯覚させて、実際の環境とは別の環境や世界に自分がいるかのよう感じさせるので、完全な没入感が得られます。ヘッドマウント・ディスプレイ (HMD)またはヘッドセットを使用して、コンピューターが作り出すイメージとサウンドの世界を体験します。

MR(Mixed Reality、複合現実)
MRは現実世界とデジタル要素を融合します。複合現実では、次世代のセンサーや画像テクノロジーを使用して、物理的なアイテムや環境と仮想的なアイテムや環境の両方とやり取りや操作を行います。複合現実により、周りの世界を見たり、そこに入り込んで自分の手を使って仮想環境とやり取りできます。これはすべてヘッドセットを着けたままで行います。

AR=「現実空間にデジタル情報を投影すること」、VR=「デジタル情報空間に人間が入り込むこと」、と私は理解しています。テーマとなる場所が、ARは現実空間であるのに対し、VRはデジタル情報空間です。MRはAR・VRを融合したもので、没入的な空間に現実情報とデジタル情報が混合的に存在しています。


AR・VRの歴史

実はこれらの技術は近年になってパッと出てきたものではありません。


Wikipediaによると、VRの最初の構想は1935年の短編小説「Pygmalion’s Spectacles」に登場しているそうです。実際に技術開発が始まったのは1960年代で、そこから半世紀ほど着実に研究開発が進み、2010年代になってVRへの投資が加速。そして、2016年が大きなターニングポイントに。米国のPCゲーム会社Valve Corporationと台湾の携帯端末メーカーHTC Corporationが共同開発した「HTC Vive」、Oculus社が開発した「Oculus Rift」、Playstation 4に対応した「PlayStation VR」、これら3つのヘッドマウントディスプレイ(HMD)の発売によって一気に市場が開かれました。こうした技術発展もあり、2016年はVR元年と言われています。


ARは、VRとはまた少し違った歴史を持っています。こちらのまとめ記事によれば、私たちが現在「AR」と認識している概念は、1990年にTom Caudell氏が名付けたものであると言われています。飛行機メーカーBoeing社の研究員だったCaudell氏が、ケーブル作業の支援ツールとしてARの開発を行っていたとか。1990年代に入るとAR技術は急激に発展し、1992年に米国空軍の研究所で航空機の操作能力向上のために開発された「Virtual Fixtures」は、現在のARが持つ基本機能をほぼ全て備えていたと言われています。


その後、2013年にGoogleが「Google Glass」を発表したことが、グラス型AR普及のきっかけとなりました。2016年にはMicrosoftが「Hololens」を販売し、高精度の音声認識とハンドジェスチャ操作を兼ね備えたHMDが利用可能に。ハードウェアの開発が進んだ後、開発プラットフォームの整備が進みます。2017年にAppleが「ARKit」、Googleが「ARCore」を発表しました。今でもこれらの開発プラットフォームは、AR開発のインフラとなっています。


MRはARとの境界が少し曖昧で、Microsoftの「Hololens」をARだという人もいれば、MRだと主張する人もいます。いくつかの言説が混在しているため、本記事においてはARとMRはあまり区別せずに扱うことにします。


必要となるハードウェア

ARやVRを体験するためには、対応するハードウェアが必要になります。ARは現実世界を映すため、ウェアラブルタイプのゴーグル・グラス、あるいはハンディデバイスのスマートフォン・タブレットを用います。一方で、VRは主体がデジタル情報空間に没入する必要があるため、視界を完全に覆うゴーグルを使います。


ウェアラブルタイプは、透過性(実環境をどれだけ透過して見ることができるか)と映像チャネル(単眼、双眼、両眼)によって、さらに細かく分類することができます。


まず、透過性については、大きく次の2種類に分けられます。

  • 主体がデジタル映像のみしか観察できない非透過式

  • 外界とデジタル映像どちらも同時に観察できる透過式


そして、映像チャネルは3種類に分けられます。

  • 左右どちらかの眼にデジタル映像が映し出される単眼

  • 左右両方の眼にデジタル映像が映し出される双眼

  • 左右それぞれの眼に独立したデジタル映像が流れる両眼

詳細な説明は省略しますが、対象を立体的に捉えやすいという観点から、3番目の両眼タイプがARに最も適するデバイスと言われています



製造業におけるAR・VRのユースケース


PwCのレポートには、AR・VR技術を活用する大きなチャンスが、製造業にあると書かれています。


まず、製造業におけるVRの活用事例として期待されるのが、教育とセールスの部分です。同レポートは、従業員教育や手順テストをバーチャルで行うことができる点をメリットとして挙げています。その例として、(製造業のユースケースではありませんが)軍では兵士がパラシュート訓練や爆弾処理に、VRを用いた訓練を行うことで、臨場感のある中で実戦に近い体験を得ることができていると言っています。


さらに、セールスにおいてもVRは活躍します。HMDを装着した顧客は、実店舗に足を運ぶことなく、自らの目で商品のデジタル情報を確かめることができます。テスラがオンラインで自動車を販売していることは有名ですが、例えばVRを使うことによって、まるでテスラのモデル3を目の前で眺めているような感覚を得ることができるでしょう。



一方で、PwCのレポートは、VRの可能性を評価しつつ、製造業においては現実世界への情報付与を行うARの方がインパクトが大きい、と指摘しています。確かに、前章で確認した通り、歴史的には、ARは製造業を便利にするという文脈の中で発展してきました。


よりイメージしやすくするため、まず、Microsoftが作っているこちらの動画をご覧いただくのが良いかと思います。Microsoft社が開発したHMDの「Hololens」を製造業で活用するユースケースです。

(Source: https://youtu.be/EIJM9xNg9xs)




また、こちらのブログは、製造業のどんな場面でARが使われ得るかを、5つのユースケースに分けて列挙しています。


1.組立て

ARを使って、複雑な組立て工程の手順をガイドします。複数の部品を使って製品を組立てる場合、どの部品をどういった向きで取付けるべきかを考えるうえで、視界に映し出されたデジタル立体映像を頼りに作業することができます。


2.メンテナンス

紙のマニュアルやタブレットを参照する代わりに、対象設備の上に、手順や交換部品のデータを映し出すことができます。


3.専門家支援

ARを使って専門家のレクチャーをリアルタイムに受ける、という使用方法があります。技術者は、ウェアラブルデバイスやハンディデバイスを通じて、専門家が現実世界のポイントに注釈をつけながら行うレクチャーを受けることができます。このような体験は、ZoomやTeamsといったオンライン会議ツールを使っても、現時点ではまだ得ることができません。


4.品質管理

決まった手順をガイドするだけでなく、AIと組み合わせて、より高度な使い方をすることができます。例えば、目視検査において、対処すべき箇所や、欠落している部分を特定したうえで、取るべき手順をARがデジタル情報として視野に提示してくれるのです。ARグラスをつけた目視検査員の視界には、異常箇所がデジタルな赤枠でピックアップされ、「ヤスリで磨く」「切削機械で削る」あるいは「修復不可能につき屑化」などのアクションが映し出されます。


5.在庫管理

タブレットや紙を参照しながら、倉庫内の在庫位置を調べるのではなく、ゴーグルやディスプレイを通じて、棚にどんな部品が収納されているかを把握することができます。位置が明示されるため、探索コストが下がることが見込まれます。




製造業DXにおけるARの位置付けと役割


この章では、製造業を加速させると言われることのあるARが、製造業DXの中でどういった位置付けとなり、どのような役割を担うのかを考察していきたいと思います。


製造業におけるDXとは何か

AR・VRは、どちらも興味深い技術であることに間違いはありませんが、製造業のあり方が変化する大きな流れの中で、その技術がどんな役割を果たしているのか、ということが大事であると思います。


そもそも、製造業におけるDXとは何でしょうか?いろいろな観点がありますが、私は以下の達成が1つのゴールではないかと考えています。


製造業DXのミッション
データを活用することで、従来より圧倒的に早く・正確に・安くモノを作り、お客様により多くの価値を提供すること

Industry 4.0では、IoT・クラウドコンピューティング・デジタルツインなど、具体的な重要技術が挙げられていますが、それらは全てこのミッション実現のためにあると思っています。


なぜデータを集めて活用すると、従来よりも早く・正確に・安く作れるかというと、プロセス全体で人間が苦手な業務を機械にカバーさせることができるからです。人間は機械に比べて、いくつかの点で劣ることがあります。どんなスーパーマンも24時間ぶっ通しで働くことはできませんし(継続性)、どんな熟練作業者も1000個に1個は品質異常を見逃す可能性があります(集中力)。あるいは、鍛え抜かれた肉体を持った人間も、100度を超える高温環境で作業を続けることは難しいでしょう(耐環境性)。


また、データ処理量にも差があります。人間は知識や経験を活かして、多様なデータを標準化して結果を推論できますが、処理できるデータ量が限られています。一方で機械は、データの採取・処理量という意味では、ほとんど制限がありません。膨大なデータをクラウドに保存し、そこから次々と新たなインサイトを見つけられる可能性があります。(*ただし、集められた膨大なデータを、価値ある情報に変換する部分に、人間が介在することがあります。例えば、非構造化データを、機械学習モデルにインプットできるような構造化データにする、相関関係がありそうな変数を推測して抽出する、など。)



製造業において、IoTセンサーを通じて設備の保守を行うというユースケースは、その一例です。ベテラン作業者にしかわからない設備の異常を、「誰もがわかる定量的なデータで管理しようよ」「そのために定期点検ではなく常時データを採ろうよ」というプロジェクトが各地で行われています。そして、この設備保守の例はあくまで氷山の一角に過ぎず、これから、あらゆる工程でデータを集められるようになり、人間の経験に基づく勘ではなく、蓄積されたデジタル情報に基づいて、現場の作業や経営判断が実行されていく方向に向かっていきます。


これからは、デジタル情報に基づいて判断する部分はAI、その判断に従って制御する部分はFA機器が、さまざまな工程に染み出していき、データ収集->判断->制御->データ収集...というサイクルが高速化していくと思います。このサイクルを高速化しようとする中で、エッジで精度高く推論するAIが求められたり、高速・低遅延の通信が求められたり、といった要素技術の発展が求められてきています。(ちなみに、エッジで動く軽量なAIという点において、IDATEN Ventures 投資先のQuantumCoreは、レザバーコンピューティングというアルゴリズムを用いて、Deep Learningに比べて少ないデータから高精度の推論ができる技術を持っています。)



製造工程のAR活用は、過渡期の部分最適化手段ではないか

その大きな流れを前提とすると、製造工程のAR活用は、制御主体が人間からロボットへ移行する過渡期の、人間のポテンシャルを引き出す支援ツールでないかと思います。


最終的には、以下の動画のように、Boston Dynamicsの倉庫内ロボットがそこらじゅうを動き回って、完全無人のオペレーションになるかもしれませんが、その未来はもう少し先であると思います。人間が五感を駆使して行う柔軟な判断や、こまやかな制御調整は、そう簡単に代替できるものではありません。

(Source: https://youtu.be/yYUuWWnfRsk)



AR・VR技術の本質は、「人間が理解しやすい形で、情報を現実空間(AR)・デジタル空間(VR)に映し出す」ことであり、そのために容量が大きい3Dデータを扱っています。あくまで人間を支援し、最適な判断や制御をするために必要な情報をレコメンドしてくれる存在です。



長期的に考えた場合、その技術は製造業DXにどのような影響を与えるでしょうか?こちらのレポートによれば、ドイツ政府が2011年ごろに打ち出した「インダストリー4.0」の中核にあるサイバーフィジカルシステムは、「...スマートマシン、記憶システム、生産設備から構成され、自律的に情報を交換し合い作業指図を行い、独立して相互に制御できる機能を有する...」と書かれています。相互に制御できる、という点は非常に重要で、これが機械⇄機械であればスムーズでも、機械⇄人間⇄機械となると急にアナログになります。


そう考えると、インダストリー4.0の世界観を実現するうえでは、もしかすると、製造工程の設計をARによってより柔軟で臨機応変な対応ができるようになった人間を中心に考えすぎると、人間の処理能力の高さゆえに全体のデジタル化が進みづらくなる可能性があり、生産性が短期的に上がっても、長期的にはどこかで頭打ちになる可能性があるかもしれません。



ただし、これはベースとして比較的大規模なライン生産を行っているような製造業をイメージして書いており、どうしても手作業が多くなる少量多品種の生産現場や、手作業を要求する顧客仕様書に基づいて生産する場合は、ARは有効であり続けるかもしれません。


あるいは、どうしても人間でないといけない局面においては、ARは効果を発揮し続けるでしょう。例えば、ロボットが入れないような不整地や狭隘部での作業。ボイラーやタービン周りの配管が複雑に絡み合うような発電所の狭隘部分では、HMDを付けた作業者が活躍するかもしれません。


こういった観点から、ARは建築現場で活躍することが多いと思われます。足場の不安定さ、案件ごとに異なる内装設計、作業者が担うマルチタスクなど、さまざまな要因によって、建築現場では自動化のハードルが高くなっています。(土木現場では、建機の遠隔操作や自動運転化が徐々に進みつつある。)


実際、建築現場の生産性向上のために、ARを活用する動きが見られます。英国発スタートアップのXYZ Realityはその一例です。2017年に創業した同社は、建設現場に特化したARゴーグルを開発。建物の設計図を高精度で施工現場に投影できるようにしています。また、米国の建設スタートアップProcoreが出している記事や、Autodeskが紹介しているARのユースケースは参考になります。ただし、建築現場においても、製造現場と同じように、現場が大規模になればなるほど、大きな流れとしてはロボットの活用が進み、ARを活用した人間の介在は、限定的になっていくのではないかと思います。



ARは共創が求められる企画・設計でより活きるか

ARの特性(3Dである、現実情報とデジタル情報を同時に扱うことができる、ウェアラブルデバイスを使えば両手が空くこと等)がより活きるのは、人間同士のコラボレーションが必要となる工程でないか、と私は考えています。


例えば、エンジニアリングチェーン(企画〜開発〜生産設備準備〜製造)の最も上流に位置する企画工程。さまざまな部門の人間が集まり、設備のサイズ・形状・デザインを話し合うプロセスで、ARはパワーを発揮するでしょう。PCやタブレットを使って2Dデータを参考にディスカッションするよりも、3Dデータを複数人で見ながら、あるいは指先でオブジェクトをいじりながら議論を進めていく方が、よりクリエイティブな企画ができるかもしれません。


また、設計工程も相性が良いと思います。建設業界では、BIMの活用によって、豊富なデジタル情報を含んだ3Dオブジェクトを扱うことができる素地が、既に整い始めています。このイメージをより具体化するために、ぜひこちらのサイトを見てみてください。建設における設計・施工の各プロセスでARを使う事例が載っています。



製造業の企画・設計工程でARを活用している事例は、例えば船舶用大型エンジンの設計や、大規模な空間内の設備配置を検討する例大型機械の設置シミュレーション など、いくつかあります。すでに3D CADやBIMのソフトから、ARオブジェクトを自動生成するソリューションが出ていますが、今後もこのあたりで新しい技術が次々と登場しそうです。




いかがだったでしょうか。前半部分でご紹介した通り、本格的にAR・VR技術が盛り上がり始めたのは2016年頃からで、製造業でも、これから続々とユースケースが増えてくると思います。個別の工程で「使える・使えない」「便利・便利でない」という二元論で考えるのではなく、長期的(例えば、30年後や100年後)に製造プロセス全体が最適化されているためには、こういった新しい技術をどう使うのが良いのだろうか、という視点で考えていきたいと思います。



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フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。


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