今回は、建設業界に特化した保険サービスを提供するShepherd(シェパード)というスタートアップをご紹介します。
以前、IDATENブログで物流テレマティクス保険をご紹介しました。テレマティクス保険はドライバーの運転の安全性をIoTデバイスで計測・解析し、それを保険料に反映するという仕組みになっています。それと近いことが建設業界向けにもできないだろうか?と考えている中で、Shepherdがまさに実践しようとしていることを知りました。
Shepherdは2021年9月にシードラウンドで620万ドル(≒8億円)の調達に成功しています。今回はShepherdの課題意識、ビジネスモデル、そして描いているビジョンについてご紹介します。
なお、記事の中で、為替レート(ドル・円)は2022年8月12日時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/電卓-計算-保険-ファイナンス-385506/)
Shepherdについて
Shepherdは、2021年1月にアメリカで創業されたスタートアップです。冒頭で記載したシードラウンドはSpark Capitalがリードし、Y Combinator・Susa Ventures等の著名なアクセラレーター・ベンチャーキャピタルに加え、建設ソフトウェア業界で大きなシェアを持つProcore Technologiesが株主として参画しています。
Shepherdが当面提供予定としているのは超過賠償責任保険です。超過賠償責任保険は、被保険者(今回のケースでは建設会社)が加入する通常範囲の賠償責任保険ではカバーしきれない範囲の損害を対象とする上乗せ保険を指します。なぜ超過賠責責任保険か、という点はのちほど触れます。
Shepherdは正確には保険会社ではなく、MGA(Managing General Agent)に該当します。MGAは保険会社に代わり、契約管理・マーケティング・契約引受条件提示・再保険手配・支払保険金確定等の役割を担います。(MGAの成り立ちについては、こちらのサイトが参考になります。)
シードラウンドを報じたTechCrunchの記事によれば、ShepherdがMGAとして保険サービスを提供するターゲット顧客は、建設業界で中間層に位置付けられる企業群のようです。プロジェクト請負金額ベースでいうと、年間2,500万ドル(≒35億円)〜2億5,000万ドル(350億円)規模と紹介されています。
Shepherdが狙う市場トレンド
Shepherd CEOのJustin Levine氏は、この市場に参入した背景として、2つのトレンド強調しています。
建設プロジェクト管理ソフトウェアの普及 Shepherdの株主であるProcore Technologiesを始め、過去十数年の間に建設会社向けにソフトウェアを提供する企業は増加し、ソフトウェアの普及が進んできました。Shepherdのブログによれば、直近10年間でベンチャーキャピタルが建設テック関連のスタートアップに50億ドル以上(≒6,800億円)投資しています。こうしたソフトウェアは、建設プロジェクトの進捗・安全・決済等の膨大なデータを収集・蓄積する「箱」として機能しています。 一方、そういったデータが、保険の引受価格最適化に有効活用されていない、というのがShepherdの課題提起です。Shepherdは、これからますます増えてくるであろう建設プロジェクトデータが、最適な保険料設定に活かされていく未来を描いています。
建設保険価格の上昇 近年、アメリカの建設保険価格は上昇し続けています。こちらのサイトによれば、2021年5月時点で、2018年初頭を起点に賠償責任保険の基本価格が+25%上昇し、超過賠償責任保険は更新費用が50%〜100%上昇しているそうです。背景には、材料価格の高騰、パンデミックによるプロジェクト中断等が挙げられています。また、こちらのサイトでは、アメリカにおける自然災害の増加も関係していると指摘されています。 Shepherdのブログでも、特に同社が初期ターゲット商品とする超過賠償責任保険市場の価格上昇に対する警鐘が鳴らされています。契約者は保険料の大幅な値上げを経験しているが、それに見合った補償を享受しておらず、ここ数年進歩していない、と書かれています。
ちなみに、こちらは日本のデータですが、たしかに建設資材価格はかつてないほど高騰しています。資材価格が上がれば不動産価値も上がり、建設中に何か事故が発生した際の補償すべき金額は当然大きくなります(そのため、保険料も上がる。)
(Source: https://wat-report.com/kentikusizai-kentikuhi/)
Shepherdの立ち位置
上記2つのトレンドを踏まえ、Shepherdは建設ソフトウェア企業と保険会社の架け橋になるという立ち位置を取っています。
具体的に、ShepherdはMGAとして、業務提携する再保険会社の再保険商品を取り扱います。第一弾として、同社は再保険会社大手Guy Carpenterと協業しています。また、同社は建設ソフトウェア企業と提携し、建設ソフトウェアを導入する建設会社の再保険引受に際して、ソフトウェアで収集したデータを保険料算定に活用します。
同時に、Shepherdはブローカー(保険仲介人。保険会社と被保険者の間に立ち、被保険者に最適な保険商品選定に関するアドバイスを行う。)向けにソフトウェアを提供しています。ブローカーはクライアントである建設会社をShepherdのソフトウェアに招待し、ソフトウェア上で最適な保険商品の提案を行います。ポイントは、Shepherdのソフトウェアには、提携する建設テック企業のソフトウェアからデータが連動され、保険引受プロセスが大幅に簡易化されることです。
ちなみに、アメリカではブローカーが元受保険料割合に占める比率が代理店の2倍以上あるのに対して、日本では圧倒的に代理店が優勢で、ブローカーの知名度は高くありません。(2016年時点で、代理店扱いが91.4%に対して、ブローカーは0.5%、残りが保険会社直扱い。)
Shepherdのマーケットインに対する考え方
保険業界は、(スタートアップから見ると)巨大資本を抱える保険会社との関係性や規制等の観点から、どのような立ち位置で市場に参入するかが重要になります。
Shepherdが公開している「Building Insurtech in 2022」というタイトルのブログでは、Shepherdが自社のポジショニング取りを考えるうえでどんな点に気をつけているか、という哲学が紹介されています。
まず、Shepherdは、自分達がInsurtech スタートアップの第2世代に位置付けられると認識しています。第1世代は、Lemonade・Hippo・Metromile・Root等です。Shepherdは、第1世代のスタートアップが急いだ「市場シェアの獲得」と、Insurtechにおいて大切な「保険引受の収益性」は性質が異なるものである、と述べています。第1世代のInsurtech スタートアップが、保険引受の収益性を後回しにしたことで、上場後に市場からの評価が振るわなかったことを考慮し、同社は創業初期から保険引受の収益性を確保することにフォーカスすると書かれています。
そして、Insurtech事業立ち上げの複雑さを理解し、「自社ですべきことと」と「他社に任せること」を分けることの重要性も書かれています。例えば、シードラウンドでProcore Technologiesや、再保険会社であるGreenlight Reinsuranceから出資を受けていることは、その意向の表れかもしれません。
実際に、Procore Technologiesとの具体的なパートナーシップを2022年5月に発表しました。Procore TechnologiesのソフトウェアからShepherdのソフトウェアにデータを連携すると、再保険の更新費用が安くなったり、補償範囲が拡大したり、被保険者はメリットを享受することができます。
また、2022年6月には、建設現場を360度カメラで撮影してプロジェクト進捗をリアルタイム管理できるサービスを展開するOpen Spaceと提携を発表しました。Open Spaceの顧客は、Shepherdにデータを送ることで、保険料削減や補償範囲拡大等のメリットを享受できる可能性があります。
これから、中小規模の建設会社にも、建設ソフトウェアやIoTデバイスが普及していくと考えると、パーソナライズされた保険引受がスタンダードになっていくかもしれません。
調べる限り、現段階で、建設領域に特化したInsurtechを展開するスタートアップはShepherdくらいでした(他にもご存知の方がいらっしゃったらぜひ教えてください!)が、今後こういった特定領域のInsurtech は増えていくのではないかと思います。
日本はアメリカと保険関連規制が異なるため、全く同じビジネスモデルは難しいかもしれませんが、少し違う形では実現可能性もあるかもしれません。今後も注目していきたいと思います。
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