今回は、2022年10月に資金調達を実施した、グリーンスチール関連のスタートアップElectra(エレクトラ)をご紹介します。なお、グリーンスチールとは、CO₂排出量がゼロ、あるいは極めて少ない方法で製造された鉄を指します。
なお、記事の中で、為替レート(ドル・円)は2022年12月7日時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/業界-溶鉱炉-オストラバ-鉄-817185/)
Electraとは?
Electraは、2020年にアメリカのコロラド州で創業されたスタートアップです。2022年10月、8,500万ドル(≒120億円)の資金調達に成功し、累計資金調達額(公表範囲)は1億1,300万ドル(≒150億円)を超えました。このラウンドをリードした投資家は、脱炭素系スタートアップに積極投資しているBreakthrough Energy Ventures(以下「BEV」)で、フォロー投資家リストにも、著名な企業が並びます。例えば、BEVと並んで脱炭素スタートアップ投資をリードするLowercarbon Capital、シンガポールの名門Temasek Holdingsのような投資ファンドから、世界有数の資源会社であるBHPのCVCとして活動するBHP Ventures、Amazon等、事業会社も名前を連ねています。
Electraがホームページで掲げているキャッチコピーは「Green Iron With No Green Premium」(グリーンプレミアムがないグリーンな鉄)です。Green Premiumは、BEV創業者であるBill Gates氏が提唱した概念で、「相対的に炭素の排出量が多い製品と少ない製品のコスト差」と定義されています。Gates氏は、自身のウェブサイトで、Green Premiumの例として、ジェット燃料の平均小売価格が1ガロンあたり約2.22ドルであるのに対し、炭素排出量の少ないジェット用バイオ燃料は1ガロンあたり約5.35ドルであることを紹介し、この価格差3.13ドル分がGreen Premiumであると説明しています。こうした例からもわかるように、環境負荷の低い製品は、環境負荷が高い製品に比べて相対的に高値になるケースが多い中、Electraは「環境負荷が相対的に低く、かつ、価格も同等以下」の鉄づくりを目指しています。
CO₂と製鉄
令和4年にJOGMEC(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)から公表された資料によると、世界の粗鋼生産量(粗鋼とは溶鋼を指し、鉄鋼業界の生産量の基本単位)は過去20年にわたって一貫して増加傾向にあり、2020年は前年比0.3%増の18億8,040万トンに達しています。また、粗鋼量から、世界の鉄鋼業が排出するCO₂の量は約34億6,100万トン(粗鋼1トンあたりCO₂排出量約1.84トンの計算)と推計されています。
(Source: https://coal.jogmec.go.jp/content/300377649.pdf)
2019年のデータとはなりますが、世界全体のCO₂排出量が約335億トンと言われていますので、鉄鋼業だけで世界全体のCO₂排出量の約10%を占めていることになります。過去のトレンドから、鉄の需要そのものが大きく減少することは考えにくいとすると、持続可能な世界をつくるためには、鉄1トンあたりのCO₂排出量原単位を低減することが重要になります。そのため、従来の石炭を大量に使用する製鉄プロセスを見直す動きが加速しています。
Electraのアプローチ
そういった背景もある中、Electraは、低品位の鉄鉱石から、炭素を排出せずに、電気炉に投入する高純度の鉄を取り出す技術で、鉄鋼業界に革新を起こそうとしています。現在主流である製鉄プロセスにおいては、鉄鉱石を溶解して銑鉄をつくるために約1,500℃の高熱が必要になりますが、もしElectra方式の製鉄プロセスが確立されれば、鉄鉱石を還元するために必要な温度は60℃まで大幅に下がります。
(Source: https://www.electra.earth/technology)
なお、前提として、以前こちらのブログでもご紹介しましたが、高炉に比べて環境負荷が低いと言われている電気炉の比率(粗鋼生産量に占める電気炉生産量の割合)は、2018年時点で、日本が25%に対して、EUが44%、アメリカが68%という数字になっています。Electraがつくる高純度の鉄プレートは電気炉で使用されるため、電気炉比率が最も高いアメリカ市場を第一のターゲットとしています。
Electraは、上記の独自プロセスにおいて、水溶液を利用して鉄鉱石から鉄成分を抽出する「湿式精錬」方式を採用しています。湿式精錬は簡単に言うと、原料に水溶液を接触させて対象金属を抽出し、水溶液中から不純物を除去して純度を高めていく方式ですが、これまでは、①鉄鉱石が水溶液に溶解する速度が非常に遅いこと、②一度水溶液に溶解すると鉄成分は他成分に比べて不安定な状態となり効率的な抽出が難しくなること、の2点が課題となり、他成分含有率の高い低品位鉄鉱石の利用が難しくなっていたそうです。(低品位鉄鉱石とは、鉄以外にリン・ケイ素・硫黄等の成分が多く含まれる鉄鉱石。一般的には、鉄成分が60%を下回る場合に低品位と称することが多いと言われている。)
従来プロセスにおいて、低品位鉄鉱石はそのままでは使えないことから、「選鉱」する必要がありました。選鉱法には、比重選別(鉱物の比重差を利用する)、磁力選別(磁界や、鉱物の磁性を利用する)、浮遊選別(薬剤を用いて、水溶液中の浮き沈みに関わる鉱物の表面性質を調整する)等、いくつかのアプローチが存在しますが、どれもコストがかかります。Electraの場合、この選鉱プロセスをスキップすることができ、余分なコストをかけなくても低品位鉄鉱石を利用することができるようになる点が強みと言えます。
Electraのホームページや各種プレスリリースを見ると、同社のコア技術は、水溶液に鉄鉱石を溶かすスピードが上がること、そして、鉄成分以外の不純物をスピーディに除去できる電気化学プロセスにあるそうですが、詳細は公開されていません。
グリーンスチールの実現に向けて
グリーンスチールの実現を目指すうえで、Electraが採用する方式の他に注目されているのが「水素還元製鉄」です。
水素還元製鉄は、大きく2つの方向性で研究開発が進められています。まず1つ目が、高炉における鉄鉱石の間接還元に水素を用いるパターンです。炉温を上げる熱源として、石炭の代わりに水素を用いることでCO₂排出量を低減できるというコンセプトですが、水素による還元は、石炭による「発熱反応(熱を起こす反応)」とは逆の「吸熱反応(熱を奪う反応)」であるため、追加で炉内に熱を加えるエネルギー源が必要となるのが課題と指摘されています。
(Source: https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/06936/)
そして、もう1つが、水素を用いて鉄鉱石を直接還元するパターンです。直接還元は、間接還元の対義語で、鉄鉱石を還元性ガスで直接的に還元する方法を指します。還元性ガスには、これまでは天然ガス・石炭ガスが用いられてきましたが、CO₂排出量をさらに削減するためにグリーン水素ガスを活用するのが「水素直接還元」です。一方で、直接水素還元には、高炉法よりも高品位鉄鉱石が必要になると言われており、高品位鉄鉱石が枯渇する可能性が指摘される中、ブレークスルーが期待されています。
日本でもこうした取り組みは進められており、NEDOの発表によれば、グリーンイノベーション基金事業として、2021年〜2030年までに約2,000億円の予算で進めているプロジェクトの一部に、「水素だけで低品位の鉄鉱石を還元する直接水素還元技術の開発」および「直接還元鉄を利用した電気炉の不純物除去技術開発」が含まれています。
少し長くなってしまいましたが、こういった日本の動きを見ても、「低品位の鉄鉱石を利用し」「Green Premiumがゼロ」の製鉄を可能にしようとするElecraの技術は、世界からの関心が高いことが窺えます。
創業から現在、そして次のマイルストンについて
Electraの創業者でありCEOを務めるのがSandeep Nijhawan氏、CTOを務めるのがQuoc Pham氏です。LinkedInを見る限り、2人の所属企業が重なったのは、2016年のStaq Energyという会社が初めてです。Staq Energyは、Nijhawan氏が2015年に創業した企業で、再充電可能な全固体アルカリ電池を開発していました(現在の活動状況は不明)。また、2人は、ほぼ同時期に、グリーン水素をつくるための水電気分解技術を研究開発するAquaHydrexという企業でも同僚として働いています。その後、2020年にNijhawan氏がElectraを立ち上げ、Pham氏が2021年から参画しました。
こちらの記事によると、Nijhawan氏とPham氏は、酸を混ぜた水に鉄鉱石を溶かすというシンプルなガレージ実験から、Electraのチャレンジを始めたそうです。
2人が創業当初から目指していたのは、「鉄鉱石を低温で還元する」ことです。まず、高炉法の場合、鉄鉱石を約1,500℃の高温炉で溶融することが前提となりますが、その昇温に必要なエネルギー源を石炭・電気・水素のどれにするかによって、どれだけトータルのCO₂排出量が低減できるか、という議論がされてきました。一方、環境負荷の低いグリーン電気・グリーン水素であっても、1,500℃という高温状態を生むためには、大きなエネルギー量が必要になります。そこで、もう少し温度を下げた状態でグリーンスチールをつくる動きとして注目され出したのが、直接水素還元製鉄です。この場合、温度は少し下がり、約900℃の炉の中で鉄鉱石を還元することになりますが、これも十分な量のグリーン水素を用意することが前提となります。
Electraは、より低温で、より低エネルギーで還元できる方法がないか、という方向性で考え始めました。それが、冒頭のガレージにおける実験です。最初の実験は失敗したそうですが、その後投資家向けに実施したラボレベルのデモンストレーションでは、鉄鉱石からシート上の鉄を作ることに成功し、直近の資金調達成功につなげました。Electraの計画が実現すれば、60℃という低温状態で(同社は「コーヒーと同じ温度」と表現しています)鉄鉱石を還元できるプラントが完成します。
2022年10月の資金調達に関するプレスリリースによれば、Electraは次のマイルストンとして、2023年中にコロラド州にパイロットプラントの建設を完了させようとしています。そして、「2020年代後半には本格的なグリーンスチールの生産を開始する予定」と発表しました。
今回調達した資金は8,500万ドルと大きい金額ではありますが、上述のNEDOの予算をご覧いただければわかる通り、プラントは小規模でも大規模な投資が必要になるため、今回の資金で実際に稼働するプラントを立ち上げられるかがポイントになりそうです。
さまざまな公開記事を見る限り、Electraに対する投資家・メディアの期待値は高いように見えますが、肝心の「なぜ60℃で水溶液中の鉄純度が高められるのか」「どの程度の純度まで上げられるのか」「このプロセスで製造可能な品質レベルはどの程度か」といった具体的なポイントは公開されていませんので、そのあたりは考慮が必要です。
とはいえ、Electraは明確に次のマイルストンに向かって走り出しており、パイロットプラントの稼働を成功させたのち、年間30万トン規模の銑鉄をつくるプラントを、電気炉を持つ既存企業の近くに建設していくプランを公表しています。また、もう1つのアイディアとして、電気炉の近くではなく、鉱山の近くにプラントを構えることも考えているようです。確かに、現在遠く離れた鉱山から製鉄所まで鉄成分以外の不純物も一緒に運んでいることを考えると、鉱山の真横で鉄鉱石から高純度の鉄をつくった方が、輸送効率は上がるかもしれません。
ちなみに、2022年10月にはもう1社、グリーンスチール関係のスタートアップが資金調達を実施しました。スウェーデンを拠点とするスタートアップH2GS(H2 Green Steel)です。同社は、今日ご紹介した直接水素還元製鉄に取り組んでおり、借入も含めてすでに約38億ドル(≒5,200億円)を調達しています。日本からは、神戸製鋼が2022年10月に同社に対する出資、および直接還元鉄プラントの新規受注を発表しました。
今回は以上となります。グリーンスチールまわりの動きは加速してきていますが、一口に鉄と言っても、各国の鉄鋼メーカーが求められる鉄製品の品質や、電力・水素等の価格も変わってきますので、その辺りも含めて今後の動きを見ていく必要がありそうです。
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