私は、ベンチャーキャピタルを運営すると同時に、短距離走もやっています。
短距離走とは、無酸素運動で駆け抜けることができる距離において、スタートからゴールまでに要する時間の短さを競う競争種目のことで、主たる競争距離は100m、200m、400mになります。
なお、無酸素運動には2種類あり、約8秒間持続できる「クレアチンリン酸系」(爆発的なエネルギーを供給できる、ハイパワー型)と、約33秒間持続できる「乳酸系・解糖系」(ある程度大きなエネルギーを供給できる、ミドルパワー型)の2タイプです。
なお、この2つの無酸素運動持続時間を合計すると約41秒になりますが、400mの世界記録が43秒03(2019年1月時点)であることを考えると、現時点での人類にとって、400mが無酸素運動で走ることができる限界の距離と言えそうです。
では、そんな短距離走を速く走るためにはどうすればいいのでしょうか。
簡単なようで、なかなか難しい問題です。
いろんな方法がありそうな一方、逆にあまり方法はなさそうにも感じます。
ただ漠然と、速く走ることを考えいても、具体的によい方法が思い浮かびません。
そんな時に私が使う思考法の一つが「分解思考」です。
分解思考とは、全体としてつかみどころがない問題に対して、その問題を、自分が具体的に何かを考えることができる細かさにまで分解して、考える糸口をつかむ思考方法です。
速く走るとは、言い換えると、一定時間内にたくさんの距離を進むこと、となります。
このことは、下記の単位で表現されます。
L/T
ここで、LはLengthつまり長さ、TはTimeつまり時間を表す物理量です。
これを、短距離走の世界の物理量で表現しなおしてみますと、
m/sec
となります。秒速メートル、という単位です。
10.0秒で100mを走る場合は、100m/10sec=10m/secということになります。
このm/secという単位だけを見ていても、先ほど同様、速く走るための方法を思いつけそうにないので、下記のように分解してみます。
m/sec = m/step × step/sec
分子と分母にstepという「一歩」を表す概念量を入れてみました。
これで、何が分かるのでしょうか。
m/stepは、一歩のうちに何メートル進むか、ということを表しています。つまり、一歩の大きさ、ストライドを意味しています。
step/secは、一秒のうちに何歩動いているか、ということを表しています。つまり、一秒間の歩数、ピッチを意味しています。
速く走るためには、ストライドを伸ばすか、ピッチを大きくするか、2つの方法しかないことが分かりました。
漠然と「速く走るためには」を考えるよりも、ずいぶん、いろいろなことをイメージしやすくなりました。
では単純に、ストライドを伸ばすか、あるいはピッチを大きくすればいいのかと言えば、そう簡単にはいきません。なぜなら一般的に、ストライドを無理やりに伸ばせばピッチは小さくなりますし、逆にピッチを無理やりに大きくすればストライドをは短くなります。だから、次に考えるべきは、双方を邪魔しあわずにどちらかを改善できる方法、ということになります。
もっと考えやすくするために、さらに分解思考を用いてみましょう。
ここでは、ストライドとピッチという、脚の動きに関連する指標をみているため、そのままズバリ、脚の動きに関して、分解思考を適用してみます。
ただ、脚全体を見るのは範囲が大きくて考えにくいので、脚の先にあるもの、つまり足に注目していきます。
走る際の足の動きには大きく分けて5パターンあります。
①離地(足が地面から離れる時)
②上昇(足が上にあがる時)
③頂上(足が最高点にある時)
④下降(足が下にさがる時)
⑤接地(足が地面に着く時)
あくまで思考実験ですが、ピッチを大きくしようと思えば、①~⑤全てをなるべく短時間で実行すればよいことがイメージできますし、逆にストライドを伸ばそうと思えば、②~④においてなるべく遠くまで足を運べばよいことがイメージできます(足が地面に着いている際には、足の位置を変えることができないため)
そうなると、①⑤はピッチにのみ関係していることから、まず速く走るためには
離地と接地をなるべく早くする
という仮説(1)が導かれました。
一方で、②~④が、ストライドとピッチで競合することが分かります。なぜなら、遠くへ足を運ぼうとする(=ストライドを伸ばそうとする)とそれだけ多くの時間がかかる(=ピッチが小さくなる)ためです。
ところで、走る際には片脚だけではなく、両脚を使っています。そして、③がどういう状況かと言えば、片方の足が頂上にあり、もう片方の足は地面にある時、だということが簡単に想像できます。そうなると、上記で考えた①⑤の裏返しで、③の時も実はストライドに寄与することができないと考えることができます。そのため、ストライドとピッチの競合は②と④でのみ考えれば済むことになりそうです。
②では、なるべく短い時間でなるべく足を遠くに運ぶ、ということを考えることになります。そういう運動とは、いったいどんな運動なのでしょうか。
かつて物理学を勉強したことがある方はピンと来るかもしれませんが、これ、物体を打ち上げた際の放物線運動問題に近い問題設定です。
つまり、ある物体を一定の速さで打ち出すとき、どの角度で打ち出すと、その物体は最も遠くへ飛ぶのか、という問題です。
物体を打ち出してから地面に落ちてくるまでの時間は物体を打ち出す角度に関係なく一定であることから(打ち出す速度が同じであるため)、一定の時間の間にどれだけ物体を遠くまで運ぶことができるのか、という問題と同義です。
本来は空気抵抗や、そもそも足は身体とつながっているため自由落下ではないだろう、などもろもろ考慮しなければいけませんが、そういった影響が一切ないとすると、答えは、45度の角度で物体を打ち出した時が、最も遠くまで飛びます。
すると②において、足を地面に対して45度の角度で”打ち出す”ような感じで上昇させていけば、同じ時間内に最も遠くまで足を運ぶことができそうです。そうして、速く走るための仮説(2)を得ることができます。
足は地面に対して45度で上げる
次に④ですが、これは先ほど同様、走る際には両脚を使っていることを考えると、もう片方の足の②と同じフェーズということになります。そのため、④においては脚を遠くに運ぶというより(なぜなら同じフェーズでもう片方の足でそれを実現しているため)、次の②へ向けた準備にあててみたいと思います。
②で足の打ち上げ運動のようなものを考えましたが、足を打ち上げる速さはもちろん大きければ大きいほど、足は遠くに運ばれます。
その足の打ち上げ速度を大きくする方法は大別して2つあります。
1. 筋肉を使って足を速く引き上げる
2. 地面からの反発力を使って足を速く引き上げる
どちらも有効そうで、ここから先は思考実験ではどちらがよいか、なかなか判断が難しそうです。となると、実際に1.と2.の両方を試してみて、どちらが自分にしっくりくるか、測ってみたほうがよさそうです。
なお一般的には、短距離走で(それに限りませんが)パフォーマンスを発揮するためには「力まないこと」が大切であるとされており、そうすると、1.よりも2.のほうがよさそうです。
2.の方法を実現するためには、なるべく地面からの反発力を得やすい方法で足を地面におろすとよいでしょう。そのためには、足を地面に対して遠回りさせず、最短距離でズドンと落とすことで、より大きな反発力を地面から得る、ということがよさそうです。
足は地面に対して最短距離でズドンと落とす
という仮説(3)を得ることができました。
以上をまとめると、こうなります。
これらはあくまで分解思考を使って、短距離を速く走るには、という問題に対する思考実験を展開した結果であり、実際に有効かどうかは、これらの仮説をもって走ってみて、検証していくことになります。もちろん、思考実験をここで止めずに、もっと深くまで考えていくこともできるでしょう。
いずれにしても、こうして、
・問題を提起
・問題を分解
・仮説を導く
・仮説を実行そして検証する(その結果を受けて、新たな仮説を導いていく)
という科学的なアプローチを「短距離を速く走るには?」という問題に展開可能な状況になりました。
何もこの思考方法は、短距離走に限った話ではありません。
ベンチャーキャピタリストとしてパフォーマンスを出すにはどうしたらよいか、といった問題にも、起業家としてスタートアップをどう大きくしていくか、といった問題にも、適用可能です。
要は、考えにくい問題をそのまま考えようとするのではなく、考えやすいサイズに分解することが大切です。
何かに行き詰ってしまった際に、参考にしていただければ幸いです。
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