近年、世界各国でクリーンエネルギーに対する注目度が上がり、風力・太陽光等の再生可能エネルギー発電システムの導入量は年々増加しています。一方、こういった自然エネルギーは、必ずしも常に必要なタイミングで必要な量だけ得られるとは限りません。
そこで、再生可能エネルギーをいつでも活用可能な何らかの形で貯蔵し、必要な時に取り出せる仕組みが必要であり、さまざまなエネルギー貯蔵システムの開発が進められています。今回は、ユニークな仕組みを持つ貯蔵システムを開発するスタートアップについてまとめてみました。
なお、記事の中で、為替レート(ドル・円)は2023年7月6日時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/日の出-風力発電所-3579931/)
増加する再生可能エネルギーと、貯蔵システムのニーズ
2022年4月に資源エネルギー庁が発表した「国内外の再生可能エネルギーの現状と今年度の調達価格等算定委員会の論点案」という資料には、2014〜2020年の再生可能エネルギー導入状況に関するグローバルデータが示されています。2014年に1,835GW(ギガワット)だった再生可能エネルギー発電設備容量は、2020年に2,989GWまで増加しています。また導入ペースも加速しており、2014→2015年の増加量が+151GWだったところから、2019→2020年は+279GWとなっています。
(Source: https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/078_01_00.pdf)
日本でも、発電量全体に占める再生可能エネルギー発電量の比率は年々増加しています。こちらのサイトによれば、2014年に再生可能エネルギー発電比率が12.10%だったところから、2017年に16.40%、2020年に20.80%まで増加しています。
(Source: https://www.psinvestment.co.jp/small_talk/renewable-energy/)
日本は、2030年までに再生可能エネルギー発電比率を36〜38%まで引き上げることを目標に掲げています。中でも特に期待されるのが、太陽光・風力です。太陽光は2030年に14〜16%、風力は2030年に5%を目標としています。(2020年時点ではそれぞれ、8.5%と0.86%)
(Source: https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/community/dl/05_01.pdf)
そんな中、再生可能エネルギーの普及を進めるうえで大きな課題の1つと言われているのが、「需給調整力」です。資源エネルギー庁のホームページには、「太陽光や風力など一部の再エネは発電量が季節や天候に左右され、コントロールが困難です。条件に恵まれれば、電力需要以上に発電する場合もあり、そのままにしておくと需要と供給のバランスがくずれ、大規模な停電などが発生するおそれがあります。」と記載があります。
環境省は、こうした電力需給を調整する施策として、「再生可能エネルギー出力の予測技術」、「従来電源の調整力のFlexibility向上」「電動車両の充放電制御活用」等、さまざまな選択肢を紹介していますが、今回ご紹介する「エネルギー貯蔵システムの導入」は、有効な施策の1つとして紹介されています。
エネルギー貯蔵システムを開発するスタートアップ
スタートアップのリストアップにあたって、エネルギー貯蔵システムに関するアプローチを、大きく5つに分類してみました。
重力を活用したエネルギー貯蔵システム
ユニークな材料を用いたバッテリーによるエネルギー貯蔵システム
気体を活用したエネルギー貯蔵システム
岩や塩を活用したエネルギー貯蔵システム
再生可能エネルギー貯蔵ソフトウェア
上記の分類タイトルだけではどういった仕組みなのかわかりづらいと思いますが、それぞれのスタートアップを紹介する中で、より具体的な内容をご紹介していきます。
【重力を活用したエネルギー貯蔵システム】
地 域:スイス
創 業:2017年
概 要:
Energy Vaultは「GESS=Gravity Energy Storage Solutions」というユニークなエネルギー貯蔵方法で、その名が知られています。こちらの動画をご覧いただくと、再生可能エネルギー発電から、エネルギー貯蔵・利用までの流れを、より具体的にイメージしていただけるかと思います。
同社のエネルギー貯蔵システムは、再生可能エネルギー発電の余剰電力で駆動する電動クレーンが1個35トンのレンガをタワー上方に積上げ、電力が必要な時はレンガを下方に落下させることで得られる運動エネルギーを電力に変換する、という仕組みになっています。
このアイディアは、揚水発電の仕組みから着想を得たと言われています。揚水発電システムは、下の貯水池から上の貯水池にポンプで水を汲み上げ、電力が必要な時に水を落下させることで得られる運動エネルギーでタービンを回転させて発電する仕組みになっていますが、水をレンガに置き換えると両者はほとんど同じ仕組みと言えます。ただし、揚水発電システムは、ダム建設に伴う自然破壊、ダムから発生するメタンガス等の環境課題をしばしば指摘されますが、Energy VaultのGESSは、再生可能エネルギー発電システムの付近であればそれほど場所を選ばず、またメタンガスは発生しないため、相対的にクリーンなエネルギーと言えるかもしれません。
こちらの記事では、レンガの昇降という「古典的」な仕組みの裏側を支える先端技術として、マシンビジョンが紹介されています。AIカメラが搭載されたクレーンが、突風等の自然変化を加味して、システム全体のバランスを考慮して、レンガの配置場所を自動決定しているそうです。
同社は上場しているため、財務数値が公開されています。2022年11月14日に公開された財務レポートによれば、2022年1〜9月の売上は4,560万ドル(≒66億円)で、収益の大部分は電力会社に提供しているGESSライセンスの収入となっています。現時点までの潜在的な収益として、4.8GWh分の電力システムに相当する約20億ドル(≒2,900億円)分の契約残が存在するようです。2022年通年の収益見込みは1億ドル(≒150億円)、EBITDAは300万ドル(≒4億円)と発表。2023年の収益は、約5億8,000万ドル(≒840億円)と見込んでいます。欧州・北米・豪州・中国で続々とプロジェクト契約を獲得しています。
地 域:イギリス
創 業:2011年
資 金:累計380万ポンド(≒7億円)を調達
概 要:
基本的なアイディアはEnergy Vaultと同様ですが、Gravitricityは「地下空間」を利用します。同社は、採掘活動が行われていない鉱山の地下坑道等を利用し、最深1.5kmまで、最大1万2,000トンのおもりを昇降させることで、エネルギーを貯蔵・利用します。昼間に再生可能エネルギー由来の余剰電力を利用して、重しを地上付近まで吊り上げ、夜間におもりを落下させることで運動エネルギーから電力を得ます。こちらの動画をご覧いただくと、イメージが湧きやすいかもしれません。
(Source: https://gravitricity.com/)
同社が試算したところでは、MWhあたりエネルギー貯蔵コストについて、フローバッテリーが274ドル、圧縮空気バッテリーが310ドル、リチウムイオンバッテリーが367ドル、ナトリウム硫黄バッテリーが532ドルであるのに対して、Gravitricityのエネルギー貯蔵システムは171ドルまで下げられると主張しています。なお、フローバッテリー・圧縮空気バッテリーについては、後ほどご紹介します。
2022年11月のニュース記事によれば、同社は電力構成に占める再生可能エネルギー発電量比率が急増しているインドで実証プロジェクトを開始しようとしているそうです。
ただ、個人的には、2023年現在、創業から約12年経過していながら、事業進捗という観点ではEnergy Vaultに比べるとスローな印象を受けます。
【ユニークな材料を用いたバッテリーによるエネルギー貯蔵システム】
地 域:アメリカ
創 業:2017年
資 金:累計9億2,400万ドル(≒1,340億円)調達
概 要:
元Tesla幹部のMateo Jaramilo氏が創業したForm Energyは、鉄空気バッテリーを開発しています。鉄空気バッテリーの基本原理は、鉄の酸化・還元反応です。電力を鉄に充電すると酸化鉄が鉄に変化し(サビが除去される)、放電すると鉄が酸化鉄に変化する(サビが生成される)、というサイクルを利用します。
電解液を空気と鉄の両極で挟んだセルが最小単位となっており、セルを地上に敷き詰めることでスケールアップが可能になります。ホームページによると、最も密度の低い構成で1MWあたり0.5エーカー(≒2,000平方メートル)、最も密度の高い構成で1MWあたり0.3エーカー(≒1,200平方メートル)の敷地が必要になるそうです。
(Source: https://www.energy-storage.news/form-energy-raises-us450-million-for-100-hour-iron-air-rust-battery-technology/)
2022年10月のニュース記事によると、まだ商用稼働しているシステムはありませんが、最初のパイロットシステムをミネソタ州の電力会社Great River Energyに供給することが決まっているようです。2022年に実施されたシリーズEラウンドでは、グローバル鉄鋼メーカーであるArcellorMittalが株主として参画し、Form Energyのバッテリーシステムの主原料となる鉄の供給に関して共同開発契約を締結したことで、今後事業展開が加速していくかもしれません。
地 域:アメリカ
創 業:2020年
資 金:累計1億1,200万ドル(≒160億円)調達
概 要:
Enervenueはスタンフォード大学からのスピンアウト企業で、ニッケル水素バッテリーを用いた蓄電システムを開発しています。ニッケル水素バッテリーは決して新しい技術ではなく、1970年代から人工衛星や宇宙探査機に使用されてきました。再生可能エネルギー発電システム併設の定置バッテリーとしては、近年ニッケル水素バッテリーよりもエネルギー密度の高いリチウムイオンバッテリーを用いるケースが多くなっているそうですが、Enervenueはニッケル水素バッテリーのコストを大幅に下げることによって、リチウムイオンバッテリーに代わろうとしています。
こちらの記事によると、Enervenueの技術革新は、通常のニッケル水素バッテリーに用いられる高価なプラチナとセラミックを、より安価な材料に代替できるようにした点にあるそうです。詳細についてはまだ明かされていませんが、メディアにもしばしば取り上げられ、注目されている企業の1つです。
China Ocean Energy Storage
地 域:中国
創 業:2020年
資 金:資金調達額は非公開
概 要:
China Ocean Energy Storageは鉄クロムフローバッテリーを開発しています。フローバッテリー(Flow Battery)とは、膜で隔てて配置された2種類の電解液をポンプが循環させ、イオンの酸化還元反応によって充放電を行うバッテリーです。フローバッテリーは安全性が高く、スケールアップしやすいことから、再生可能エネルギー発電の貯蔵システムとして有力候補の1つと注目されていますが、電解液に用いられるバナジウムのコストが高い点が課題と言われています。
鉄クロムフローバッテリー(正極側に鉄イオン電解液、負極側にクロムイオン電解液を使用することが一般的)は、1970年代に宇宙開発用途でNASAが精力的に研究を行いましたが、透過性・耐久性がともに高いイオン交換膜を量産できず、その後開発が下火になっていたそうです。現在も、イオン交換膜の性能が鉄クロムフローバッテリー普及の課題になっているそうです。
金額は非公開であるものの、同社は2022年12月にプレシリーズAラウンドで、Sequia China・Matrix Partners等の著名VCから資金調達を実施しました。同ラウンドのプレスリリースによると、同社のR&Dチームは鉄クロムフローバッテリーの研究を10年以上継続してきたメンバーから構成されているらしく、具体的な方法は明かされていませんが、これまで鉄クロムフローバッテリーが抱えてきた課題を解決する要素技術の開発に成功したのかもしれません。
【気体を活用したエネルギー貯蔵システム】
地 域:イタリア
創 業:2019年
資 金:累計8,500万ドル(≒123億円)調達
概 要:
Energy DomeはCO₂を活用したエネルギー貯蔵システム「CO₂ Battery」を開発しています。まず、「ドーム」と呼ばれるガスホルダーに気体のCO₂が充満しており、再生可能エネルギー発電の余剰電力で駆動したコンプレッサがCO₂を圧縮液化します。圧縮に際して発生する熱は熱エネルギーとして貯蔵され、液化CO₂は別タンクに貯蔵します。電力が必要な時は、CO₂を蒸発させ、高温のCO₂でタービンを動かして発電を行います。そして、CO₂は再びドームに戻り、次の充電サイクルに備えます。
現行のリチウムイオンバッテリーが7〜10年で性能が低下してしまうのに対して、CO₂ Batteryは約25年間性能が大きく低下することなく運用できると言われています。また、エネルギー貯蔵コストについて、正確な数値は公開されていないものの、リチウムイオンバッテリーに比べて約半分に抑えられる、とEnergy Domeの関係者はアピールしています。
こちらの記事によると、同社は2022年に初の実証システムをサルデーニャ島に建設しました。CO₂の取り扱いが昨今の一大テーマになっていることもあり、同社はイタリアに限らず、世界中から注目を集めているようです。2023年1月の記事によれば、同社はEuropean Innovation Council Acceleratorから、最大限度額の助成金を受け、2回目の実証実験としてデンマークの電力会社と覚書を締結したそうです。
地 域:イギリス
創 業:2016年
資 金:累計1,400万ポンド(≒26億円)調達
Cheesecake Energyは、ノッティンガム大学の熱エネルギー貯蔵に関する研究成果を広める目的で創業されたスタートアップです。
再生可能エネルギーを、熱・圧縮空気として貯蔵するシステム「eTanker」を開発しています。まず、再生可能エネルギー由来の余剰電力で電動モータがコンプレッサを動かし、高圧空気と熱を貯蔵容器に送ります。電力が必要な時は、コンプレッサを通じて高圧空気と熱が送り返され、発電機が駆動します。
この仕組みはCAES(Compressed Air Energy Storage)と呼ばれており、日本でも実証実験が行われています。2017年にはNEDO、早稲田大学、エネルギー総合工学研究所が静岡県で、共同試験を実施しており、希少金属・有害物質が一切使用されず、空気と水しか排出されない、クリーンなエネルギー貯蔵システムとして注目されています。
地 域:アメリカ
創 業:2018年
資 金:累計8,700万ドル(≒130億円)
概 要:
Maltaは、PHES(Pumped Heat Energy Storage)というエネルギー貯蔵システムを開発しています。再生可能エネルギー発電電力は、熱エネルギーに変換された後、溶融塩に貯蔵され、必要な時は発電機を駆動して電力として取り出されます。
以前、IDATEN Venturesから「熱電池」というテーマでブログを公開しましたが、Maltaと同じように、「特定物質に高熱を貯蔵し、必要な時に取り出す」という仕組みを採用しているスタートアップがいくつかありますので、ご参考ください。
同社のエネルギー貯蔵システムは長期間利用に向いており、最大200時間貯蔵可能な仕組みになっているようです。
Siemensはスタートアップとは言えませんが、2021年にユニークな再生可能エネルギーを貯蔵するシステム、ETES(Electric Thermal Energy Storage)の実証実験を行ったので、ご紹介いたします。大量の火山岩が詰まったコンクリート建造物に、再生可能エネルギー由来の余剰電力で生成した熱風を流し込み、岩石を600℃以上まで熱してエネルギーを貯蔵する仕組みです。
(Source: https://wpb.shueisha.co.jp/news/technology/2021/04/15/113464/)
【再生可能エネルギー貯蔵ソフトウェア】
地 域:アメリカ
創 業:2009年
資 金:累計2億7,500万ドル(≒400億円)
概 要:
FlexGen Power Systemsは、エネルギー貯蔵システムを統合管理するソフトウェアを提供しています。貯蔵システムのハードウェアタイプに縛られず、バッテリー管理、熱管理、変圧、電力取引等をオールインワンで管理することができます。
これまでにご紹介した通り、再生可能エネルギーの貯蔵システムは、急速にさまざまなアプローチが出現しており、地形・気候・エネルギー容量によって最適なシステム構成は異なる可能性があります。システム構成の異なるエネルギーサイトを横断的に管理しようとすると、こうした一括管理プラットフォームがより一層重要になるかもしれません。
Skiff Energy Tech
地 域:中国
創 業:2016年
資 金:累計数億円
概 要:
コンセプトは、FlexGen Power Systemsと似ています。中国でも再生可能エネルギーが注目されており、エネルギー貯蔵システムの需要も高まる中で、管理ソフトウェアに注目が集まっています。
再生可能エネルギーの導入を支えるエネルギー貯蔵システムは、急速に新しい技術が登場しているため、本ブログでご紹介した他にも企業が存在するかと思いますが、今回は上記11社とさせていただきます。
IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について
フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革・サステナビリティを支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。
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