今回は、2022年5月にシリーズDラウンドで1億2,500万ドル(≒170億円)を調達した、Boosterというスタートアップを調査してみたいと思います。
Boosterは、自らを「モバイルエネルギーデリバリー企業」と称し、車両に直接燃料を供給する出張サービスを提供しています。現在、カリフォルニア州・ワシントン州・テキサス州をはじめとするいくつかの州でサービス展開しており、全米拡大を進めています。
一見「普通」のサービスにも見えますが、どのようなところに急成長の秘密が隠されているのか、調べていきます。
なお、記事の中で、為替レート(ドル・円)は2022年6月22時点のものをベースに計算しています。
(Source: https://pixabay.com/ja/photos/kenworth-トラック-3270560/)
Boosterについて
企業概要
Boosterは、2015年にアメリカで創業されたスタートアップです。元々はシアトルで創業され、その後サンフランシスコに拠点を移したようです。
同社は、企業向けに個人管理・法人管理車両の燃料供給サービスを提供としています。例えば、企業に勤めている個人向けの場合、従業員が企業の駐車場に車を停め、アプリを通じて「燃料補給が必要」というボタンを押すと、終業後には満タンになっている、という仕組みです。そのほかにも、小売店舗向けに、駐車場に停めているうちに買い物客の車両に燃料を供給するという事例もあります。
法人向けの場合、車両を保有するあらゆる業種が顧客候補になります。例えば、引越し業者、住宅機器修理業者、自動車ディーラー、トラック運送会社、等。Boosterのサービスを予約しておくと、車両を使っていない間に、必要な燃料をデリバリーしてくれます。
Boosterがアプローチする課題
Boosterは、ガソリンスタンドにまつわるいくつかの課題を解決しようとしています。まず、特にカリフォルニアのような都市部のガソリンスタンドでは、給油待ち車両の長い列がたびたび発生し、精神的ストレス・時間ロスが生じているそうです。そのため、MetaやAmazonのような企業は、従業員に対する福利厚生サービスとしてBoosterを契約しています。
また、Boosterは、ガソリンスタンドの地下貯蔵タンクが地域環境に与える影響を問題視しています。例えば、給油時にガソリンが気化することで発生する「揮発性有機化合物」は、人体にも有害であると言われています。Boosterが独自開発したモバイル燃料供給システムを利用すれば、最大26%揮発性有機化合物を削減することができるそうです。その他にも、地下貯蔵タンクの老朽化に伴ってガソリンが漏洩するリスクもあり、飲料水の水質にも関わってきます。もちろん、そういったリスクを軽減するようなインフラ投資も進められていますが、Boosterはそもそもガソリンスタンドを減らせばそういったリスクも軽減できる、と考えているようです。
さらに、国際関係の緊張に伴う原油価格の高騰にも課題意識が向けられています。同社はガソリンスタンドのような小売業者をスキップすることで、燃料供給価格を抑えようとしています。
また、Boosterは、アメリカで急速に進む再生可能エネルギー燃料の需要にも柔軟に対応することができます。例えば、ガソリンスタンドで新たにバイオ燃料を補給できるようにするためには、インフラ投資が必要となり、その設備投資コストが小売価格に上乗せされてしまいます。Boosterは、そういった大きな投資を必要とすることがなく、コストを抑えることができます。
テクノロジー
近年、配送拠点から消費者の元へ荷物を届ける「ラストワンマイル」を効率化するルート最適化サービスが、世界中で登場しています。Boosterの場合も、届けるものが荷物ではなく燃料ですが、独自のルート最適化テクノロジーを利用しています。
紫色がトレードマークの燃料供給タンカーにはIoTが取り付けられており、中央管理者のクラウドサービス上で、タンカーの現在地がリアルタイムマッピングされています。
また、一度燃料を供給した車両に関する情報は蓄積されていきます。こうしたデータを独自AIが解析し、タンカーのドライバーはどの場所からどの場所に移動するのが最も効率的か情報を得ることができます。まさに、人ではなくエネルギーを運ぶUberのようなイメージです。
事業進捗と資金調達
ここでは、今や累計250億円以上調達して、全米にサービス展開を進めているBoosterが、どのような事業進捗を見せ、資金調達を行ってきたのか、公開情報をもとに追ってみたいと思います。
シードラウンド
2015年5月に実施され、Boosterは310万ドル(≒4億円)調達しました。この時の資金調達ニュースによると、Boosterがどのような事業を行っているのか、ほとんど情報は公開されていません。「地球にプラスな影響を与える非常に大規模なビジョンを持って、運輸業界にチャレンジする」というメッセージのみ、創業者であるMycroft氏から明かされました。彼は、NASA・Boeingを経て、前職は小惑星採掘会社PlanetaryResourcesの副社長だった人物です。この時、従業員はまだ数人だったようです。
シリーズAラウンド
2016年1月にシリーズAラウンドを実施しました。調達額は900万ドル(≒11億円)です。この時点で、同社は創業の地であるワシントン州からサービスエリアを拡大し、カリフォルニア州・テキサス州に進出しています。すでに、数十の企業が、従業員向けに燃料供給サービスを契約しています。この時点では、まだ従業員の福利厚生サービスとして企業が利用するケースがほとんどのようです。
シリーズBラウンド
2017年8月に2,000万ドル(≒27億円)のシリーズBラウンドを実施。引き続き、企業の福利厚生サービスとしての契約が増えており、顧客の一例としてMeta(この時点ではFacebook)・Oracle ・Cisco等が挙げられています。
シリーズCラウンド
2019年6月にシリーズCラウンドで5,600万ドル(≒75億円)調達しました。シリーズBラウンドまでの時期から変化した点が3つあります。
恐らく、法人所有車両向けのサービスを本格化していくうえで、メッセージの統一やサービス体制を変化させる必要があったのだと思います。汎用的なサービスであるがゆえに、顧客を誰にするかによってメッセージを尖らせていく、ということを重視しているように感じます。
シリーズDラウンド
そして、2022年5月、シリーズDラウンドで1億2,500万ドル(≒170億円)の調達に成功しました。このラウンドには、再生可能燃料メーカー大手であるRenewable Energy Groupが株主として参画しています。ちなみに、日本からは三菱商事が出資を行っています。
資金調達ニュースでは、前回ラウンドに比べてさらに「環境への配慮」が強調されており、同社は再生可能燃料を効率的に届けることの重要性を説いています。すでに、100%再生可能ディーゼル燃料をカリフォルニア州の数千台の法人所有車両に供給しているそうです。
こちらの記事によると、大手EC企業や配送企業が同社のサービスを利用し始め、第一四半期の売上は前年同期比で2倍以上に成長したそうです。
競合
この領域には、いくつか競合となる企業が存在します。
Yoshi
2015年にアメリカで創業。累計3,900万ドル(≒50億円)を調達しており、株主として、ExxonMobil、General Motors等の事業会社が参画しています。Boosterとほとんど同時期に創業されていますが、調達資金の規模に少し差があります。Boosterと異なる点として、Yoshiは基本的に消費者向けのサービスとなっており、Boosterは企業向けに個人・法人の車両に燃料供給を行っている点が挙げられます。
Get Spiffy
2014年にアメリカで創業。Get Spiffyは、洗車・タイヤ交換等の出張サービスを行う企業で、Boosterの直接的な競合ではないかもしれませんが、累計6,000万ドル(≒80億円)調達し、現在も着実に拡大しているようです。株主としてShellが参画しています。
オンデマンド燃料供給サービスとしては、Neighhood Fuel(2014年創業)、GasAnywhere(2014年創業)等、いくつかあったのですが、現在ウェブサイトが公開されておらず、情報を得ることができませんでした。恐らく、既に撤退しているのだと思われます。
シンプルなビジネスモデルに見えて、タンカーの確保、燃料供給元との契約等、必要な資金量が多く、しっかりトラクションを出しながら資金調達をしていくことが求められそうなビジネスです。
Boosterは、脱炭素や物流市場の盛り上がり等、うまく市場のトレンドを追い風にして資金調達を成功させることで勝ち残っている企業の1つです。今後はEVの普及が進む中で、どのように対応していくのか注目していきたいと思います。
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