以前のブログで、2021年10月に資金調達した3社の廃棄物アップサイクルスタートアップ(Do Good Foods、Bolder Industries、Made of Air)をご紹介しました。
異なる業界で事業を行うスタートアップに「廃棄物アップサイクル」という共通アプローチを見出すチャレンジでしたが、10月の資金調達リストには「ハードウェア設計のコラボレーション」という観点でもグルーピングできるスタートアップが3社ありました。Flux(アメリカ)、CoLab Software(カナダ)、Xiamen Karente Technology(中国)です。いずれも、チームで使うことを想定した、ブラウザで動作するクラウドネイティブなハードウェア設計ソフトを開発しています。
一方、ハードウェア設計に欠かせないCADソフトの市場では、Autodesk・Dassault Systems等の大手企業が大きなシェアを占め、近年は各社クラウドベースの(≒ 複数人で使いやすい)CADソフトを続々とリリースしています。こちらのサイトが選出した「グローバルマーケットにおけるCADソフト開発企業トップ10」は次のような顔ぶれになっています。
開発企業(地域、CAD製品名、調査範囲内でわかるクラウド対応可否)
Autodesk(アメリカ、AutoCAD、◯)
Dassault Systems(フランス、CATIA、◯)
PTC(アメリカ、Creo、◯)
Siemens PLM Software(ドイツ、NX、◯)
Encore(アメリカ、ViaCAD、×?)
Hexagon(ベルギー、BricsCAD、◯)
IMSI Design(アメリカ、TurboCAD、×?)
CAD International(オーストラリア、RealCAD、×?)
Grabert(ドイツ、ARES、◯)
特にAutodesk、Dassault Systems、PTC、Siemens PLM Software、Hexagonが大きなシェアを占めているようです。
そんな中でクラウドベースのハードウェア設計ソフトを開発するスタートアップの資金調達が続くというのは、ものづくり領域に関心を寄せるIDATEN Venturesとしては気になるところです。そこで、今回は3社の調査を通じて、ハードウェア設計ソフト市場にどんな動き・課題があるのか?その解決策としてのプロダクトの価値はなにか?というところを探っていきます。
(Source: https://pixabay.com/ja/illustrations/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3-%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC-1545280/)
会社概要
Fluxは、2019年にアメリカで創業されたスタートアップです。電子機器の回路設計者に、ブラウザで動作するクラウドベースの設計ソフトウェアを提供しています。
Fluxの開発を主導する創業チームは、Wagner氏・Brank氏・Cassidy氏の3名で構成されています。それぞれFacebook、Apple、NASAでソフトウェアおよびハードウェアどちらのプロジェクトにも関わってきた経験を持っています。
資金調達と事業状況
2019年に誕生したFluxは、2年後の2021年10月、シードラウンドで1,200万ドル(≒13億円)の調達を実施しました。株主リストには、Outsiders Fund、Bain Capital Ventures、8VC、Liquid 2 Ventures等のファンドに加え、GitHub創業者のPreston-Werner氏、Steve Jobs氏直属で初代Macintosh開発に携わったHoffman氏、Nest・Waymoでプロダクトマネジャーを務めたNg氏等、著名なエンジニア兼個人投資家らが入りました。
アプローチする課題とソリューション
シードラウンドの資金調達を報じたニュースによれば、「電気系エンジニアが設計時に使用するソフトウェアには40年近く大きな変化が起きておらず、不便で非効率だった。」とHoffman氏は市場課題について述べています。変化の少ない業界に訪れたパンデミックと、それに伴うリモートワークの波が、ブラウザベースでコラボレーション開発するニーズを顕在化させたのかもしれません。
2020年9月に共同創業者の1人であるWagner氏が書いたブログによれば、Flux以前のコラボレーション設計といえば、「回路図のPDFを電子メールで送り、そのPDFを紙に印刷して隣り合わせに並べ、カラーマーカーで変更点を強調して差分を把握すること」だったそうです。
Fluxのクラウド上には、ユーザーコミュニティが作成したオープンソースの部品・シミュレーションモデル・回路図が保存されており、設計者はGitHubのように好きなデータを引っ張ってきて使うことができます。Fluxが登場する前は、過去に作ったことがあったとしても基本的な回路を一から設計したり、また半導体ベンダーのリファレンスデザインをPDFからプロジェクトに適したファイル形式に直したり、とにかく手作業が多くなってしまっていました。
Flux上の回路図は、さまざまなシミュレータとの接合性と、設計メタデータを維持したまま、全てのブラウザで同じように変更部分が表示されます。そのため、特別なビューワーソフトを用意することなく、たった1つのリンクを共有するだけで、複数人が同時に同じ設計図を閲覧・編集することができます。
また、Git(ソフトウェア開発における分散型バージョン管理システム)でいう「ブランチを切る」こともできます。各設計者は、設計図を構成要素に分解し、それらを編集してから設計図全体(Gitでいうmasterブランチ)にマージします。
これまでに、Fluxを使ったユーザーは、衛星ラジオ受信機、医療用人工呼吸器、バッテリーマネジメントシステム、EV用モーターコントローラーなどを設計してきたそうです。
価格体系は、1ユーザー・月あたり、個人プランで無料、プロフェッショナルプランで7ドル。チームプラン・エンタープライズプランの価格はまだ明かされていません。Fluxが回路設計のスタンダードポジションを築くためには、Flux上でコラボレーション開発されたプロジェクトの数を増やすことが最も重要だと思います。個人プランは無料ですが、設計に必要な機能は一通り揃っているため、個人プランの登録者数をKPIとして追っていくのでしょうか。
この点、Fluxが強みを持っているのが、株主として入っている「インフルエンサー開発者」です。著名な開発者が出資したことで、開発者コミュニティにどれくらい広がっていくのか注目です。
私は開発者ではありませんが、以前ソフトウェアの勉強をしようと思った時、まず取った行動が、「どんなツールを使うといい?」と親しい開発者の友人に聞くことでした。統合開発環境はVisual Studioがいい?それともPythonならPyCharmがいい?など、自分でネット検索すれば情報をある程度集められるようなことでも、信頼のおける人間に聞き、ある程度動きが理解できるまでは、言われた通りのものを使いました。同じように、もし自分が一から電子回路設計をやってみようと思ったら、まず親しい開発者に聞くでしょう。その時に、「GitHubの創業者が使っている」「Macintoshの設計者がオススメしている」という口コミが持つインパクトは少なからずあると思います。 ちなみに、Flux公式YouTubeで、簡単なプロダクト紹介動画が公開されているので、もしよろしければご参考ください。
会社概要
CoLab Softwareは、2017年にカナダで創業されたスタートアップです。複数人のチームがCADを用いた共同設計を行う時、プロジェクトのステータス管理・レビュー管理・BOM管理等を、ワンストップで実行できるクラウドベースのソフトウェアを提供しています。
創業者はKeating氏、Andrews氏の2名で、両者はカナダのメモリアル大学機械工学科在籍時に出会いました。2017年に複数の大学から集まった学生で作られたチームを率いて、Space Xのコンペに挑み、2位に入賞した後、CoLab社を創業しました。
資金調達と事業状況
Crunchbaseによると、これまでにプレシードラウンド、シードラウンド、シリーズAラウンドを実施しており、合計2,000万ドル(≒22億円)調達しています。
2018年のプレシードラウンドでカナダの投資家3社から出資を受けた後、2019年にシードラウンドでY Combinatorを含む複数投資家から資金調達を行い、2021年10月のシリーズAラウンドを実施しました。
CoLab社の株主リストには、Fluxの株主でもあるLiquid 2 Venturesが入っています(投資実行タイミングはCoLab社が先で、Fluxが後)。ちなみにLiquid 2 Venturesは、2021年10月にNASDAQに上場したGitLabにもシードラウンドで出資しており、FluxやCoLab Softwareにも通底する「コラボレーション開発」を注力投資テーマの1つに掲げているのかもしれません。
また、CoLab社には、ファンドだけでなく、事業会社も積極的に株主として参画しています。2021年10月に行ったシリーズAラウンドで出資したのは、以前ご紹介した製造業マーケットプレイスのXometry、オンラインCAD開発ネットワークのGrabCAD、クラウドCADソフトのOnshape、そしてBoschやTeslaといったメーカーです。
2021年10月時点で、CoLab社は、Johnson Controls(ニューヨーク証券取引所に上場するアイルランドの大手機器メーカー)、Hyundai Mobis(現代自動車系列の部品メーカー)など、大手顧客を抱えています。
アプローチする課題とソリューション
まず、CoLab Softwareが開発するプロダクトの発想のきっかけが興味深いのでご紹介します。Keatings氏とAndrews氏がSpace Xのコンペに参加していた時、2人はどうしても離れた場所で作業をしなければなりませんでした。ハードウェア設計にあたって、2人は毎晩Google Hangoutsや電話で詳細設計に関するディスカッションを行っていましたが、そこに非効率を感じました。その時は「きっと自分たちが学生だから、あまり良いツールを知らないだけなのかもしれない。」と思ったそうですが、その後プロジェクトチームメンバーがTeslaや一流の医療機器メーカーでインターンした時、その非効率がプロの世界にも存在するとに気づきました。Teslaのエンジニアリングチームですら、スプレッドシート・メールで工程管理やファイルのやりとりを行っていたのを目にしたのです。
CoLab社が提供する価値仮説はシンプルな1枚のイメージ図に表現されています。
(Source: https://www.colabsoftware.com/)
従来の設計プロジェクトでは、手書き設計図のPDF、CADファイル、Wordドキュメントなどが、各自のローカルストレージやクラウドストレージにバラバラに保管され、バージョン管理が煩雑になってしまうことがありました。
CoLab Softwareのアプローチは、Fluxと似ています。クラウドソフトウェア上で、設計図のバージョン管理を透明性高く実行し、計画からリリースまでのロードマップ・マイルストーン進捗を明確にします。
ここで、私は自分でCoLab社の価値を書いていながら、「これはPLMソフトウェア(Product Lifecycle Management、製品ライフサイクル全体に渡って発生する技術情報を集約して管理するソフトウェア)がカバーできている領域ではないだろうか?」と思いました。
その疑問に対する答えの1つが、CoLab社の「PLM Won't Solve Your Team Design Challenges」というブログに書いてありました。PLMソフトウェアが抱える課題の解決こそが、CoLab社が提供する価値である、と。PLMソフトウェアは、特にエンタープライズの設計シーンで、ドキュメント管理・部門間ワークフロー管理において普遍的なプラットフォームになっているものの、日々の設計に関する、早いサイクルのタスク管理・レビュー管理には向いていないそうです。設計の初期フェーズでは、設計→レビュー→検証→変更のサイクルを高速で何度も回すことが重要であり、顧客はPLMソフトウェアで管理する前段階の試行錯誤を、CoLab社のソフトウェアで行うのです。このブログを読むと、開発者が抱えるリアルなペインに狙いを定めて作られたプロダクトだなと感じます。
ハードウェア設計に限りませんが、この手のイノベーションにはサイクルがあると感じます。①紙やFAXで管理していたところから、②個別業務をデジタル化するようなソフトウェアが現れ、③業務全体をカバーできるような統合型ソフトウェアが登場し、④統合型ソフトウェアの隙間からこぼれ落ちた「非効率」を埋めるソフトウェアがまた登場する、というサイクルです。
今回のケースで言えば、①設計者が設計図を手書きしていたところに、②CADソフトが現れ、③CAD・BOM・ドキュメントなどをつなぐPLMソフトが登場し、④PLMソフトの隙間からこぼれ落ちた「早いサイクルの設計レビュー」を便利にするCoLab Softwareのようなものが登場する、という流れです。
「もう大手が独占しているプロダクトが市場に出回っているから、参入余地がない。」と思考停止せず、現場で実務を行っている方が何らかの非効率を抱えている限り、その市場にはイノベーションの余地が存在すると、改めて感じました。
Xiamen Karente Technology
会社概要
Xiamen Karente Technology(以下、Karente)は、2017年に創業されたスタートアップです。同社は「CurrentCAD」というクラウドベースのCADソフトのジオメトリエンジン(三次元データを二次元データに座標変換するために必要な専用処理ソフトウェア及びハードウェア)を独自開発しています。
創業者は四川大学の研究者であるYang Chuanyao氏で、元Autodeskのシニアエンジニア、シンガポールの南洋理工大学の共同設計専門家らが中心のチーム構成となっています。
こちらのサイトによれば、Chuanyao氏がシンガポールで設立した会社が、Karenteの現在のプロダクトである「CurrentCAD」を開発し、現地のVCおよびGoogle・Amazon等から出資を受けたそうです。その後、2017年にChuanyao氏が中国に戻り、現在のKarenteを設立しました。
資金調達と事業状況
2021年10月、シリーズAラウンドで、1億元(≒18億円)の資金調達を実施。Hillhouse Venturesがリード投資家、GGV Jiyuan Capitalがフォロー投資家として株主に入りました。
調べた範囲では、シードラウンドに関する記述が見当たりませんでしたが、シンガポールで設立し、シード出資を受けた企業を承継する形で現事業を行っているのではないか、と思います(これは推測です)。
ホームページを見ると、現在1,000社を超える企業が同社のオンラインCADを利用して、共同設計しているようです。
アプローチする課題とソリューション
Karenteのアプローチする課題は、地政学的なリスクとも関係しているかもしれません。こちらのサイトによれば、Karente社のマーケティングディレクターは、記者のインタビューに対して「CADやCAEなどのソフト市場は基本的に海外企業に独占されています。CAEは言うに及ばず、CAD市場の80%以上のシェアを海外企業が持っており、中国はこの点で危険な状態にあります。自分たちでコア技術が持てないと、我々中国企業の発展が制限されることになります。」と述べています。確かに、この記事のイントロダクションでも書いた通り、CADソフト市場の有力企業はほとんどが欧米発です。
Karenteは、Huaweiが展開するクラウドサービス「Huawei Cloud」とパートナーシップを結び、Huawei Cloud上で動く唯一のCADソフトとして公式認定を受けています。米中の間で続く緊張関係を考慮すると、こうしたCADのような基本ソフトを中国国内で内製化する動きが今後増えていくのかもしれません。
今回詳しくご紹介したのは3社だけでしたが、2021年10月には、Atlassianのような共同開発プロジェクト管理SaaSを開発するZen Tao(中国)、そして暗号技術を用いてコラボレーションツールのセキュリティレベルを高めるDuality Technologies(アメリカ)も資金調達しており、コラボレーション開発のインフラ整備が進んでいます。
世界中のエンジニアがリモートでコラボレーション開発を行うGitLabがNASDAQに上場した時、時価総額は約110億ドル(≒1兆2,000億円)でした。これから起こっていくであろう、さまざまな分野におけるリモートワークを前提としたコラボレーション開発のトレンドに、IDATENとしても関わっていきたいと思います。
IDATEN Ventures(イダテンベンチャーズ)について
フィジカル世界とデジタル世界の融合が進む昨今、フィジカル世界を実現させている「ものづくり」あるいは「ものはこび」の進化・変革を支える技術やサービスに特化したスタートアップ投資を展開しているVCファンドです。
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