今回は、ゼオライトについて調査してみました。天然ゼオライトは自然界に昔から存在する鉱物であり、また、人工ゼオライトも20世紀半ば頃から工業利用されていましたが、近年サステナビリティに対する意識が世界的に高まる中、高機能材料として再び注目が高まっています。
この記事では、ゼオライトの基本的な情報、二酸化炭素(CO₂)分離技術との関係、そしてスタートアップの動きを、可能な範囲でまとめてみました。
なお、為替レートは2024年1月10日時点のものを使用しています。
ゼオライトとは
ゼオライトは、結晶性の無機多孔質物質の一種です。アルミニウム(Al)・シリコン(Si)・酸素(O)からなる結晶構造を持ち、結晶格子内には微細な空隙が存在します。この構造によって、ゼオライトは大きく3つの機能を有しています。(1)吸着機能、(2)陽イオン交換機能、(3)触媒機能です。
(1)吸着機能 一般的なゼオライトは、1gあたり約50m2の表面積を持っており、孔の大きさは活性炭に比べて1/80〜1/4であると言われています。これによって分子サイズの吸着が可能になり、選択的吸着・分子ふるいに利用することができます。
(2)陽イオン交換機能 ゼオライトは、SiO₄(ケイ酸イオン)とAlO₄(アルミ酸イオン)が頂点のOを共有する形で3次元に連なった網目状構造になっています。ここで、Siの価数は+4、Alの価数は+3であることから、結晶構造には負の電荷が生じており、それを中性に保つために陽イオンを引き寄せる力が働きます。このイオン交換機能を活かして、ゼオライトは土壌・汚泥の浄化等に利用されています。
(3)触媒機能 ゼオライトは、酸性の特性を活かして触媒としても利用されます。例えば、排ガスの浄化、有害物質の無害化等に用いられます。
ゼオライトはさまざまな結晶構造パターンを有しており、結晶構造パターンによって異なる特性を得ることができる、と言われています。2021年時点で253種類あるそうですが、工業レベルで実用化されているのは10種類以下とも言われています。
ゼオライトは、元々スウェーデンの鉱物学者 Cronstedt氏がアイスランドの玄武岩から摂取した石です。その石が、加熱されると水を失うということがわかったために「沸騰する石」という意味のギリシャ語にちなんで「ゼオライト」と名付けられました。
天然ゼオライトの採掘量は2016年のデータで約300万トン(うち日本は約15万トン)と採掘量に限りがあることから、ゼオライトを人工的に合成する研究が進みました。それが「合成ゼオライト」です。一方、合成ゼオライトは天然ゼオライトに比べて数倍〜十倍程度コストが高くなることに加え、高品質で量産するのが難しく、まだ課題が残っています。
なぜ、ゼオライトが注目されているか?
もう少し体系的に、ゼオライトが注目されている理由を考えてみます。
水環境への貢献 ゼオライトは、高い吸着能力を持つことから水処理分野での応用が進められています。特に、水源からの重金属や有害物質の除去において、ゼオライトは効果的な役割を果たしています。これにより、安全な水の供給をサポートするとともに、水環境の保護にも寄与しています。
石油化学への貢献
再生エネルギーへの貢献 ゼオライトは、再生可能エネルギーの一つであるバイオマスからのバイオ燃料の製造プロセスにも利用されています。特定のゼオライトを触媒として使用することで、バイオマスの分解・変換効率が向上し、持続可能なエネルギー資源の確保と利用が促進されます。
廃棄物再利用への貢献
農業への貢献
このように、ゼオライトは幅広い産業で、持続可能な事業活動に貢献するポテンシャルを秘めており、サステナビリティに対する機運の高まりに合わせて注目度が増しています。ちなみに、Google Trendで「Zeolite」を検索してみると、劇的にではありませんが、2021年あたりから検索回数が増えています。
ゼオライトとCO₂回収
近年、脱炭素に向けた取り組みとして、排ガスあるいは大気中のCO₂を回収する技術が注目されています。回収したCO₂は、有用な化学物質や燃料に変換するか、地下に貯蔵することが期待されており、利活用・貯蔵まで含めるとCCUS(Carbon Capture, Utilization and Storage)と表現されることもあります。この章では、ゼオライトがCCUSにどのように関係しているかを解説します。
そもそも、排ガス中のCO₂を回収しようとする試みは古くから行われています。1960年代には特定の化学溶液を用いてガス中のCO₂を選択的に吸収するという「化学的吸収」方式が積極的に採用されました。この溶液には、多くの場合アミンという物質が用いられます。アミンは窒素を含む化合物の一種で、R-NH₂という基本構造を持ちます。アミンはCO₂と反応すると炭酸アミド(R-NHCOOH)を形成し、逆に加熱するとCO₂を放出します。この原理で、アミン溶液がCO₂回収に用いられます。
1980年代頃には、「物理的吸着」方式が増え始めます。物理的吸着とは、分子間力(ファンデルワールス力)を用いて対象物質を物理的に吸着するというアプローチで、特にCO₂を吸着する材料として活性炭やゼオライトが用いられました。工業プロセスにおけるガスの物理的吸着は以前から行われていましたが、1980年代からはCO₂に特化して回収する動きが活発になりました。2000年代に入ると、活性炭やゼオライトに加えて、MOFs(Metal-Organic Frameworks、金属有機体フレームワーク)を用いる研究が進んでいきます。これらの材料はいずれも結晶構造内に細孔を有し、その小さな空間内にCO₂を吸着させます。
ゼオライトには、天然ゼオライトと合成ゼオライトがありますが、合成ゼオライトは、材料や合成条件を変えることで、孔の大きさや形状、表面性質を調整することができます。これによって、CO₂回収に特化したゼオライトを開発することが可能となります。
2019年には、JFEが公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)と共同で、高炉(鉄鉱石と石炭を混ぜ合わせて溶けた鉄を製造する設備)の排ガスに含まれるCO₂の吸着にゼオライトを活用する実証実験を実施しました。ここでは、「13Xゼオライト」という材料が用いられ、活性炭よりも高い回収効率を達成したそうです。具体的には、CO₂回収効率80%以上、CO₂濃度90%以上、CO₂1トンあたりの回収エネルギー200kWh以下、という数字が紹介されています。
なお、一般的なゼオライトは、水蒸気が存在する環境でCO₂吸着量が低下してしまう、という課題を抱えています。ゼオライト内の細孔内に、CO₂よりも水分子が優先的に吸着されてしまうためです。その対策として、ガスに含まれる蒸気を分離除去(除湿)するという前処理が必要になります。この前処理にかかるエネルギーはCO₂吸着全体に必要なエネルギーの3割を占める、と言われています。この課題を解決するために、疎水性のゼオライト(例えば、Si-CHA型という構造のゼオライトは疎水性になります)が考案されましたが、水分子とともにCO₂との親和性も下がってしまい、CO₂の吸着効率も低下してしまう、という課題が残っていました。国際宇宙ステーションにおける空気再生システム用CO₂回収装置でもNASAが開発したゼオライトが用いられていますが、除湿するためにエネルギーが余分にかかっている、と言われています。
冒頭で、ゼオライトの結晶構造には250種類以上あると紹介しましたが、工業的に実用化レベルにあるゼオライトは10種類以下と限られています。幅広い機能を有する結晶構造の探索はもちろん、それと同時に、すでに実用化されているゼオライト種に後処理を加えることで後天的に機能追加を施す、という研究もされています。芝浦工業大学の研究事例によると、細孔径よりも大きな原料を用いて表面処理を加えると、有機液体中の物質吸着や炭化水素分離の効率を向上させることができるそうです。
もちろん、ゼオライト以外にもCO₂分離回収手段はあります。こちらは、RITEがまとめている資料になります。
前述した「(化学的)吸収法」「(物理的)吸着分離法」に加えて、膜分離法・深冷分離法、というものもあります。
膜分離法とは、ガスの圧力差を用いて混合ガスから特定ガスを分離する方法ですが、CO₂回収純度を高めるハードルが高い理由としては、選択性と透過率の間にトレードオフが発生しやすいこと(特定のガスだけを大量に透過させるのは難しい)、膜の製造過程で透過精度に影響を与え得る欠陥・孔が生じ得ること、繰り返し使用によって膜の劣化が起きること、等が挙げられます。ゼオライトは、この膜分離法における材料としてよく利用されます。以前、膜技術に関する調査を行いましたので、よろしければご参照ください。(「成膜技術を研究開発するスタートアップ・大学研究室」)
ゼオライトとスタートアップ
この章では、ゼオライトの研究開発や活用を進めるスタートアップを国内・海外で3社ずつご紹介します。
Planet Savers
2023年7月に東京で創業された企業です。同社は、DAC(Direct Air Captureの略で、大気中から直接CO₂を分離回収する技術)用ゼオライト、およびそのゼオライトに最適化されたモジュール型DAC装置を開発しています。
同社は、独自のゼオライトについて、東京大学大久保・伊與木研究室の研究成果をベースに、高吸着(従来の10倍以上の吸着力)、簡易脱離、高耐久(10年)、低コスト・高速合成を謳っていますが、実際にどのような工夫が施されているかは、まだ明かされていないようです。同社は、現在CO₂1トンあたり1,000ドルと言われるDACコストを、100ドルまで低減することを目標にしています。
同社が、いくつかの助成金を獲得していることは公表されていますが、株式による資金調達については情報が見当たりませんでした。
イーセップ
イーセップは、2013年に京都で創業された企業です。ナノセラミック分離膜(セラミック製のナノレベルの細孔が無数にある膜)を開発しています。当社はゼオライト膜ではなく、シリカ膜にフォーカスしていたようですが、2021年のインタビュー記事では、ゼオライト膜の製造にも着手していることが明かされました。
シリカ膜とは、アルミニウムが含まれるゼオライトと異なり、SiO₂のみで構成される薄膜です。一般的に、ゼオライト膜に比べるとシリカ膜の方が製造が容易と言われています。というのも、シリカ膜はソルゲル法という比較的シンプルな方法で製造が可能である一方、ゼオライト膜は結晶構造・密度・形状の均一性を確保する難易度が高く、特に大ロットを高品質で製造するのが難しいと言われているためです。
同社は、創業から現在までに累計で約5億円を調達しています。直近の資金調達ラウンドは三井金属鉱業株式会社(以下、三井金属)によってリードされていますが、その際のプレスリリースによると、イーセップの分離膜技術と、三井金属の無機材料開発技術を融合させ、e-fuel製造用メンブレインリアクターの開発を進める、と書かれています。なお、e-fuelとは日本語でいうと「合成燃料」であり、CO₂(二酸化炭素)と水素(H₂)を原材料として製造する石油代替燃料を指します。同社は、三井金属の他にも、ナノ技術に力を入れる冨士色素株式会社や、ろ過技術に強みを持つ東洋スクリーニング工業株式会社等も出資しており、事業会社と連携しながら事業開発を進めているようです。
ユニゼオ
実は、ユニゼオはすでに解散が確認されている企業ですが、ゼオライトの事業化に長年取り組んでいた企業として参考になるため、ご紹介いたします。
ユニゼオは2013年に東京で設立された企業です。解散するまでに、累計約5億円を調達していました。2013年に同社への出資を公表した産業革新機構のプレスリリースによると、同社は、東京大学の大久保教授を中心とする研究グループと共同研究を行っていた日本化学工業株式会社で開発責任者を務めていた山崎氏が、日本化学工業の知的財産等を譲り受ける形で独立して創業した企業です。
同社の技術的強みは、ゼオライトの結晶構造を誘導・形成するための鋳型として利用される有機物(=構造規定材、Structure Directing Agent)を用いない、安価で高品質なゼオライトを合成する技術です。
2013年に出資を受けて事業化を目指したユニゼオですが、2018年には産業革新機構から、株式を創業者に譲渡するというプレスリリースが公表され、その中で事業化が困難であるという旨が書かれています。プレスリリースを一部引用すると、「大手触媒メーカーからは、特に SCR(Selective Catalytic Reduction、選択触媒還元)触媒向け材料としてユニゼオのゼオライトを高く評価されるも、協業までには至っておりません。また、事業化に向けて乗り越えなければならない様々な課題がある中、これらに対処するための更なる資金調達が困難となりました。」とあります。「協業」という表現が気になるところですが、材料購入してくれる顧客企業、あるいは量産を受託してくれる企業がどちらも見つかっていない、と解釈できるかもしれません。結局、同社のゼオライト合成技術自体は価値があるものとして、国内素材メーカーに譲渡され、管理・承継されていくことになりました。この「高く評価されるも、協業までには至っていない」という表現から、恐らく、コスト・量産面において、同社のゼオライトを利用する合理性のあるシーンが見つからなかったものと思われます。合成ゼオライトは、目的に応じて合成条件をカスタマイズするケースが多く、コストバランスが合うほどまとまった量のゼオライトが必要になる場所を見つけるのはなかなか難しかったのかもしれません。ただし、ユニゼオの創業から10年経過し、脱炭素に資する技術への投資額も増え、企業ニーズの緊急性も上がっていることから、今度こそ(コストが見合う形で)事業化できるようになるかもしれません。
以上3社が国内企業で、次の3社は海外企業となります。
2021年にノルウェーで創業された企業です。同社は、独自のゼオライトを用いたDAC技術を開発しています。同社は2023年2月に初のパイロット設備を稼働させ、ノルウェー政府から350万ドル(≒5億円)の助成金を獲得しています。当該パイロット設備はCO₂を年間300トン回収する能力を持っており、2029年には年間100万トンの回収能力を持つ施設を稼働させるつもりなようです。
2019年にアメリカで創業された企業です。同社は、独自のDACシステムを開発しており、2021年に公開された特集記事によれば素材にはゼオライトを利用しているようですが、現在のホームページを見ると、「To leverage the inventive capacity of the international sorbent development community, we've designed our systems to accept a wide variety of amines, MOFs, hybrid solutions, and other novel materials.(国際的な吸着剤開発コミュニティの発明能力を活用するために、当社はさまざまなアミン、MOF、ハイブリッド ソリューション、その他の新規材料を受け入れるシステムを設計しました)」と書いてあり、ゼオライトに限らない優れた固定吸着材料に対応可能な設備の開発にシフトしているようです。
同社は世界最大級の資源メジャーであるRio・Tintoから出資を受けており、同社との協業を通じて、回収したCO₂を鉱石化して鉱山に貯蔵するという仕組みを構築しようとしています。
2018年にベルギーで創業された企業です。同社は、ゼオライト触媒の活性・選択性・寿命を向上させるゼオライト改質プラットフォームを開発しています。ホームページを見ると、同社のは新たな結晶構造のゼオライトを探索するのではなく、既存の実用化されているゼオライトに後処理を施すことで、狙った物性を発現させようとしているようです。同社は、金額は非公開ですが、2018年に資金調達を実施しています。
この他にも、ゼオライトを開発する企業は存在すると思いますが、今回はこれで以上とします。今後ゼオライトに対する注目はますます高まっていきそうですが、結晶構造パターンの拡大や後処理による機能付与等、研究テーマの裾野は広く、今後継続して注目していきたいと思います。
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